【完結】気になるあの娘は淫夢厨   作:コベヤ

14 / 15
YouTube版「INMU KING」が消されたってマジ?
お前やりませんねぇスギィ!!!!


番外編「良い世来いよ!」(INMU KING編)後編

 長い旅が終わりを迎えようとしていた。

 

 ホモビデオを見て笑う品性下劣な仲間たちを集め、襲い来る刺客を返り討ちにし、幾多の苦難を乗り越えて、僕たちはついに変態マゾチュウの待ち受けるニコニコ本社へとたどり着いた。

 

「アァ変態なところをいっぱい見て、ピュッピュするところ見て草ァ!」

 

 変態マゾチュウの繰り出す無修正ほんへ攻撃を、仲間たちの踊る「INMU KING」が打ち消す。

 死闘の末、僕たちはついに変態マゾチュウの討伐に成功した。

 

「どうして野獣先輩を消した!」

 

 僕の叫びが静まり返った本社の大広間に響き渡る。

 奴は床に倒れ伏し、荒い息を吐きながら、「ヤバイ、鬱になっちゃうピカ……」などとほざいている。

 

「いつまでそうしているつもりなの!? 質問に答えなさい!」

 

 仲間の一人がうつ伏せに倒れたままの変態マゾチュウに水をぶっかけた。

 すると全身を覆っていた黄色いペンキがどろどろと剥がれ落ちていく。

 その下から現れたのはすっかりくたびれた成人男性だった。

 男はゆっくりと立ち上がると、僕たちを見渡した。

 

「……やじゅまんの傑作『INMU KING』において田所浩二は淫夢の王であった。しかし、聞けという彼の語録は野獣先輩の語録ではなかった。あれは雁木真理語録の改変とされるものなのだよ」

「それが何だっていうんだ」

「俗物がッ! どうしてその皮肉を解さない!」

 

 男の声が突如として鋭さを増した。

 変態マゾチュウの面影はもはやどこにもなかった。

 男は長年胸の内に押し込めていた怒りを吐き出すかのように、言葉を続けた。

 

「なんJに憧れて猛虎弁っぽいナニカを使ってしまう層の者どもよ。『INMU KING』で犯罪者を踊らせて嘲笑したところで、お前たち自身が人気者になれるわけではない。私欲のために石裏の虫のような淫夢を日の下にさらすな。淫夢は嫌儲で最底のアングラなんだよ」

「偏屈な原理主義者め!」

「原理主義者だと?」

 

 男は鼻で笑った。

 

「そう見えるのはお前たちが野獣先輩しか知らないからだ。野獣先輩がアイスティーを飲ませた相手が誰か知っているか? 空手部ならわかるのか? TDNは? DBは? HTNは? どうなんだ、答えろ!」

 

 それはニコニコでたむろする淫夢厨にしてみれば初歩も初歩の問い。

 わからないと答える方が難しい知識であった。

 

「知るか! そんな古い時代の話をいつまでしている!」

 

 しかし、YouTubeで育った新世代の淫夢厨にとってニコニコははるか昔に衰退したオワコンサイトにすぎない。

 知識の断絶故、仲間たちの大部分がその名前を知らないのもある意味では仕方のないことであった。

 そんな僕らの無知に対し、男は失望を隠そうともしない。

 

「そうやって過去を切り捨てるから、俺は野獣先輩を消したのだよ」

「……どういうことだ?」

「すべての罪を背負わされた男、みんなを笑顔にする男、アンコウより捨てるところのない男、BBの数だけ強くなる男、ブリーフに親を殺された男、話すことすべてが語録になる女、田所浩二……わからないか?」

 

 男はまるで教え諭すようにゆっくりと語った。

 

「ただ一つの姿に明確に定められた野獣先輩など、最初から存在しない。そこにあったのは人権の無いホモビ男優の素材だけだ。そして俺の解釈する野獣先輩と、お前たちが知っている野獣先輩はもはや別物なんだよ」

「野獣先輩で笑う、そこに何の違いがあるっていうんだ?」

 

 男はすぐには答えなかった。

 ただ、遠い過去を懐かしむようにどこか遠くを見つめていた。

 

「……古く、淫夢はアングラであった」

 

 やがて、ぽつりと口を開く。

 

