逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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44 馬鹿なことを口走った馬鹿

 

 

 『不信』の司教。

 

 教会の司教は普通、聖職者としての振る舞いや功績によって得られる立場だ。

 しかしそれ以外の審査項目がないわけでもない。

 たとえば魔法の適性を一つしか持たないならば司祭で頭打ちだ。

 一定以上のポストはそれに見合う力がなければ与えられない。

 

 これは終章教会が「創造神の尖兵」を名乗っていた時期に由来する制度だ。

 聖職者とは本来創造神の意向を満足させるために戦う者であり、発足当初、教義の伝導や治安維持などはそこまで重要視されていなかった。

 

 三つ以上魔法適性を持つ者しか就くことが許されない司教や枢機卿、聖女の立場は、当然いざという時の戦力として数えられる。

 司教が聖女と同様に熟達した魔法を二つ名として冠しているのは、こうして全く同一の背景を持つ役職であるからだ。

 

 ハイミシアの二つ名が皆殺しなのは得意とする魔法が『自責』と『羞愧』の二つだったからだろう。

 ……『皆殺しの魔法』なんてないよな?

 

 何はともあれ、以上のことから、エマは『不信の魔法』を得意とする才ある聖職者であることが分かったわけだ。

 

 

 日が暮れてきたため、野営の準備に入る。

 キサラが包帯を解くだけで全ての天幕と馬車が『嫌悪の魔法』で包まれた。

 

 さしもの聖女と言えど、さすがに独力で聖都全体を『嫌悪』に包んでいたわけではないだろうと思っていたが、顔色一つ変えずここまでの規模を覆ってしまうのを見ると、それも揺らがざるを得ない。

 

 結界を張る、と言うか張り続けるキサラ。

 夕飯の支度をするギルベリタやスクリータ。

 御者の手伝いで馬の世話を買って出るセルウィタ。

 天幕を用意する我らがパーティー。

 

 ルナとの力比べがまともな勝負にならないほど貧弱な俺はやることがない。

 ということで、ちょっと挨拶がてら司教様に魔法教えてもらいに行こうかな。

 

「私であれば魔法のみならず女性についても教えることができますよ」

「いや、間に合ってます。要りません。というか、経験のない司教様が教えてもらう側ですよね?」

「……教えていただけるのですか!?」

「それはもう間に何人か挟んで伝言したレベルの曲解ですね」

 

 都合のいいように改変するな。

 

「わたし、行く?」

「それ抑えないと結構迷惑にならないか?」

 

 キサラがとてとてと寄ってきた。

 濃密な『嫌悪』が心臓を刺す。

 キサラから遠く、薄まった部分では結界として上手く作動しているだろうが、キサラの近くでは依然として無差別に垂れ流されている。

 

「だから、わたし、の、調整、してほしい」

「調整と仰いますと?」

「ギルは、神性親和症。わたし、の、神性にも、触れられる、はず」

 

 聖都に来る前、魔法を使ってみたいと言うリアをサポートして『期待の魔法』を使わせてやったことがあった。

 あれは俺が魔法使いだからではなく、神性親和症を患っているからだ。

 他人の神性を無意識に見ることはなくなったが、意識的になら覗くことができるし、多少干渉することもできる。

 

「『安心の魔法』は、結界、なくなるから。ギル、お願い」

「言われなくてもやるよ。俺風情が一人で訪れてエマ様とのお目通りが叶うとも思えないしな」

「私が同行いたしましょうか?」

「司教様だと逆に警戒されます」

「一応知り合いなので、さすがにそんな、ことは……ありますね……」

 

 あるんだ。

 まあ知り合いなら一応一緒に来てもらうか。

 

「ギル、教会に、来ない? 権力、欲しいなら、あげる」

「要らない。俺はあのパーティーでやっていくよ」

「今なら、わたし、ついてくる」

「揺らぎません」

「残念」

 

 貰う覚悟が決まったら貰うかもしれない。

 が、しかし、それは今じゃない。

 

 さて、『嫌悪の魔法』をどうにかするか。

 キサラの背に手を――やめろ、胸に持って行こうとするな。

 背に手をつけて神性を探る。

 

