薄暗い廊下を最大限警戒しながら、フブキ、スバル、おかゆの三人は歩く。
バリケード超えた以上、いつ敵に襲われてもおかしくない。
そんな緊張感が漂う・・・ことはなく、警戒しつつも三人はいつも通りであった。
「ねえねえ~。ミオちゃんは利終君と二人きりになろうと頑張ってたけど、もしかしてさ~」
おかゆは先ほどのミオの言動が引っ掛かっていた。
利終君のため、と言いながらミオ自身が利終と二人になることを望んでいるかのような言動だったため、おかゆはあることを勘ぐったのだ。
おかゆの言いたいことを理解したスバルはおかゆの言葉に同意を示す。
「う~んとね~。そうらしいよ~?スバルが見た感じだとミオちゃんって完全に利終君にって感じがするし、利終君もミオちゃんにって感じがするね」
スバルの言葉に、おかゆは納得しながら言う
「へ~。つまり両想いってわけか~」
二人のことを思いながらニマニマとした表情を浮かべるおかゆ。
そんな二人の会話を聞いてたフブキは意外なことを言う。
「ん~。多分だけど違うと思うよ。利終君に関しては白上も詳しくないから、あんまり言えないんだけどさ~。ミオに関しては恋愛感情とかじゃないと思うな~。」
フブキの言葉に驚く二人。そんな二人にフブキは、自分が感じていることを話す。
「今のミオが利終君にもってるのって『恋心』じゃなく、『依存心』なんじゃないかな~って、白上は思うな~」
恋心ではなく、依存心。フブキが感じたのはそうだった。
この二つの言葉は、外部から見たときの判断が難しい。
何故なら依存心も恋心も、行動としてみるとあまり違いがなく、大きな違いは本人の感情だからだ。
それを見破ったフブキは人のことをよく見ている。いや、この場合それがわかるほど、ミオとフブキの仲が良いということだろう。
フブキの言葉を聞いた二人は納得しつつも浮かび上がる疑問があった。
「でも、なんで利終君に対して依存心を?利終君から聞いた話だとそんな風になることってなかったと思うけど・・・」
スバルの疑問に対し、フブキは自身の憶測を述べる。
「んーっとね、白上がミオから聞いた話だとそんな風になってもおかしくかな~っておもうな~。ミオってさ、利終君と出会う前って、白上達とおんなじで一人だったわけだよね。そんな中、自分を助けてくれてた人ってどうしても特別になるじゃん?けど、その特別な人が、自分を助けるために二回も死にかけたんだよ。」
一人でいたときの孤独感。三人とも味わった感覚だ。
だが、その後の『喪失感』を経験はしていない。
表情には出さないけれど、三人とも自分以外の人がいたことが大きな支えになっている。
一人ではなかったという安心感が、人を安定に導く。
しかし、ミオの場合は一人ではないという安心感を味わった後、それがなくなるかもしれないという恐怖に襲われた。
利終が現れたとき、ミオが持ったのは安心感だ。
自分以外の人がいたこと。たったそれだけのことだが、ミオはとてつもない安心感を抱いた。まあ、安心感を抱いた直後に警戒心へと変わったわけだが。
その後、利終との会話でミオは利終に完全にではないが、心を許した。それはきっと直前まであった孤独感や不安といった感情から解放されたからだろう。
しかし、その後、利終はミオの目の前で死にかけた。
声をかけても目を開けず、徐々に失われていく利終の体温にミオがどれほどの喪失感や恐怖、不安といった感情を抱いたのだろうか。
本人でない以上、憶測でしかないが、想像しただけで三人は理解する。
「確かにね~。僕だって、今皆が目の前でってなったらそうなるかも~」
