逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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2 恋愛も結婚もクソ喰らえ

 

 この世界には数柱の創造神がいる。人間には人間の、魔物には魔物の、獣には獣の創造神がいる。

 人間の創造神であるメアは情動を司る神だ。秩序ある欲求、と言い換えてもいい。

 エルフなどを含む精霊と呼ばれる種の創造神であるスィークレは知識を司っていて、被造物たる精霊は比較的感情が薄い代わりに多くの物事に知悉しているとか。

 

 被造物の性質は創造神に基く。

 聖書を読んでメアに人間性があると感じるのは間違いで、人間にメア性があると言える。

 魔物の創造神が司るは破壊だが、これも同様で、魔物は人間が泣き笑うことと同じように破壊する。

 魔物と他の種族は分かり合えない。全ての創造神が何かを司る以上、その尽くを破壊し消滅させんとする魔物は決して受け入れられることのない存在だ。

 

 人間と同じ創造神に生み出された生物だ。

 積極的に敵対したい相手ではないが、やむを得ない。

 

 そういうわけで俺たち冒険者は存在している。

 

「ティア」

 

 指し示された方向を数秒眺めた。そして金色の髪を揺らしながら大きく振りかぶって、拳大の石を投げる。

 

「三頭いるわ」

 

 草木に阻まれた視界でどう捉えたのかは分からないが、とにかく三頭いるらしい。

 ティアは投石を続ける。

 

「どう?」

「二頭で限界かしら。来るわよ、ギル」

 

 ようやく魔物の姿を俺も捉えることができた。残る一頭を見据え、祈り、『悲哀の魔法』に接続する。

 

裂かれし心に涙あり(animus scissus flet)涙ある所に(ubi est flere)痛みあり(ibi est dolor)

 

 情動を司るメア――もといメア様が扱う『悲哀の魔法』は、心なき者にさえ哀切の痛みを植え付ける。

 内側から込み上げる未知の痛みに動けなくなった魔物をリアが両断した。

 元より一対一でも苦戦しないような相手だ。リアは剣を振って血を払い、俺たちの方に向き直る。

 

「大型魔獣の出現で魔物が少なくなった。そう聞いてはいたけど、実際に見ると肩透かしってレベルじゃないね」

「以前来た時はもっとわんさかいましたよね。うぅ、無事に討伐できるでしょうか」

「できるからあたしたちが派遣されたんでしょう? 弱気になる必要なんてないわ」

 

 リアの攻撃で二つに分たれた魔物を見る。

 獣でいう犬や狼を醜悪にしたようなこいつは、本来なら数で押し潰す害悪さが脅威だ。十頭前後、多くて三十以上にも上る群れを成したこいつらは、冒険者や騎士ならともかく市民の手には負えない。

 それがたった三頭。土いじりしかしてこなかった村娘でさえ撃退可能だろう。男でも三人いれば何とかなりそうだ。

 

 ここはまだ討伐対象のテリトリー外。

 広範囲に影響を及ぼしているそれが村を襲えばどうなるか、想像に難くない。

 

「……もう日が暮れるわね」

「討伐は明日。今日はこのあたりで野営だな」

「ちょうどいいスペースを探さなきゃですね!」

 

 朝一番に街を出てそれからずっと歩いてきたんだ。

 ようやく草臥れた体を休ませることができるとなれば、俺も残り少ない体力を振り絞ろうというものだ。

 

 山に分け入り、野営に適した場所を探した。

 

 

 ぱちぱちと薪が爆ぜている。

 よく乾いた木が焼ける音は聞いていて心地いい。

 

「よし、ここで決まりだな?」

「ええ。お願いするわ」

「任せとけ」

 

 リアとルナがテントを設営していて、ティアが夕食の準備をしている。そして俺はと言うと――このパーティーで任されている役割を果たすため、天に祈った。

 少しの間頭に過ぎる、忌々しい記憶。

 それを踏み越えて『嫌悪の魔法』に接続する。

 

人を動かすは嫌悪なり(homines odium moventur)

 

 紫の光が地面を伝って四方八方に広がっていく。

 これが俺の戦闘以外での役割。生物を遠ざけることのできる『嫌悪の魔法』を使って安全な野営を可能とする。

 『嫌悪の魔法』が使える者は多いが、それを結界のように張ることができる者はそう多くない。

 これだけは普段ツンケンしているティアも諸手を挙げて誉めそやしてくれる。

 

「いつ見ても凄いわね、あなたの魔法は」

「わっはっは。そうだろうそうだろう」

「それだけの力があれば宮仕えもできたでしょう?」

「……いや、別に。そこまでじゃない」

 

 宮仕え。その言葉で更に嫌な記憶を思い出した。

 急降下したテンション。出かかった溜息を抑え、しかし我慢できずに吐き出した。

 

「そろそろ聞かせてくれないかしら?」

「何の話だよ」

「それだけの力があるあなたが、どうしてこんなパーティーに入ろうと思ったのか。ほら、あなたって冒険者に憧れてるわけじゃないでしょう?」

 

 ティアの言葉に頷く。

 気が付けばリアやルナも作業の手を止めてこちらを見ていた。

 

