逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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45 焚き火が爆ぜている

 

 人間種は生殖活動で数を増やすが、魔物にそのような機能は存在しない。

 肉体の損傷をトリガーにして、存在の核となる神性がどこかに――恐らくは始まりの魔物の下に――還り、そして世界各地で生まれる。

 魔物の発生にまつわるメカニズムとして、いくつかある仮説のうち最も有力な説は、「秩序的でない場所に生まれ出でる」というものだ。

 何がどう影響しているのかは分からないが、『破壊』との関連だろう。

 

 人間種領の中心部に位置する聖都が結界を張っているのは、戦線から漏れた魔物を警戒してのことではない。

 聖都周辺部では魔物が高頻度で発生し、侵攻を仕掛けてくることがあるからだ。

 

 これを聞くと、「では聖都周辺に人の手を入れて魔物が発生しないようにしてはどうか」と考える者がいる。

 実際、聖都から放射状に人間領の整備を進めていく、という計画が進められていた時期もある。魔物が発生しない環境で埋め尽くし、領土を広げようと画策していたわけだ。

 

 計画が頓挫したのは五百年前。

 魔物の発生をここで抑えたからと言って、行き場を失った魔物の神性が消えるわけではない。ただ別の場所で生まれ直すだけだ。

 広い領土が秩序に覆われたことで、本来分散するはずだった戦力が魔物種領にて団結し、歴史に残る大侵攻が始まった。

 

 『破壊』のために生み出された魔物とは違って、人間は食事も睡眠も欠かすことができないし、一生を通して戦い続けることもできない。そうしたハンデを埋めるためには魔物の戦力を分散させて間引かなければならない。

 聖都が『嫌悪の魔法』の結界にしか頼らない理由もそれだし、冒険者という職業の必要性もそこにある。

 

 俺たちは最前線の負担を減らすため都市の自己防衛機能として働かなくてはならないというわけだ。

 

 

 旅が始まってから幾日か経った。

 強制的な共同生活により隠れていた仲の悪さが露呈し、雰囲気はかつてないほど悪化した。

 わざと無神経なことを言ってファトゥスがヘイトを集めようとしていたが、上手くいかず、深刻化は止まらない。

 

 特にキサラとリアは凄まじい。

 キサラの些細な発言にリアが意味ありげに一瞥し、それだけでピリつく。

 

 元々「独占欲はあるけど隠してるだけ」と言っていたリアに、「本当は誰にも渡したくない」と言っていたキサラだ。さもありなん。

 間に挟まれてしまった今日のティアは胃のあたりを押さえて苦しんでいた。

 

「何?」

「別に何でもないけど」

「何か、言いたいなら、言って」

「何もないよ?」

「あるのは、分かってる」

「へえ、あるのが分かってるならそれなんじゃない? 無駄に聞く必要ある?」

「無駄に、ないって、言ったの、そっち。馬鹿?」

「……ティア、ギルに名前すら覚えられてなかった人が何か言ってるよ」

「あたしを巻き込まないで。泣くわよ」

 

 初めは俺が仲裁しようと動いてたんだが、途中でティアから「余計に拗れるからやめなさい」とお叱りを受けて何も口を出さないことになった。

 

 あ、度重なる心労に耐えられなくなったティアが助けを求める顔でこちらを見ている。

 手振っとこ。

 

 旅程自体は極めて順調に消化されている。

 街に着くまでの辛抱だろう。

 

 

 パチパチと木が爆ぜる。

 小さな焚火のそばに腰を下ろし、見上げた星空はいやに明るく輝いて見えた。

 

 月はあんなにも眩く光っている。

 曇りなき星に照らされて、俺自身が汚いようにさえ感じてしまう夜だった。

 

「ギルベリタは?」

「眠いから寝るってよ。スクリータの方はとっくに眠りこけてたし、キサラに預けてきた」

「セルウィタは明朝に向けての準備でしょうけど、司教様はどうされたのかしら?」

「さっき誰かに呼ばれてましたよ。あっちの方に行ってました」

「そっか。じゃあ、僕らだけか」

 

 なんだか久しぶりだな。

 こうして俺たち四人でいるのは聖都に向けて出発する前以来――。

 

「あれ、ファトゥスはどこ行ったんだ?」

「さあ? 別にどうでもよくない?」

「一応護衛するのは仕事だぞ」

「死なないし、どうせ帰ってくるわよ」

「どこかに行ってしまってそのまま、ということはないと思います。ギルさんとティアさんがお気に入りらしいですし」

「それは知りたくなかった」

 

 ロックオンされてるのかぁ。

 

 嘆息する俺とティアに苦笑いの二人。

 苦労担当と同じポジションは納得いかない。

 

「誰が苦労担当よ」

「声に出てなかったろ」

「頭では思ってたんじゃない」

 

 やべ。

 

 ティアの視線から逃れるように、また星空を仰いだ。

 

「『涙残月輝』か」

「涙残る月の輝き、とても詩的ですよね」

「……まあ、確かに、センスはあると思うけど」

「まだ臍を曲げているのかしら? 悪かったわよ、リア」

「いいよ。今の名前、気に入ってるし」

 