おかゆの言葉に頷く二人。自分一人しかいないのではないかという孤独感は、三人にとってそれほどの恐怖を与えたのだ。
そして、救いと失う恐怖。一度に味わった人間がどうなるのか。
今のミオが利終に依存している理由は明白となり、三人はどうすればいいかがわからなくなる。
無理に離すのは悪手であるし、そもそもそれができる現状にはない。
今のままではいけないと感じつつも早急に解決するすべはない。さらに、このまま放置は悪化の一途を辿るだけだ。
「やっぱり、今のままってのはダメなのかな」
スバルはぽつりと言葉をこぼす。
その言葉にフブキが反応し、答える。
「そうだね。このままだと元の世界に帰れた時を考えるとね」
フブキの言葉にそうだよね、っと同意を返すスバル。
このまま解決できずに元の世界に帰れたのなら、ミオの精神がどうなるのかわからないのは事実である。利終を求め探し回るかもしれないし、ふさぎ込んでしまう可能性も捨てきれない。
しかし、今回のことで最も問題になるのはそこではない。
「一番問題になのは本人たちに一切の自覚がないことなんだよね~。お互いに無意識で相手に依存している感じっていうか」
『ねえ、利終君はミオについて気づいてます?』
かつてフブキが利終にかけた言葉だ。その言葉に利終は質問の意図がわからないという感じであった。フブキの見立てでは、利終のほうもミオに依存している可能性が高い。
それが果たして共依存なのか相互依存なのか、どれにせよこのままではいけないのは明白だ。
何とかしなくてはと考える一方、何ができるんだろうと考えてしまう。
八方ふさがりに近いこの状況を解決する手段は———。
「っと、その話はあとだね~。ここが僕の言ってた図書室だよ~」
おかゆは急に立ち止まると、一つの扉を指さしながらそう言う。
横開きの扉で、その向こうからかすかにうめき声のようなものが聞こえる。
「どうやらかなりの数いるっていうのは本当のようだね。それじゃあ、手筈通りにやりますか!」
フブキはそう言うと、横開きの扉の前に立ち・・・
思いっきり扉を蹴り飛ばす
すさまじい音を立てながら吹っ飛んでいく扉と、それに巻き込まれるゾンビ達。
あまりにも荒々しい扉の開け方だが、これは利終の作戦だったりする。
『扉開けて目の前に敵がいたら行動が一歩遅れるだろ?なら扉ごと敵を排除したほうがいい』
スバルは利終が言った言葉に対し内心で、悪役のすることじゃない?と思ったりしたが口には出さないでいる。
ちなみに利終以外の全員が同じことを思っているが、そこはご愛敬という奴だろう。
というか、変異種ウルフに対する『肛門突き(エタノール付)』よりはましだと思う。
そんな風に扉を蹴り開け、何体かのゾンビが光る粒子になって消えていくのを視界に収めつつ、そのほかのゾンビが一斉に襲い掛かってくる。
「はい、『鎌鼬』」
おかゆの能力によって、襲い掛かってくるゾンビ達は、フブキたちに触れることどころか、半径3m以内に入ることすらかなわず、光る粒子に還元されていく。
扉が一つしかないため、その出入り口におかゆの鎌鼬を設置してしまえば、ゾンビ達には成す術がない。
ゾンビ達に罠を避けるという知性があれば話は変わっていただろうが、ないものは仕方がない。
フブキたちに襲い掛かろうと、一つしかない扉から出てこようとし、その扉に設置された鎌鼬によって光る粒子に代わるゾンビ達。
それを見たスバルはついに思ったことを口にする。
「なんか、こうも一方的だと罪悪感が出てくるね」
ちなみにこの策を考えたのも利終だ。アイツはもう悪役でいいんじゃね?