「んぁっ。ひゃ、ぁっ……んっ、ギル、触り方、えっち。や、ぁっ……」

「一旦黙ってくれないか」

 

 気が散って仕方ない。

 

「その、ギルバート? 私にもあとで同じことをしていただきたいなと思っているのですが」

「そんなこと言ってる暇があるなら結婚相手を探したらどうですか?」

「……容赦のないお言葉ですね。大変下腹部に来ます。ご馳走様でした」

「俺、最近司教様がクリーチャーに見えます」

 

 いくらなんでも無敵すぎる。

 

 あと「ご馳走様でした」はやめてほしい。

 せめて「ありがとうございました」にしてくれ。

 言葉選びが絶妙にキモい。

 

「は、ひぁ、ひゃっ……ん、やっ、ぁ……んっ……」

 

 悩ましげな声。

 紅潮した頬。

 

 そして相も変わらずの無表情。

 

 俺の周りにはマイペースな変人が多すぎると思う。

 その皺寄せが全部ティアに行ってるのもどうかと思う。

 

「この感覚だ。維持できるか?」

「なんとか、できそう。……わたし、の、中、ギルの形に、なってる」

「中じゃなくて神性な」

「ギルバートの形……キサラ様、少々詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「黙ってろ」

「とてもよい、んっ、視線です。ふふ、仰る通り、少し静かにしますね」

 

 興奮しなくなるまで殴ってやろうかな。

 いや、死ぬまで笑ってそうなイメージしか浮かばない上に死んでも死ななさそうで怖いわ。

 

「わたし、決めた。やっぱり、早く、制御できるように、なる」

「そうしてくれ」

「今のまま、だと、子供、産めないから、困る」

「……色々考えて動いてるんだな」

「わたし、が、頑張る、全部。ギルとの、ため。ねえ、わたし、の、ものに、なって」

 

 表情筋に見合わず情熱的なキサラ。

 少しくらい恥ずかしいと思わないのか。

 

「うぅ、自分より若い世代の甘酸っぱい恋愛は見ていて胸が締め付けられますね……」

「司教様にも良い出会いがありますよ、いつの日か」

「良い出会いは既にあったのですが、いかんせん靡いていただけないのです。どうすればよいのでしょう」

「発言とか改めてくれませんか?」

「確かに堅い口調では距離が開いてしまうのかもしれませんね」

「そういうことじゃねえよ」

 

 少しくらい恥ずかしいと思わないのか。

 

 

 エマがいるらしい天幕を訪れた。

 周りで将官やらが設営しているそれらより二回りも小さく、これでは入って四人程度だろう。

 目に包帯を巻きつけている彼女は、以前とは打って変わって落ち着いた雰囲気だった。

 

「こんばんは、キサラ様。今夜はどうして(しょう)の下に?」

「話したい、って、人が、いる」

「妾と、ですか? 既にそちらに?」

「昨日ぶりですね、エマ様」

「はわっ!? ちょ、ちょっと待ってください、今、椅子を……ない、ない!?」

「落ち着きなさい、エマ」

「――ハイミシア様? こ、殺される……っ!?」

「全くの失礼をありがとうございます。もう一度教育しなくてはなりませんか?」

 

 震え上がるエマ。

 なるほど、ハイミシアは司教としての先輩だったな。

 男が絡まなければ有能ではあるし、教育担当というのも妥当な人選なのだろうが、皆殺しの呼び名は如何にも肝が細いエマと相性最悪だ。

 かわいそうに。

 

「失礼、しました。その、えっと、どちらの方が、妾などに御用をお持ちなのですか……?」

「俺です」

「よ、よかったぁ」

 

 結構ハッキリ聞こえてますよ。

 そんなに司教様が怖いのか。

 

「ハイミシア様には、もう、一生分の薫陶を受けたので……しばらくは、その、ご勘弁を……」

「素直で大変結構。司教としての体裁を全く気にしていないようですね」

「お前が言うな」

 

 人として最低限の体裁も気にしてないだろうが。

 

「エマとは全く相性が悪いのです。私がどれだけ男体の良さを論じても、知らないと突き通すばかりで話にもなりません」

「当然だと、思う」

「どうしてこの人『羞愧の魔法』が得意なんだ?」

「存在が、恥、だから?」

「一理ある」

 

