逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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43 もう絶望していいかな?

 

 布が擦れる音。

 キサラは纏っていたそれをするすると外していく。

 

「俺が見てもいいのか?」

「ギルなら、平気」

 

 白い柔肌が露わになった。

 

 唾が喉を下っていく。

 緊張に体が強張る。

 

「わたし、抑えられない」

「別にいい。俺は好きだよ」

「……ギル、好き。大好き」

 

 照れるなぁ。

 

「もっと見せてくれ」

「うん」

 

 キサラが手を差し伸べた。

 俺はその手を――いや、その手に乗る包帯を受け取った。

 

 ということで。

 久々な『嫌悪の魔法』でガンガン精神を削られつつ、俺は興味深い研究材料を手に入れた。

 

 キサラの手足に巻きつけられていた包帯。

 それは『驚愕』の傾向を持つ高い存在力を有し、神性の干渉すら弾く性質を持つらしい。

 魔法は世界に不均衡のズレを与えて世界に干渉するわけだが、包帯に阻まれた場合、本来現れるべき現世を外れてしまい、どこか別の次元でズレが伝播するのだとか。

 

 つまりどういうことかと言うと、包帯を巻きつけた者の魔法が実質無効化されるというわけである。

 未だに魔法を制御できていないキサラには必須の道具だな。

 

「『驚愕』の、神族。その子孫が、作った、みたい」

「ホルトゥスの後裔か」

 

 『驚愕』は高い閉鎖性と保存性とを持つ。

 何百年も経っていると言うのに神族の能力が未だ失われず、こういったとんでもないものを生み出しているらしい。

 

「それ、祝福はなくなってるのか?」

「うん。わたし、は、ずっと、このまま。ギルに、押し倒されたら、勝てない」

「押し倒さないから安心してくれ」

「負けたい。来て」

「行かない」

 

 キサラは常に魔法を使っているせいで祝福に回す感情の燃料がない。

 だから俺より力が弱い、とは分かっているが。

 押しが強すぎて時折それを忘れそうになる。

 

「わたし、考えた。魔法、使ってたら、そういう雰囲気に、ならない。ギルの手とか、強張ってる」

「……この包帯は集団行動になるから用意してもらったんじゃないのか?」

「違う。ギルと、仲良く、するため」

 

 「仲良く」を隠語として使うな。

 

「ギルとの、時間。わたし、が、一番、少ないから。できること、全部、やらなきゃ」

「うーん、健気やねぇ」

「なんで、訛り?」

 

 照れてんだよ。

 

 まったく、どうしてこんなにまっすぐなのか。

 ――いやファトゥスほどの捩じくれたやつは望んでない。巣に帰れ。

 

 俺が脳内に現れたファトゥスの群れを焼き払っていると、キサラの表情が暗く、もとい、暗めの無表情になった。

 

「わたし、は、嫌われるべき。わたし、の、ことは、嫌いで、憎くて、それが、普通。……そうじゃない、って、分かってるけど、こびりついて、離れない」

 

 母親に刻みつけられた考えだと言う。

 幼少の砌から押し付けられ続けた常識の溝が、キサラを自己『嫌悪』の檻に閉じ込めている。

 

「わたし、『嫌悪』だけ、だった。だから、それを失くして、何も、残らなくて。苦しかった、のは、『嫌悪』の、せいじゃなかった」

 

 魔法学校の頃の話だろう。

 高い魔法の適性で一目置かれていたキサラは、周囲に認められたことで、その武器を失ってしまう。

 

 ジレンマだったろう。

 『嫌悪』を武器とすることでしか檻から抜け出せない一方で、抜け出してしまえばその武器を失い、引き摺り戻されるのだから。

 

「ギルは、わたし、の、人生。生き方を、教えてくれた」

 

 教えたつもりはないが、まあ、勝手に学んでくれたらしい。

 

「自分を、肯定する、って。間違えてた。肯定してる、つもりで。わたし、の、根っこを、否定してた。『嫌悪』を、拒んでた」

「正解はどうだって?」

「自分の、『嫌悪』も。丸ごと、全部、受け入れる。そのままで、いいって。憎むままで、嫌うままで、厭うままで、いい」

 

