逆転世界はもうどうしようもない 作:あああああ
食べ物のエリアを抜けてしばらく、周りを眺めながら歩いていると、ふと見たことのある顔が視界に入った。
「あっ」
「ん? あっ、えっちな魔法の君だ」
「その覚え方やめてくれない?」
「やっほー、元気してる?」
「そのノリが許されるのは友人からだ」
名前も知らないし、まだ知り合いですらないからな。
「ギル、どういう関係?」
「この人は前にナンパしてきた人」
「じゃあ斬っていいんだ」
「ダメに決まってんだろうが」
あはは、ノリ良いねー、と何も知らずに笑うポニテの彼女。
まだ記憶に新しい、俺が一人で処理する手段を探っていた頃に出会った暇人のナンパ女だ。
あの時と同じように剣を佩いているが、もしリアが斬りかかっていれば対応できたのだろうか。
士官や衛兵には見えないし、もしかして同業か、などと考えていると、ポニテ女の背後からよれたフードを被っている小柄な女性が現れた。
目元に包帯を巻き付けていて、当然見えていないらしく、ポニテ女の服の裾を躊躇いがちに掴んでいる。
「あ、あの、どうしたんですか? ヘレナさん、で合っていますか? そうであれば、どうか
「ごめんごめん、合ってるよ。知り合いを見つけてつい離しちゃっただけ」
「そう、なんですか。お知り合いの方……あ、えっ、まさか、妾の言葉を聞いてらしたり……?」
「聞いてるよ?」
「――も、もも申し訳ありません! 妾が中断させてしまったようで、どうぞお気になさらず、そのままお話を続けてください!」
ふむ。
「こんにちは」
話しかけてみる。
彼女はヘレナの背後に隠れて何も言わなかった。
「彼はエマに話しかけてるんだとお姉さん思うなぁ」
「しょ、妾にですか? そんな、訳の分からない格好をしている上、魅力の欠片もない妾などに男性が声をおかけくださるはずありませ――」
「エマさんって言うんですか」
「ひぅ!? は、はい。そう、です。お、お金なら、このお財布に入ってるもので全部です」
「聞いてないです」
エマと呼ばれた彼女はぷるぷる震えながら財布を差し出した。
黒に近い紫色の髪が三つ編みになって肩から垂れ、震動に振られて揺れている。
怖がられているのだろうか?
少し違和感があった。
どこか演技がかっているというか、まあ陰気なのは確かだろうが、怖がっている様子が本気に見えない。
とはいえ草食系だな。
それもかなり極まっている。
……いや、これは草食系と言っていいのか?
まあ、ともかくとして、今まで出会った中では抜群に好きなタイプの異性であることは否めない。
「まだ愛され足りないの?」
「どちらかと言えば愛し足りない」
「もしかしてだけど、僕のことはそんなに好きじゃないって今言い切った?」
「いや、ほら、まだ解釈の余地がある」
「ほんとに?」
ほんとほんと。
「優しくて綺麗なヘレナさんを愛してやるぜってことだよね?」
「その解釈はありえない」
「傷付く〜」
勝手に傷付きやがれ。
「うぅ、落ち着かなきゃ。こういう時は……社交辞令、建前、笑いもの、結婚詐欺……」
「そうやって落ち着いてもさ、虚しくならない?」
「……普通なら、きっと、悲しくて堪らないはずです。しかし妾は最も醜く、卑しく、そして劣った存在ですから。罪人が罰を受け、どうして泣くことを許されますか?」
突然随分と饒舌になったエマ。
卑屈な言葉を吐くと共に、両手を祈るように合わせている。
よくよく見てみると彼女の包帯は目だけでなく、手足にも巻き付いていた。
怪我を庇う仕草はない。
何故そんな包帯を身につけているのか。
今の意味深長な卑下と何か関係があるのか。
そこまで詮索するのは失礼だろうが、どうしても気になってしまう。
「なあ、それって」
「――もう時間かな? ごめんね、お姉さんたち予定があってさ。このあたりでお暇させてもらうよ」
「……それなら仕方ないな」
どうやら聞かれたくないことらしい。
気になる相手のこととは言え、初対面だ。
ここまで露骨に拒まれたなら大人しく引き下がっておこう。
「邪魔したね、えーっと、リアちゃん?」
「ヴァレリア。その呼び方は気安くしないで欲しいかな」
「わーお、思ってたより気難しいね」
リアが仲間以外に心を開いているのは見たことないしな。何だったら、完全に開いている相手なんてティアだけなんじゃないか?
