【完結】気になるあの娘は淫夢厨   作:コベヤ

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この話は半年くらい前に「YAJU&U」が1919万回再生したときに記念として書こうとしたものです。
そのため内容にかなりのタイムラグがあります。


番外編「同じ阿呆なら踊らにゃオォン!アォン!」その1

 ノートの上を滑るシャーペンの動きが止まり、数十秒間ぼんやりしていると今日はもうこれ以上勉強できないなと思った。

 

 時刻はそろそろ時計の針がてっぺんに登りそうな頃で、それでも眠れそうになかったものだから階下に降りてキッチンでお湯を沸かした。

 やかんのお湯がボコボコと沸騰するのを見つめながら思う。

 

 カップラーメン?

 いやいや、もう寝る時間なのにその選択は重すぎる。

 紅茶でも淹れようか?

 でもカフェインを摂取したらいよいよ眠れなくなる。

 

 結局、マグカップにお湯を注いでそのまま飲むことにした。

 いわゆる白湯というやつである。

 ただ沸騰させただけなのに水の匂いを感じるから不思議だ。

 

 僕はマグカップ片手に自室に戻ると、勉強机に座って手持ち無沙汰にスマホを開いた。

 といってもすることなんて、youtubeを見るかニコニコ動画を見るかの二択でしか無いのだが。

 ちなみに、ニコニコ動画は既に復活している。

 

「あ、そういえばアレ、そろそろ1919万回再生行きそうだったよな」

 

 なんとなく口に出すのが憚られるのでアレだなんて言っているが、アレとはつまり「YAJU&U」のことだ。

 今更詳しい説明は必要ないだろう。

 

 大切なことはアレがなんの因果か再生回数を着々と増やし続けて、もうすぐテトラグラマトン的な象徴的な数字を踏むということだ。

 風紀紊乱ここに極まれりと言ったところか。

 

 しかし、アレがあったからこそ珍子と知り合えたのだから感謝したほうがいいのか、なかなかどうしてそんな気になれない。

 なんというか奇怪だ。

 でも、だからこそ好きなのだが。

 

 「YAJU&U」を再生するとすでに1919万再生は達成されていた。

 それが少し残念で、でもホモビデオ由来のAI音楽が異常なほど受容されている現実に笑ってしまう。

 コメントを新しい順にするとホモガキたちの喜びのコメントが怒涛の勢いで追加されていく。

 

 その光景に珍子の笑顔を幻視する。

 明日学校で会ったら、きっと大喜びでその話をしてくれるのだろう。

 あんな美少女の口から出てきていい話題でもないのだが、そのアンバランスさで()()のだ。

 

 早く明日になればいい。

 そう思えば、自然と眠たくなってきた。

 

 僕はスマホのアラームをセットすると枕元において、部屋の明かりを消した。

 布団をかぶって軽く息を吐く。

 

 ──珍子に会いたいな。

 

 ドン!

 そんな音がしたと思った瞬間、部屋のドアが乱暴に開かれて照明がつけられた。

 

「『YAJU&U』1919万回再生おめでとう!!!」

 

 パン! パン! パン!

 クラッカーの弾ける音とともに部屋に飛び込んできたのは、月光を閉じ込めたような淡金色の巻き髪の女の子。

 僕の唯一人の共犯者、名を白鳥珍子という。

 

 そういえばコイツ、ウチの鍵勝手に作ったって言ってたな。

 冗談だと思っていたが、まさか本当だったとは。

 なんかもう、お嬢様ってすごい。

 なんでもありじゃん……。

 

「ほら、貴方も淫夢最高と叫びなさい!!!」

 

 珍子は両手を縦に振ってそう叫ぶ。

 布団を剥がされ、別の意味で意識が飛んでいってしまいそうな僕はこれから数時間眠れぬことを確信した。

 

 ◯☆

 

「いってきまーす!」

「いってきますわ」

 

