逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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40 デートってか半ば拉致

 

 いよいよギルドからファトゥスを引き取りに来てほしいと連絡が入った。

 本来ならリーダーであるリアが行くべき所だったが、セルウィタに関する諸々の手続きを聖都で済ませておきたいらしく、ティアが行くことになった。

 

 そして、こうして、恐らく最後になるだろう聖都で過ごす自由時間が訪れたということは。

 

「ギル。デート、しようか」

「はいはい」

 

 即ちリアとのデートである。

 厳密に言えば、他のみんなに贈ったアクセサリーを買い与えるというだけの用事である。

 

 何がそう面白いのか、笑みを浮かべるリアに続いて家を出る。

 ……何人かついてきてるな。

 

「じゃあどうしようか。何か食べてから行く?」

「刺激しない程度に頼む」

「あはは。いったい何のことかな」

 

 リアが手を繋ごうとする。

 気付いてるだろうに、意地が悪い。

 

 しつこく触れてくるリアにうんざりして取ってやると、今出てきた家の方から小さく悲鳴が聞こえた。

 あの声……スクリータがいることは分かった。

 

 リアがけらけらと笑う。

 それはからかって遊んでいるのが楽しいからなのか、それとも俺と手を繋いでいるからなのか。

 

「ありがと、ギル。満足したからもう離していいよ」

「それはそれでムカつくなぁ」

「え? ああ、いや、僕はもっとこうしていたいけど」

「どっちだよ」

「ギルが嫌ならやめるってこと。どうかな、僕と手を繋いでいるのは恥ずかしい?」

 

 恥ずかしさを感じる機能がないリアは平気でそういうことを言う。

 

「別に嫌でもない。が、俺はあいつらを挑発したくない。離してくれ」

「そっか、別に嫌じゃないんだ」

「話を聞い――うわっ!?」

「舌噛まないよう注意していて」

 

 抱え上げられ、そのままリアは走り出した。

 ぐんぐん景色が流れていく。

 配慮してくれているのだろう、揺れが少ないため抱えられている部分への圧迫もない。

 

「撒いてこのまま商業区に行こうと思うんだけど、住宅区で何かやることある?」

 

 首を振った。

 

「じゃあ、もういいか」

 

 ダンッ、と大きな衝撃が伝って、地面が遠のく。

 屋根の上まで一息に飛び乗ったらしい。

 相変わらず馬鹿げた身体能力だ。

 

 平然と屋根の上を走るリア。

 大通りを避け、可能な限り音を殺す。

 なんか手慣れてないか?

 

「こうなるってことは薄々分かってたしさ。予行練習はデートに不可欠でしょ?」

 

 デートってか半ば拉致だけどな。

 浮遊感の連続と共に巨大な壁へとぐんぐん近づいていく。

 

 聖都は環状の外壁に守られている。

 それらは魔物に対策するための重要な防壁であり、今まで破られたことはない。

 区の間にも分厚い壁が建てられており、通行はそれぞれ数十ヶ所の出入り口のみで行う。

 これはどこかの区が攻め入られてしまった時に被害を最小限で抑えるためだ。

 放棄を常に選択肢に置いていると言うことだな。

 ちなみに、そういった機能停止時のため、小さな市場や造兵廠などは各区に一つ以上配置されていたりする。

 

 教会が『嫌悪』の聖女たるキサラを聖都から離していいだろうと考えたのも、こういった対策が十分に働くだろうという考えの下だろう。

 

 そんなこんなで堅牢な防壁があるわけだが、とは言え非常時でもない限り、各区出入り口の警備は途轍もなく緩い。

 特に出入りが激しい住宅区と商業区は関所としてあってないようなものだ。

 深夜でも顔を見せる程度で通してくれるし、こうして屋根の上から飛び降りてきた俺たちにも穏やかな笑顔で――。

 

「人身売買ですか、それとも痴情のもつれですか?」

 

 そんな二択ある?