安全を第一に考えつつ、敵を一方的に葬れるうえ、目的の本を一切傷つけない案なんだから合理的だろ。そんな利終の言葉が聞こえてきそうだが、三人は努めてそれを無視する。
利終は外道、もしくは人でなしという共通認識を持ちつつ、目の前の惨劇を死んだ目で見つめる。
約二分後、出てくるゾンビがいなくなり、うめき声もなくなった。
中にいたゾンビが一掃されたことを確信した三人は、中に入り、大量の本に圧倒される。高さ3m横幅20m奥行30mの部屋にびっしりと格納されている本たち。これだけ数があれば目的の本もありそうだが、それを探しきるには骨が折れそうだ。
そんな風に思いつつも、探さなければならないのは理解しているので、三人は大量にある本をあさり始めるのだった。
一方、利終とミオの二人は、使えそうなものを片っ端から集め、おかゆがいた部屋に戻ってきていた。
利終は集めた道具を選別していると、ミオから声をかけられる。
「ねえ、利終君はなんでそんなにいつも通りでいられるの?」
ミオの言葉に、意図を把握した利終は答える。
「そうだな~、まず、仮説に過ぎないってのが一つ。あっているかどうかわからないし、確認をすることもできない。ならいくら考えても杞憂にしかならない。つまり、いくら考えても無駄ってことだな。んで、二つ目が変わんないからだ」
「変わんない?」
ミオは利終の言っている意味が理解できず、利終に聞く。利終は首を縦に振りながら答える。
「そう。ここにいる俺たちが本物だろうと、偽物だろうと、ここにいる俺たちの関係は本物だ。もしここにいる俺たちが偽物で、現実に戻ったら消えちまうってわかっていたとしても、その繋がりだけは絶対に偽物じゃない。それに、現実にいたとしてもいつ死ぬかなんて誰にも分らない。だから、人ってのは『今』を必死に生きてるんだろ?なら俺たちもここで必死に生きて『今』を『明日』を望む。ほら、
利終はそう言ってミオに微笑む。
利終のそんな言葉にミオはそっか、と納得する。その言葉はミオ達にも通じるものがあるからだ。
ミオ達Vtuberという存在は偽物の姿に、偽物の性格、そんな偶像を使って、様々な人たちとつながっていく。
人の本質はそこにはない、そう言ってのける利終にミオは少し気分が晴れる。
ミオはこの時、利終の人間性を少し理解した。
利終という人物は、『狂人』と呼ばれる部類だ。現実を見ろと、ネットに逃げるなと、世間一般的に言われる『正しい』言葉に『くだらない』と吐き捨てる。
『正しい』だけの言葉に意味はなく、『正しくない』道を選び取る。
そんな利終をミオはここでようやく理解した。大多数の人間が嫌悪する利終という人間に、ミオは不思議と安心を覚える。
それが何なのか理解できないまま、いや、あるいは理解する必要がないと思いながら。
しかし、ミオはこの時、一つ自覚をした。
自分は葛音利終という
今ここにいるのが大神ミオなのか、それとも〇〇〇〇〇〇というただの人なのか。
この時、一つのが剥がれ落ちる音が聞こえた。
「やった!見つけた!」
突然大きな声を出したスバルに、おかゆとフブキの二人は集まる。
「ほんと!?回復道具の手がかり、見つけられたの!?」
フブキは興奮気味になりながらスバルに詰め寄る。
スバルは手にもった本のとあるページを指さしながら答える。
「ここ!『ヒーリングポーションとキュアポーションのつくり方!』ヒーリングポーションがHPを回復するポーションで、キュアポーションが状態異常を治すって書いてあるから、これさえあれば!」
「利終君のHP1問題も、ミオの体調不良問題も一気に解決するね!」
二人とも興奮し周りが見えなくなる中、おかゆは初耳な言葉に対して質問する。
「ねえねえ~。その利終君のHP1問題とミオちゃんの体調不良問題って何~?」
その時、フブキとスバルはそういえば、と思い出す。
よくよく考えれば、『何を』探しているのかは伝えたが『何故』探しているのかは伝えていなかった。
そう思い立ったフブキはおかゆにその何故を説明する。
最初はうんうんと聞いていたおかゆだが、さすがに見過ごせない点があったらしい。
「利終君って~、もしかして馬鹿なのかな~。さすがにそんな死にかけの状態で探索に参加しようとしてたなんてさ~」
まったくもってそのとおりである。ぐうの音も出ない正論に、フブキたちは苦笑いを返す。
そうしていると、スバルが何か見つけたらしく、本を見てあちゃ~、と声を出している。
その声色から、あまりよくなさそうだと思ったフブキは、スバルに問いただす。