「いつしかそれはメインカルチャーへの抵抗としての側面を持った。最後に金にさえなれば何でも良しとする商業主義の眩耀。それは時として弱き人間を容赦なく排除する。そんな世間からこぼれ落ちた者たちにとって、淫夢は最後の秘密基地だった」

 

 男はかすかに目を細めた。

 

「だが、それは失われた。誰でも使えるAIの台頭。YouTubeへの進出。大物投稿者たちの引退、他コンテンツへの流出。かつての秘密基地は誰もが立ち入れる大通りへと変わってしまった」

「だったら、ほかのものに依存すればいいじゃない! SNSで男女論を煽ったり、YouTubeでコメント欄を荒らしたり、できることはいくらでもあるはずよ!」

「だが、そこには心地良くも露悪染みた冷笑の、湿った馴れ合いがない」

 

 続けざまに男は否定する。

 

「それに、アダルトビデオに出た俳優を素材にして、切り貼りして遊ぶゴミコンテンツ以下のクソが他のどこにある?」

「それは……」

 

 どこにあるのだろう。

 同程度の規模感があって、品性の欠片もなくて、しかしそれでいてどこか不気味な温もりと矛盾に満ちた連帯感のある場所は。

 

「……どこにもないのさ」

 

 僕たちの沈黙を肯定と受け取ったのか、男は自嘲気味に笑った。

 

「だが、そんなものに縋らなければ生きていけない哀れな女がいた。口を開けば野獣先輩がどうのこうのと喚き散らす人格破綻者だ」

 

 男の声からわずかに険が消えた。

 

「だが、その女は淫夢が外の世界へと広がっていくにつれて少しずつ弱っていった。過去の怪文書を常に流していなければまともに日常生活を送ることさえできないほどに。変わりゆく淫夢を受け入れられず、かといってそこから離れることもできず……最後には心を閉ざし、二度と目を覚ますことは無かった」

「でもそれは野獣先輩を消すことには繋がらないはずだ。消したらそれこそ終わりじゃないか」

 

 僕は男を睨みつけた。

 

「……安心しろ。野獣先輩は俺が復活させる。そう、イエス・キリストのように。二度と同じ過ちを繰り返さないよう、徹底的に管理したうえでな」

 

 そして、男は僕たちを見据えた。

 

「ただし、そこにお前たちの居場所はない」

「なんだとっ!?」

「来いッ! しまぶー! 『産み直しだ』!」

 

 男が天に向かって手を伸ばしたその瞬間だった。

 ニコニコ本社が揺れた。

 いや、本社だけではない。

 大地そのものが、何か巨大な存在の目覚めに呼応するかのように震え始めた。

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 

 そして、天から神々しいデブホモ中年の声が降り注いだ。

 

「な、なんだこの声は……?」

「大いなる母、島田部長。この世界を妊娠し、産み直すことで、正しい世界へと導く存在だ」

「狂ってるわ!」

「狂ってる? それ、誉め言葉ね。もとより淫夢厨ゆえ他人の人権を蹂躙することには慣れている」

 

 男が両手を広げる。

 空に巨大な影が差した。

 地平線の彼方から現れた島田部長の巨体が世界そのものを覆い尽くしていく。

 

 人も、町も、都市も、すべてが温かな羊水に満たされた子宮の中へと吸い込まれていった。

 大地が消え、空が消え、世界の輪郭が曖昧になっていく。

 その光景を見つめながら、男は誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 ──珍子、もう少しだよ。

 ──もう少しで君の望んだ世界が戻ってくる。

 

 〇☆

 

 暗い。

 どこまでも暗い世界だった。

 僕は島田部長の子宮の中をゆらゆらと漂っていた。

 上下も左右もわからない。

 自分が浮いているのか、沈んでいるのかさえ定かではない。

 

 そこには何もなかった。

 野獣先輩もいない。

 仲間たちの姿もない。

 結局、僕は野獣先輩を取り戻すことができなかったのだ。

 

 友だちも、家族も、世界中の人々が野獣先輩の存在を忘れてしまった。

 それなのに、僕だけが覚えている。

 

 どうしてだろう。

 どうして、僕だけなのだろう。

 何もできなかった僕にどうしてこんな記憶が残されているのだろう。

 

 ──それは愛よ。

 

 不意に声がした。

 誰だ。

 誰かいるのか。

 

 ──諦めるの?

