【完結】気になるあの娘は淫夢厨   作:コベヤ

4 / 14
第三章「ネムネムの顔でしらけ気味」

 朝の教室の片隅で、頬杖をつきながら静かにため息をつく。

 

 まったく、昨日はひどい目にあった。まさかあの白鳥珍子が淫夢厨だなんてな。

 人は見かけに寄らぬものとはよく言うが、いくらなんでもアレは予想外だ。

 一体何だって、お金持ちのお嬢様が淫夢なんてものに魅せられたんだか。謎は深まるばかりである。

 

 それにしても、あいつ遅いなぁ。

 

 スマホを返そうと、いつもより早くに学校に来たのはいいが、なぜか今日に限って珍子はその姿を現さなかった。

 普段はもっと早く来てるはずなんだけど。

 

 結局、珍子が息を乱しながら教室に飛び込んできたのは、ホームルームのチャイムが鳴るのと同時のことだった。

 

 珍子が乱れる髪を直しながら、席で呼吸を整える。

 そんな珍しい光景をみんなが不思議そうに見ていた。

 

 一限目、国語の授業。

 

「白鳥さん、次の段落を読んでください」

 

 一瞬、珍子の肩がぴくりと震えた。

 教科書を手にしたまま、彼女はわずかに伏し目がちに立ち上がる。

 

「……ウルトラマン拉致」

 

ウルトラマンが拉致されて

腹筋ボコボコにパンチ食らって

胸のランプが点滅すると

あと3分で力尽き果てる

その時のウルトラマンの苦しむ姿にドキドキするって

ヒーロー凌辱だぜ!

 

 透き通った声が教室に響く。

 だけど、内容がおかしい。彼女は明らかに教科書には書かれていない文章を読み上げている。

 そして、僕はその怪文書に聞き覚えがあった。

 

仮面かぶった拓也ゎ前見えねぇし

息ゎ苦しいし

ウルトラマン最後の3分間ゎ30分以上にわたり

絶対負けるはずのないウルトラマンが倒れる

そんなのあり得ない!

力尽きたウルトラマンが犯される

マヂ苦しい

酸欠で死にそう

力が入らなくなったウルトラマンの股が大きく開かれて

ウルトラマ◯コにデカマラが容赦なく突き刺さる

 

「拓也って誰?」

「いま、マ◯コって言わなかった?」

 

 珍子の怪文書朗読で教室がざわつく。

 

 何やってんだ、あの馬鹿お嬢様!

 僕は咄嗟に立ち上がって言った。

 

「白鳥さん! 別のページを読んでますよ!」 

「あっ!」

 

 珍子は今になって自分の失敗に気づいたのか驚いた顔で、慌てながら先生に指示された箇所を読み上げる。

 

「なぁんだ読むところ間違えちゃったのねぇ」

「最近の教科書って進んでるわぁ」

 

 いつかの女子生徒がそんなことを小声で呟くと、クラスメイトたちは納得したのか静かになった。本当か? 本当にそれでいいのか?

 

 それにしても何だったんだ一体。

 僕が犯人をちらと見ると、珍子は僕の方を向いて片手をあげ、頭をペコペコと下げた。

 彼女らしくないと思った。

 

 授業が終わって休み時間になると、僕は珍子の席に向かった。

 だというのに、彼女は机に伏せて寝ているではないか。

 

 しょうがないので、起きるのを待った。

 そうしてクラスメイトたちは教室を後にしていく。

 珍子はいよいよ目を覚さない。

 これじゃあ、次の授業に遅れてしまう。

 

「起きろよ。次は移動授業だぞ」

「そ、そうでしたわね。起こしていただいてありがとうございます」

 

 顔を上げた珍子の目の周りには薄っすらとクマがあった。

 

「おい、その顔どうしたんだ?」

 

 しかし、僕の言葉が聞こえていないのか珍子は美術室に向かって走って行ってしまう。

 いまだにスマホは返せないままだった。

 

 二限目、美術の授業。

 

 この授業では鏡をそばに置いて、自画像を書くことになっているのだが。

 

「まぁ! その絵はどうしたんですか、白鳥さん!」

 

 珍子がまた問題を起こしたらしい。

 身を乗り出して後ろから覗き見れば、彼女はうつらうつらとしながらキャンバスに「現代アート先輩」を描いているじゃないか!

 それも落書きとかそんな可愛いサイズではない!

 でかいキャンバスに隙間なく描いている!