スバルは本のとある文章を指さしながら答える。
「『ヒーリングポーションの原材料は清潔な水と薬草です。その二つの材料を魔法薬窯でじっくり煮た後、魔力を流すことで透明になります。それで完成!なんて簡単なことなんでしょう!キュアポーションは毒消し草をプラスして混ぜれば出来上がります。薬草と毒消し草は砂漠地帯以外であればどこでも見つかりますが、清潔な水は洞窟の中や森の川の源泉など、特殊な場所に沸きます』だってさ。この薬草と毒消し草は簡単に手に入りそうだけど、清潔な水と魔法薬窯ってのが問題になるよね~」
スバルが指したページには薬草や毒消し草と思われるイラストが載ってあり、これならそこら中で見かけたな、とフブキとおかゆの二人は思う。
しかし、スバルの言う通り、清潔な水と魔法窯がな~、と二人が思っていると、フブキがあることに気づく。
「ねえねえ、これに書いてある魔法窯のイラストだけどさ。これって、利終君とミオが持ってたあの窯にそっくりじゃない?」
それを言われたスバルはイラストよく見る。確かに二人が最初から持っていた窯にそっくりだった。
「ん~?ってことは利終君とミオちゃんが持ってたっていう窯?が魔法窯ってやつだってこと~?」
唯一現物を見たことがないおかゆがそう聞く。
その言葉に多分、と二人そろって頷く。
二人が最初から持っていた窯がたまたま魔法窯であったというのはにわかには信じがたいが、利終達いわく、あれは自分たちも知らない小屋の中にあったと言っており、もしかしたらその小屋の持ち主がポーションなどを作る人だったのかもしれない。
そう考えた三人が考えた瞬間、建物が揺れているのではないかと錯覚するほどの爆音が響いた。
三人はとっさに耳をふさぎ、音が止むのを待つ。
ほんの数十秒ほどで音が止み、フブキはおかゆに問う。
「おかゆん!今の音って何かわかる!?」
少し焦っているフブキにおかゆは答える。
「ごめん、分からない!けど、ここ数日間で何回か耳にはしてるよ!」
おかゆの言葉にフブキは嫌な予感がし、とっさにスバルとおかゆの二人を抱えてビルの外に飛び出す。
あまりに急なフブキの行動にスバルはとっさに本を抱きしめ、おかゆは何もできずなされるがままになっている。
ビルの外に飛び出た三人は、当然重力に従い自由落下を始める。
高所恐怖症のフブキは悲鳴を上げそうになるが、それより早くおかゆがビルの頂上あたりを指して叫ぶ。
「フブちゃん!あれ!」
奥底から湧き上がってくる本能的恐怖をぐっとこらえつつ、おかゆの指さした方向を見る。
そこにはフブキ達と同じように脱出したらしいミオと利終。
そして、先ほどまでいたビルを破壊しながら二人を追う巨大なサソリの姿があった。
「とりあえずあらかた仕分けは終わったな。」
時はさかのぼり、利終のミオが集めた小道具を仕分けし終わった場面に戻る。
底に穴が開いた鍋や刃が完全にかけてしまっている包丁などは、使えはするが今は無価値なものに分類し、埃をかぶっているビンや研げば使える程度には刃が残っている包丁は、手入れすれば使えるものに分類した。つか包丁多くね?
「なんか、包丁多くない?」
ミオも同じことを思ったらしく、利終にそう聞く。その疑問に利終は同意しつつ答える。
「確かに多いけど、このパンデミック状態になったっていうのを前提に考えると、不思議でもないさ。持っていたら小道具にもなるし武器にもなるんだからな」
そういいつつ、持っている刃がかけていないサバイバルナイフをミオに渡す利終。
ミオは渡されたサバイバルナイフを自分の腰につけると、近くにあった別のサバイバルナイフを利終の腰につける。
利終は立ち上がると右手一本を器用に使い、ナイフを取り出す。
しばらく右手でナイフをいじると、そのまま腰の鞘に納め、ボタンを閉めて固定する。
ミオも同じように即座に取り出す練習をし、いつでも戦闘を取れるように準備をする。
その時、下のほうで爆音が響いた。
「今の音って・・・」
ミオの言葉に頷きながら利終が答える。
「ああ、フブキが思いっきり扉を蹴破った音だろうな」
二人は三人の戦闘が始まったことを確信し、無事に倒せることを祈る。最も、利終の作戦が原因で戦闘ではなく蹂躙になっていたが。
そんなことを知らない二人は心配するが、突如上のほうで聞こえた、何かを引きずる音を聞き、警戒する。
「なあ、バリケードがこの階にあるから、ここより上ってゾンビ達は入ってこれないはずだよな」
利終の言葉に頷きを返すミオ。階段の踊り場にバリケードが設置されているため、それより上には誰もいないはず。なのに物音が聞こえるということは。