 あ、司教様がぷるぷる震えてる。

 興奮で。

 もうダメだこいつ。

 

「その、それで、ギルバート様はどのようなご用件で妾に……?」

「以前名乗った通り、俺は魔法使いなので。熟達した魔法の使い手である司教様に教えていただきたく思いまして」

「そう、ですか。も、勿論妾に不都合などはありませんが、えっと、妾などより、ハイミシア様やキサラ様にお教えいただく方が……」

「キサラ様は感情の濃度が桁外れで参考になりませんし、司教様には既に色々と教えてもらっています。エマ様に、教えてもらいたいんです」

 

 あとすごい好みだからお知り合いになりたい。

 

「ギル。魔法の、ため、だよね?」

「それ以外にあると思うのか?」

「あったら、わたし、怒るから。エマ。ギルは、わたし、の。絶対、ダメ」

「おい、キサラ」

「これ以上、増えるのは、嫌」

 

 少し考え直す。

 アプローチを受け、それを処理していないのに、好みの相手を見つけるとそれを追いかける。

 

 昔の俺なら割り切れていたと思う。

 好きでもない相手からのアプローチなどは鬱陶しい迷惑であって、それを蔑ろにしたところで思うことはない。

 俺は答えを返しているからだ。

 応えられないと明確に切り捨てているからだ。

 

 ただ、今の俺はどうだろう。

 切り捨てられているのだろうか。

 

 目の前のキサラと今後一生近しい関係にならないなら、キサラを放ってエマに近寄るのもいいだろう。

 

 最悪なのはキープとして扱うことなんだ。

 そう考えていたかはともかく、結果としてそう扱うことになってしまうかどうか。

 

 たとえばエマに近付いて、上手くいかなくて、そのあとずっと待ってくれていたキサラに迎えられたとしよう。

 俺はどんな顔をすればいい。

 

 次の出会いを求めるなら、今の出会いを切り捨ててからにすべきだ。

 それが誠実というものだろう。

 

 俺は果たしてそれができているのか?

 

「分かった。魔法のためだ。それ以上はない」

「……うん。それなら、いい。ギルは、わたし、の、もの」

「気が早い」

 

 そこまで認めてない。

 

「あの、その、ど、どうして妾は告白してもいないのに振られた気分にさせられたのでしょうか? いえ、文句とかじゃ、ない、ですけど……」

「実際に振られてみるとより気持ちがよいですよ」

「妾はまだその次元にいません」

 

 エマも振り回されている事実にホッとする。

 司教様を始めとする愉快なキャラクターが多すぎて感覚がおかしくなりそうだったんだ。

 

「そ、それと。それだけじゃないんです。妾は、えっと……事情があって、魔法を、使えなくて」

「そう、なの?」

「しかし、こうして援軍として選出されたにはある程度制御ができるのでしょう?」

「できません。できない、から。妾はいつまでもこの目隠しを外せないのです」

「キサラみたいなことですか?」

「ち、違います。それであれば、妾は盲のようになる必要もなかった……妾が、こんな目に遭う理由なんて……」

 

 エマが目元の包帯に手を当てる。

 ふむ、今の発言――妙だな。

 

「詳しくお聞かせいただけますか?」

「仲間、だから。わたし、も、聞く」

「必要ない、です。妾には何をやっても無駄なのですから、頭を悩ませてしまうわけには」

 

 昨日のエマは過剰なほど自分を卑下していた。

 自分を罪人だと言い、己の運命は罰であると見做していた。

 だが、今の科白はまるで、理不尽な運命を背負わされたことを嘆く何の咎を受ける道理もない潔白な少女であるように思える。

 

「『不信』の司教、か」

「ギルバート様? あっ、ごめんなさい、し、思索に耽っていらっしゃいましたか?」

「いや、いいんです」

 

 まだまだ東方領の戦線は遠い。

 俺たちが拠点にしていた街までも遠い。

 

 それならゆっくりと仲を深めて、教えてもらった方がいいだろう。

 

「その言葉遣いはやめにしませんか? 俺は一介の冒険者で、あなたは司教様ですから」

「でも、妾は、妾の精神衛生上、このままの方が……い、いえ、ごめんなさい、やっぱり、ちゃんとします」

 