「宮廷の魔法使いなら生涯独身も夢じゃないのに、わざわざ『恋愛クソ喰らえパーティー』なんかに入る意味が分からないわ」

 

 もっともな質問だろう。

 俺は魔法が使える。そこらの男よりずっと上手に。素養を活かすために色々と学んだし、メアについて詳しいのも神学を学んだからだ。

 

 まあ、別段隠したいことではない。

 ただ語る気になれなかったというだけで。

 

「俺さ、ティアが言う通りにしようと思って生きてたんだ。小さい頃から異性が怖くて、話すことはできても、触れることなんてできなかった」

 

 よくあることだと言う。

 基本的に一夫多妻な世の中だ。父親以外、周りにいるのはほとんどが女。

 実の母親は純粋に母として愛してくれたが、それ以外の母親は俺を娘の結婚相手として使うことしか考えていなかった。

 

 幼い頃はまだしも、成長していくに連れて男と女の間でギャップが生まれてくる。執拗に狙われることで拒否反応が出るようになった。

 俺は異性が怖くなった。

 

「結婚したくないって言うか、強制されたくなかったんだ。だから権力を求めて、魔法を頑張った。それで――」

 

 今でも夢に見る恐怖。

 

「宮廷に仕えるための試験中、強姦されかけたんだ」

 

 湿っぽい息が頬にかかった。

 女の膂力は振り解けなかった。

 

 別に欲求の対象にされることはそう怖くなかった。それほど直接的ではないにしろ、それまでの人生で何度も味わってきた不快感だからな。

 

 ただ、安全な地位を目指す途中でどうしても支払わなければいけないものがあると知って、絶望したんだ。

 一時の辛抱だと分かっていても耐えられなかった。

 

「今まで使えなかった『嫌悪の魔法』すら使って逃げたよ。幸か不幸かそのショックで異性と接することができるようになって、このパーティーまで逃げ込んできたわけだ」

 

 ティアは複雑そうな顔だった。

 つい数年前までは権力を持つ側だった者として、俺の話がありえるものだと分かっているからだろう。

 尼僧でさえ欲に溺れる世界だ。

 つくづく思う、この世界は狂っていると。

 

「……同じ女として、謝罪するわ」

「いや、いいんだ。俺を受け入れてくれた三人には感謝してる。本当なら男の俺を抱え込みたくなかっただろうに」

 

 冒険者は才能ある男の魔法使いが目指す職ではない。

 厄介ごとの匂いしかしなかっただろう。

 それなのにリアは真っ先に承諾し、ティアもそれを見て曖昧に頷いてくれた。ルナは確か終始にこにこしていたような気がする。

 

「むしろこっちが頼み込んででも仲間になってほしい人材だったし、感謝は要らないよ」

「おお、リア……空気読めるようになったのか?」

「僕のこと何だと思ってるのさ?」

「冗談だよ。ありがとな」

 

 まったくもう、とリアがぼやく。

 彼女の存在は俺にとってありがたいものだった。

 奇人変人と名高いリアがいなければ、このパーティーは作られることもなかったし、俺が見つけることもできなかった。

 

「……ルナ、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないのはギルさんです」

 

 いつのまにか背に引っ付いていたルナ。

 仲間だからだろうか。異性に触れられていると言うのに、むしろ安心できるような気がした。

 人肌の温もりと言うのだったか。

 

「覚えていてほしいです。みんながみんな、ギルさんを傷付けようとする存在ではないことを。少なくともこのパーティーは、ギルさんが安心できる居場所ですから」

「ああ。覚えておくよ」

「ただ、それはそれとして、です」

「うん?」

 

 抱きつく力が強くなった。

 

「私たちはメア様にそうあれとされた存在ですから、そういう目で見てしまうかもしれません。っていうか、そういう目で見ています」

「うん。……うん?」

 

 抱きしめていた手がまさぐるように動き始めた。

 どことなくルナの息が荒いように聞こえる。

 何か良くない気配を感じる。

 嫌な予感がする。

 

 ティアが真顔になって立ち上がった。

 

「なのでちょっとは自重してくださいね。もしかしたら、私たちの抑えが効かなくなってしまうことも――ったぁ!?」

「ルナ。ちょっとこっち来なさい」

「空気読めてないって僕でも分かるよ」

「で、でもあのまま行ったら本当にやりにくくなっちゃいますから!」

「トラウマ踏み躙ってまでやることじゃないわよ!」

 

 再びすぱこーんと叩かれた頭を押さえ、ルナが涙目で抗議する。

 さっきまでティアが煮込んでいた料理を引き継いで、俺はくるくると掻き混ぜながら三人の会話を眺めた。

 

 加入当初はいつもこんな感じだったな、と思い返して懐かしく思えてしまった。

 ティアは三人の中で一番心優しく、ルナは少しだけスケベで。

 この三人を守るためなら、苦い思い出が思い起こされたって魔法を使いたい。そう思ったから、俺は『嫌悪の魔法』を使うようになったんだ。

 

 まあ、それはそれとして恋愛も結婚もクソ喰らえだがな。

 

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