逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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39 一旦全部忘れよう

 

 ティアが睨んでいる。

 スクリータが頬を膨らませている。

 

「何だよ」

「別に何でもないわよ」

「なんでボクじゃないの?」

「……そういうことよ」

 

 白を切るか答えるか合わせとけよ。

 協調性の欠片もないな。

 

「ギルさんギルさん、ちょっとベッドお借りしてもいいですか?」

「目を輝かせないでくれ」

「仕方ないじゃないですか、誰かに奪われる方が興奮するんです」

「改める気とかない?」

「ありません」

 

 そうかぁ。

 俺の部屋に向かおうとするルナを何とか押しとどめ、リアの方に向かせる。

 

「リアさん、どうだったんですか? どんなことしたんですか!?」

「同性の間でもセクハラって成立するんだよ、ルナ」

「良い思いをしたならそれを共有しようと思わないのかしら? あたしたちは仲間だと思っていたのだけど」

「そりゃ言ってもいいけど……殺されちゃう可能性が確実なものになるんだよね」

 

 リアがセルウィタを見る。

 正確に言えば、彼女に拘束されていてなお暴れているギルベリタを、だが。

 

むがむがぁ(殺してやる)! むがむが(クソ〇ッチ)むがぁ(死ね)!」

「私めは大変にお疲れでございます。誰か代わってくださいませんか」

「もうしばらくの辛抱よ、堪えなさい」

「そろそろお手洗いに行きたいのですが」

「気張りなさい」

 

 ギルベリタが俺とリアのあれこれに気が付いた時からずっとティアの指示で拘束しているらしい。

 

「俺が代わろう」

「しかし貧弱なギルバート様のお力では到底抑え込めないでしょう」

「確かに俺は貧弱だが、それは問題じゃない」

 

 セルウィタに代わってギルベリタを拘束する。

 うむ。我が妹は実に優しい。

 傷付けないよう力を込めないでいてくれる。

 

「お兄ちゃん、説明してくれるんだよね。なんでお兄ちゃんとそいつが……ぐぅうぅうぅ……! 頭おかしくなる……ッ!」

「落ち着こうか」

「私とお兄ちゃんの家なのに、愛の巣なのに!」

「俺たちのじゃなくて母さんと父さんの愛の巣だよ」

「生々しいわね」

「子供にそんなこと言われるのってどんな気分なんですかね」

 

 やいやい言う暇があるなら説得を手伝え。

 特に委ねてくれとか言ってたリア。

 

「全部僕が何とかするとは言ったけど、これはギルがちゃんと説明してあげなかったのが原因だし、自分で何とかしてね」

「……それもそう、か。分かった」

「じゃあ僕はちょっと散歩に――」

「逃がさないわよ?」

「ボクらにも説明してよ。なんでギーくんがリアさんとそんなことになってるのか、経緯をさ」

 

 あ、リアが連れていかれた。

 

「お兄ちゃん、説明」

「はい」

 

 かくかくしかじか。

 ギルベリタが瞬間湯沸かし器にならないよう最大限の配慮をし、手洗いから帰ってきたセルウィタに落ち着くハーブティーを淹れてもらい、どうにか経緯を無事に語り終えることができた。

 

「つまり仕方なかったって言いたいの? なんで?」

 

 しかし、語り終えてからも無事にとはいかなかった。

 

「お兄ちゃんを助けるって口実でいいようにしてるとしか思えないんだけど。あの三人は全然お兄ちゃんのこと守れてないし、その上お兄ちゃんがそんなことになった原因がいるパーティーを抜けない理由ないでしょ」

「最初はそう大事でもないと思ってたんだ」

「だったら、だったらもう抜けてよ! あの三人はお兄ちゃんを欲望の捌け口にしようとしてるの! お兄ちゃんを本気で心配してなんかない!」

 

 両手で机を強く叩いて立ち上がる。

 後ろに倒れた椅子が大きな音を立てた。

 

 決めつけで仲間を悪く言う妹に少し悲しくなった。

 あれだけ仲を深められていたというのに。

 特にルナとは。

 

 感情を胸の奥に仕舞い込んだ。

 少なくとも表面上は努めて冷静に、諭す。

 

「それは違う。きっと俺にそう思う所はないでもないだろうが、心配してくれているのは本当のはずだ」

「そんなのありえない。絶対、絶対絶対ありえない!」

「落ち着いてくれ」

「――だって!」

 

 ギルベリタは再び手を机に叩きつけた。

 

「だって、私は、私も……!」

 

 整理が付いていない言葉だった。

 

「私だって、私でさえ、お兄ちゃんのこと、そう思っちゃったのに……家族でも何でもないあいつらが、私より純粋にお兄ちゃんを思ってるなんて、そんなの、あるわけない……!」

 