 我が家から一歩外に出ると、雲一つ無い青空。

 思わず、今日もいい天気と言いたくなる。

 

 果たしてそこまでやる必要があったのかは不明だが、僕達は珍子が持ってきたシャンパンで朝まで飲み明かした。

 もちろん、ノンアルコールである。

 未成年だからね。

 

 そして、僕の布団で短時間の仮眠を取ってから、そのまま一緒に歩いて登校である。

 隣にはとびきりの美少女。

 そんな誰もが憧れるようなシチュエーションではあるが。

 

「ねぇ、ご存知? 『YAJU&U』がフ◯テレビの公式アカウントで取り上げられたんですって。これはもう淫夢の地上波デビューも近いってことでいいのかしら」

 

 口を開けばやっぱり淫夢だから、どうにも気が狂いそうだ。

 

「いいわけないだろ。まったく、なんでホモビ男優を笑い者にする踊りがTikTokで流行ってるんだ?」

 

 TikTokでのこととはいえ、一体何の間違いで芸人が「#野獣先輩ダンスに挑戦!!!」だなんて愚行を犯すことになるのか。

 誰か一人でも止める人がいなかったのか?

 え? 指摘したら淫夢厨だってバレちゃう? それなら仕方ないね。

 

 そもそも「YAJU&U」が1919万回再生してしまったことから意味がわからない。

 もしかして、この世界は誰かがおふざけで作った架空の世界なのか?

 そのほうが納得できるくらいには世の中がおかしな方向に進んでいる気がする。

 

「まあいいじゃない」

「本当にいいのかな」

「いいのよ、面白いのだから」

 

 珍子が太陽に負けないくらいの眩しい笑顔でそう言うと。

 

「……まぁいっか」

 

 言いくるめられてしまう僕である。

 

 しかし、面白いという理由で何でもかんでも受け入れてしまうのであれば、そこには容易く地獄が生まれるのだということを僕はまだ知らなかった。

 

 ◯☆

 

 昼休み。

 僕は珍子と机をつき合わせて昼食を取っていた。

 

 僕が食べているのは購買で買ってきた焼きそばパン。

 一方、珍子が食べているのはお弁当。

 それもアニメで見るような重箱の立派なやつ。

 どうやら、いつかの運転手さんが学校までわざわざ届けに来てくれたらしい。

 

 袋からはみ出した焼きそばパンをかじりながら、結構食うんだなこのお嬢様とか考えながら、珍子がおかずを箸でつまんでその小さな口に運ぶのを眺めていると、ふとその金の瞳と目が合った。

 

「あっ……」

「うん?」

 

 珍子は僕に見られていたことに気づくと恥ずかしそうに、目を伏せた。

 しまった、見入っていた。

 小動物的と言うか、なんか無防備で可愛いんだよな、人が何かを食べている姿って。

 

「ごめん、床でも見てるよ」

「いえ、そうじゃなくて……あの」

 

 元の肌の白さゆえよく目立つ赤い顔を上げると、珍子は重箱を包んでいた風呂敷の内側から割り箸を取り出して差し出した。

 

「一緒に食べない?」

「でもそれ君の弁当だろ? たしかに少し、いや結構大きいけど」

「違うの、最初からそのつもりだったのよ。少し大きなお弁当を用意してもらって、貴方と一緒に食べようと。でも、ここまで大きなものを持たされると、あからさま過ぎて逆に言い出せないわ」

 

 やべー、普通に食べると思ってたよ。

 でもそうだよな、この重箱五段あるしデカすぎるよな。

 僕の1日分の食事よりも多いぞこれ。

 

「でも、急にどうして?」

「昨晩のお詫び……ううん、それはただの口実。貴方と一緒にお弁当を食べたらどんな感じだろうと思って、こんな芝居じみたことを画策したのよ」

 

 珍子は眉を下げてそう言った。

 僕はといえばただただ驚いていた。

 

