これは語られるはずのない物語   作:篠崎勇気

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精霊の森の決戦

走る。

 

利終のことを信じ、森の中で無事を祈っていたミオは発煙筒の煙を見るなり、即座に獣臭がする方向に向かって走り始める。森の中で走りづらく、速度が思うように出せないことをもどかしく思っていると、獣臭に紛れ二つの匂いを嗅ぎ取った。

一つは利終の匂い。最近知ったどこか安心する匂い。

 

もう一つは濃密な『血』の匂い

匂いの濃さからかなり血を流していることがわかり、ミオは焦り始める。この血が獣の物ならいいがもし利終の場合、最悪死にかねない量であることを本能的に理解する。

ミオはもっとスピードを出そうとするが、『何か』に引っかかっているような感覚のせいでスピードが出ない。それでもスピードを出さそうと足に力を込めた瞬間、その『声』が聞こえる。

「—ァァ」

本能的に危険を察知し、ミオはその場から跳び上がる。先ほどまで通ろうとしていた場所が、何かによって細かく切り刻まれる。声がした方向を向き、ミオは攻撃をしてきたその存在を視界に入れると同時に、全身の毛を逆立て全力で威嚇をする。

緑色をした人型の何かが3っつ、そこに立っていた。細身で長い体躯をしており、その顔は仮面のようなものをつけているように見える。

 

ミオは知らないが、このモンスターは『シルフィード』と呼ばれる森の精霊である。この森が精霊の森と呼ばれているのも、このシルフィードたちの縄張りであるからである。

ミオは見たことない生物に少し呆気にとられるも、すぐに気を持ち直しミオは強気に吠える。

「うちは急がないといけないの!だから邪魔しないで!」

ミオはだんだん強くなっていく血の匂いをかぎ取る。だんだんと焦りが出てくるミオは、一刻も早く利終のもとに行こうと、シルフィードたちを無視して先に進もうとする。

が、なわばりを荒らされたシルフィードたちはミオを逃す気はない。

「—ァァ」

ミオはとっさに回避行動をとり、シルフィードたちの謎の攻撃を避ける。

ミオはシルフィードたちに向きなおると覚悟を決める。

 

(利終君のもとに早く行くためにも、ここで・・・!)

 

その時ミオは、利終の匂いのそばに別の匂いがあることに気づく。嗅いだことのない匂いだったが、ミオはその匂いの持ち主が味方であると直感する。理由は特にないが、ミオはその直感を信じることにした。目の前にいる敵を倒し、利終達に合流する。それだけを考え、ミオとシルフィードたちの戦いが始まった。

 

 

 

利終はその光景を見て呆然とする。

高らかに自分にまかせろと宣言した少女———白上フブキは、両の掌から青い焔を出し自在に操ることで狼たちを焼き尽くしていく。数十匹いた狼たちはそのほとんどが焼き尽くされ光の粒子になって消える。子狼が時々吠え、謎の攻撃を仕掛けるも、フブキはその攻撃を難なくかわし、青い焔で子狼に反撃する。そのたび、横に使えている狼たちが子狼をかばい、焔に焼かれていく。

利終は自分が手も足も出なかった狼たちが蹂躙されていく様子を見て、フブキの力がミオを大きく超えていることを確信する。まあ、そもそもミオは掌から焔を出すことなんてできないのだが。

なんでミオとフブキでここまで大きく違うのかなと考えていると、狼たちが一斉に吠え出した。利終が子狼を見ると、子狼だけ吠えていない。それと確認すると同時に、周囲に無数の赤い光を見つける。どうやら子狼がやったほかの狼を呼ぶ咆哮は、普通の狼たちにもできるらしい。

