【完結】気になるあの娘は淫夢厨   作:コベヤ

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第一章「至急 助けてください中学生です」

 何にも本気になれない人生だった。

 興味も熱意もないが、卒なくこなすことだけは得意で、その場しのぎで生きてきた。

 親の期待通りに勉強することも、上辺を撫でるだけの人間関係も、全てがどうでもよかった。

 

 そうやって、他人の要求通りに動くロボットのように生きて、死ぬのだと思った。

 だが、要求されるハードルは年を取るごとに高くなっていくばかりで、そのロボットにすらなれなかった。

 僕はとっくに壊れていたのだろう。

 

 そんなつまらない日々の中で、僕の人生は突如として大きく捻じ曲がった。

 きっかけは友達のだいちくんと話を合わせるために、彼に勧められた動画を見ていたことだった。

 

 内容は、タンクトップ姿の筋肉質な男が胸をさすっていると、横から男と同じ顔の蜂がビンビンビンと音を立てながら寄ってきて、そのまま男は蜂に刺されて死んでしまうというものだった。なぜか軽快な音楽とともに注意喚起までしてくれる。

 はっきり言って意味不明だった。

 

 しかし、何も知らなかった僕はそれが最近の流行りなのだと勘違いして、自分だけが取り残されていることを焦った。

 そして、調べてしまったんだ。

 それが運の尽きだったね。

 

 僕は淫夢と遭遇した。

 

 人間の性行為と排泄の音で作られた音MAD。

 下品かつナンセンスなのに無理やり笑わせられてしまう本編改造淫夢。

 洗練されたゲームセンスと軽妙洒脱な言葉遣い、そして逃れられぬガバからできたRTA動画。

 

 道徳の枠を超えた感性は従来の固定観念を打ち砕き、不道徳であるがゆえに規範を破壊する様はむしろ爽快ですらあった。

 

 僕は本編の四章を見ながら「がんばれ」と祈った。

 他人の性行為にこれほど気持ちを動かされたのは初めてのことであった。

 全てを見終わった後、僕は涙を流していた。

 

 電子の海についに見つけたのだ。

 僕の人生を照らす、う◯こでできた灯台を。

 

 そんな妄想に取りつかれて早数年。

 若さゆえ有り余る時間をすりつぶし、僕は「例のアレ」というジャンルの動画をあらかた見終えてしまった。

 

 C◯AT関連の動画を見終えたら、Ac◯eedの動画も見た。それが尽きたらサムソ◯ビデオにも手を出した。淫夢実況も見た。ホモと見るシリーズも見た。変態糞親父も見た。クッキー☆も見た。レスリングシリーズも見た。必須アモト酸も摂取した。その全てを視聴済みだった。

 

 ページをいくら進めても新しい動画は出てこない。

 僕にはもう、検索を「投稿日時が新しい順」に設定して、更新ボタンを押すことしか残されていなかったのだ。

 そのことに気づいた時、心に穴が空いたような喪失感に苛まれた。

 

 僕を導いてくれる淫夢動画はもう残っていないのか。

 全てを諦めたその時であった。

 最後に押した更新ボタンがとある動画を表示した。

 

「……投稿祭のお知らせ?」

 

 それはユーザーにテーマに沿った動画を一斉に投稿することを求める内容の動画だった。

 参加資格は特になし。動画投稿素人だろうと、ガンガン投稿せよとのおふれであった。

 

「無いなら作れというわけか」

 

 GOよ、あなたは私にそれを望むのですね。

 ならば、私が、悩める淫夢厨を照らす新たな光となりましょう。

 

 とびきりイカれた映像で、苦しみに満ちた世界をぶち壊すような作品を創ろう。

 悲しみに眠れぬ誰かの夜が、少しでも穏やかになることを願って。

 

 そして僕は視聴者から投稿者になるための旅を歩むこととなる。

 最初は投稿祭用の期間にすら間に合わなかったが、なんとか投稿した。反応はまちまちだった。

 次に本編改造淫夢を作った。淫夢実況を作った。BBを作った。音MADを作った。

 

 行き詰まる度に、先人の動画を見た。

 自分で動画を作るようになってからその発想力、編集技術の巧みさに気づき、その力量の差に絶望した。

 

 それでも諦めなかった。

 図書館で手当たり次第に本を読んだ。

 

 映像編集を学んだ。

 絵の描き方を学んだ。

 音楽理論を学んだ。

 脚本術を学んだ。

 漫才の作り方を学んだ。

 

 そして僕はついに一つのBB先輩劇場シリーズを投稿する中で、50万再生を超える動画を生み出すことに成功した。

 デバイス規制下での大快挙である。

 

 動画編集ソフトの導入すらおぼつかなかった僕は、ついに一端の投稿者となったのだ。

 

 しかし、良いことは続かない。

 

 僕は自分を賢い方だと認識していたが、中学受験を経て入学した私立印務中学校は、僕レベルの学力をもった人間なんてそれこそ掃いて捨てるほどいて、動画編集ばかりしていた僕は十分な勉強時間を確保できずに成績が落ち始めていた。

 

