──野獣先輩。
どこにでもいて、どこにもいない不思議な存在。
東京都足立区の街頭モニター、広島県呉市音戸町の郵便ポスト、中国の国営放送、コンピュータ・ウイルス、おはぎ、消臭剤、ホテルのベッド、サッカー選手、台風、首など、出没情報を挙げればキリがない。
もはや現代社会において、野獣先輩は社会現象を超越し、文化に至った。
それはきっと過言ではない。誇張抜きに野獣先輩はたくさんの人の心の中に存在するのだろう。
僕達はそんなイカれた世界に生きている。
当然、それは僕が通う中学校という空間にも侵食していた。
僕はそこでおぞましい体験をすることになる。
きっかけは、誰もいないはずの放課後の教室から歌声が聞こえたことだった。
若い女性の声だった。
そして、それに合わせて何かが動いているような物音がする。
控えめで、それでいて一定のリズムを刻む音。
僕は恐れとともに唾を飲み込むと、そっと教室の扉に手をかけた。
ギシ、と軋む音。
わずかに開いた隙間から中の様子を伺う。
見れば、机と椅子を端に寄せた教室の中央で、後ろ向きの女子生徒が奇妙な踊りを踊っている。
腕を大きく回しながら、細やかにステップを繰り返し、その度にふわりとスカートが舞う。
ただのダンスなら良かった。
だが、僕はそのミュージカル風の曲調を知っている。
そして、「YAJU&U」というアルファベットと「114514」という数字を作る振り付けを知っている。
それは野獣先輩ダンスであった。
「何やってんだ、あいつ……」
見てはいけないものを見てしまったような感覚。
脳内で警鐘が鳴り始める。
曲が間奏に入った。
そのとき──
女子生徒が、優雅にターンを決めた。
くるりと回転し、止まる。
そして、そのまま二人の視線が重なった。
「あっ……」
一瞬、時が止まったかのような静寂が降りる。
「……見た?」
そう言って頬を赤らめた彼女は、僕が密かに意識していた相手だった。
──たった一人の監督がたまげてしまったばかりに。
──淫夢厨が執拗に動画を作り続けてしまったばかりに。
──僕達の運命は空回り、絡まり合う。
だから、僕と彼女が出会ったのは、ある意味で必然だったといえる。
引用
モチモチ様『ヤジュセンパイイキスギンイクイクアッアッアッアーヤリマスネ【踊ってみた】』