 ギルベリタは十四だ。

 もうそういう年齢なのだろう。

 そして、それに戸惑う年頃でもある。

 

「家族なのに、なんで、お兄ちゃんのことそういう目で見たくないのに! やだ、やだ、やだぁ! 私だけは、お兄ちゃんが安心できる場所じゃなきゃダメなのに……っ!」

 

 ギルベリタは俺のかわいい妹だ。

 ずっと前から懐いてくれて、外に出るときはいつも近付いてくる外敵を蹴散らしてくれた。

 それは確かに独占欲なのかもしれない。

 だが、恋情でも、況してや愛欲でもない。

 

 俺が彼女の兄だったからそうしてくれたんだ。

 家族だから。

 俺はギルベリタにとって家族以上の存在ではない。

 いや、なかったんだ。

 

 それが、今は。

 

「私はお兄ちゃんの妹だから、打算で近付くゴミとは違うの、ただずっと一緒に生きていたいだけじゃなきゃいけないの! それなのに、頭の中、こびりついて離れない……!」

 

 ギルベリタは頭を抱えて蹲った。

 何を言えばいいのか、俺には分からない。

 

「ううぅ、お兄ちゃんとお風呂入りたいよぉ……!」

「着地点そこなの?」

「いや、純粋だった頃の私も思ってたことだからセーフかなって」

「もう今は純粋じゃないって一区切り付くまで早くね?」

 

 ってかコメディへの転換が急だな。

 

「なんか突然どうでもよくなったんだよね。結局目指すものってお兄ちゃんとの結婚だし、お兄ちゃんが望むなら子供も欲しいなとは思ってたし」

「思春期の野郎、爆速で去っていきやがった」

「別に『お兄ちゃんマジでえっちだな』とか思ったことないわけじゃないし。それ含めてお兄ちゃんの魅力だしさ」

「俺三つ下の妹にそんなこと思われてたの?」

 

 それもしかしなくても二年以上前の話だよな?

 十二かそこらの時点で、もしくはもっと早くからそんな風に思ってたのか?

 

「お兄ちゃん、私今日からそういう目でお兄ちゃんを見るね」

「そう言われた俺は何をすればいいんだ」

「覚悟とか?」

「簡単に用意できると思うなよ」

「大丈夫、襲ったりはしないから。ただ脳内で好き勝手するだけ」

「ああ、なんだ。ルナが増えるようなものか」

 

 無害なら別にいい気がしてきた。

 有害な道化師とかセクハラ聖職者とかが既にいるわけだし。

 

「それで、リアについては――」

「殺す」

「えっ」

「許される許されないの話じゃなくて、お兄ちゃんに手を出したならどんな理由であれ私が殺しに行く。それがお兄ちゃんを守るために必要だから」

 

 家族がヤバい思想の人になってしまった。

 どうしよう。

 

「って言いたい所だけど。まあ、いいよ。お兄ちゃんがそう言うなら、許してあげる」

「……そうか。ありがとな、ギルベリタ」

「その代わりお風呂一緒に」

「入りません」

「背中を流してあげたいだけなのに」

 

 ダメです。

 

「あ、そうだ。お兄ちゃんとお揃いにしたくて買ってきたからさ、これ付けて欲しいんだよね」

 

 ゴソゴソ、何かを取り出す。

 家族でお揃いか。

 昔を思い出すようでいいな。

 

「この指輪なんだけど」

「マジかよ」

「お兄ちゃんに贈ってもらったものを私が付けて、私が贈ったものをお兄ちゃんが付ける。これもう実質セッ――」

「うおぉい!? ハメが外れた途端凄まじいな!?」

「じゃあ外れた分だけハメなきゃね」

「ギルベリタぁ!」

「じょーだん、冗談だよ、お兄ちゃん」

 

 全然冗談に聞こえなかったぞ。

 

「まあいいや。受け取るよ」

「じゃあ、左手出して」

「そういうのはいいから」

「出して」

「……はい」

 

 ぺかーと光り輝くような笑みと共に、ギルベリタが薬指に指輪を通してくれた。

 左の薬指は『期待』に例えられることが多く、新たな門出において――特に結婚で、薬指に指輪を贈ることがある。

 そこまで固定化された認識ではないし、夫婦でなくとも家族なら揃って同じ指輪を着けることもあるが……ギルベリタの様子を見る限り、明らかにそういう意味ではない。

 

「ねえお兄ちゃん。家族として、ずっと一緒にいようね?」

「ああ、うん。家族として、な」

 

 怒りが収まったのはいいとして。

 俺、これからどうすればいいのかなぁ。

 

 装飾のない簡素なシルバーリングを見つめていると、妹がぐいぐい体を寄せてくる。

 まあ、かわいい妹のことだし、いいか。

 

 一旦全部忘れよう。

 

 

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