逆転世界はもうどうしようもない 作:あああああ
適性は本人の気質によって左右される。
たとえば『憤怒』は正反対の性質を持つ『恐怖』以外の感情を押し込める蓋となる感情であるため、感情の抑圧に長けていることが適性を持つために必要らしい。
この傾向から『憤怒』の適性を持つ者は、感情を取り扱う魔法使いとしての素養が高いと言われている。
では内向のベクトルを持つ『驚愕』ではどうか。
内側に答えを求める気性――それはニュートラルな意味で「常識が狭い」と言い換えられる。
自分の知識より外にあるものを新たな常識として理解せず、自分の中にあるもので代替して理解する内向性。
だからこそ常識が広がらず、『驚愕』すべき対象が多くなる。
それらが何を示すかと言うと、一般的にだが、『驚愕』の適性を持つ者は自我が強い。
妙なこだわりを持つ変人が多いのだとか。
ちなみに現在俺が知る限りでは、キサラとティアが『驚愕』の適性を持っていることが明らかである。
まあ、つまり、そういうことだ。
家に帰るとファトゥスがいた。
「おかえり、ギルくん! ご飯にする? お風呂にする? それとも超絶天才めちゃかわ最強ファトゥスちゃんにする?」
「そのネタは前やったからいい」
「随分塩だねぇ、何かあった?」
「何もないからこそだ」
「ひどい! あれだけ情熱的な夜を過ごした仲なのに!」
という失言があって。
「そ、そろそろファトゥスちゃんにも説明が欲しいかな……かれこれ二時間くらい殺され続けてるんだけど、面識ない人たちに殺され続けてるんだけどぉ!」
「うるさい」
「妹ちゃんもなんでそんなに怒ってるの? ファトゥスちゃん分からないなぁ、再会の安堵で何にも気が付かなかった妹ちゃんが今更何に気付いたのかなぁ?」
「……死ねよ」
「あっははは! あはは、あはははは!」
そしてスクリータ。
「なんでギーくんにこんなことしたの?」
「それ、良い質問だね。まさか二年前の犯人を捕まえた時も同じ質問をしたのかなぁ? 成長してないようでファトゥスちゃんは大変に愉快だよ!」
「答えて。答えじゃないことを言ったら、指を一つずつ落としていくから」
「あはははは! ギルくんが被害を受けるまで動かない鈍間さんのこと、ファトゥスちゃんは大好きだよぉ? 全部取り返せなくなってから本気になるなんて、あはっ、あははははははは!」
「一つ、落とすね」
「いっだぁ!?」
で、キサラ。
「わたし、が、あなただったら、同じこと、する。たぶん、しちゃうから、責めない」
「よく言えたねそんなこと、ファトゥスちゃん君に殴られまくって血まみれなんだよぉ!?」
「知らない」
「……ギルくん、この人話通じない! たぶん『驚愕』持ち!」
「不快」
人の適性を軽々に推し量るんじゃない。
まああってるけど。
俺もキサラは『驚愕』の適性かなり高そうだとは思ってるけど。
こんな感じでファトゥスは煽り散らかしたり盛大に甚振られたり。
セルウィタは買い出しに出掛けていたため鉢合わせなかったが、またあとで最悪のファーストコンタクトが起こるのだろう。
これまで聖都で何週間か過ごしてきたわけだが、ファトゥスがいないことの幸福を強く実感したよ。
鬱憤を晴らす時間が何とか終わり、俺たちはファトゥスが今まで何をしていたのか聞くことになった。
聖都組の三人は俺がファトゥスと同じ部屋にいることすら嫌そうにしていたし、守ろうとしてくれたが、ファトゥスをついつい殺してしまうことが多かったため席を外してもらった。
「ほんっと聖都は最高の街だねぇ! 据え膳がそこかしこに用意されていて、もうファトゥスちゃんはお腹いっぱいです! あ、でもまだ別腹が残ってるかも」
「あなたの自分語りには興味がないわ。さっさとギルドで何をしていたのか話しなさいよ」
「えぇ? あはっ、ティアちゃんだいぶ落ち着いたね? ギルくんがリアちゃんに手を出したから自分にも希望があるって思えたのかなぁ?」
ティアの顔が歪む。
怒りか嫌悪か、それ以外か。
「なんで知ってるのかって? んっんー、ファトゥスちゃんにも知らないことは沢山あるけど、ティアちゃんですら知ってることくらいなら全部知ってるよ。だってファトゥスちゃんだからね」
うぜえ。
「あなたに話す気がないならあたしから説明するわよ?」
「いいんじゃないですか? 誰もファトゥスさんから直接聞きたいとか思ってませんし」
「がびーん! そんなことないよね、ギルくん、リアちゃん!」
「死ねばいいのに」
「それはもう返答になってないどころじゃないよ!?」
覚えておけ、お前の好感度はマイナスだ。