先ほどまで木々に挟まれた狭い空間だった場所は、フブキの焔によって、かなり開けた空間になっていた。利終は周囲を見渡し、敵の全体数を把握しようとする。

敵の数は最低百匹はいるだろう。どうやら狼たちはフブキという脅威に対し、数で押しつぶす案をとったようだ。その狼たちは全部一か所を見つめており—。

「って見てるのは白上さんじゃなくて俺じゃね?」

悲報、敵の狙いは重症の利終であった。そんな考えが利終の頭に浮かぶが半分納得もする。それと同時に、敵の知能が高いことも理解した。

この状態だと手負いの物を狙うのが普通だ。手負いを狙えば必然、脅威の存在はその手負いを守ろうとする。守る対象が増えた分、隙を見つけることが出来るようになる。それを理解しているのか、あるいは本能なのか。どちらかはわからないが、どちらにせよ厄介であることは確かだ。

考え事をしている利終に三匹の狼が飛び掛かる。利終はとっさのことに反応できず回避行動がとれなかった。が、利終に攻撃が届く前にフブキの焔が狼を焼き尽くす。

「大丈夫だよ!白上が全部倒してやりますから!」

利終に不安な気持ちを抱かないようフブキは笑顔で利終に声をかける。頼もしい限りだと思いつつも利終は現状打開の手を考える。

このままフブキに任せるのは論外である。フブキも体力が無限にあるわけじゃない。現状のままだといずれフブキの体力がつき、二人とも共倒れだ。そう考えた利終は自分に何ができるかを考える。

左手がない以上、弓は使えない。利終に残された手段は、物を作る能力だけで―

「いや待てよ?」

利終は自身の能力を把握しきれていない。もし利終の能力が考えている通りなら。

 

材質や素材ではない。イメージするのはもっと根源的なもの。

必要な原子は水素と酸素。水素分子と酸素原子を化学反応でつなぎ合わせる。

 

利終の掌が少し濡れる。利終は考えていることが可能であることを確信するとフブキに大声で呼びかける。

「白上!俺を抱えて真上にどれだけ飛べる⁉」

フブキは利終の言葉に疑問を浮かべつつも答える。

「多分だけど10mくらいだと思うよ!けどこの場から逃げ出すのは無理だよ⁉」

利終はフブキの言葉に耳を傾けつつ、もう一つの疑問をフブキにぶつける。

「逃げる気はない!もう一つ質問だけど、俺を抱えて飛んだあと、その焔を真下に打つことは可能か⁉」

本格的に利終が何をしたいのかわからなくなったフブキだが、利終の質問に的確に答える。

「やることはできるよ!けどそれだけだと何にも意味ないと思うけど⁉」

利終は二つの条件がクリアされたことを確信し、好戦的な笑みを浮かべる。それと同時に白上に作戦を大声で伝える。

「なら俺を抱えて飛んでくれ!そのあと俺が合図したら真下に向かってその焔を撃ってくれ!」

フブキは一瞬利終の作戦に乗るか悩んだが、このままではジリ貧であることは理解できていたため、乗ることに決めた。

フブキは利終の真横に来ると利終に抱き着き、そのまま真上に跳び上がる。利終は空中に跳び上がったことを確認すると、右手を地面に向けイメージをする。

利終の右手が光り、大量の強い匂いを放つ液体が利終の右手から放たれる。突然のことに狼たちの動きが止まる。何匹かが液体に飲まれたことを確認した利終はフブキに指示を出す。

「今だ!真下に向けて焔を撃て!」

利終の手からとても臭い匂いのする液体が出てきたことに驚きつつも、フブキはできる限りの火力を液体に向けて放つ。

「『狐焔』」

利終が出した液体の正体はアルコールの1種であるエタノールだ。エタノールは引火点が非常に低く、燃えやすい液体である。本来であれば純度100%のエタノールはありえないのだが、利終の能力で作られたこのエタノールは純度が100%である。

つまり、ただでさえ燃えやすい液体が、さらに燃えやすくなっているということである。そんな燃えやすい液体にフブキの焔をぶつけるとどうなるか。

 

フブキが出した焔がエタノールに接触した瞬間、とてつもない爆発が起きる。

狼たちは吹き飛び、空に跳んでいた利終達は爆風を食らいながら、さらに上空へと飛ばされる。全身がバラバラになったかのような衝撃が過ぎると、そのまま地面に向け落下を始める二人。利終は全身の痛みに耐えながらフブキに呼びかける。