 少し刺さる内容だな。

 キサラが抱えていた『嫌悪』は俺にとって性欲みたいなものなのかもしれない。

 

「自分を、高めるのも、いい。でも、わたし、には、できない。だから、大事なものを、大切にする」

「……うん」

「わたし、に、とっては。それが、ギル」

 

 こいつ。

 

「リアから、聞いた。わたし、は、他の、選択肢が、ないから、ギルを、選んでるって。ギルは、そう、思ってる」

「……おう」

「そんなこと、ない。ちゃんと、考えてる。ギルが、好きで、大切。逃げて、ない。愛してる」

 

 こいつ……!

 

「顔、赤い。かわいい。好き」

「もういい、それ以上はいい!」

「でも、分かって、くれてない」

「いや分かったから! 俺のことが好きなのは分かった! ありがとうな!」

「うん。好き。一生、大事に、する」

「それ俺をもらった時に言う科白な」

 

 気が早えよ。

 

 

 ファトゥスが帰ってきたためいよいよ出立である。

 往路はギルドに囲われての旅路だったが、復路はより大仰なこととなった。

 

 何せ最大戦力である聖女の護衛だ。

 終章軍兵士が千ほど集まって周りを固めてくれるらしい。

 彼女らは東方領で止まることなく先んじて補給兼伝令として戦線に向かうのだとか。

 

 一度振り返っておこう。

 これからの流れは、東方領に着き次第、司教様や兵士たちは先に戦線へと向かい、キサラや俺たちは他の援軍を待つ。

 これは恐らく管轄の違いによるものではないかと思う。

 終章軍と終章教会で責任者が異なっていて、司教様が軍側で、俺たちは教会側なのだろう。

 

 何故司教様が軍所属扱いなのかと言うと、西方遠征で無双したことから綬章を授与され、名誉将官として認められているからだと推測できる。

 なんであの人司教やってんの?

 

「え、えっと、あの、どうして教会と軍とで指揮系統が違うんですか?」

「教会は教皇様がトップ、軍は法皇様がトップだからじゃないか? 教会の重役である聖女を軍の麾下に置かせるのは色々と不味いんだろう」

「ダメなんですか?」

「表面上はな。司教様を軍に貸してるあたり、教会は軍に好意的な姿勢だと判断できる」

「わ、分からないです。仲が良いのに、どうして、えっと……あれ……?」

 

 揺られる馬車の中、ルナがぐるぐると目を回している。かわいい。

 

「なんで私がお兄ちゃんの隣じゃないわけ?」

「そう切歯するものではありませんよ、ギルベリタ。あなたの目元は兄と似ているものですから、そのような睚眥の目つきは――少々興奮してしまいます」

「……なんで私の隣がこの人なわけ? 助けてよ、っていうか誰か代わってよ、特にルナ!」

「嫌です」

「それならスクリータ!」

「すぅ、すぅ……」

「スクリータなら俺にもたれかかって寝てるよ」

 

 あ、涎がこっちに。

 汚されるのも嫌だし拭いてやるか。

 

 ギルベリタが不満を爆発させている一方、この馬車の中で一番爆発しそうなやつは黙って窓の外に目をやっていた。

 

「ファトゥス、さっきから何を見ているのかしら?」

「心配性の気にしいだね、ティアちゃんはさ。ファトゥスちゃんはただ景色を眺めてるだけだよ」

「あら、そう。……あなたは笑っていない顔の方が魅力的みたいね。これからはずっとそうしていなさい」

「『冷笑』の神族たるファトゥスちゃんにその科白は死ねって言ってない?」

「死ねって言ってるわよ?」

「むぅ。元気なティアちゃんきらーい」

「奇遇ね。あたしも元気なあなたが大嫌いよ」

 

 往路はいいようにされていたティアが、どうやらファトゥスの転がし方を覚えたらしい。

 それならファトゥスの対応をこれからは他より多めに任せたい所だ。

 

 ……こうしてティアが器用さを示すたび、苦労が積み重なっていくのか。

 なんかごめんな。

 

「ヴァレリア、見慣れない耳飾りを着けていますね。とても似合っていますよ」

「そうですか? 嬉しいな、ギルにプレゼントしてもらったんですよ」

「なるほど、道理で」

 