「でもこんなに睨んでるギルくんもベッドの上では、って思うとなんだか興奮――」
「死になさい」
「死んでください」
気色悪いことを言う道化に、ティアだけではなくルナまで食ってかかった。
まさかあの地獄のような癖を直してくれたのだろうか。
「確かに私はギルさんが他の人に征服されると興奮します。でも、ちゃんと奪われなきゃダメなんです」
「ルナ?」
「どんなに視姦されていたって、ファトゥスさんの脳内でギルさんがどんなに卑猥な喘ぎ声を響かせていたって、それは妄想に過ぎません。そんなのじゃ興奮できないんです!」
「おい、ルナ」
「ギルさんの体が汚れなきゃダメなんです!」
「ちょっと黙ろうか」
ルナを膝上に座らせ、口を塞いだ。
すぐ大人しくなったようで何より。
「なーんか、ギルくん異性慣れしたね。つまんないの。ティアちゃんで遊ぼっと」
「は? 何よ」
「自分だけいい思いできないのってどんな気持ち? リアちゃんが美味しいとこ持って行って、ルナちゃんがあんなに触れ合えて――それなのに自分だけいい思いができないのって悲しくないの〜?」
鮮血が部屋に飛び散った。
しかし切り裂かれた首からすぐに新しい頭が生え、ぽんっと軽快な音と共に冷笑が咲く。
「あははははっ、ティアちゃんほんとに可哀想だね! ファトゥスちゃん同情しちゃう!」
「……久々でテンションが上がってるんだろうけど、それ以上うちのティアを虐めるようなら叩き出すよ」
「わぁ、リアちゃんに守られちゃうの? 自衛すらできないんだねぇ、ティアちゃんはさ!」
「出て行かないと細切れにするよ。回復できないくらいに」
もうティア泣きそうだから。
勘弁してやってくれ。
「ちぇっ、仕方ないなぁ。三人と遊んでくるね」
「話が終わるまで戻ってくるなよ」
「はいはーい」
ファトゥスが出て行った。
同時にティアが机に突っ伏す。
「いいわよ、別に。あたしだって好かれてるもの。いい思いなんて要らないわよ!」
「ティアさん……ここ、座りますか?」
「同情ならやめなさい。リアを殺してしまいそうだから」
「僕なの?」
「当たり前でしょう、その胸引きちぎるわよ」
ティアがモンスターになってしまった。
ファトゥスは本当にロクなことをしない。
「何よ、その目は。ええ、ええ、確かにあたしはギルが好きで好きで触れたくて仕方ないわね、それが何だって言うのかしら!」
「いや何も言ってない」
「目を見れば大抵分かるわよ。あなたが今朝口にした朝食のメニューだって当てられるわ」
「それはもう読心術ですね」
「ルナ、静かにしていなさい。そうやって膝の上に座っているのを見るだけでもあたしの精神が削れていくのよ」
「やっぱり座りますか?」
「情けをかけられるほど落ちぶれたつもりはないわ」
ルナはそもそも情けをかけてやろうと思ってない。
純粋な気遣いだろうよ。
「ギル、その、言いにくいんだけどさ」
「なんかしてやれって? ……いや、でも本人が要らないって言ってるわけだし」
「どうしてもと言うならもらっておくけれど」
「ほら、そんなに欲しくないらしいぞ」
「欲しいと言っても間違いではないわね」
「正解でもなさそうだ」
……次が来ない。
見てみると、ティアは再び突っ伏していた。
ぷるぷる震えている。
「あんまり意地悪しないであげてください」
「はいはい、分かったよ」
ほら、こっちこい。
ルナには一旦降りてもらって、と。
「抱かせなさい」
「却下」
「言葉遣いを誤ったわ。ハグさせなさい」
「仕方ねえな」
腕を広げる。
なんちゃってお嬢様がおずおずと抱きついてくる。
「まったく、ズルいわよね。ルナは変な話をするだけで抱き寄せてもらえるのに、あたしは虐められなきゃ抱きしめてもらえないなんて」
「はいはい、理不尽でも真っ当に生きようとするお前は偉いよ」
「それなら報いなさいよ、もっと早く。あたしだけ空回ってるみたいじゃない」
控えめな力で捕まっている。
いつまでもこうして愚痴られては堪ったものではないので、俺から体を寄せてやる。
「きゃっ!? ちょっと、ギル、いきなり何を……!」
「大したことは何もしてない」
「少しくらい、あたしの心臓に配慮してくれないかしら」
「今のままじゃ鼓動が感じ取れない――つまりもっと密着しろってことか?」
「やめて。この距離でいいから。これ以上近くなったならあたしの心臓が破裂するわよ」
恐ろしいことを言いながら肩のあたりだけを触れ合わせるティア。
ハグになってるのか、これ。
「あたしのこと、本当に、みんなと同じくらいには好きなのよね?」
「……嫌いじゃない」
「信じていいの?」