 まずいぞ、このままだと白鳥珍子が淫夢厨だとバレてしまう!

 

「先生! それは1960年代後半のアメリカ美術で見られた表現ですよね!」

 

 思わず大きな声で叫んでしまった。

 周りの人たちが変な目で僕のことを見る。

 

「人間を四色のみで描き切るとはつまり、色彩の最小限化によって個の多様性と普遍性を同時に浮かび上がらせるということ! この絵は極限まで単純化された形状から人間性をどこまで感じ取れるのかと鑑賞者に問うているのです! これは色彩理論と心理学的要素を巧みに融合させ、人間の視覚的理解の限界を探求するアートなんですよ!」

 

「たしかに言われてみればそんな気がしてきたわ。ミニマル・アートを意識して描いたのね、白鳥さん?」

 

「え、ええ、その通りですわ」

 

 困惑する珍子をよそに、クラスメイトは「さすが白鳥さん」だなんて言って感嘆のため息を漏らす。

 僕もそれに混ざって一つ息を吐くと、汗を拭うような仕草をした。

 

 理由はわからないが今日の白鳥珍子はヤバイ。

 わざとじゃないんだろうが、自らが淫夢厨である証拠をバラマキ、まくっている。

 一刻も早く辞めさせないと、彼女の中学生活が終わってしまう。

 

 授業後、僕はまっすぐ白鳥珍子のもとに向かった。

 もちろん、今日これまで行われてきた淫夢ごっこを問い詰めるためである。

 

「なあ、さっきのアレは何のつもりなんだ」

「……アレとは何ですか」

 

 珍子は頭を押さえながら言った。

 

「そりゃ、アレだよ。例の……」

 

 その時、気がつく。

 僕は無知なノンケのふりをしているのだ。

 だから、僕が「例のアレ」という言葉を発するのは不自然である。

 途端、僕は口を噤まざるを得なかった。

 

 そんな僕を珍子は不審に思うかと思いきや、彼女は何も言わなかった。

 下を向いて黙りこくっている。

 

 どうしたんだろう。

 

 そう思った瞬間、細い肩が揺らぎ、珍子は力なく頭から前に倒れ込んできた。

 

 とっさに手を伸ばし、珍子の身体を支える。

 頬をかすめる淡金色の髪は絹糸のように柔らかく、ほんのりと甘い香りが漂う。

 

「おっ大丈夫か大丈夫か」 

 

 テンパりすぎてつい僕も淫夢ごっこをしてしまった。

 生々しい人間のぬくもりを手の中に感じながら、珍子の無事を確かめる。

 

「あ、ああ、ごめんなさい。ちょっと寝不足でフラフラしてて」

 

 朝から様子が変だと思ったが、体調が悪かったのか。

 それならとりあえず保健室に連れて行くのがいいだろう。

 これ以上無理をして白鳥珍子が淫夢厨であるとバレてしまうよりはよっぽど良い。

 

「腕貸すから、保健室まで行くぞ」

「そんな悪いわ」

「いいから。歩けるか?」

 

 言うことを聞かなそうなので、半ば引き摺るように珍子を保健室まで連れて行った。

 しかし、保健室の先生が席を外していたため、僕がベッドまで連れて行って寝かしつけることになった。

 

 ベッドに押し込められた珍子は毛布にくるまれながらも、頬をぷくっと膨らませて明らかに不満そうだった。

 淡金色の髪はふわふわと枕に広がり、毛布の端からちょこんと覗く顔はまるでふてくされた猫のようにむくれている。

 細い指が毛布の端をぎゅっと握りしめ、こちらをじとっと睨みつけてきた。

 

「別にここまでしなくても平気だったのに」

 

 そう言いながらも、ほんのり赤く染まった頬が余計に拗ねた可愛さを引き立てている。

 

「いや、倒れただろ。素直に休めよ」

 

 そう言い返すと、彼女は毛布をさらに顔まで引き上げ、半分埋まりながらふんっと小さく鼻を鳴らした。

 隠れきれていない髪の先が、布団の端から揺れているのが、なんとも愛らしかった。

 

「じゃあ、僕もう行くから」

「あ、待って」

 

 教室へ戻ろうと背を向けかけたその瞬間、制服の袖口が引かれた。

 振り返ると、珍子が潤んだ瞳でこちらを見上げていた。

 

「なな、何ですか」

「私、AI拓也を聞かないと眠れないの」

「ファッ!?」

 

 AI拓也を聞きながら寝落ちするだなんて、とんだ淫乱お嬢様もいたもんだぜ!