 司教様が馬車の中を見渡した。

 ルナの髪留め、ティアのブローチ、ギルベリタの指輪、スクリータの腕輪。

 

「私には何もくださらないのですか?」

「聖都を出る前に言ってください」

「わたし、も。何も、もらって、ない」

「出る前に言ってくれ」

「はいはーい! ファトゥスちゃんも!」

「出る前に言え」

「ギルバートよ。『出す前に言って』と申し上げるのはこちらでしょう」

「何言ってるんですか?」

「贈答品ならぬ雑蕩品。つまり、猥()かつ淫()なようで、しかし()性ある行い――あとは分かりますね?」

「分かりたくもないです」

 

 この淫猥聖職者が。

 

「ギルの、人生が、欲しい。今は、少しだけでも、いい」

「やらん」

「ギルさんは渡しませんよ」

「別にルナのものでもないが」

「いつかそうなります」

「前借で所有権を主張するな」

 

 確定してないからな。

 

「ふむ。皆様、非常に仲がよろしいのですね。私めはちょっぴり疎外感を覚えております。気を使っていただけませんか?」

「疎外感とは無縁そうなほど図々しいな」

「ん。これ、どうぞ」

「ありがとうございます。しかし、これは?」

「古文書。翻訳して、いれば、疎外感も、気に、ならない」

「疎外感に対して対症療法を……?」

「わたし、昔は、そうしてた」

 

 魔法学校生の時代か。

 俺もあの頃魔法漬けだったから友人がいなくても気にならなかった。

 そう考えれば正しいのかもしれないな。

 

「イー……ごほん、ティアお嬢様」

 

 全部言ってるぞ、それ。

 

「このままでは、私めは涙を飲んで無賃労働に精を出すことになってしまうのですが、雇用主としていかがお思いでしょうか」

「いい気味ね」

「かしこまりました。それでは今を持ちましてお嬢様の隠したい過去暴露大会の始まりとさせていただきます

「セルウィタ、戦争がしたいならさっさとそう言いなさいよ。叩き潰してあげるわ」

「という一連のやりとりで少し溶け込めたような気がいたします」

 

 このメイドは主人とすら真面目に会話する気がないのか?

 

「はぁ。ほんと、人見知りなんだから」

「……お嬢様は昔、異性が混じった社交界に行くことへの緊張により、泣きながら胃痛と吐き気を訴えなさいました」

「戦争しましょうか」

 

 ステイ、ステイ。

 かわいい照れ隠しじゃないか。

 

「御母堂に励まされたお嬢様ですが、結果対面して三秒で胃の中身を引っ繰り返されまして。以降男性がいる家から社交界の招待状は届かなくなりました」

「何それ、ティアちゃんやっぱり超面白いね!」

「リア、殺しなさい。あのメイドはあたしたちの敵よ」

「一応パーティーメンバーだから殺したくはないかな。ファトゥスみたいに生き返るなら別だけど」

 

 本当に危ない会話だ。

 セルウィタの手続きを聖都で済ませていなかったら確実にヤってたな。

 

「男性、社交界……? どこかでそんな話を聞いたことがあるような……」

「司教様、殴られたい場所はどこですか?」

「良い質問です、ギルバート。敢えて選ぶのならばお腹でしょう。股座もいいですが、そちらは蹴られたい場所ですから」

 

 よし、思考は逸れたか。

 

「ギルは、もしかして、サド?」

「ノーマルです」

「よかった。痛いのは、そんなに、好きじゃない。……ギルとなら、違う、かも?」

「そんな可能性を追わなくていい」

 

 異常性癖持ちは一人で充分だから。

 

 変な空気になりつつあった中で、マイペースに眠り続けていたスクリータがごそごそと動き出した。

 

「ん、んん……? あれ、ギーくんが近い……ねえ、おはようのちゅーしよう、ギーくん」

「とっとと目を覚ませ」

「んにゅ。えへへ、幸せなの」

「まだ寝惚けてますね」

「あれ? ギーくん、ボクいつの間にか子供を産んでたみたい、かも」

「誰があなたとギルさんの子供ですか。馬車から叩き出すぞ」

 

