逆転世界はもうどうしようもない 作:あああああ
この世界は狂っている。
そこらの司教様や修道女に襲われそうだから大っぴらには言わないが、創造神が全部悪いと俺は思う。
たっぷり一年かけて世界を作ったのはいい。疲れたからって数百年休んだのもいい。いつのまにか魔物に追いやられて絶滅しかかっていた人間を寝起きで救おうとしたのもいい。
問題は人間の繁殖システムにテコ入れしたことだ。
創造神が手を入れるまで、女性は妊娠中戦うことができないため、繁殖欲求が希薄になっていたらしい。
だから「えいっ」と何とかした。そのせいで女性は男性よりも高い欲求を持つようになった。信じがたいことに、これは由緒正しき聖書に書いてある内容だ。
寝惚け眼の創造神は手を休めなかった。
次の手として戦う能力に劣っていた女性を強化した。そして男性は同時に複数の女性を妊娠させることができるため、女性が十分な戦力になるなら少なくてもいいじゃないかと考え、生まれる比率を変えた。
一つ世代を経ると、男はだいたい十分の一になった。これも聖書に書いてある。
そして、創造神は満足してまた眠りについた。
それを0年とした陰暦1362年。
魔物を素手で引きちぎるような女たちによって、今や俺たち男は絶えず貞操の危機と戦っていた。
平民の男児は生まれたその日に婚約し、貴族の男児は権力闘争のこれ以上ない手札と化し、教会で神の教えを説く聖職者は「創造神様に賜りし神聖なる性欲ですよ?」と言いながらにじり寄ってくる。
今一度言おう。
この世界は狂っている。
何が悪いって創造神が全部悪い。
生み出された上に絶滅から救われておいて言うのはアレだが、もっといくらでもやりようがあっただろうと思う。
「準備できてる?」
「できてるよ。あいつらはどうなんだ?」
ドア越しに声がかかる。
思考を打ち切って荷物を背負った。
「みんな終わってるよ。今は全員ギル待ち」
「そうなる前に呼んでくれよ。待たせるより待たされる方が楽なんだ」
「ティアもルナもそうだからこうなってるんじゃない?」
「一理あるが……ルナはともかく、ティアはどうだかなあ」
ドアを開く。
水色の髪を肩の下まで垂らした少女がすぐ傍らに立っていた。
「おはよ、ギル。調子はどう?」
「問題ナシ。そっちこそどうなんだ、リア?」
「まあ好調かな。今日もギルの顔一番に見れたし」
少女――リアは腰に一振りの剣を指している。
女性は生まれたその時から創造神に祝福をかけられている。そこらの魔物なら素手でも相手できないことはないが、俺たちのような冒険者が討伐する魔物になると厳しい。
「待たせてることだしさっさと行くか」
ティアとルナが待ちくたびれる前に行かなければならない。
リアを連れ、俺は少し急ぎ足で宿を出た。
冒険者は荒事専門、破落戸の巣窟、などと宣うのは世俗に疎い田舎者だけだ。
魔物から人々を守る冒険者は相応の責任を持っていて、危険な仕事故に援助も出る。
ざっくり言えば対人専門が騎士で、対魔物専門が冒険者だ。騎士のように誉高い職ではなくとも、民を守る存在に変わりはない。
騎士崩れも数人見かけたことがあるくらいには融和している。だから冒険者って言葉に否定的なイメージはあまりない。
ギルドのロビーを見て思い出すのは都市中心部にある高級宿屋だ。今泊まっているような、安値が売りの旅籠屋とは大違いだな。
高価そうに見える調度品を眺めると、苦い思い出が蘇る。そういう極めて個人的な事情により、俺はギルドが苦手だった。
奥に行くと、ソファやテーブルが幾つか並んだスペースで、俺と同じような背格好の少女と、俺より二、三ほど年下の少女が談笑していた。
「お待たせ、二人とも」
「あら、リア。ギルのお世話、今日もご苦労様ね」
「おはようございます、ギルさん!」
「別に世話を求めた覚えはないけどな。おはよう、ルナ」
パーティーはこの四人で全員だ。
「今日は以前から聞かされてた大型獣魔の討伐に向かう。準備はいいよね、ギル?」
「日程の確認から道具まで全部万端だ」
「じゃあ職員さんに出発の記録取ってもらってくるね」
リーダーのリア。本名はヴァレリア。剣を使って魔物を叩き斬る脳筋。
このパーティーの中で一番冒険者資格――技能ごとに様々な資格がある――を多く持っていて、斥候から剣士、魔物の追跡からサバイバルまで何でもできる。
唯一の欠点として空気が読めない。
「泊まりになるのよ? 前から言ってるけど、追加のテントは買ったんでしょうね。あたしには経費の話来てないけど」
「要らないって結論になっただろ。もうそれ話してるのお前だけだからな」
「こっちはいつまでも一人のテントで寝られないあなたのことを思って言ってあげてるんだけど?」
剣士兼弓士のティア。本名はイーティア・セルペンス。中衛を務め、高い柔軟性を持つが、雑魚が相手だと矢を渋って投石で頭をぶち抜く脳筋その二。
金髪ロングの少し高慢なお嬢様で、野外活動が苦手。帳簿や備品の管理を請け負ってくれたありがたい存在だ。底意地は悪いが。
「落ち着いてください、ティアさん。ギルさんは私たちのことを信じてくれているんです」
「そうだそうだ」
「それに、このパーティーのコンセプトからして、間違いなんて起こりませんよ」
ルナ。本名はリリルナ。リアより前に立ち、全力で戦鎚をぶん回す脳筋その三。
淡い紫の髪を一つ縛りにしている、女の子と言った方が適していそうな体躯の少女。朝からパンケーキ食べてそう。
特に決まった役回りは持たないものの、周りをよく見ていてあれこれ気がつく。パーティーの潤滑油。
「『恋愛クソ喰らえパーティー』ね。確かルナが名付け――」
「何言っちゃってるんですか、リアさんが名前を付けたんですよ私がそんな名前つけるはずありません頭イカれたんです?」
「……ごめんなさい。そうね、リアだったような気がするわ」
今到底ルナの発言とは思えない罵倒が聞こえたような。
じっと見つめてもにこにこと笑っている。流石にルナの声とティアの声を聞き違えることはありえないと思うが、まさかルナが「イカれた」とは言うはずないよな。
「記録取ってもらったよ。あれ、なにこの雰囲気。お菓子貰ったけど要る?」
「ん? ああ、じゃあ貰っとくわ」
これでもう用はないはずだ。
居心地の悪さから逃げるように、塩味のクッキーをかじりつつ俺はギルドを後にした。
「それで、お二人さん。喧嘩はいいけど、私情持ち込まないでよ? このパーティーはただただ冒険をするために作ったんだからさ」
「チッ。分かってるっての、冒険馬鹿は黙ってろよ」
「まーたルナは僕のことそんなに褒めて~」
「……褒められてないわよ、冒険馬鹿」
「おーい、まだ何かやることがあるのか?」
戻ってみればただ三人で話しているだけだった。
「何でもありませんよ、ギルさん。さあさ、レッツゴーです!」
「ねえ、リア。あたしにばっかり負担がかかってるような気がしてならないわ」
「ふふふ、冒険馬鹿……」
「リーダーがもう少しきちんとしてくれれば、あたしも楽できるはずなのだけどね」
これからの仕事が楽しみで仕方ないとばかりに軽い足取りのリアと、どことなくげっそりした様子のティアを伴って、今度こそギルドを後にした。