逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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3 男に慣れる道は前途多難

 

「オォオオオオオオオオオオ――――!!」

 

 咆哮が大地を揺るがす。

 体高二メートル、体長五メートルほど。トカゲに似た魔獣の周りには破壊の跡が溢れている。木々は倒れ、地面は抉り起こされ、その爪痕が刻まれていた。

 

「黙ってください!」

 

 ルナの戦鎚が横っ面をぶん殴るが、魔獣には大して効いていないようだ。振り切ったままノーガードでいるルナに魔獣の牙が迫るのを、どうにか魔法で鈍らせる。

 

裂かれし心に涙あり(animus scissus flet)涙ある所に(ubi est flere)痛みあり(ibi est dolor)

「せやぁっ!」

 

 小さな体躯が一回転し、勢いを増した銀色の戦鎚は唸りをあげて迫っていく。(あぎと)を掬い上げるようなフルスイングが直撃し、魔獣の重心が浮いた。

 

 ルナは対大型の戦闘に長けている。爪や牙を掻い潜って放つ戦鎚の破壊力は魔物の分厚い体皮さえ容易に貫く。

 戦闘狂の素質があるのか、前に出た途端押せ押せな気質になるのはいつ見ても驚く。俺の援護を信頼してくれるのはいいが、合図もなしに命を預けられるのは心臓に悪い。

 

「ナイス、ルナ!」

 

 リアが飛び込んで喉元をぶった斬る。

 魔獣の重量と斬り上げる力とが噛み合い、深く傷が刻まれた。

 

 獣や精霊は希薄でも感情を持つが、魔物は全く持っていない。

 故に傷つけられても激昂することがない。作り物のように冷たい目で頭の下に潜り込んだリアを追うが、他所に注意が惹きつけられた以上、緩慢に動く急所など良い的だ。

 

 ティアの矢が目を射抜く。

 痛みに怯んだ魔獣を戦鎚が殴り飛ばし、更にリアの剣が傷を増やす。

 

「もう終わってください」

 

 最後に振り降ろされたルナの一撃がクリーンヒットし、魔獣は動かなくなった。頭蓋が陥没している。相変わらずとんでもない膂力だ。

 

「……よし。間違いなく死んだね」

 

 魔獣の体が溶け消える。

 繁殖も摂食も行わない魔物たちは、維持不可能な状態に陥ると創造神の御許へと還り、また生み出されることになる。

 この非生産的な性質も生態系にとって害悪であり、他の種族から嫌われる一因だ。

 

「ギルが入ってから随分余裕ができたよね」

「そうなのか?」

「そうよ。以前はリアもルナも生傷が絶えなかったもの。あたしの援護も完璧とはいかないし、あたしのせいでもないのにギルドから怒られるし……はぁ……」

「大変だったんだな」

「大変なんてものじゃなかったわよ」

 

 溶けた死体の中から矢を取り出しつつ、ティアは大きな溜息を吐いた。

 普段のティアはもっと意地悪なんだが、ここ最近ずっと活力に欠けているような気がする。少しは優しくしてやるか。

 

「でも、まあ、そろそろ昇級できるらしいよ? ギルが入ってからの安定性をちゃんと評価してくれたみたいでさ、減点も全部取り返したでしょ」

「……はぁ。リアがそれでいいなら、いいけれど」

 

 そんなこんなで討伐を終え、帰途に就いた。

 

 

 復路もまた一夜をテントで明かすことになる。

 

「あれ、今日はティアなのか」

 

 リアとルナが同じテントに入っていくのを見て、思わず呟いた。

 

 パーティーの共同資産たるテントは二人用のものが二つだけだ。

 四人分ある理由は、普通四人以上でパーティーを組むため、俺がいない頃の三人ももう一人加わってくれるのを待っていたからだ。大きなものは場所に左右されるから小さなものを二つにしていたとか。

 

 備品管理役のティアも当然ながら弱い男の加入など考えていなかったし、新たに加わった俺はすぐに冒険者を辞めてしまうだろうと考えて新しいものを買うことはしなかった。

 

 しばらく経つうちに三人への信頼が生まれ、テントもそのままでいいことになった。

 リアは男にあまり興味がなく、ティアは俺に触れることすら遠慮している。ルナも強引に迫るような性格ではないからな。

 

「何よ、やっぱり文句を言うんじゃない。誰かと寝るのが嫌だったら大人しくテントを買いなさい」

「別に文句は言ってない。今までローテーションで代わってただろ? 昨日がルナだから今日はリアじゃないのか?」

「……知らないわよ、そんなこと」

 

 おかしな反応だ。

 

「まさかとは思うが代わってもらったのか?」

 

 びくんと体が揺れる。

 コップの中の白湯が跳ねた。

 

「信用ならないなら、一人で寝ればいいわ」

「いや、別にいいけど」

「は?」

「俺の指すらまともに触れないティアが何かできるわけないだろ」

「ぶん殴るわよ。致命的な威力で」

「洒落になってないんだよな」

 