「白上!着地ってできるか⁉」

その声に対し、白上は絶叫で答える。

「うわああああぁぁぁぁぁ!」

明らかにこちらの声を聴いていないと判断した利終はもう一度呼びかける。

「話を聞け‼このままだと二人とも落下死するから対策を—」

「わああああああぁぁぁぁぁぁああああああ‼」

利終の声はフブキには届かなかった。後から分かったことだが、フブキは高所恐怖症である。そんな子がパラシュートなしのスカイダイビングをしたらこうなるのも必然であった。

そんなことを知らない利終は、絶叫して使いものにならないフブキを見て別の方法を考える。利終は能力で紐を作るとフブキを引き寄せしっかりと自分に固定する。フブキは絶叫しながら無我夢中に利終に抱き着く。

フブキに抱き着かれた利終は少しドギマギするが、そんな感情も一瞬でなくなった。フブキは全力で抱き着いてきているため、全身が悲鳴を上げ始めたのだ。獣人の力で人間に抱き着けばこうなるのも必然である。

全身の痛みに耐えながら、利終は能力を使ってパラシュートを作成、すぐさま開き落下のスピードを落とす。片手しかないためバランスをとるのに苦戦するが、バランスを崩すと落下死するのは確定しているため、利終は全身の痛みと闘いながら必死にバランスをとる。地面まで10mを切ったところで、利終は地面で動くものを発見する。

「嘘だろ・・・⁉」

子狼は全身傷だらけになりながらも生きていた。こちらを見上げ、ゆっくり息をすると咆哮を上げる。その瞬間、パラシュートがバラバラに切り裂かれ、二人は落下を再び始める。

「わあああぁぁぁぁぁあああぁぁああああ!!」

フブキの絶叫が耳元で聞こえる。利終はここから助かる方法を探るが、何も思いつかず地面に激突する。

 

その直前、森の中から飛び出した黒い影が、地面に激突する寸前の二人を助け出す。

利終は黒い何かに助け出されたことだけしか理解できなかったが、その何かに礼を言おうとする。

「誰かはわからないけど、助かった。礼を—」

その瞬間、利終の全身がふたたび悲鳴を上げる。その黒い何かが利終に突撃してきたためだ。そこで利終はその黒い何かの正体に気づく。

「—ミオ」

二人を助けた黒い何かの正体はミオであった。ミオは全身を震わせながら利終に縋りついている。利終はミオに声をかけようとするが、約束を完全に破ってしまっているため、ばつが悪くなり何も言えなくなる。利終がどうしようかと悩んでいると。

「オォーーン!」

子狼の咆哮が聞こえる。とっさに右手でミオを強く抱きしめると、その場から跳ぶ。利終達がさっきまでいた場所が謎の攻撃により傷だらけになり、利終がとっさの回避行動をとらなければ危なかったことがわかる。利終はミオを抱きしめながら、子狼に視線を向け戦闘態勢を取ろうとする。立ち上がろうとするがうまく立ち上がれず、利終はバランスを崩す。その瞬間耳元から声が聞こえてきた。

「ううーん」

「あっ。忘れてた」

利終の背中には紐で結んだままのフブキがおり、そのフブキは気を失っている。落下しているという現実に耐えきれず失神したのだろう。利終は紐を外すとフブキを地面に下ろす。

いつの間にかミオは立ち上がっており、子狼に向け威嚇をしている。利終はミオの隣に立つとミオに声をかける。

「小さいからって油断するなよ。あいつが吠えると謎の攻撃が飛んでくるか、無数の手下を呼ぶからな」

利終の言葉にミオは小さくうなずくと利終に対し言う。

「あとでOHANASIだからね」

利終はミオの言葉を聞き、どうしようと考える。それと同時に少しリラックスしている自分に気づき少し苦笑する。どうやら利終はミオに思っている以上に心を許しているんだなと実感すると、好戦的な笑みとともにミオに声をかける。

「お説教は勘弁してほしいな!だけど、ミオとの話だったら大歓迎だよ!」

利終の宣言にミオは少し頬を赤らめるが、気を取り直し二人で子狼に向き合う。

子狼は全身を震わせると高らかに咆哮を上げる。二人はとっさに回避行動をとるが、攻撃は来なかった。なら手下を読んだのかと利終は周囲を見渡すが、その気配はどこにもない。