まあそんなことはどうでもいいとして。
「最後なら俺も名乗っておこう。俺はギルバート。冒険者の魔法使いだ」
「お姉さんは――私はヘレナ。ヘレナ・アウクシリウム。また会える日を楽しみにしてるよ、ギルバートくん、ヴァレリアちゃん」
「……エマ、です。さようなら」
ぺこりと頭を下げたエマを連れ、ヘレナは雑踏に抜けていった。
他人に欠片も興味がないリアが早くデートに戻ろうと袖を引いている。
いや、いやいや。
「あいつ、貴族だったのかよ!?」
世も末だな。
ヘレナやエマと別れてから、また少し歩く。
徒歩で一つの区を横断するにはだいたい三時間以上はかかるのが普通だ。
勿論公共馬車のような交通手段を使えば中心部まですぐだが、アレはぎゅうぎゅう詰めにされるため、基本的に男は乗らない方がいい。
俺が被害に遭ったらリアが何するか分からないし。
あー、足が痛くなってきた。
「どこかでちょっと休もうか」
「そうしてくれるとありがたい。ティアやルナと来た時にはここまで中心部に向かわなかったからな」
「えっ、そうなの?」
「あれは買い物の付き添いであってデートじゃなかったし」
「ふーん、二人はデートしたって嬉しそうに話してくれたけど?」
かわいいな。
「うん、かわいい。いやそうじゃなくて。ギルがどう思ってるかは知らないけどさ、弄んでおいて捨てるのはどうかと思うよ」
「そもそも俺は『恋愛クソ喰らえパーティー』に入ったんだよ」
「……そうだったね。うん、それは、ごめん」
「リアも最初は興味ないって感じだったろ」
「僕は特に何も。僕自身がギルのことをそういう意味で好きにはならないと思ってたし、活動に支障さえ出なければ他の二人も好きにすればいいとも思ってた。ルナが勝手に言ってたことだからね」
そんなスタンスだったのか。
大通りを外れて、少し段差の多い路地に入る。
露店が両手側にずらりと並んだ大通りとは違い、ぽつりぽつりと疎らにしか店が開かれていない。
そんな路地と他の路地とを繋ぐ、必要かどうか怪しい道の、必要かどうか怪しい階段に腰を下ろした。
「ギルのこと好きだなって気が付いたのは結構最近かもね。ほら、ギルが入ってから一度だけ、僕が死にかけたことあったでしょ?」
「そんなことを嬉しそうに話すな」
「いつも昂るけど、あの時は格別だったんだ。安全を取って撤退の指示を出すティアに、動揺で判断に迷ったルナ。僕が戦うための補助を迷うことなく選んだのはギルだけだった」
四ヶ月前、つまりは加入から八ヶ月ほど。
想定以上の群れを成していた獣魔にリアが不覚を取った話だ。
「『リアはあんな傷で膝をつくほど弱くはないし、更に負傷するなんて――俺たちが守ってやればありえない話だ』ってさ!」
「……丸暗記かよ」
「体がカッと熱くなったんだ。ああ、すっごく冒険譚みたいな科白だって、興奮が抑えられなくて」
「俺がそう言い終わって五秒後くらいには笑いながら魔物全員斬り殺してたよな」
まあ薄々そうなると分かってたからそう言ったんだけど。
「観察眼に優れてるストッパー役のティア、僕と一緒になって暴れてくれるルナ。二人だけでも最高の仲間だけど――分の悪い賭けでさえ僕の方にベットしてくれるギルは、ほんと、もう、愛してるよ」
「ここまで照れようがない愛の告白も新しい」
「ギルのおかげで理想のパーティーができたんだ。三人がいてくれるだけで夢が叶ったような気になれる」
冒険譚の主人公に、か。
