僕が淫夢厨であると告白してからも、白鳥珍子との関係は表面的には変わらなかった。
せいぜい授業中や休み時間にノンケの生徒や先生が「やりますねぇ!」とか「そうだよ」とか言う度に彼女が僕の方をじっと見つめてくるくらいで、僕はそのたびに「こっちみんな」と首を横に振るのだった。
だから、僕達の関係はクラスメイトの誰にも知られていなかったことだろう。
淫夢厨同士という微妙に後ろめたい関係であるから教室で話そうとは思えなかった。
誰だって教室の隅でホモビデオについて語り始める奴らなんて嫌だろう。
だから僕達は隠れて会うことにしたのだ。
廊下のロッカーで次の授業で使う教科書を探していると、不意に背後からふわりと甘い香りが漂ってきた。
「今日の昼休み、屋上で」
続いて、耳元にかかる微かな吐息。その囁きは鼓膜をくすぐるように響いた。
思わず教科書を掴む手が止まり、心臓が一拍大きく跳ねる。
反射的に振り返ると、そこには珍子の姿。
淡金色の髪がふわりと揺れ、金の瞳が意味ありげに細められている。
「ふふっ」
唇の端をわずかに吊り上げて、からかうような笑みを浮かべると、珍子はくるりと踵を返し、何事もなかったかのように教室へと消えていった。
まったく、あのお嬢様は人が悪い。
しかし、僕もすごい体験をしている。
学校一の美少女に昼休みに会おうと言われるなんて。
でも、別にいかがわしいことをしているわけではない。ある意味いかがわしいと言えなくもないが。
ただ一緒に淫夢動画を見たいから屋上に来いと言っているだけだ。
異常すぎて笑えてくるね。
昼休みのチャイムが鳴ると、僕は購買でサンドイッチを買い、屋上へと向かった。
「あくしろよ」
「早いっすね」
珍子は屋上階の踊り場で腕を組みながら待っていた。
相変わらず来るのが早い。
静まり返った階段を一段ずつ上がり、重たい鉄扉の前で立ち止まる。
ポケットから鍵を取り出し、錆びついた鍵穴に差し込んだとき、珍子がすっと顔を寄せてきた。
「前から気になってたんだけど、それどうしたの?」
「複製した」
「貴方が?」
「秘密」
ガチャリと小さな音を立てて扉が開く。
僕が鍵をポケットに戻すと、珍子の視線がそれを追っているのがわかった。
再び鍵を取り出して、高く上げてみる。
珍子はつられるように鍵を見上げた。
「気になる?」
「……別に」
その反応を見て、僕は鍵を彼女の手に握らせた。
「あげるよ」
「いいの?」
「ただし、これで先生に怒られるのは君だからね」
「ええっ」
「せいぜい大事にしてくれよ」
呆然とする珍子をそのままに、僕は扉を押し開けた。
扉の軋む音が静寂を破る。
広がる空の下、ひんやりとした風が吹き抜け、頬を冷やした。
僕は屋上の出入り口の横の壁に背を預けて座り込んだ。
硬く冷たいコンクリートが背中に触れる感覚にどこか落ち着きを感じる。
そして、珍子がソワソワとした様子で隣に腰を下ろす。
ここ数ヶ月、僕たちは昼休みを屋上で過ごしている。
毎日毎日、飽きもせず、横並びでスマホの画面を覗き込む。
でも不思議と退屈だと思ったことは一度もない。
今日見ているのはホラー淫夢のBB先輩劇場だった。
「キャッ!」
ちょっとした恐怖演出に珍子が声を上げて身を引いた。
スマホの画面の中では、目の位置に穴を開けられた素材が叫んでいる。
僕は無理に加工された素材を見て笑ってしまいそうになったが、彼女は本気で怖がっている。
だからだろうか、なんだか今日はいつも以上に距離が近い気がする。
やがて予鈴が鳴った。
珍子は画面をじっと見つめたまま、いつもの淡々とした声で呟いた。
「ねぇ、今日の放課後、うちに来ない?」
「え? なんだって?」
思わず声が漏れた。
僕は珍子を見たが、彼女はスマホの画面から目を離すことなく、ただ動画を見ている。
「だから、今日の放課後、うちに来ないかって聞いてるの」
「なんで?」
「なんでって……家でもこの動画の続きを見たいからよ」
「じゃあ一人で見ればいいじゃないか」
「怖いのが苦手なのよ! だからお願い! 一緒にいてほしいの!」
「いや、急にそんなこと言われても」
ここですぐ行きたいと言えないのが僕だ。女の子の家に行くのはさすがに恥ずかしい。
男子中学生だもの みつを
「そう、残念ね。うちには『Babylon STAGE 34 真夏の夜の淫夢 ~the IMP~』のVHSテープがあるから貴方にも見せてあげようと思ったのだけれど」
「ぜひ行かせてください!」
気がつけば僕は珍子の前で土下座していた。
「ふん、最初からそうすればいいのよ」
そう見下す珍子の頬が赤く染まっていることに誰が気づいただろうか。
その日の放課後、僕は教室の外で珍子を待っていた。
彼女が家まで連れて行ってくれると言うので、ついていくことになったのだ。
「じゃあ、行くわよ」
今更ながらVHSの誘惑に負けて珍子の口車に乗せられてしまったことを後悔し始めていた。
本当に僕が女の子の家に?