 小脇に抱えられたままの俺を訝しむ目で見ている。

 ティアに襲われかけた時の衛兵さんを思い出すなぁ。

 

 リアは落ち着き払って言う。

 

「どちらかを選ぶなら痴情のもつれかな」

「ふむ。まあいいでしょう」

「あ、そうそう。ベージュの髪した子と黒髪ツインテールの子が現れたらその仲間と含めてストーカーだから」

「……そうなのですか?」

「うーん、まあ、そうです。通さないでください」

「承知しました。ではお通りください」

 

 よくこの登場で許可が下りたな。

 拉致被害の現場ではなくとも何らかの規則に抵触してるだろうに。

 

 予測こそできていたが、あまりにもザルな警備だ。

 色々不安になりながらも壁を抜けると、視界いっぱいに活気ある市場が広がった。

 すすすと寄ってきたリアが再び手を取ってくる。

 

「デート本番の開始だね」

「はいはい」

 

 まあ、楽しそうで何よりだよ。

 

 

 西部に位置する農耕区と北東部に位置する商業区。

 北部の住宅区より遠いようで、実際は中央区を介するためそれほど変わらない。

 よって農産物も商業区の管轄下だ。

 

「僕、あんまりチーズ好きじゃないからさ。何にでも乗せちゃえって風潮はどうかと思う」

 

 入ってすぐに広がる屋台市場。

 空いた小腹にちょうどいいものからしっかり腹に溜まるものまで沢山、良い匂いを漂わせている。

 

「そうか? チーズは手軽に栄養を摂取できる優秀な食材だぞ」

「そういう目線で見たことはないかな」

「ちなみに教皇様は大好きらしい」

「へえ、興味ないや」

 

 不敬が過ぎる。

 

「ねえギル、アレはサンドイッチ?」

「ん? トーストのサンドイッチ……じゃなくて、サンドイッチごと焼いてるのか。ホットサンドって書いてあるな」

 

 文字が読めないリアに代わって看板を読む。

 

「チーズが入ってないものも幾つかあるらしい」

「じゃあその中から二種類買ってきてよ。ギルの好みでいいからさ」

「はいよ」

 

 代金はリアが持ってくれるらしい。

 お金を預かって屋台に向かう。

 

そうだな、BLTと照り焼きのチキンにするか。

 

「あれ、三つ買ってきたの?」

「おまけで貰った。マフィンのハンバーガーグリル」

「……僕もついていけばよかったかな」

「別にナンパされたわけじゃない」

「ならいいけど」

 

 残ったお金と合わせてチキンとハンバーガーを手渡す。

 俺はBLTだけでいい。

 

 近くの食事する人向けに設けられた広場に行くと、どのテーブルも生憎満席だったが――仲良さげに歩く俺とリアを見て泣きながら席を譲ってくれたグループがあったので、ありがたく座らせてもらう。

 

 焼きたてのトーストに挟まれたカリカリの肉厚なベーコンとみずみずしいトマト。レタスのしゃきしゃきとした食感はそのままで、熱々のホットサンドは随分ボリューミーに感じる。

 

「焼くだけでこうも違うんだな」

「うん、美味しいね。そっち一口くれる? 僕のも一口あげるからさ」

「はいよ」

「こういう時は『あーん』って言うものじゃないの?」

「誰が言うか」

 

 馬鹿なことを言うリアの口にホットサンドを突っ込む。

 

「ごくん。いきなりで味分かんなかったからもう一回お願い」

「俺の分なくなるって」

「……じゃあ、はい。あーん」

 

 リアがチキンのホットサンドを差し出す。

 躊躇いつつ一口齧る俺を見て面白そうに笑った。

 

 甘い照り焼きの味。

 同じレタスを使い回しているのだろう、BLTと同じしゃきしゃきとした食感がほぐれる鶏肉を包んでいる。

 

「こっちも食べる?」

「いや、いい。人に無料で貰ったものは食べないようにしてる」

「偉いけど、それなら僕に押し付けないでよ」

「作る所を見たから大丈夫だとは思う。たぶん」

「ギルってば本当に僕の扱い雑だよね」

「まあな」

「……気安く思ってくれてるんだと思ってたけど、もしかして僕のことを軽く扱ってるだけだったりする?」

「しないしない。リアだけにこの距離感を許してるってことだよ」

 