ピンチを逆転させるまではいいとして、笑うのはやめた方がいいぞ。
本を読んだ子供がドン引きするだろうし。
「だからさ。僕が勝手に惚れたんじゃなくて、ギルが僕を惚れさせたんだよ。許して欲しい」
「最初から別に怒ってないさ。今は別に、色恋を毛嫌いしてるわけじゃないし」
そうなるように変えられてしまった、というのが正しい。
しかしもういいだろう。
リアと関係を持ってしまった以上、何をどうしたって元通りにはならないんだ。
もう起きてしまったことからは逃げられない。
過去に縋りつくのはやめだ。
「僕は今のギルも変わらずに好きだよ。気休めになるかは、分からないけど」
「まあ、分かってるよ」
「分かってない顔してる」
いや、分かってるんだ。
リアはそんなことに興味なんてないし、俺が仲間を裏切るようなことさえしなければずっと味方でいてくれるだろうことは分かってる。
「聖都に残してきた三人のことでさ。あいつらが望んでいたのは二年前の俺であって、今の俺じゃないかもしれない、って」
「……逃げちゃえばいいんじゃない?」
「リアって仲間が絡まないと本当にどうでもいいって顔するよな」
「ごめんごめん、心底興味なくて」
「百歩譲るにしても一人は俺の妹だぞ。少しくらい関心持ってくれよ」
「うーん。じゃあ、どう思ってるか実際に聞いてみたら?」
「それは――そう、だな。それしかないか」
「ほら、ちょうどそこにいるし」
「は?」
リアに指差された方を見る。
少し向こうの角からこちらを覗いている目が三対。
とても見覚えがあった。
「なんで!? ってかなんで何も言わなかったんだよリア!」
「追いつかれたのはここで休憩を始めたあとだし、あの距離なら声も聞こえないからゆっくりタイミング窺ってただけ」
「にしても情報の開示がぬるっとしすぎなんだよ、怖気立つわ」
「はいはい。今度から気を付けるよ」
こいつ飄々としやがって。
見られていながらに長々とリアと雑談する肝もないため、三人に向けて手招きをすると、スクリータだろう緑の瞳だけが引っ込み、他の二つは――あ、ギルベリタはダッシュでこっちに。
「ふぐぉっ!」
「……あれだけ釘刺したのに。お兄ちゃんに手出すなって言ったのに。どういう了見で私のお兄ちゃんと二人で出かけてるわけ?」
「君の言うことを聞く必要がないからかな」
「殺す」
「ギルベリタ、やめて」
キサラが遅れて到着する。
普段通りに無表情な彼女は装いを新たに、士官のような軍服で身を包んでいた。
そして儀礼用に繕われたのだろう飾りが多い鞘から白刃を抜く。
「わたし、が、やるから」
「キサラぁ!? ちょっと、おい、俺の上からどいてくれギルベリタ!」
「やだ。お兄ちゃんが家の匂いに戻るまで離さない」
「……誰がリア臭いってんだ」
「ギル、言い方ってものがあると思うんだよね」
「ちょっと、二人とも! 見つからないよう隠れて行こうって言ったのに、どうしてバラしちゃうの!」
「楽に、逝って、いい」
「収拾付かねえから一旦全員黙れ!」
はい。
「それで、キサラはどうしてここに?」
「商業区で、事情聴取を、受けた人。わたし、の、部下って、名乗ってるって、聞いた」
「あはは、捕まったんだ」
「ちょうど、ギルに、会いたかったから、一緒に、来た」
あのトラップは正常に発動してたんだな。
一介の市民に頼まれて色々便宜を図ってくれるなんて、出入口の警備はそんなに暇なのか?