 といっても、中の上くらいは維持していたのだが、母はそんな僕に疑問を抱いたようだった。

 勉強すると言って自室にこもる息子は一体何をしているのか。

 母は僕が学校に行っている間に、僕の部屋のパソコンを立ち上げると、その秘密を見てしまった。

 

 きっと、たまげたことだろう。

 スリープモードを解除したら、編集途中のホモビ男優の素材が画面上に映し出されていたのだから。

 それも運の悪いことに、そのホモビ男優は課長で、突然「太い、太い、太い、太いわ〜」とか「ダメ、ダメ、オマンコこわれる〜」なんて喚き散らしたらしい。

 母は何も触ってないと言っていたが、絶対再生ボタン押しただろ、それ。

 

 僕は学校から帰宅すると、自室に戻ることも許されずに腕を掴まれて、リビングで怒られた。

 もちろん僕は「これはお笑い番組だよ」と言い訳したが信じて貰えず、明日病院へ相談にいくと言わる始末。

 

 夕食も喉を通らずに自室でうなだれていると、父が仕事から遅く帰ってきて階下で母と何か言い合いをしている。

 

 それから一旦静かになって何事かと思ったら、トントンと部屋の扉が叩かれた。

 そして、父母が部屋に入ってくると、母が涙目で「理解が無くて悪かった」と謝ってくる。

 どうやらネットで性同一性障害について調べたらしく、そういう事情なら見てもしょうがないと言われた。

 

 そういう事情でもないんだけどな!

 僕は、ネット上にはホモビデオを楽しむコミュニティがあるのだと繰り返し説明したが、ネットカルチャーに疎い母はそれが理解できずに、ただ泣いて謝るのだった。

 確かに僕も淫夢を知らなければ、ネタだって言われても絶対に信じない。

 そうして僕の説得は失敗に終わったのだった。

 

 その日の夜、僕は妙に胃がムカムカして眠ることができなかった。それは吐き気だった。サルトルで言うところの、存在に対する不安であった。

 

 だから次の日の休み時間、だいちくんに昨日の夜の話をした。

 いや、吐き出さざるを得なかった。もちろん笑い話としてね。

 だが、実際のところ怒っていたのかもしれない。

 自分の在り方を否定され、病気扱いされたことに。

 

 きっと笑ってくれると思ったのだ。

 共感してくれると思ったのだ。

 そして、母の無理解を非難してもらいたかった。

 

 だが、僕が欲しかった言葉は返ってこなかった。

 

「お前、まだ淫夢厨なんてやってるのか」

「え?」

「俺が言うのも何だがな、同性愛者を笑い者にして恥ずかしくないのか?」

「いや、同性愛者だけを笑い者にしてるだけじゃなくて、素人声優や宗教家なんかも馬鹿にしてるし、そもそも同性愛者だから馬鹿にしてるんじゃなくて、演技がおかしいからネタになってるのであって、それは決して同性愛嫌悪じゃない」

「お前、言ってることがおかしいぞ。そもそも生きてる人間を素材して遊んでいいのかよ? 現実の人間を傷つけていいのか?」

「それは……」

「そんなことにも気づかなかったのか? だから淫夢厨は嫌いなんだよ」

 

 そして、だいちくんは僕の元を離れていった。

 それ以降、僕は彼と話していない。

 

 僕を淫夢に誘った彼はとっくに淫夢厨を卒業していたのだ。

 

 淫夢は所詮、人権侵害コンテンツでしかない。

 正常な人間の社会にその居場所を許されてはいないのだ。

 そのことを忘れていた。

 

 でも、僕はそこでしか生きられない。

 そういう人間なんだよ。

 

 その日の授業はどうしても身が入らなかった。

 家に帰ると僕はこの身に覆いかぶさる虚無感を慰めようとしてとして、ニコニコ動画にアクセスした。

 しかし──

 

「メンテナンス?」

 

 後になってわかったことだが、それはロシア系ハッカー犯罪集団によるKADOKAWAへのサイバー攻撃が原因であった。その影響でニコニコ動画が利用ができない状態になっていたのだ。

 

「クソッ!」

 

 僕は衝動のままに机を拳で叩きつけた。

 鈍い衝撃が手のひらから全身へと伝わり、右手の先から崩れ落ちるような錯覚に襲われる。

 まるで自分が砂になって溶けていくみたいに。

 

 堪えきれず、僕は家を飛び出した。

 夜の闇はひどく静かで、空気が肌に貼りつくように重かった。

 全身が崩れ落ちていくような感覚に苛まれながら、坂道をただ無我夢中で駆け下りる。

 

 足がもつれ、派手に転んだ。

 鋭い痛みが膝に走り、冷えたアスファルトの感触が頬にじかに伝わる。

 その痛みが、僕を現実へと引き戻した。

 

 僕は声を押し殺して泣いた。

 

 そうだ──狂っているのは、僕の方だ。

 誰も救えない。

 親には泣かれ、友達には拒絶される。

 こんな生き方はきっと間違っている。

 

 そして、僕は動画投稿を辞めた。

 

 数ヶ月経ってニコニコ動画が復活しても、作りかけのBB先輩劇場はUSBメモリの中に捨て置かれたままだった。




元ネタはyah◯o!知恵袋です。
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