 

子狼はあたりをきょろきょろしながらもう一度咆哮を上げる。気配は何もない。

「なるほどな。手下を呼ぼうにも、さっきの爆発で全滅したらしいな。」

利終の言葉に、子狼は1歩後ろに下がる。仲間が呼べないなら、あとは謎の攻撃に気を付ければいいだけと、利終が考えると子狼が縮こまり全身を震わせ始めた。

今まで見たことがなかった行動に利終は警戒心を高め、ミオは利終の様子を見た後、威嚇を強める。

 

子狼が一瞬ビクッと体をはねさせると、徐々に巨大化していく。

その光景に二人は呆気にとられるが、子狼はどんどん大きくなり、通常の狼の3倍くらいの大きさになると二人を見据え大きな咆哮を上げる。その光景を見た利終は思っていることを大声で言う。

「どこにそんな大きさの体隠してたんだよ⁉質量保存の法則って知ってる⁉」

利終のそんなツッコミは狼の咆哮にかき消されるのだった。

 

 

 

場面は、ミオが3匹の精霊に襲われた瞬間まで戻る。

ミオは全力で真ん中にいる精霊に殴りかかる。精霊はミオの攻撃に反応できず、吹き飛ばされる。

精霊を一匹吹き飛ばしたミオは、左右の精霊を蹴り飛ばそうとするがその前に、精霊の攻撃が飛んでくる。

ミオは攻撃をやめ、その場から跳び去る。先ほどまでいた場所に強力な竜巻が渦巻いているのを見たミオは、精霊の攻撃が風を利用したものであることを察する。種はわかったが簡単に避けられる攻撃ではないことを理解したミオは、攻撃をされる前に敵を全滅させればいいと考え、右の一体に近づき思いっきり蹴り飛ばす。

ミオの攻撃を食らった精霊は吹き飛び壁にたたきつけられる。その様子を確認したミオは残ったもう一体に向かって殴りかかる。

残っていた最後の一体はミオに向けて攻撃を放つも、ミオは直感と耳の届いてくる音を頼りに攻撃を避ける。かなり危険な行為であるのは理解していたが、早急に精霊を倒したかったミオはリスクが高い行動をとり、精霊を殴り飛ばすことに成功する。

最後の一体を殴り飛ばしたミオは、すぐに利終のもとに向かおうとする。しかし、風の攻撃が迫っている音を聞き、回避行動をとる。

振り返ると、最初に吹き飛ばした一体が立ち上がり、こちらに向けて手を伸ばしている。よく見てみればほかの二体もよろめきながらも立ち上がってきている。

ゴブリンたちと違い、今のミオでは一撃で倒せない敵であるらしい。焦る心を落ち着かせようとしつつ、ミオは精霊たちに再び飛び掛かる。が、手が届く範囲に入る前に風で作られた壁にぶつかり、今度はミオが弾き飛ばされた。

ミオは体勢を立て直すと精霊を見つめる。よく見てみれば精霊の前が少し歪んで見え、あれが風でできた壁であることを理解する。

ミオは壁を迂回しながら再び攻撃をしようとするが、精霊がミオに手を伸ばすと、ミオと精霊の間に再び風の壁ができる。どうやら手を伸ばすことで、手の前に壁を作っているようだ。

視認されたままでは壁を越えられないと判断したミオは一瞬あたりを見渡すと、近くの木に飛びつく。木にぶつかる直前身体を反転させ足を木に合わせるとそのまま次の木に向かって全力で飛ぶ。

ミオは周囲の木々を使い、縦横無尽に飛び回る。あまりのスピードに精霊たちは一瞬ミオを見失う。その瞬間をミオは逃さず、一体の近くに着地すると、そのまま首に手をかけ全力でねじ切る。

