「ヤマト准将」
「……なんでしょう。ゼレンスキー中尉」
連合のパイロットスーツをきた男と、コンパス最強の少年が夕暮れ時に沈みつつある森の中で向き合った。
ザアザアと木の擦れ合う音が辺りを支配して、その音はどこかユーラシア大陸の人を寄せ付けない冷たさを感じさせた。
「ずっと貴方に、君に会いたいと思っていた」
そう言ってゼレンスキーは懐に手を入れた。
「これを」
手渡されたのは草臥れた封筒だった。
キラが恐る恐る中を開けると、そこには数十枚の写真が詰められていた。
肩を組んだ兵士たちや、笑顔で手を取り合う家族が写った写真。
何気ない日常の一コマを切り取ったような、普通の写真だ。
全ての写真の裏面に、ありがとう!とメッセージが添えてあった。
「あの、この写真は?」
ゼレンスキーの意図が理解できず、キラは彼に問うた。
その質問に答えるゼレンスキーの目は優しかった。
「それは、君に助けられた仲間達の写真だよ」
「僕に……助けられた?」
「ああ。えーと、最初の一枚は、確か……。ああ、そうそう!アルテミス基地所属のメビウスのパイロットだね。名前はヨーゼフ。ザフトの襲撃で死にかけたところを君のストライクに助けられたって言ってた。おしっこチビった程度で生き残れたのは奇跡だとね。それと、ウチのハゲがすまないってさ」
あのハゲ、ガルシアの事だ……。たった4年前の出来事なのに、もう遠い遠い昔の事のように思えた。状況に流されながらストライクに乗り込んで、友と銃を突きつけあったあの時のことを……。
強張ったキラの顔に気付いているのかいないのか、ゼレンスキーはそのまま次の写真を見せる。
「それでこっちはオレの元同僚のモレクニー。今じゃ退役してパン屋をやってる。彼はオーブ侵攻の時に君のフリーダムに撃墜された一人だ。元々侵攻理由も難癖に近い無茶苦茶な作戦だったからね。ユーラシアからも何部隊か参戦せざるを得なかったところを、出撃早々君に撃墜されてオーブの地を踏む前に海に落っこちたそうでね。撃たせないでくれてありがとさん、ってさ。はいこれお礼にって。お手製乾パンだそうだ」
「むぐ!?」
キラの口に乾パンを突っ込みながら、ゼレンスキーはさらに続ける。
キラはむせて、ちょっと涙目になった。
「この3人で写ってるのはゲルズゲーのパイロット・チームだ。ガガーリン、ヨシフ、ウリャノフだね」
「……ええと、あの、三人ともとてもいい笑顔ですね」
乾パンを飲み込んだキラは、そろそろ目の前のこの男の言いたい事がわかってきた。彼はきっと、キラがこれまでに関わってきた人々のメッセージを届けたかったのだと。だからぎこちなくも、それに応えようとした。戦う事しかできない自分に、その言葉を受け取る資格がないとしても。
彼らのその言葉は、受け取らないといけないと思った。それ故の一言だったが、ゼレンスキーの次の言葉にキラの顔は更に曇った。
「ああ、いい笑顔だろ?2年前にみんな死んだけどね」
「……え?」
ゼレンスキーが写真から目を離しキラをじっと見つめた。
「彼らはメサイア攻防戦でモビルスーツ部隊の直掩機だった。けどそこに接近してきたザフトの灰色の新型のオールレンジ攻撃を前にゲルズゲーの『シュナイドシュッツ』……ビームシールドじゃ味方を守り切るなんて無理だ。守るべき部隊は全滅し、自分たちもやられる、って時に助けてくれたのが君だ。彼らは生粋のコーディネイター嫌いだったが……コーディネイターの君に助けられた事で思う所があったんだろうねぇ……。終戦後のブルーコスモスの暴動でユーラシア領内のコーディネイターが多く住む地域が襲われた時、近隣の基地から無断出撃。ウィンダム12機相手に渓谷で1時間持ち堪えて本隊が到着する時間を稼いだ。これが彼らのドッグタグだ」
受け取ったドッグタグには、ファッ●ン・コーディと刻まれていた。
こんな差別的な言葉を刻んだ人間が、その身を挺してコーディネイターを守った。
それを美談と思えたら、どれだけ楽だったろう。
「僕の、せいなのか……!?」
キラは手の中の3枚のドッグタグを握りしめた。
自分の行動が、戦いが、結果としてこの人たちを殺してしまった?