 ティアはしばらく拳を固めていたが、やがてまた溜息を吐いた。

 

「あたしって人の運がないのかしら」

「あるとは思わないが、ないこともないだろう」

 

 リアとティアのファーストコンタクトは事故のようなものだったと聞いたことがある。

 街に出てきて仲間を探していたリアが、ちょうど帰る場所を失くしていたティアと出くわし、強引にパーティーを迫ったとか。

 

 変人に目を付けられ、ルナを拾い上げ、聞く限りではそれからしばらく苦労が絶えなかったとか。人の運があるとはとても言えない。

 だが、リアもルナも悪いヤツではない。二人は間違いなく善人で、ティアもそれは分かっているはずだ。

 

「……察してるでしょうけど、あたしは貴族なのよ。このパーティーにある本名で呼ばないルールも、あたしが始めたことなの」

「まあ、名字がある時点で分かったよ。イーティア・セルペンスだったよな」

 

 弓矢を使えるのは、大抵が狩人をしていた村娘か道楽で魔物や獣を狩る貴族だ。家名は聞いたこともないものだったが、あるだけで察せることは多い。

 

「セルペンス家の次女として、貴族の務めを果たす。そういうお題目でお見合いが組まれたの。まあ、ほとんど婚約みたいなものだったわ」

 

 貴族について思うことは一つだけだ。

 俺は平民として生まれてよかったな、と。

 全くないとは言わないが、平民は結婚を強制されることが少ない。地位があれば何とか一人で生きられる。代わりに大切なものを失うかもしれないが。

 

「それで、あたしの相手は……ちょっと、その、何と言うか、あまり言いたくはないのだけれど……」

「醜かったか」

「ええ。顔立ちは整っていなくて、清潔でもなくて、とてもふくよかだったわ。あと年齢も相当だったかしら。当時のあたしは十四歳で、衝撃的だった」

 

 最悪だな、という表情を隠さない俺にティアが苦笑した。

 

「容姿で差別するわけじゃないわ。その方が貴族らしい振舞いをしていれば、あたしはきっとここにいなかった。……貴族の務めと言いながら貴族らしさの欠片もない豚と結婚するのが嫌だったの」

 

 根っこは真面目なティアらしい理由だ。

 

「それで、あたしはここにいるわけ。これでもまだ人の運がないって言えるかしら?」

「降参だ。本当にご苦労様だよ」

「ふふ、そうでしょう?」

 

 自分の苦労を認めさせると同時に辿ってきた人生を直視して運命を呪っているらしい。

 ティアは光のない目で笑う。

 

「それにしても、どうして話してくれたんだ? 俺に貴族だって言うのもリスクだろう」

「別に話す機会がなかったから話さなかっただけよ。それと、ギルに身の上を語らせておいてあたしが黙ってるなんてフェアじゃないわ」

「……そういうの考えてるからこうなってるんじゃないか?」

「黙りなさい」

 

 図星だったらしい。

 昼に討伐した魔獣を思い起こさせるような冷たい視線だった。

 

「はぁ。それじゃ、いいかげんにもう寝ましょう」

「そうだな」

 

 焚火を消し、調理器具を片付ける。

 雨が降るとは聞いていないが万が一のためだ。

 

「……これは別に断ってもいいんだけれど」

 

 夜闇の中テントの中で横になる。

 後ろで寝ているティアがぽつりと言う。

 

「手、握って寝てもいいかしら」

「寂しいのか? ――いってぇ! おい、ガンって音した! 背中がガンって言ったぞ! 凹んでないか!?」

「凹んでたら死んでるでしょうに」

 

 呆れた声だ。

 痛みに呻きつつ真意を聞く。

 

「慣れておきたいのよ。いざというとき手を取れなくて守れないこともあるかもしれないわ。あなたを守るのは、位置からしてあたしでしょう?」

「まあ、そのときは頼りたい所だ」

 

 背後から襲いかかられて魔法を使う隙もなくやられるかもしれない。中衛のティアは後衛の俺を守る役割を担っている。討ち漏らした敵もそうだが、不意を討たれても、俺を守るのはティアだろう。

 

「……それじゃ、ほら」

 

 暗闇に手を伸ばす。

 少し冷たい手に触れた。

 

「あなたを守れるよう、頑張るわ」

 

 それきり静かになった。

 誰かと手を繋いで寝るなんて初めての体験だった。

 しかし、相手が信頼できるティアだったからだろう。俺は存外早く眠りに落ち、むしろいつもより快眠することができた。

 

「なあ、ティア」

「何よ」

 

 明くる日。

 起きてテントを出ると、既にティアは起き出して武器の点検をしていた。

 

「……そのクマ、何?」

「うるさい」

 

 どうやら男に慣れる道は前途多難らしかった。

 

 

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