首から上を失った精霊は、大量の紫色の血を吹き出しながらその場に倒れる。ミオは自身が倒した敵には目もくれず、次の標的に狙いを定める。

仲間の一体が殺されたことに気づいた精霊たちはミオに対し怨嗟の声を上げながら、攻撃を仕掛けるがミオはその攻撃をかわし、精霊の一体に跳び膝蹴りをかます。顔面にけりを食らった精霊はそのまま倒れる。その倒れた精霊にミオは馬乗りになると、容赦なく顔面にこぶしを振り下ろした。二回、三回とこぶしを振り下ろし、四回目の攻撃をしようとしたところで声が聞こえた。

「—ァァ」

ミオが飛び上がると、さっきまでいたところに風の刃が通る。ミオはそのまま着地すると、さっきまで自分が殴りつけていた精霊のほうを見る。精霊はピクリとも動かず、生きているかはわからない。が、しばらく起き上がってこないだろうと察すると最後の一体に目を向ける。

 

最後の一体はこちらに背を向け全力で逃走を開始していた。

その光景の呆気にとられるも、利終のほうに向かわないとと思い利終の匂いがするほうに跳ぼうとする。その瞬間、大量の不快な匂いをかぎ取り、顔をしかめる。

次の瞬間、耳をふさぎたくなるほどの爆音がミオに届く。どうやら、かなり大きな爆発が起きたらしい。

ミオはそれを認識すると同時に全力で利終の方向に駆け出す。

 

(お願いだから間に合って)

 

そんなことを思いつつミオは全力で駆ける。

ミオの願いは叶い、落下する二人をぎりぎりのところで助けることに成功する。

 

 

 

場面は利終のツッコミが狼にかき消されたところに戻る。狼はその大きな腕を振り上げると、二人に向かってたたきつける。

二人はその攻撃を避けることに成功するが、その攻撃によって発生した強力な風圧をくらう。利終は耐えきれず吹き飛び、ミオはその場で耐えきる。吹き飛ばされた利終は、木にたたきつけられるが、とっさに受け身をとり無傷でやり過ごすことに成功する。

ミオは狼に飛びつき、その鋭い爪で狼の右腕を思いっきり引っ掻く。狼の右腕が大きくえぐられ、狼は体勢を崩す。ミオはその場から跳び上がると、狼の首を狙う。

狼はミオの狙いに気づき、ミオに向け咆哮を放つ。先ほどまでのものとは違い、その巨大な体躯から放たれる咆哮は衝撃波を伴い、空中にいたミオを弾き飛ばす。弾き飛ばされたミオは木に叩き付けられそうになるも、体を反転させ木に着地する。

狼は左腕を上げ、ミオに向かって振り下ろそうとする。

「ッさせるかよ!」

利終は狼の後ろに回ると右手に槍を生成。そのまま、狼に突き刺そうとする。

 

覚えているだろうか。利終は普通の狼に矢を刺そうとして失敗したことを。

無論利終もそれは理解している。自分では狼に攻撃してもはじかれるだけだと。

ならなぜ利終は槍を生成して、狼に突き刺そうとしているのか。

どんな生物にも弱点がある。どれだけ固い生物でもその弱点だけはやわらかいはずだ。

利終はそう考えた。もう御察ししただろうが、利終は狼の背後にあるその弱点を狙ったのだ。

 

人はその弱点を『肛門』と呼ぶ。

「———⁉アオォォン⁉」

狼は突如、自身の弱点を攻撃され悶える。

一見ふざけているように見えるが、利終は一切ふざけてなどいない。

利終は相手の嫌がることを積極的に行う人間であり、例えば、喧嘩相手が男だった場合、容赦なく相手のゴールデンボールを狙いに行く。

急所が目の前にあるのだから、それを狙わない理由はないだろう?