 適当に返す。

 もうすぐバレそうだな。

 

 腹拵えが終わっていよいよ買い物に行こうと立ち上がった所で、リアが俺を引き留めた。

 

「なんだよ」

「もし僕が強引な手段を取らないことで扱いが雑になってるなら、こうなるのも仕方ないよね」

 

 引き寄せられて顔が近付く。

 

 ここ広場だぞ。

 さっき泣きながら席を譲ってくれたグループが更に悲鳴を上げている。

 

「……なんで抵抗しないの? 本当にキスしちゃうよ?」

「リアはできない。頑固だから」

 

 あまり馬鹿なことを言うなよ。

 自分の命より仲間を優先するやつが強引に迫れるわけないだろう。

 

「俺が全力で気を抜いて、背中を預けるのは、ここが貴重な安全地帯だからだ。どうせ手は出さないだろう」

「信頼してくれるのは嬉しいけど、すごく複雑」

「俺はそういう自縄自縛なリアが好きだよ」

 

 あ、動きが止まった。

 再起動ボタンはどこだ。

 

「……なんでこう、僕の情緒を乱してくるのかな。整理付けたいから一旦怒った後に喜んでいい?」

「ちょっと見たい」

「じゃあ怒るけど、そうやってすぐ距離を詰めて煽るから好意を買うんだよ、燕にでもなりたいの?」

「怒りのギアが思ってたより数段上だった」

「冗談みたいな好きでも嬉しいよ、ギル」

「喜び方は思ってたより卑屈だった」

「比率はだいたい七対三くらいかな」

 

 ごめんって。

 

「いいようにされても嬉しく思えちゃうのは僕自身どうかと思うけど、好きになった方が負けって言うし、仕方ないんだろうなぁ」

「言われた俺ですらちょっと恥ずかしいのに、どうして言ったリアがそう平然とできるんだよ」

「別に隠してるわけじゃないからね。好きな人に好きって伝わらないよう振る舞って、それでどうやって幸せになるのさ」

 

 それはそうだ。

 しかし、理性と感情は時に相反する。

 『嫌悪』と『恐怖』によって成り立つ『羞愧』は俺たちに足枷を嵌める。

 良くも悪くも動けない状態にまで。

 

 それが普通なのだろうが、生憎と目の前のこいつはその普通から逸脱しているらしい。

 

「そういうことだから――ギル、何度でも言うよ。僕は君のことが好きだ。仲間としても、異性としても、君を愛してる。とってもね」

 

 言うにしても人前じゃないだろ。

 

「あはは、顔真っ赤だよ? 照れすぎじゃない?」

「お前がいつも通りすぎるんだよ……!」

「僕はそういう照れ屋なギルも好きだよ」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ」

 

 意趣返しのつもりかよ。

 くそう、恥ずかしさと怒りで上手い返しが思いつかない。

 

「これで勝ったと思うなよ!」

「そこまで悔しがってくれるとは思わなかった。じゃあ、これからの反撃に期待してるね?」

 

 余裕ぶった微笑みがムカつく。

 こうなったら、もう、仕方がない。

 

「話は終わりでいいよな。ほら、行くぞ」

「うん。……ちょっと、ギル? 近いよ」

「腕を組んでるんだから当然だろう」

「広場抜けてからにしない?」

「しない」

「せめてもう少しだけ密着しないとか」

「リアがせめてもう少しだけ迂遠な言い方をしていればそうなってたかもしれないな」

 

 はっはっは、照れるがいい照れるがいい。

 お前を照れさせるためならこれくらい掠り傷だ。

 

「なんて、別に恥ずかしくもないけど――ギルが喜んでるし、僕も嬉しいし、しばらくは照れてるフリをしておこうかな」

「今なんて言った?」

「何も言ってないよ。ギルとデートができて嬉しいなってさ」

「……俺もリアとデートができて嬉しいよ」

「あのさ、僕を照れさせたいならもっとちゃんと平気そうにしてくれる? 苦々しげに言われると傷付くんだけど」

 

 うるせえやい。

 

 

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