「ギル、どう? かわいい?」
「格好いいよ」
「抱きしめても、いい」
「遠慮しとく」
「なら、わたし、が」
「遠慮しとく」
「残念」
きちっとした格好でも全く態度が変わらないのな。
そういう大物な所は嫌いじゃない。
「あとの二人はだいたい分かる。リアと俺が連れ立って家を出たから気になったんだろう?」
「うん!」
「お兄ちゃんに変なことしないか監視しようと思って」
「……素直なのはいいことだな」
それ以外の悪いことが多すぎて諸々合算すれば間違いなくマイナス評価ではあるが。
「それで、ほら。ギル。聞いてみなよ」
「え、いや、うん。ここでか?」
大通りではないにしろ道の階段に腰かけて話してんだぞ。
さっき騒ぎすぎてちょっと遠巻きに見られてるんだぞ。
「じゃあ僕から話そっか」
「は?」
「ギルがさっき、今の俺でも好きなままでいてくれるか心配だーって悩んでたよ」
「なんで全部言うんだよ! こういうのは俺から言う――ぐむぇっ!?」
「ギーくん、ボクはどんなギーくんも大好きなの! 絶対死ぬまで好きでいるから、ねえ、結婚しよう? そんな心配させないから!」
「上手く、言えないけど、好き。何が、あっても、変わらない」
スクリータの胸に埋もれながらではよく聞こえない。
溜息を吐くリアに救出され、えへえへと笑っているスクリータに制裁を下した。
「ぎーふん、なにしゅぅの?」
むにむに。
どれだけ頬を引っ張っても幸せそうにしている。
この馬鹿素直め。
「ねえお兄ちゃん。私たちはさ、二年も近くにいないお兄ちゃんを好きでいたんだよ? 今更少し変わったくらいで冷めるはずないよ」
「……そっか。ありがとうな、ギルベリタ」
「ふふん、いいよいいよ。お兄ちゃんがそんなこと気にしてくれてるんだって、ちょっと嬉しかったし」
うーん、直球だな。
「それじゃあ解散ってことで。僕とギルのデートをもう金輪際邪魔しないようにね」
「何言ってんの? お前は山に埋まるんだよ、キサラの権力で」
「許可」
「リアさん、土の下で反省してね」
剣を抜きかけたリアの手を何とか押さえる。
気持ちは分からないでもないが。
俺に武力行使を封じられたリアは少し迷い、溜息を吐いて、最も効果的なカードを切った。
「ギル、僕の代わりに反撃して」
「……俺は人に危害を加えない穏やかな子が好きかもしれないな」
「勿論全部冗談だよ、お兄ちゃんの妹がそんなに野蛮なわけないでしょ?」
「平和が、一番」
こいつら好かれたい思いを隠そうともしないのな。
ちょっと照れる。
一方で何故か嬉しそうにしているスクリータ。
「えへへ、ギーくんに好きかもって言われちゃった」
「言った記憶はないなぁ」
お前が穏やかなわけないだろ。
「始末は、しない、けど。ついていく」
「お兄ちゃんが何を言っても、そこのゴミと二人きりになんてさせないから」
「ボクもギーくんとお買い物したい!」
「……はぁ、もういいや。どうせギルとデートする機会なんてこれから何度でもあるわけだし、折れてあげるよ」
何故だろう、リアが大人に見える。
不思議なこともあるものだ。
「ギル。またいつか、ここに二人で来ようね」
「三人からの視線が痛いから却下で」
「それなら今度本当の返事を聞かせてよ?」
火に油を注ぎやがって。
ギルベリタが猛烈に脇を突いてくるし、キサラがちょっとずつ寄ってきてるし、スクリータが頬を膨らませている。
それから三人に横槍を入れられつつも――スクリータは悪気なく無自覚に邪魔してきた――リアに耳飾りを贈り、無事最低限を達成した。
その後、五人で商業区を観光した。
問題を起こさないよう見張らなければならないことを抜きにすれば楽しかったが、うん。
当分誰かと出掛けたくねえわ。
いやマジで。
小説の説明で書いた通り、この小説はあくまで作者の息抜きで書かれている駄作なので、息抜くほどでもない日が続くと更新が止まります。