 素が出てるなぁ。

 

 噛み付くルナとふにゃふにゃしたままじゃれるスクリータ。

 平和な空間である。

 

「やれやれ、分かってないなぁ。お兄ちゃんはね、鎖骨よりちょっと下にある黒子がえっちなんだよ」

「そのような場所に……なるほど。あなたが言うことにも一理はありましょう。しかし譲れません。ギルバートの祈りを何度も見ているからこそ分かります、あの手は別格でえっちなのです」

「ふーん。そこまで言うなら今度見てみようっと」

 

 隣接して邪悪な空間がある。

 急激なスピードで耳が汚れて行く。

 

「……何と言えばいいのか。ああ、ギルベリタが司教様に似てきて悲しいよ」

「あたしが新しい妹になってあげましょうか?」

「ホラーやめてくれない?」

 

 お前俺より年上だろうが。

 

「年上の妹よ、文句あるかしら」

「文句というか問題というか矛盾があるんだよ」

「思い込みなさい。今あなたと話しているのは、かわいいかわいい妹のティアよ」

「ダウト。髪色が違いすぎる」

「お兄ちゃん、一緒に寝よ〜?」

「ティアは本当にそれでいいのか……?」

 

 照れのない無駄に円熟した妹演技である。

 その背丈と顔でやることじゃねえ。

 

「あたし夢だったのよ、兄に甘やかされるの。さあ、好きなだけ愛でるがいいわ」

「妹御、ティアがあのように申しておりますが」

「お兄ちゃんが私以外を妹として扱うわけないから別に何も。……あと、ティアさんは良い人だし、容赦してあげる」

 

 目を覚ませギルベリタ。

 全くの他人に対して妹を自称するやつが良い人のはずないだろう。

 こいつはちゃんと頭おかしいよ。

 

「非常識。妹とか、そういうのは、結婚してから。恋人でも、ないのに、ティアは、逸りすぎ」

「五十歩百歩だぞ」

「でも、大司教様、聖堂で、そう言ってた」

「は?」

「夫婦で、兄妹に、なりきった方が、いい、って。キツい、くらいが、いい、って」

「この世界には頭おかしいやつしかおらんのか」

 

 もう絶望していいかな?

 いいよね?

 

「そう、言えば。司教様、首、振ってた。間違い、なの?」

「ん? 司教様も同席してたのか?」

「あっ、違う、えっと。ハイミシア、じゃなくて。この馬車じゃ、ないけど、一緒に、移動してる、人で。たしか、その、名前は……」

 

 キサラが包帯に覆われた手で軍帽を押さえて唸る。

 

 ホルトゥスの包帯。

 一目見た時から違和感を覚えていた。

 どこかで見たような覚えがなくもない。

 俗に言うデジャヴというやつで。

 

 ――よれたフード。

 肩から垂れる三つ編み。

 両眼を塞ぐ意味ありげな包帯。

 

 キサラが顔を上げた。

 

「エマ。思い出した。『不信』の、司教様」

「……へえ、そうだったのか」

「一番、弱そう、だったから、覚えてる」

「それ本人の前で絶対言うなよ」

 

 たぶんあの人相当傷つくから。

 

 エマ、という名前はありふれている。

 しかし希少だろうホルトゥスの包帯を手に入れているあたり、教会関係者か貴族の二者択一で、姓がないということは前者だ。

 

 ヘレナは恐らく世話付きの護衛だろう。

 つまりエマは教会関係者の中でもそれなりに権力を持っているということで。

 同行しているエマ様とやらが俺の知る彼女である可能性は高い。

 

「なんか急にやる気出てきたな」

 

 明日から頑張ろう。

 

 

 そう気合を入れ直す俺を見て、ずっと窓の外を眺めていたファトゥスが、誰にも見えないように小さく笑ったような気がした。

 

 

 




 
ファトゥスちゃんの嘘カウント:1
ティアのストレス値:5
ギルくんの欲求不満度:10
リアのストレス値:20
ルナの欲求不満度:30
ギルベリタのストレス値:50
セルウィタの図々しさ:80
スクリータの幸福度:100
司教様の欲求不満度:200,000
 
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