 この人、ティアより生きにくそうだな。

 

「えっと、よろしく、お願い……あっ、ええっと、あの、その、な、何を言えば……何を言えばいいです、違う、な、何を言えばいいの?」

「かわいいかよ」

「へぁっ、しょ、妾がですか!? あっ、違くて、えっと、誰が、その、かわいいの?」

 

 なにこの生き物永遠に見ていられる。

 

「ハイミシア。ギル、わたし、に、言ったこと、忘れてる、かな?」

「さあ、どうでしょう。私としてはエマのこういった部分が改善されるのであればそれがよろしいと思いますが」

「……それも、分かる、けど。もやもや、する。ギルは、わたし、が、先に、好きだった」

「ヴァレリアやリリルナのこともあまりよく思っていない、と?」

「本当は、そう。でも、たぶん、それは、向こうも、同じ。だから、言えない、言えなかった。けど、新しい、人は、別だから」

 

 聖都組とリアたちは互いにあまりよく思っていないらしい。

 吐き出していないだけでギルベリタが持つリアへの隔意は依然そのままだし、ティアなどは聖都組よりファトゥスの相手をしていることが多い。

 

 受け入れているのは、特殊な癖を持つルナと、何も考えず仲良くしたがっているスクリータくらいか。

 

「ふ、普通に話すのが、下手で、ごめんなさい……」

「構いませんよ、これから上手になってもらえれば。またお話をするために来るので、少しずつ慣れていきましょう」

「ギル。魔法の、ため、って、言った」

「そういう意図じゃないから」

 

 セーフを主張します。

 

「ギルに、その気が、なくても。エマは、違う」

「妾は思い上がりません。キサラ様、妾は大丈夫ですから」

「怪しい。本当に、大丈夫なら、わたし、を、止めない」

「ほ、本当に大丈夫なんです。妾はギルバート様のことを結婚詐欺師だと思って接していますから!」

「えっ」

「また来るというのは建前で、もう来てくれないと思ってますから!」

「えっ」

 

 そんなに信じられないですか俺のこと。

 

「ギルバートは距離の詰め方が異常なのです。私も教師時代は『あれ? この子、私のこと好きなのでしょうか』と思ってしまったくらいなのですから」

「それは司教様が恋愛弱者だからです」

「……妾も、弱者」

「わたし、も。ギルは、わたし、の、こと、好きだと、思ってた」

 

 そうだった、女性の大半は異性と接した経験が少ないんだった。

 めんどくせえな。

 ちょっと優しくしたくらいで勘違いしやがって。

 

「違う。ギルが、そうさせてる。救われたら、好きに、なっちゃう」

「誰も近付かない私に声をかけてくださるのはそういうことでしょう?」

「などと申しておりますが、エマ様」

「しょ、妾に振るの!? えっ、えっと、好きになった方が、負けだと思う、かな」

 

 ほれ見たことか。

 

「わたし、聖女。司教より、上。今の言葉、撤回する、よね?」

「ご、ごめんなさい」

「キサラ、パワハラはやめとけ。司教様みたいに干されたいか」

「私干されていませんよ!? 遠巻きにされているだけです!」

「は、ハイミシア様……」

「そのような視線はやめなさい。侮蔑がよいのです、憐憫は要りません!」

 

 もう話進めていいか?

 

「とにかく、俺はエマ様と仲良くしたいだけです。司教様としてのお力を頼りにしたいとか、そういうことを考えているわけではありません」

「ひゃ、はい、ち、近い……」

 

 かわいい。

 

「まあ、また明日お話しましょう。ゆっくり分かっていただければ――」

「ごめんね、そういうのは許されてないんだよ」

 

 背後から声がして。

 目の前で金属が煌めいた。

 

 俺の首筋に音もなく刃が添えられていた。

 

「ヘレナさん、これは、その」

「黙ってな。今のお姉さんはちょっとだけピリついてるからさ」

「……何、してるの? 死にたい?」

「状況分かってないみたいだけど、こっちはギルバートくんを人質に取ってるんだよ?」

 

喰らい潰せ(time)

