ワレワレハ侵略者だ!! 作:ワタシニホンゴワカリマセーン
ゆったりと僕に向けて伸びた手が小刻みに震え出す。それは構成された物を再度作り直す様な不気味な動作。現に伸ばされた手の裾部分が不規則に蠢いていた。
瞬間だった。
「死んで。」
裾の中から凄まじい速さで何かが飛び出す。それは一直線に眉間の間を目指していた。
「まっ……!!」
慌てて頭を下げて転んだ様にソレを避ける。おもや弾丸とすら見間違えるそのスピードに唖然としていると、背後に突き刺さったソレに目を向けた。
ソレは所謂、触手と呼ばれるものだった。吸盤の無いタコの足が彼女の裾から出てきて背後の壁に突き刺さっている。その実、某アメコミ映画のヒーローの様である。
「へぇ、人間でこれを避けるんだ。じゃあ、これも?」
彼女はそう僕に問いかけると、その腕を僕が腰を抜かして転がっている方向へ思いっきり振るう。するとブンッ!と凄まじい風切り音と共にムチの様に壁に刺さっていた触手が急降下し下腹部へ落ちて行こうとする。
それを慌てて僕は重い扉の側面を蹴って背後に飛んだ。
バシュッ!!バギィッッ!!!
鳴っちゃいけない様な音と共に床が真っ二つに
そしてあれがもし下腹部に当たっていたらと言う妄想をして顔を青くする。上半身と下半身で真っ二つ、それこそスプラッタホラーだ。
「君。体育が得意な印象ないんだけど…火事場の馬鹿力って奴かな。大丈夫だよ。また生き返すから、その時にはもう今の事は全部パーーだけど……ねっ!!」
ブンッ!ブンッ!!と触手を振り回す彼女を尻目にその飛んできた触手の全てを避け、僕は屋上の扉へ走り出した。
「マジかよ!マジかよ!マジかよ!!」
触手が身体のスレスレを飛んで行くたびに無意識に出てくる「マジかよ!」の一言。
そうしてやっと辿り着いた重い扉を抜けて鍵をかけ、階段を駆け降りる。仕事は忘れないタチなんでねなんて小粋なジョークを挟みつつ、背後で粉々になったであろう鉄扉から意識を外した。
「ヤバい追ってきてる!追ってきてる!」
頭を傾け、ワザと片足で走ってみたり、様々な方法で背後から飛んでくる触手を避けているが、その実その一本でもまともに喰らえば一瞬で僕の命なんか切り裂かれてしまう。
階段を降りきり、4階の廊下を突き走る。3階から下には降りれない。少なくとも秋が僕を待っている。彼だけは巻き込みたく無い。
僕は教室側の廊下を避け、第二校舎へ続くガラス張の廊下に向かった。
「あれ、そっちからは昇降階段なんかなかった気がするんだけど…どうするつもり?」
ガラスの割れる音と共に嘲笑う様な声が響く。ああ、知ってるよな。君もこの学校の生徒だもんね。だけど…
瞬間、目の前の理科室に飛び込むと実験用机の上へ飛び乗った。机の面積が広いからか飛び乗るにも躊躇がなかったのは上々か。
「……理科室…薬品でも使おうと思ってる?だったらやめた方がいいよ。」
だが、そんな僕を嘲笑うかの様に春乃さんは扉をまるでウエハースの様に切り裂くとニタリと笑った。
「いや、そう言うのは無理かな。君を傷つけたく無いし。」
精々の反発の様に呟く僕。それをケタケタと笑う彼女。
「へぇ、じゃあ、どうするの?死んでくれる?」
そう問うて来るが、僕の答えはやはり一つだった。
「こうする。」
瞬間、テーブルの上を飛びながら走る。それに呆気に取られたのか飛んできた触手は狙いがズレ、明後日の方向へ飛んで天井へブッ刺さった。
「ふっ!」
掛け声と共に僕は窓へ飛んだ。瞬間
バリィィ…………ン……!!
校舎全体に響く様な涼やかなガラスの割れる音。いつかスカイダイビングとかしてみたいと思っていたが、まさかこんな低距離で飛ぶ事になるとは思わなかった。
「なっ!?」
先程まで僕の命を狙っていた彼女は触手を引っ込めて割れた窓ガラスから外へ覗きこむ。
だが、死ぬつもりなんて毛頭ない。僕は飛んだ先を見つめると衝撃に備えた。
ドンっ!!!!