 そうは言いつつもぶすっとした顔だ。

 仲間相手には甘いリアがここまで引きずってるあたり、センスがないと言われて相当傷ついたらしい。

 

(tear)はティア。(luna)はルナ。残月の浮かぶ青空が僕で、輝きがギル、だったよね」

 

 ティアはリアの髪色をどうしても入れたかったらしい。

 リアがいる限り、夜はなく、月は空色の中で尚も輝く、だとか言っていた。

 

 いつも現実を見つめて心配ばかりしているティアが、まるで夜空を見つめて星の物語でも語るかのように思いを込めていた。

 それを当然のように受け取る我らがリーダー。

 

 彼女ら二人は初期面子だ。

 並々ならぬ絆を感じて少し羨ましい。

 

 楽しげに談笑する二人を見てそんなことを漏らすと、膝上のルナがしみじみと頷いた。

 

「確かに、お二人は特に仲がいいですよね。なんだか仲間外れにされた気分です」

「全くだ。余り物同士でもっと仲良くする必要がありそうだな」

「はい、それはもうずっぷりと」

「ちょっと仲良くする気を失ったかも」

「まあまあ」

 

 曖昧な笑みを浮かべながらこてんと寄りかかってくる。

 身の危険――を感じつつも、拒めない。

 触れた部分が暖かい。

 

「このままギルさんと寝たいです」

「……どっちの意味で? そのまま受け取っていいやつ?」

「絶対気持ちいいですよね」

「微妙なラインでぼかしてきやがって。まあどちらにせよ断るけど」

「そんなぁ!?」

 

 俺はテントの中で寝たいから、寝落ちされて動けなくなるのは勘弁してもらいたい。

 

「私を放ってテントに戻ってもらってもいいんですよ?」

「風邪を引かれても困るからな」

「なんかツンデレさんみたいですね。私のこと好きなんですか? 結婚してください」

「流れるようにプロポーズするな」

「沈黙や無回答や答えになっていない返事は肯定と捉えます」

「ついに搦手を講じてきただと……!?」

 

 ルナ側が勝手にそう受け取ったところで何も進まないと言うのに、なぜそんなことを。

 全く意図が読めない。

 

「ごめんなさい」

「答えとして認められないので肯定と捉えますね」

「認めたくないと認められないを混同するな」

 

 とんだ独裁じゃねえか。

 恐ろしいやつめ、と撫で繰り回した。

 

「早く僕以外ともくっつけばいいのに、ティアとかさ」

「あたし? 余計なお世話よ。最後まで一緒にいられるなら、いえ、こうして繋がっていられるなら、それで充分でしょう」

「本当に?」

「勿論、多少は不満だけれど、あたしが本当に求めているのはそういうことじゃないもの」

 

 ティアは人を尊重する。

 ストレスが溜まっていると意地悪になるが、根は優しいやつだ。

 

「ただ好きでいてほしいの。口付けや婚姻はその証明であって、目的ではないでしょう? 好いてくれているならそれだけでいいわ」

「……いや、でも、前はヤらない後悔よりヤって後悔とか言ってなかったか?」

「性欲に負けることを責められる立場かしら?」

「ぐうの音も出ない」

 

 久しぶりに口で負けた気がする。

 ふっふーんと勝ち誇るティア。

 

 性欲、なぁ。

 

 共同生活中は衝動に突き動かされそうになる瞬間がかなり多い。

 貴族だからと着替えを俺に手伝わせようとするキサラとか。

 天然で胸を押し付けてくるスクリータとか。

 

 接しているとあの日の記憶が蘇る、そこの非常識人間とか。

 

「ん? 僕の顔に何か付いてる?」

「いいや、何にも」

「ふーん? 欲求不満が限界だから相手して欲しいとか?」

「デリカシーって知ってる?」

 

 何でもないから。

 

「そっか。うん、何でもないなら良かったよ」

「……なんだその反応は」

「少し前までは、ずっと追い詰められてるみたいだったからさ。何でもないならそれが一番だよね」

「ああ、それのことか。それについては――ありがとう、リア。少しは得心がいった」

「どういたしまして」

 

 リアは少しバカだが、仲間のためなら損得勘定なしに動いてくれるし、私情を交えこそすれど本質を履き違えることはない。

 

 

 本当に良い仲間と巡り逢えたものだ。

 

 四人だけで話せるタイミングは今後少なくなっていくだろう。

 水入らずは今日だけかもしれない。

 俺たちだけの話を幾つか、話して、聴いて、笑った。

 

 話題は尽きなかった。

 しかし、誰かが口を閉じて――それをきっかけに、みなが黙った。

 

 焚き火が爆ぜている。

 

 どれだけ上手く事が運んだとしても、俺たちはいつか容易く乗り越えられない壁に直面するだろう。

 戦争というのはそういうものだ。

 だから、覚悟しなければならなかった。

 それが生む犠牲とやらを受け止めなくては進めなかった。

 

 




 
お久しぶりです。
 
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