 

「――が、はァっ、容赦の、カケラもないねっ!?」

 

 司教様による『恐怖の魔法』がヘレナの理性を蹂躙するのを見て、咄嗟に白刃から逃れる。

 

 復帰と対応が早いな。

 『驚愕』持ちではなさそうだが。

 

「己が嫌悪に咽び泣(flebitis prae odia fortiter)け」

 

 あっ、マズい。

 

 司教様の声が冷たい。

 このままだとヘレナが殺される。

 『自責の魔法』だけならまだいい。

 『羞愧の魔法』が成立した瞬間にケリがつく。

 

 咄嗟にハイミシアのケツを蹴り飛ばした。

 

「んっ!? にゃ、にゃにをいきなり……何とは言いませんが、危ない所でしたよ!? 突然そんな、そのようなこと、心より感謝いたします!」

「黙ってろ」

「きゃんっ!?」

 

 馬鹿なことを口走った馬鹿を再び蹴り飛ばし、ヘレナに向き直る。

 

「事情があるなら話したらどうだ?」

「話すほどのことはないよ。別にお姉さんは君の命を取ろうとしたわけじゃないし。かの高名なハイミシア様に殺されかけるとは思ってなかったけどね」

 

 余裕そうに振る舞いつつも、肩で息をしている。

 『自責の魔法』は神性が削り取られるかのような苦痛を与えると言われている。

 精神的には相当消耗しているはずだ。

 

「お姉さんから言えることはただ一つ。もう二度と来ないで。もう二度と、エマに近寄らないで」

「妾からもお伝えした通り、です。できることは何もありません。無意味なのです」

 

 キサラと目で言葉を交わす。

 どうやらこのまま続けることには否定的らしい。

 引き際だな。

 

「いつまでそうしているんですか、立ってください」

「ひゃ、ひゃい……あの、足に、力が入らず……」

 

 俺のせいか。

 

「肩貸しますよ」

「……申し訳ありません。不意を打たれたものですから、意味を理解した途端に興奮が抑えようもなく」

「解説しなくていいです」

「わたし、代わる? 重そう」

「キサラは俺より力が出ないだろう?」

「でも、ギルに、重いもの、持たせるのは……」

「私は全く重くありません。羽のように軽いです!」

 

 ちょっと重いよ。

 ちょっとだけ。

 

「それじゃ。またな、エマ」

「……さようなら、ギルバートさん」

 

 司教様、ほら、足動かしてください。

 

「い、行っちゃいましたね」

「残念そうにしなくていいよ。どうせ誰もエマの味方にはなってくれないんだからさ」

「味方にはなれなくても、仲良く……」

「エマ。無能なエマ、醜きエマ、愚かなエマ。まだそんな幻想を持ってたの?」

「いえ、でも、潰しても、潰しても、湧いてくるんです。蛆虫みたいに。包帯の隙間から光が覗いているんです」

「そう、ならあとで巻き直そっか」

 

 エマが何を隠しているのかは知らない。

 ヘレナが何を考えているのかは知らない。

 

 少しでも苦しんでいることを知ってしまったなら、手を差し伸べてやりたい――なんてヒロイックなことを言う気はない。

 気になる異性によく思われたい、ってだけなのかもしれない。

 

 それでもいい。

 それを否定したなら、俺を助けようとしてくれるリアたちの感情をも否定することになってしまうから。

 

 

 少しくらい不純でもいい。

 そう思えるようになったのは、きっと、この呪いをかけられたからなんだろうな。

 

 




 
[Tips!]
『期待』と『驚愕』は魔法に対する耐性と相関を持つ

『期待』の適性を持つ術者は魔法の耐性が低く、また、術者が魔法をかけた対象から術者にかけられる魔法の耐性が特に低くなるという変わった性質を有する。これは『期待の魔法』が他の魔法とは違い、双方向に干渉するためである。
『驚愕』は特有のベクトルをどの感情よりも大きな割合で含む。干渉を弾く性質が全てに先立つため、他者の魔法に対する耐性を伴う。『驚愕』の適性を持っているだけでも『期待』を完全な形でレジストするが、神性そのものに干渉する『悲哀』への抵抗が非常に弱い。
 
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