 

 それは僕の弱気を責めるような口ぶりだった。

 でも、もう誰も野獣先輩のことを覚えていないのだから。

 

 ──誰も覚えていないのなら貴方が歌えばいい。

 

 僕が?

 

 ──貴方が継ぐの。淫夢ってそういうものよ。

 

 そうか。

 

 みんなが忘れたとしても。

 世界から消されてしまったとしても。

 僕が覚えている限り、僕が誰かに伝える限り、それは終わらない。

 

 僕が野獣先輩だったのか。

 

 〇☆

 

田所浩二! 田所浩二! 

 

 暗闇の中で僕は歌い、踊る。

 何も見えない暗闇に向かって。

 この声が誰かに届くことを祈って。

 

王道を征く常夏のおっさん

 ネットの頂点に降り立つメシア

 

 切り貼りされたホモビ男優。

 それは何物にも拠らない清々しいまでに純粋な悪意の笑いだったはずだ。

 

喘ぎ声で命救うビースト

 彼こそが我らのイエスキリスト

 

 友よ、仲間よ。

 野獣先輩がイキスギる瞬間を思い出せ。

 そこに僕たちの思い出がある。

 

争い絶えぬ汚れきった世界

 救うために修行する女神

 

 君の中を野獣をさらけ出し、ともに歌おう。

 誰かに誇れる自分でなくてもいい。

 僕たちはそのために生まれてきたのだから。

 

人権侵害すべて許す包容

 いいよ! こいよ! 我ら包む抱擁

 

 遠くから楽器の音が聞こえてきた。

 ふと横を見れば仲間たちが笑顔で踊っている。

 これが人権侵害の楽しさだ。

 

さあ今このアイスティーを飲み干そう

 そして天は鳴き大地は震える

 

 この想いをもっと多くの人に伝えよう。

 ホモビ男優を笑う気持ちがあれば僕たちは分かり合える。

 

 聖なる昏睡レ〇プを受け入れ

 アセンションの時 彼の語録を聞け

 

 世界が晴れた。

 そこには両腕を後頭部に回すたくさんの人がいた。

 失われたはずの記憶を。

 忘れていたはずの振り付けを踊り始めた。

 

 お前やりますねぇスギ

 田所浩二! 田所浩二!

 お前やりますねぇスギ

 田所浩二! 田所浩二!

 お前やりますねぇスギ

 

 歌と踊りが人々を一つにまとめ上げていく。

 そこには成功者も落伍者もいない。

 賢者も愚者も、勝者も敗者もいない。

 みな、野獣先輩。

 世界がホモビデオを嘲笑して分かり合う。

 

ジュッセンパイヤー 一生ネットの宝物

 一生ネットの宝物

 

 そして世界は再び野獣先輩に包まれていく。

 

「野獣先輩は消したはずだ……なのにどうして……」

 

 男は絶望に打ちひしがれ、その場に両膝をついた。

 すべてを消したはずだった。

 映像も、歴史も、記憶も。

 そして誰もが新しい世界を受け入れるはずだった。

 

 それなのに。

 

 歌声が聞こえる。

 笑い声が聞こえる。

 

 そこには懐かしい気配があった。

 

 遠い昔、彼がまだ動画投稿者だったころ。

 金のためでも、名声のためでもなく。

 ただ、くだらない動画を作って、誰かと笑い合うことが楽しかった。

 

 そんな、淡金色の思い出。

 

 ──淫夢って楽しいね。

 

「……珍子」

 

 男は震える声で女の名前を呟いた。

 

「……もう、いいのか?」

 

 ──ええ、思い出したの。淫夢は人と人とを結びつけるものだってことを。私と貴方がそうだったように。

 

「そうか……そうだね。僕も今思い出したよ」

 

 男が最期に目にしたのは世界中の人々の笑顔。

 そして、その中心で「INMU KING」を踊る少年とその仲間たちの姿だった。

 

 〇☆

 

「──という話を、次の文化祭の演劇でやりたいのだけれど」

「お前精神状態おかしいよ……」




引用
やじゅまん様『【MV】INMU KING / YAJU-MC』

INMU KING編完結です。
感想、評価等お待ちしてます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。