「逆に聞こうか、俺のことを信じてくれないのか?」
「ちゃんと答えなさいよ。そういう雰囲気でしょうが」
「そういう雰囲気が今お前の一言で一変したよ」
割と余裕あるじゃねえか。
「あの、リアさん。私ギルさんに膝枕してもらったこととかないんですけど、ティアさんもかなり好かれてますよね?」
「うん、ギルの照れ隠しをティアが真面目に受け取ってるから自己評価が低いだけで、別に愚痴を吐けるほど冷遇されてはないね」
「……まあ、興奮するからいいです」
「僕もティアが幸せになってくれるならどうでもいいかな」
ティアは俺と同じくらいに背が高い。
吐息を耳元に感じる。
「このまま一生が過ぎていくなら、きっと幸せね」
「月一で頼む」
「……あなたはそれでいいのかしら? 確かにあたしはそれを求めたけれど、嫌なら無理になんて言わないわよ」
「気にしなくていい。無理はしてない」
一度拒んだのは、俺の性欲をどうすればいいか当時は判断が付いていなかったからだ。
これからはリアを頼ればいい。
「こうしてるのも悪い気分じゃないし」
「そう、なの?」
ティアが満更でもなさそうな雰囲気で相槌を打つ。
いや、うん、もしかしなくても間違ったかもしれないな。
ハグしているだけでも欲望が鎌首をもたげるのを感じている。
ティアの体を強く抱きしめ、自分のものにしたい――頭の中でそんなことを思う。
少し危なくなってきたところで、リアが言った。
「二人とも、一旦それくらいにしない? あとでいくらでもやっていいからさ」
「はぁ、はぁっ……ギルさんが、えへっ、目の前でティアさんに……」
「ルナもこうなっちゃってることだし」
うわ、キモい。
ティアを剥がすと、名残惜しそうな顔で言う。
「月に一度、約束よ?」
慣れてないうちはかわいいな、こいつ。
照れくさそうに頬を赤らめているこのかわいい美人はなんちゃってお嬢様である、ということを忘れないようにしよう。
ティアの口から語られた、今までファトゥスがやっていたことの内容は以下の通り。
人類存亡の危機に有効な手立てを講じられていないギルドへの冷笑。
大侵攻後の対応があまりよろしくなかったとして、当時政治の指揮を取っていた教皇――イヴへの冷笑。
西方紛争地域の決着を未だつけられていない士官への冷笑。
教育レベルを上げられていない終章教会への冷笑。
細かい政治を誤り、出生率の低下を食い留められていない貴族たちへの冷笑。
だいたいこんな感じの地獄だったらしい。
「まあ分かってたことだな」
「ここまで来ると偉業にすら思えてきます」
「けちをつける才能は一級品よね」
「あはは、最悪だ」
笑えねえ。
「ファトゥスの使命は人類が滅びそうになっているのを盛大に煽り倒す――もとい、指摘して持ち直させることでもあるらしいわ」
「もう少しやり方は何とかならなかったのかよ」
「仮に何とかできるとしてもやらないでしょうね」
うーん、この。
「それで依頼の護衛については何か分かったか?」
「魔人や邪霊をファトゥスの力でどうにかするに当たって、幾つか障害が想定されているのよ。それはファトゥスの同格の敵、つまりメリス様の属神が生み出す神族の存在」
「『混沌』の神族だとかがいてもおかしくないってわけか」
その力はファトゥスと同じくらいぶっ飛んでいることが想定されるわけで。
護衛ってよりは弾除けなのか?
「僕らはさして期待されてもないだろうし、たぶん護衛とは言ってもギルドからの監視役っていう立ち位置なんじゃないかな? 新しくやるべきことはなさそう」
「ああ、そういうことか」
ふむふむ。
東方領に戻る司教様を護衛に付けなかったのは、ファトゥスを守る意味がまだ薄いため、期待できる戦力は護衛ではなく攻撃に使いたい、という意図なんだろう。
畏れられていると同時に期待されてもいるんだな、あの人。
「よし、決めた!」
リアが何かを決心したらしい。
「悪い予感しかしないな」
「悪い予感しかしないわね」
「悪い予感しかしません」
まあ、まさかそこまで突飛なことは……。
「これは一級冒険者になるチャンスだよ。魔物の神族を僕らで討伐しよう!」
「よし。ファトゥス関連の話はもう終わりか?」
「あれ、ギル?」
「ええ。ああ、それと、セルウィタについては万事滞りなく、よ」
「ティア? おーい?」
さーて、明日からまた東方領に向けて旅をすることになるわけだ。
しっかり準備しておかないとな。
「リアさん、リアさん」
「ああ、ルナは僕の話を聞いてくれ――」
「リアさんって本当に馬鹿ですよね」
「えっ」
「それだけです」
「えっ」
一晩反省しろよ、リア。