そんな考えをする利終なのでこの行為は一切ふざけなしで行われたものである。

突如悶え始めた狼を見て、ミオは狼に攻撃を仕掛ける。

ちなみにミオの方向からは利終が何をしたのか見えていない。もし見えてたら、ミオは攻撃せず、利終に非難の目を向けていただろう。

だが見えていないものは仕方がない。ミオは狼の頭の上に立つと、その鋭い爪を振り下ろす。狼の顔に無数の傷ができ、狼は痛みに絶叫する。狼の声に耳を傾けることなく、ミオは狼に追撃を仕掛けていたが、狼が大きく体をねじり

、ミオを振り落とそうとしてくる。

ミオは狼の体から飛び降り、利終の隣に着地する。二人は肩を並べると狼を見つめ、狼も二人を———どちらかというと利終のほうを向いている。

利終はなぜ自分に視線が向けられているのか、全く心当たりがなく、首をきょとんとさせる。そんな様子を見た狼は咆哮を上げ、二人に突進してくる。ミオは利終に抱き着くとそのまま跳び上がる。二人が先ほどまでいた場所を狼が通り過ぎる。狼はそのまま木に体当たりし、木を根元からへし折る。

その様子を見ていた利終は能力を使い、槍を生成する。二人が地面に着地すると、利終はミオに槍を手渡す。ミオは利終から槍を受け取り、狼に突進する。ミオが迫ってくることを察知した狼は、ミオの方向に振り返ると咆哮を放つ。ミオは襲い掛かる衝撃波に耐えつつ、狼の足元にたどり着く。

「うりゃぁぁああ‼」

ミオは自らを奮い立たせるために声を上げながら、狼に槍を突き刺す。

槍は狼の首元に深く刺さる。それを確認したミオは槍を手放すと狼から距離をとる。

狼は首ともう一か所に槍が刺さったまま苦悶の声を上げながら、のた打ち回っている。

ミオは狼の方向を見つつ、利終の元に戻る。

利終は自分の元に戻ってくるミオを見ながら、思考を回す。ミオが来てからある程度落ち着きを取り戻したらしく、冷静な思考を回せる。今考えてみると先ほどの爆破は悪手ではないかと思える。着地を考えていなかったのもあるが、万が一ミオが近くにいた場合、ミオごと吹き飛ばす可能性もあった。そう考えると腕が吹き飛んだ影響でテンションが上がっていたんだなと自覚する。そんなことを考えつつ、狼の出方を伺う。狼はいまだに暴れまわっており、近づくのは危険だ。

ミオは利終の隣に来ると、利終に声をかける。

「ねえ利終君。今のうちに逃げちゃうのはダメなの?今なら逃げられそうだけど」

ミオの言葉を聞いた利終は言葉を返す。

「手下を全滅させられた上に、あそこまで傷つけられてるのにか?間違いなく見逃してくれるとは思えねえぞ。」

利終は言葉を区切ると狼を刺し、続けて言う。

「見ろ。あれだけ暴れまくっているのにも関わらず、視線はずっとこっちを向いてる。」

ミオは利終に言われた通り狼のほうを見る。狼は暴れまわっているが、確かにこっちを見ている。倒すしかないとミオは判断するが、懸念点があり、利終にそれを問う。

「倒そうにもどうやって?首に槍を刺しても死にそうにないよ?」

狼は激しく暴れているが、死にそうにないのも確かだ。あまりの激痛に暴れまわっているだけで、痛みに慣れたら再びこちらに襲い掛かってくることは容易に想像できる。

ミオの言葉を聞いた利終は、安心させるようにミオに微笑みかけながら言う。

「それに関しては心配ないよ。もう手は打ってある。」

利終の言葉にきょとんと首をかしげるミオ。利終はそんなミオを見てかわいいなと思いつつも口には出さなかった。

 

少しの間、二人に甘い雰囲気が流れる。最も、ミオにはところどころかすり傷があり、利終は右半身大やけどの上、左手がないというありさまではあるが。

二人はしばらく互いを見ると、視線を外し狼に向きなおる。

狼は痛みに慣れてきたようで、暴れまわるのをやめゆっくり起き上がる。その目はこちらを見据えており、絶対に殺すという殺意にあふれている。

利終はその様子と、もう一つの様子を見て勝利を確信し、ミオの前に出る。

利終が自分の前に出てきたことに驚いたミオは利終をかばうように前に出ようとする。

利終はその行動を手で制する。ミオは利終の表情を見て、利終に従う。

狼はその二人を見て一瞬、怪訝な顔を浮かべる。狼は低くうなると、大きく口を開け咆哮を上げる。そんな狼を二人は黙って見つめる。その様子を見た狼は二人に向かい突進を仕掛ける。迫る狼をただ見るだけで、二人は動かない。狼と二人の距離が残りわずかになった瞬間—。