とぼとぼと彼女の背中を追いかけ、校門を出たところで、珍子はぴたりと足を止めた。
「こ↑こ↓」
そう言って、彼女が指差したのは歩道のすぐ脇に停められた黒塗り高級車だった。
「え、あの車ですか?」
つい敬語になってしまった僕をよそに、珍子は当たり前のように運転手が開けたドアをくぐり、後部座席に優雅に腰掛ける。
しばらく呆然と立ち尽くしていた僕だったが、珍子が不思議そうにこちらを見て「乗りなさい」と言うのでおそるおそるシートに座ると、運転手は静かにドアを閉め、車を走らせた。
本当にお嬢様だったんだなぁ。
そんなことを改めて実感しながら、緊張にシートに身を沈めた。
柔らかな陽射しが町を包み込み、ビルの影を長く引き伸ばしている。
道端には小学生の集団が色とりどりのランドセルを揺らしながら歩き、買い物帰りの主婦らしき姿がちらほらと見える。
僕は珍子の横顔を盗み見る。
彼女はつまらなそうに窓の外を眺めている。
軽く眉を寄せ、頬杖をついていた。
やがて車は緩やかに坂を上り、町並みが遠のいていった。
視界が開けた瞬間、目の前に現れたのは映画ような光景だった。
黒鉄の門は高く、重厚な装飾が施されている。
門の奥には白亜の大きな洋館がそびえ立ち、整然と並んだ大きな窓がきらめいていた。
玄関へと真っ直ぐ続く石畳の道の側には色とりどりの花が咲き誇り、芝生は丁寧に刈り込まれている。
「……これが家?」
やっぱり金持ちってすげーわ。
車が敷地内に滑り込むように停車すると、珍子は無言のままドアを押し開け、静かに外へ降り立った。
先ほどの退屈そうな表情はそのままに、敷石の上に小さくローファーの音を響かせる。
置いていかれまいと白い石畳の道を進むと、重厚な黒鉄の門が静かに閉じる音が背後で響いた。
それと同時に玄関の大きな扉が開き、紺色の上品な制服に身を包んだ女性のハウスキーパーが姿を現す。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
うわ、マジでこれやってるんだ。なんか感動。
しかし、ハウスキーパーの一礼に珍子はちらりと視線を返しただけで、無言のまま屋敷の中へ足を踏み入れる。
ふとハウスキーパーが首を傾げた。
きっと珍子の背後に立ち尽くす僕の存在に気づいたからだろう。
あまりにも場違いな僕を見つめながらも、特に表情を崩すことなく彼女は静かに微笑んだ。
僕はついペコリと頭を下げた。
珍子は足を止めることなく、ゆったりとした動きで邸内へと歩を進めながら、軽く振り返り──
「……早く来なさい」
そう言い残し、広々としたホールの奥へと消えていった。
僕はハウスキーパーに「お邪魔します」と言うと、珍子の後を追って豪奢な玄関ホールへ足を踏み入れる。
高い天井から吊るされたシャンデリアが静かに光を放ち、大理石の床には僕の靴音が妙に響く。
左右にはどこまでも続くような廊下、磨き抜かれたアンティーク調の家具、壁には大きな風景画が整然と並んでいた。
「こっちよ」
珍子は一度も振り返らず、長い螺旋階段を登っていく。
その後ろ姿を追いながら、僕はなんだか美術館に迷い込んだような気分だった。
二階の廊下も一階と同じく広々としていて、深い色合いの絨毯が足音を吸い込む。
並んだ扉のひとつひとつがどれも立派すぎて、どこが彼女の部屋なのか全く分からない。
やがて、珍子は一番奥の扉の前で立ち止まり、無言でそれを開けた。
広々とした室内は、落ち着いたクリーム色の壁に包まれている。
大きな窓からは穏やかな日光が差し込み、窓辺には純白のカーテンがふわりと揺れていた。
天蓋付きのベッドはシルクのシーツに包まれ、金の装飾が施された枕が置かれている。
部屋の中心には大きな液晶テレビと、深い青色のベルベット張りのソファ。
片隅には本棚と白木の勉強机があり、その隣にドンと置かれた黒いデスクトップパソコンがこの空間の中でやや異質に映った。
僕は気後れしながらも、部屋の空気を壊さないように静かに扉を閉めた。
「そこ、座って」
珍子はそう言って、ソファをぽんぽんと叩くと、僕を座らせた。