「バリケードが破られたか、バリケードが意味をなさない生物が入ってきたか、もしくはバリケードを作ったときには中にいたかになるよな」
利終が考えられる可能性を上げるとミオが否定しながら答える。
「少なくともバリケードが破られたはないと思う。バリケードが破られたなら大きな音が鳴るだろうし、そんな音私たち聞いて無くない?」
ミオの言葉になるほど、と納得しながら自分の中にあるバリケードが破られた説を却下する利終。
となると可能性は二つ。その中でも最悪なのは。
「バリケードが意味をなさない生物が入ってきたパターンだな。どちらにせよ確認しないわけにはいかないな」
利終がそういいながら廊下に出ようとするのでミオは慌てて後を追い駆ける。
利終はミオがついてきていることを確認しながら廊下を歩き、階段を上っていく。
ミオも利終の後を追うが、いざとなれば即座に利終の前に出れるように警戒する。
これでホラー感満載な敵が出てきたら嫌だな、と二人は思いつつ、音の発生源であると思われる扉の前に来る。
「多分ここだな。中から音が聞こえるし。つかどんだけ高いんだよこのビル。10階以上は上ったぞ」
ちなみに現在利終達がいるのは44階だったりする。不吉だ。
利終達がいた部屋は25階にあったのだが、そこから聞こえるということはかなり大きい音であることがわかる。
事実、40階あたりからフロア全体に音が響いていた。
利終が扉を開けようとすると、その腕をミオが掴む。
「私が開ける。いいね?」
ミオの有無を言わさぬ迫力に利終は黙ってうなずく。
利終が引いたのを確認したミオは扉に手をかけ、音を立てないようゆっくり開いていく。
完全に開き中を確認するが、明かりがないため何がいるのか把握できない。
しかし、二人の本能は同時に理解した。ここにいては危険だと。
利終が何か言う前に、利終を抱えたミオはその扉から距離をとる。
すると先ほどまでいた場所を巨大な何かが通り過ぎた。
それはそのまま壁を突き破り———
瞬間、とてつもない爆音とともに爆発する。
直撃を受けていないのにもかかわらず、二人は風圧だけで吹っ飛ばされる。
二人が壁に叩き付けられる直前、ミオはとっさに壁をぶち破り、叩き付けられることを回避する。
同時にビルの外に投げ出され、二人は自由落下を始める。
「ミオ!」
「利終君!」
二人は瞬時に判断をし、お互いの手を握る。
その瞬間、ビルの壁を突き破りながらそれは現れた。
黒光りする鱗と二本の巨大なハサミを持った巨大すぎる体躯。
その巨体を支えるためと思われる十本の足。
なにより目立つのは尻尾の先端にある大きな針だろう。
全長15mほどの巨大なサソリがビルを足場にしつつ、利終達を追い始める。
「『ステータス看破』ッ!」
利終はとっさに敵のステータスを見る。
何か情報がないかと思っての行動だが、利終はそこで最悪の文字を見つけてしまった。
「残酷な蠍座、スキーロス・スコーピオン⁉ってことはこいつが!」
そう、利終たちの目の前に現れたのは、都の都市を廃墟にした化け物の一匹。
「『黄道』ッ‼」
空中で自由の利かない二人を、ビルを足場にしたスキーロス・スコーピオンが襲う。
「『狐火』‼」
スコーピオンのハサミが二人をとらえる直前、二人の真下から飛んできた焔がスコーピオンに直撃する。
焔の直撃を受けたスコーピオンはバランスを崩し、ビルを放し、自由落下を始める。
「「フブキ!」」
利終とミオの二人は焔が放たれた方向に視界を移し、同じように落下している三人を目撃する。
フブキはおかゆとスバルの二人を抱えたまま、左手を使って焔を出したらしい。
「って、尻尾使ってる!?」
ちなみだが、フブキは右手でおかゆ、尻尾でスバルを抱えている。
フブキは顔面蒼白になりながらも二人をしっかり抱え、落下している。
着地を考えた利終だが、急な悪寒に襲われスコーピオンのほうを見る。
足を開きながら落下しているスコーピオンは落下を考えているのだろう。距離は少しあり、ハサミや尻尾では届かない位置にいる。
なのに利終の本能は警告を鳴らし続けている。
ハサミでも尻尾でも届かないのに何故?と利終が考えていると頭に引っかかっていることがあった。
「さっきの爆発を起こしたのってなんだ?」
利終からしたら目に見えない速度で放たれた攻撃だった。しかし、ミオにはその正体がかすかにだが見えていた。
「さっきのやつ!?それならとがった何か・・・針のようなものだったよ!」
針のようなもの?