「……
あまりの痛みにそう叫ぶ。だが、その実、折れる様な痛みも無ければ捻った訳でも無い。ちょっとした打撲だ。
それを確認する様に痛い箇所をなぞりながら見つめると理科室を見て安堵した。彼女が追いかけて来ていない。つまり彼女は
僕が理科室から飛んだ先、それは体育館の屋根上だった。4階から少し離れてるとは言え屋根のオレンジ色の塗装が理科室からよく見えるため常日頃からあの屋根ならジャンプで行けんじゃね?と思っていた。現に行けたし、彼女の脚力じゃとてもじゃ無いが届かない。これで不思議パワーで飛んで来るとか言われたら最悪だった。
痛む左腕を支えながら端に歩いて行く。まだ使ってないから汚いけど、そっち側にプールがあった筈だ。ここから降りるならプールへ飛び降りるくらいしか無い。
「……はぁ、はぁ………げ、真っ黒だ…」
端にようやく辿り着いて屋上からプールを眺める。去年から掃除していないのか苔やワカメみたいのが沢山浮いている。
あそこへ飛び降りるのか……。かなり嫌だが、背に腹は変えられない。
「ええい!ままよ!!」
まるで何処ぞのアニメオープニングの様な大ジャンプを決め込み僕はプールに向かう。
結構、離れていた為に飛び降りる前は少し怖かったけれど、飛んで仕舞えば後は運。着地点を一重に見つめるのみ。とは言えとんでもない大ジャンプが要求されたのでその結果は着いてきて欲しいものである。
顔を過ぎる様に風が吹き荒れる。痛い、痛い。なんて思いながらも僕は段々と近づいてきたプールの水面を見て安堵した。コンクリートの床だったりしたら死ねるからである。
ザバーーーー…ン……
水面が僕を中心に波紋を描き、僕という異物を捌けるかの様に貫いた。
跳ねる水飛沫は僕の身長などとうに過ぎ去り、まるで津波の様に水量を減らしてプールサイドへ掃けていく。
衝撃で首が折れるかと思った。
首に違和感を感じつつ、這うように泳いで、やっとの思いでプールサイドに到着した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
あの汚い水を飲んでしまった。もしかしたら病気になって居るかもしれない。まぁ、後の事より今だ。彼女は追ってこなかった。追えなかった?否、追わなかったのだ。つまり…
僕を照らしていた校庭のライトを遮る様に人影が一つ通り抜ける。そして、その人影から触手が飛び出して僕の首を締め付けて、宙へ持ち上げる。
「やっと捕まえた。」
彼女の美しい顔がニタリとこちらの顔を覗いていた。
「ぐぅ……あ"あ"……」
締めつけた触手は段々と力を増して僕の首を締め上げる。そこになんら容赦などという言葉なぞなかった。
「散々手こずらせてくれたよね。死ぬって言っても一時的な物で記憶を消させてくれれば直ぐにでも生き返らせてあげるって言うのに……」
そう呟くように正気の感じられない瞳でこちらを睨みつける春乃さん(仮)。
だが、次にした事は僕にこのまま首をへし折る事でも触手を突き刺す事でも無かった。首を締め上げていた触手を段々と緩めて、僕を床に下ろすと正気を取り戻した瞳をギラギラと輝かせにったりと笑う。
「ゲホッ…ゴホッゴホッ…!!」
「だけど、そんなに嫌ならしないであげる。あんなにアクロバティックに私の攻撃を避けてくれたもんね。」
そうして触手を引っ込めた。
「でも、条件が3つあるの。これを破った瞬間貴方を殺して今日の記憶も含めてそれまでの記憶全部消してあげる。」
彼女は綺麗な指で3本指を立てると僕の前へ突き出した。
「ゴボッ……ゴホッ……条件?」
「必要なものだよ。貴方にとっても私にとっても……
それにただ逃したんじゃ私に何の得も無いからね。」
僕は口に含んだ汚い水を少しずつ吐き出しながら問えばまたにったりとした笑顔で彼女はそう言った。
「一つ、絶対に今日のことは誰にも言わない事。その場合、死ぬのは貴方だけじゃ無くなるから。
二つ、私の言葉には絶対服従。断ったら殺すよ〜。
三つ目……」
一つ一つ、条件を付けるたびに指を折り曲げていく。
そして、最後の指を折り曲げた。
「私の地球侵略に手を貸す事!」