「白上のことを忘れないでほしいですね!」

狼の頭上から焔が降り注ぎ、狼を焼く。その焔は、首元ともう一か所に刺さった槍の先端に塗ってあったエタノールを発火させる。体外と体内から同時に焼かれた狼は大きな咆哮を上げながら地面に横たわる。そのままフブキの焔に焼かれ、利終達の最大の障壁であった狼はついに力尽きる。

力尽きた狼が光の粒子になって消えていく様子を見ながら、利終は大きな息を吐いた。それと同時に体中の力が抜け、倒れそうになるが、ミオが利終を支える。

「大丈夫?」

ミオは心配そうな顔で利終に聞く。利終はミオに答えながら一人で立とうとする。

「心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと左腕がなくなっただけだ。」

冗談っぽく笑う利終にミオは怒りながら言う。

「それちょっとじゃないよね⁉昨日無茶したばっかりなのにまた無茶して‼帰ったらお説教だからね!」

利終は肩をすくめながらミオに謝る。

「悪いって。でも説教は勘弁してくんね?」

二人がそんな会話をしていると、後ろからフブキが声をかける。

「お二人さんや。二人だけの世界に入るのは構いませんが、白上のことを忘れてはいませんか?」

ミオはとっさに利終から体を離し、突如支えがなくなった利終は少しよろめくも、バランスを取りフブキに向きなおる。

そんな様子の二人をフブキはニヤニヤしながら見ている。利終はフブキの視線を受け、頭に?を浮かべるが、ミオは少し顔を赤らめる。

フブキがにやけている理由がわからなかった利終だが、別にいいかと思いフブキに礼を言う。

「いや忘れてないが。とにかく礼を言うぜ。少なくとも俺とミオの二人だとあいつを倒すのには時間がかかっただろうしな。」

その利終の言葉を聞き、フブキは疑問に思ったことを利終に問う。

「ふ~ん。倒せなかったとは言わないんだね」

フブキの言葉に自信満々に利終は答える。

「俺とミオがいれば倒せない奴なんていねえよ。なんせ俺の中ではミオが最恐だからな」

利終の堂々とした態度にミオはさらに顔を赤くし、そっぽを向く。

地味に利終が言う『さいきょう』が違って受け取られているように思われるが知らぬが仏であろう。

フブキはミオのそんな様子を見て、さらに顔をにやけさせる。

このままでは永遠にいじられ続けると思ったミオは大きく咳払いをするとフブキに向きなおる。

「フブキもこの世界にいたんだね。無事でよかったよ~」

ミオのその言葉にフブキは顔を引き締め、ミオに向きなおる。

「ミオも無事でよかった~。まあ、ミオの場合は利終君っていう、心強~い味方がいたみたいだけどね」

 

訂正、どうやらミオいじりはまだ続くらしい。

「も~!それは今はいいでしょ!ちなみにフブキは今どこか安全な場所にいるの?」

ミオの言葉を聞き、フブキは自分が置かれている現状を正直に答える。

「いや~。実は今は森の中で野宿している状態でして。安全とは言えないかな~」

フブキの言葉を聞いたミオは一つ提案をする。

「ならうち達と一緒に来ようよ。うち達は山にある小屋に戻って利終君の療養をしないとだからさ」

突如自分が療養されると聞いた利終はミオに待ったをかけようとするが、ミオににらみつけられその言葉を飲み込む。

フブキはミオの提案を聞き、賛成する。

「いいの⁉ありがと~ミオ~。それに利終君は確かに安静にしないとね~」

二人の言葉を聞いた利終はあきらめの表情をする。ただでさえミオと一緒にいることがファンにばれたらやばくなることが確定しているのに、そこにフブキが加わりさらにファンにばれたらやばい、というか殺されるのでは?と利終は思ったがどうにでもなれと未来の自分に匙を投げるのだった。

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