僕がぎこちなく腰を下ろすのを確認すると、本棚に向かい、黒いケース──『Babylon STAGE 34 真夏の夜の淫夢 ~the IMP~』のVHSテープを取り出してこちらに振ってみせる。
「初期ロット版!?」
「あら、貴方わかるのね」
「当たり前だよなぁ?」
珍子はVHSテープをテレビ台のレトロなビデオデッキに差し込んだ。
カチャリ、と少し懐かしい機械音が響き、デッキがテープを呑み込む。
リモコンを手にした彼女が電源を入れると、テレビの画面が一瞬砂嵐になり、やがて映像が再生され始めた。
「さあ、お楽しみの時間よ」
画面には、色褪せた映像が広がっていた。
デジタルの鮮明さとは違う、どこか曖昧で温もりのある画質。映像の端にはわずかな歪みが残り、時折映像が一瞬ぶれたり、ノイズが走ったりする。むしろその不完全さが映像の持つ力をより強く感じさせる気がした。
「……すごい」
「古いけどいいでしょ? こういうの、もうなかなか見られないんだから」
珍子はソファの端に寄りかかり、得意げに呟く。
僕は画面に前のめりになって、ただひたすらにその映像の歴史に引き込まれていた。
おいゴルァ! 降りろ! 免許持ってんのか!
はい(小声)
オイ…
おいゴルァ! 免許見せろ!
あくしろよ(早くしろよ)お前
はい(小声)
よしお前らクルルァについてこい
はい(微声)
……………
…………
………
……
.
はーい、よーいスタート(棒読み)
じゃあシックスナインやって(棒読み)
じゃあ、バックやって(棒読み)
こんなんじゃ商品になんないよ~(棒読み)
もっと激しく腰振って(棒読み)
じゃあ今度は松葉くずしやって(棒読み)
お前ら、プロなのに、松葉くずしもわかんねえのかよ(棒読み)
ちょっと、二人とも窓際行って、シ◯れ(棒読み)
……………
…………
………
……
.
あのさ、俺、そろそろバイトなんだよね…
バイトォ!?
うん
今日さあ
マジでぇ↑?
うん
ちょっと……2時からバイトでぇちょっと……
行ってこないといけないからさ
おお
行くの?
うん
……………
…………
………
……
.
アアッー、ウァーッ、ア、フュアッ! アァ…ォゥ、ンッ…オォン! アォン!
ハァ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ…
アァッ! ハァッ! アッ! イキスギィ! イク! イクイクイクイク…アッ……ァ、ンアッー! (野獣の咆哮)
アァッ、アッ…アッ…フアッ…ウッ…アアッ…アーッ…アーッ…
ウン、ウン、ウン、ウン、ウン、ウン、ウン…
フッ! フッ! フッ! フッ! フッ、フッ、フッ、フッ…(機関車)
ウンッ! ウンッ! ウンッ! …ンッ! 、パッソ(イキソ)! …センパ(イ)
いいよ、来いよ! 胸にかけて! 胸に! アアッ!
ウン! ウン! ウン!
アッー、胸にかけて、アッー! …ファッ⁉
ウーン…
……………
…………
………
……
.
よくよく考えると、異性の同級生とアダルトビデオ見てるってすごい状況だよな。
見てるのはホモビデオだけど。
それでも僕は感謝していた。
僕の趣味を否定せず、理解してくれる彼女と出会えたことに。
そして、こうして一緒に過ごせることに。
それだけで、僕は救われていたのだから。
「ありがとう」
「どうしたのよ、急に改まって」
「だって、こんなに良いものを見せてもらったのだから」
「いいのよ、お金があったってね、このくらいしか使い道なんて無いしね」
「この人頭おかしい……(小声)」
やはり、友達付き合いはもう少し考えた方がいいのかもしれない。
引用
真夏の夜の淫夢Wiki
Babylon 34 真夏の夜の淫夢 ~the IMP~ 第一章「極道脅迫!体育部員たちの逆襲」
Babylon 34 真夏の夜の淫夢 ~the IMP~ 第二章「モデル反撃!犯されるスカウトマン」
Babylon 34 真夏の夜の淫夢 ~the IMP~ 第三章「盗撮!そしてSM妄想へ」
Babylon 34 真夏の夜の淫夢 ~the IMP~ 第四章「昏睡レイプ!野獣と化した先輩」