 この淫夢狂いのお嬢様が淫夢以外のことに興味を持つだなんて。

 でも、考えてみれば当然のことなのかもしれない。

 というのも、珍子の淫夢好きは孤独から来るもので、母との死別と多忙な父、おそらく彼女は誰かと食事をするという機会すらろくに得られなかったのだ。

 

 そう思えば、この変化は好ましいものだと思った。

 彼女の本質に触れられたような気がして、そして選ばれたのが僕であることを嬉しく思う。

 

「それで、食べてくれるの?」

「うん、いただきます」

 

 おずおずと珍子から割り箸を受け取り、重箱の中の卵焼きを一つ食べた。

 

「ど、どう?」

「おいしい、しっとりと柔らかくて適度に甘い。なんというか上品な味がする。……ごめん、これが僕の食レポの限界だ」

「そんなこと……ううん、おいしいよね。私もこの卵焼き好きなの。だから嬉しいわ」

「え? あ、ああ! 僕も嬉しいよ、ありがとう」

 

 年相応の少女らしい笑顔を向けられて、僕はいつになくドギマギしていた。

 淫夢厨だから忘れてたけど、そういえば、この子めちゃくちゃ可愛いんだった。

 

 それから僕は珍子の重箱のおかずを一つ一つ食べては感想を述べていった。

 そのすべてがおいしくて、僕の貧弱な語彙力では伝えたいことの半分も伝わっていないような気がするが、それでも彼女は嬉しそうに僕の言葉に聞き入っていた。

 それが嬉しくて僕もお弁当を食べる手が止まらない。

 

 が、それにしても量が多い。

 流石に五段の重箱は多すぎるよ。

 一体どんなふうに頼んだらこうなるのだろう。

 

 でも、珍子は喜んでいるし。

 この期待を裏切りたくはない。

 結局僕は頑張ってすべて食べてしまうのだった。

 

「う、っく、ごちそうさまでした。おいしかったよ。ありがとう」

「まさか全部食べるとはね……そんなに気に入っていたのなら明日も持ってくる?」

 

 それは困る!

 いや困らないけど、明日もこの量は食べられる気がしない。

 

「待った! 明日は僕が弁当を持ってくる。君にはそれを食べて欲しい。もちろん、僕の手作りだから」

「あら、貴方料理ができるの?」

「まぁ、たまに料理してるし弁当くらいなら用意できるよ。プロレベルじゃないからそんなに期待されても困るけど」

「そう、楽しみにしているわ」

 

 珍子がそう言って微笑むと、俄然やる気が湧いてきた。

 僕だって好きな人にお弁当を食べてもらいたい。

 そして、喜んでもらいたい。

 僕の溜め込んだ主夫力、見せつけてやるぜ。

 

 異変が起きたのは、僕がそうやってこぶしに力を込めていた時のことであった。

 

いくいくいく いいよこいよ ムネにかけてムネに

まずウチさぁ 屋上あんだけど 焼いてかない? (ンアッー!)

 

 聞き馴染んだバイオリンの音に続いて、これまた聞き馴染んだ言葉(ごろく)

 それ自体に問題はないが、問題はその曲がこの教室で大音量で流されてしまっているということで。

 

 僕は半ば無意識に珍子に目を向けた。

 しかし、珍子は不思議そうに首を振って、動いていないスマホの黒い画面を見せてくる。

 

 僕は思わず眉をひそめて、その音の出所を探る。

 そして、それは思いの外すぐに見つかった。

 

 というのも、隠されていなかったからだ。

 それどころか聞かせるように、いや見せつけるように。

 恥じらいもなく、むしろ誇らしげに。

 

 教室の前方に固まった女子生徒たちが教壇に並んで、野獣先輩ダンスを踊っている様を撮影していたのだから。




続きます。

番外編書くみたいなこと言って、放置してすみませんでした。
構想だけしてたんですけど、なかなか書き出せなくて半年経ってました。
いつのまにか「YAJU&U」も4000万回再生目前ですね。おめでとうございます。
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