 いや、気持ちはわかるけど。あの声、なんか落ち着くし。

 

「で、何が聞きたいの?」

「なんでもいいわ。貴方のおまかせで」

 

 なんでもいいというのが、一番困るのだが。

 制服からスマホを取り出して、ニコニコ動画のサイトを開く。

 うーん、寝物語だから激エロ昔話シリーズかな。

 よし、「たくや姫」にしよう。

 

 動画の再生ボタンをそっと押すと、そのままスマホを珍子の枕元へ静かに置く。

 無能ボイスによる怪文書朗読の声が聞こえると、珍子は安心したように静かにまぶたを閉じた。

 

 そのまますぐに眠ってしまったようだ。

 

 閉じられたまつげは長く影を落とし、唇は穏やかな微笑みをたたえたようにわずかに開き、その表情はまるで夢の中で幸せを感じているかのようだった。

 静かな寝息に合わせて胸がわずかに上下し、ふわりと広がった金の髪が枕に柔らかく散り、光を受けてかすかに揺らめいていた。

 

 寝顔は可愛いんだよな。

 だが淫夢厨だ。

 

 僕が珍子の寝顔を眺めていると、スマホから音が聞こえなくなった。

 どうやら松本人志現象が長すぎて、バッテリーが切れてしまったらしい。

 そろそろ休み時間も終わるし、教室に帰るとしよう。

 

 僕が珍子の枕元からスマホを取ろうとした時、目を閉じていた彼女のまつげがわずかに揺れ、微かな吐息が漏れた。

 

「……さみしいわ、ママ」

 

 突然、彼女は寝言をこぼすと、一筋の涙を頬に伝わせた。

 

 その涙に、胸が締め付けられるような思いに駆られる。

 彼女が感じている孤独に、僕はどうしようもない悲しさを覚えていた。

 

 彼女のためになにか出来ることはないだろうか。

 

 僕は制服のポケットを漁った。すると、珍子のスマホが出てきた。

 たぶん、僕がこれを持って帰ってしまったから、珍子は昨夜AI拓也を聞けずに眠ることができなかったのだろう。

 

 珍子のスマホを手前に傾けると、スリープが解除された。

 そして、AI拓也を再生するのに十分なほどのバッテリーが余っていた。

 問題は僕が彼女のスマホのパスコードを知らないということである。

 

 パスコードは6桁。

 もちろん数字に心当たりなんて無い。

 彼女の誕生日なんて知らないし、好きな数字も知らない。

 

 とりあえず、111111と入力した。

 当然開かない。

 

 そういえば、数回パスコードの入力を間違えるとロックが掛かってしまうんだった。

 不用意なことをした。

 

 だが、珍子が好んで使うであろう6桁の数字を僕は知っている。

 114514だ。

 しかし、それも正しいパスワードではなかった。

 

 もはや淫夢とは全く関係ない数字なのではないか?

 常識的に考えて、個人情報が詰まったスマホに淫夢関連のパスコードを使うなんて、セキュリティがガバガバすぎる。

 まともな人間のすることではない。

 

 だが、放課後の教室で「YAJU&U」を踊ってしまうような白鳥珍子の異常性を思い出せ。

 授業中に真顔で淫夢ごっこをしてしまう恥ずかしさを思い出せ。

 そして、あの踊りから伝わってきた白鳥珍子の淫夢愛を信じるんだ。

 

 僕は810931と入力した。

 すると、いとも簡単にスマホのロックが解除された。

 奇しくもそれは、僕のスマホのパスワードと同じであった。

 

 僕はブラウザを起動すると、「たくや姫」の続きを再生する。

 そして、珍子の枕元にスマホを返したのだった。

 

「くふっ、ひひっ」

 

 滅茶苦茶な内容が面白いのか、眠っているはずの珍子が笑った。

 それを見て、自分の口元が緩んだのを感じた。

 

 僕は祈る。

 ただ、今だけでもいい。

 珍子が悲しみから解放され、少しでも穏やかな時間を過ごすことを。

 

 それにしてもAI拓也は本当に内容が支離滅裂だな。

 まるで認知シャッフル睡眠法のように脈絡のない言葉が次々と流れて、聞いているだけでまぶたが重くなる。

 珍子の寝息が静かに響く部屋の中、達成感に包まれながら僕はそっと珍子の眠るベッドの端に顔を伏せ、静かに目を閉じた。




引用
ニコニコ大百科「ウルトラマン拉致」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。