憎しみを乗り越えて、誰かを守る。なんて尊い事なのだろう。
けれど。
助けたのが僕じゃなかったら。
彼らは無断出撃なんてしなかったはずだ。
仲間と連携して、もっと上手くブルーコスモスを撃退したかもしれない。
「僕が、彼らを助けなければ……!」
「そうしたら彼らはメサイアで死んでいたさ」
キラの慟哭にゼレンスキーが諭す様に語りかける。
「なら、貴方が助ければよかったじゃないですか!ナチュラルのあなたが!そしたら彼らも無断出撃なんて無茶な行動なんてしなかった!死ななかった!……重いんですよ!僕には!誰かの命の責任なんて、僕には重すぎる!死んだ人たちの選択のきっかけが僕に助けられたから?やめてくださいよ!僕にはあなた達の死を背負える力なんてない!勝手に死んだ理由を、僕に押し付けないでくださいよ……!」
「甘ったれるな!」
「!?」
ゼレンスキーがキラの頬をぶった。
ぶたれた頬がカァっと熱くなって、思わず手で抑えながらぶった張本人を睨みつけた。
「何をするんですか……!」
「ああ、見ての通り殴ったのさ!」
「仲間の悪口を言われて怒ったんですか!?勝手に死んだ仲間の!」
「勝手に死んだ?ああ、そうさ!君からしたらそうだろうよ!」
「そうですよ!あなた達が、弱いから……!だから……ウワッ!?ぶちましたね!?二度もぶった!アスランにもぶたれたことないのに!」
「それが甘ったれなんだ!親友と殴り合いの喧嘩もしないで一人前になった男がいるものか!」
「ッ!貴方に何がわかるんです……!」
「ヒデブッ!?」
キラの抹殺の右ストレートが見事にゼレンスキーの顔面を吹き飛ばした。ゼレンスキーは錐揉みしながら5mくらい飛んだ。顔面を*の形に凹ませながら、それでも彼は言葉を続けた。
「……思い出せ。君が剣を手に取った理由を。君の原点を」
「僕の、原点……?」
「最初は状況に流されたのかもしれない。だが君には何度も逃げ出す機会があったはずだ。違うかい?」
その言葉でフラッシュバックする、数多の記憶。
ヘリオポリスから脱出してまもなくの、アスランとの戦闘で、何度もザフトに来るように説得された時の事。
アルテミス要塞でユーラシア連邦に拘束された時の事。自らの意思でストライクに乗り込みブリッツと戦った時の事。
地球へ降下した後、イージスら4機のガンダムに追い立てられてようやくたどり着いたオーブで、両親に会ってそのまま逃げてしまうこともできた事。
アスランと相打ちになり、マルキオ導師とラクスに助けられ、しかし自分の意思でフリーダムに乗り込んだ時の事。
「だが君は逃げなかった。『ガンダム』に乗りこんで戦うことを選んだ。その時君の目の前にガンダムがあったことは偶然かもしれない。だが、ガンダムに乗るかどうかは君自身で決めたことであって、偶然ではないはずだ」
「ガンダムに、乗った決意……?」
ストライクに乗り込んだ時。仲間が乗ったアークエンジェルを守る為に。戦わなきゃ守れないから戦うんだ。当時のムウの言葉を思い出す。
「そうだ。思い出せキラ・ヤマト。その時、君にガンダムに乗る決意をさせたものはなんだ?」
フリーダムに乗り込んだ時。何と戦えばいいのかはまだわからない、けれど、ただじっとしている事もできない。そんな自分にラクスに導かれた先で現れた新たなるガンダム。思いだけでも力だけでもダメだと気付いたあの日。
「僕は……ただ、守りたくて……」
「……そうか、そうだね。彼らもそうさ。そこに守る為の力があって、君から貰った思いがあった。ただそれだけだ。ただそれだけの事だったんだよ」
鼻血をぬぐって立ち上がったゼレンスキーが言葉を紡ぐ。
「1人の力では世界は変えられない。けど、誰かの思いは次の誰かに受け継がれる。その思いが、更に未来へと。だから、君の思いが彼らを変えた。そして彼らは誰かを守った。そしてまたきっと、守られた誰かが彼らの意思を継ぐだろう。君の意思が、周り回ってほんのちょっぴり世界を変えた!……確かにアコードの、彼の言う通りかもしれない。人は愚かだ。争いを繰り返す。だが何度でも、きっとそれを止める意思が生まれる!デスティニープラン?そんなのごめんだね!適正?知るかよ!パイロットなんてクソ喰らえだ!例え誰にもウケなくても俺の魂は芸人だ!いつか、きっといつか、俺の笑いは世界を変える!それが、俺の意思だ!」
「世界を、変える……」
「俺の夢さ。……人の可能性を運命で縛るなんて、ロマンに欠けると思わないかい?」
ロマン。そんなあやふやな言葉でデュランダルが提唱したプランを一蹴したゼレンスキーを見て、キラは思わず破顔した。
ずっとウジウジ悩んでいた事が、彼の一言で吹き飛んでいくのを感じた。そっか、そんな事でいいんだ。自分がそうありたいなら、そうあればいいのだ。
握りしめたドッグタグに熱を感じた。
自分の価値は自分で決めればいい。
戦う意味は過去を振り返って取り戻した。
あとは、ケンカするだけだ。
ユーラシアの雄大な自然の中で、
キラ「ふっきれた」
君の苦労をずっと見てたぞ。よく頑張ったな、とガンダムが言っている
※乾パンはゼレンスキーのポケットの中で数ヶ月熟成されていました。