利終はミオの言葉を聞き、全力で思考を回す。
攻撃の届かない位置なのに鳴りやまない警報・・・目に見えるか怪しい速度で飛んでくる針・・・針?
利終が視界をスコーピオンの尻尾に向ける。
その先端にあるスコーピオンの針は確かにこちらを向いているような気がして———。
「‼ミオ!フブキ!ビルに炎を使って、空中の軌道を変えろ!早く!」
利終の判断に二人は迷わず指示通りにする。
ビルに向かって火を放つ二人。反作用により、放った方向とは真逆の方向に五人の体はずれて行く。すると、先ほどまで五人がいた位置をすさまじい速度で何かが通り過ぎ、地面に直撃する。その直後、その何かはすさまじい音を出して爆発する。
「くそ!やっぱりあいつの針か!」
スコーピオンは尻尾の先端にあった針を高速で射出し、爆破させたのだ。
目で追うことは困難、見えたとしても反応速度的に避けることはかなわない。
少なくとも人間である利終とスバルには避ける手段はないだろう。
そして視界に移るスコーピオンの外殻を見て利終は渇いた笑みを浮かべる。
「なーるほどねー。こりゃ人間じゃあ勝てないわけだ」
フブキの焔の威力は大まかにしかわからないが、恐らく一五〇〇度以上。
拠点を作っている途中、身体能力テストをしたとき、フブキの能力について調べていた。その時標的にしたのが利終の持っていた矢だ。
拠点を山の小屋から水海地帯に移すとき、残っていた一〇本の矢。使いどころが多く、重宝するものであったが、耐久力を調べるついでに的にしたのだ。
その結果、矢は溶けてしまった。
燃えるのではなく、溶けたのだ。つまり、フブキの焔は鉄を融解させるほどの熱量である可能性が高い。
鉄が融解する温度は一五〇〇度であり、さらに言うと触れただけで溶けるということは実際の温度はもっと高い。
そんな超高温の焔を手のひらから出しているフブキはどうなっているのか、そしてそれをまじかで見ている利終たちには何故熱が伝わってこないのか。
疑問に思う点はいくつもあるがその疑問は全て後回しだ。
利終が渇いた笑みを浮かべたのか。その理由は単純。スコーピオンの外殻は鉄を即座に融解させるほどの熱を持った焔をくらって、傷一つついていないからだ。
そして、先ほどの爆発からしてダイナマイト程度の爆発ではピクリとも動かない可能性が高い。
少なくとも自分の爆発で死ぬはずがないと考えると、スコーピオンを倒すには、最低アレレベルの爆発でなくてはいけない。
おそらくだが、重火器の類でも傷をつけるのは不可能だろう。無論、RPGとかなら話は別だが。
そんなレベルの化け物が三匹。そりゃ襲われたら一溜まりもない。
このレベルの存在にたかが数万の人間が束になったところで結果は知れている。
そんなことを考えてしまった利終はものすごい納得とともに渇いた笑みを浮かべてしまったのだ。最も利終はあきらめたわけではないが。
「ミオ!フブキ!とにかく全力でこいつから逃げるぞ!今は勝つのは不可能だ!」
利終の判断に二人は即座に従う。
先に地面についたフブキは体を回転させながら地面に着地し、そのまま水海地帯のあるほうに全力で走る。もちろん、その間にも抱えた二人に気を使いながら。
ミオは利終を抱えると、そのままフブキと同じように着地を決め、地面に炎を撃ち、大量の煙を発生させた後、フブキの後を追う。
ミオに抱えられたままの利終はスコーピオンの様子を見る。
スコーピオンはそのまま着地をしたかと思ったら、逃げる利終達には目もくれず、再びビルを登っていく。
おそらく、あそこが奴の拠点なんだろうな、と利終は思いながら遠のいていくスコーピオンを見つめる。
遠くないいつか、戦うことを確信しながら————