逆転世界はもうどうしようもない 作:あああああ
そもそも、神族とは何か。
「メア様や属神様が直接お創りになった人のこと、だよね」
「俗にはそうですが、扱いとしてはメリス様やスィークレ様など、すべての創造神様並びに属神様を包括して考えています」
「ああ、そう言えば魔物にも神族がいる、って話でしたよね」
「だからこそファトゥスを戦線に連れて行くって話になっているのだけど……ギル、どうしていきなりそんな話を始めたのかしら?」
何が彼女らを神族たらしめている?
神族の子は神族の血を濃く受け継ぐだけの平凡な人間だ。
ファトゥスや他の――たとえば『嫌悪』の神族テシスや教皇猊下など、彼女らはみな特別な性質を持つ。
「ファトゥス」
「ん~? 今のギルくんにファトゥスちゃんの力は必要かなぁ、そうは見えないけど」
「つまらなさそうだな」
「まあね。だって気が付いたんでしょ? ファトゥスちゃんはもっと悩んでもらいたかったのになぁ」
「気付いた、って、もしかして、そういうこと?」
「僕らにも分かるように説明してよ」
そうだな、何と言えばいいか。
「エマのこと、好き? まだ、気になる?」
「は? ――おぇっ」
「ティアさん!? あぁ、突然のNTR展開で拒絶反応を起こしてるみたいです! しっかり、しっかりしてください!」
「どういうことか教えて、お兄ちゃん」
「ギルベリタ、ティアさん踏んでる」
色々と事情を知っている司教様に動かなくなったティアを預け、ずいずい来るギルベリタを宥めすかす。とにかく落ち着いてほしい。
意図的に勘違いさせるようなことを言ったキサラへとチョップを下し、エマとの関係を簡潔に説明する。
「何かしらあるのは分かったけど、ギルが首を突っ込む理由は?」
「ない。ただ、今俺が考えている通りの状態だったなら、エマは間違いなく『神族化』する」
「それってお兄ちゃんの病気の……」
「その通り、神性親和症の延長線上にある症状だ。症状が極度に進行すれば、神性が漏出し、周囲に甚大な被害を与えつつ存在が崩壊する」
司教様に視線を向ける。
どうやら聞かされていなかったようで、その顔が動揺に染まっている。
「仮にそれが本当だとすれば、エマは……」
馬車を飛び出していく。
恐らくは教会の責任者がいる場所に向かったのだろう。
無理もない、が、せめてティアを横たわらせてから行ってほしかった。我らがパーティーの頭脳担当が司教様という支えを失くしたことで床に落ちている。おい、大丈夫か。
そもそも、神性の漏出とはどういうことか。
まず、俺たちの本体は神界にある神性であって、この世界の体は、言ってしまえば端末でしかない。そして本体と端末を繋ぐ子機として肉体にも欠片程度の神性が宿っているわけだが、その端末では神族化に伴って力を強める神性に耐えられない。結果神性が漏れ出してしまう。
この世界に通常あってはならないエネルギーが現れることで、干渉されたすべては歪み、神性によって上塗りされる。
神族であればその恵まれた端末で強大な神性に蓋をできるが、先述した通り、普通の人間であればコントロール不能だ。ホルトゥスの包帯というアイテムがなければエマは既に死んでいるだろう。
「あぅ、頭が、混乱してきました……」
「じゃあ、なんでそのエマって人が同行してるの? もっと然るべき所で治すべきだよね?」
ギルベリタが疑問を口に出す。
説明せざるを得ないながら、一番触れてほしくなかった所だ。
「エマは……爆弾だ。魔人や邪霊、延いては魔物の神族に対する使い捨ての攻撃手段であり、倫理なき兵器、と言うのがいいだろう」
神性の漏出による被害は避けようがないことだ。どうしたって免れない。治すこともできない。だからそれを兵器にしよう、なんて、狂っている。狂っているが、きっと、それしかないんだ。
教会に理性なき聖職者はいない。代わりに、「五人の犯罪者を救うためなら一人の親友を殺す」と顔を顰めながらも返答できる者で溢れている。その親友が、隣人が、エマだったというだけの話だ。
「なに、それ。なんで、教会が、司教様を……ギーくん、ボクたちが必死に戦ったら、エマさんは無事に帰れるの……?」
「今後の戦況次第でしかない。ただ、俺たちが簡単に押し返せるような状況だったら、初めからエマは投入されていないはずだ」
「……倫理なき戦争が軍の支持を削ぎ、より倫理なき戦いを招く。それだけのことでも、庶民の方々には分からないのでしょう」
エマという犠牲を大多数が認めなければ今後より一層の犠牲を生み出すことになる、ということだろう。しかし言い方が悪い。ルナやスクリータが不快そうに、そして起き上がったティアもまた顔を顰めていた。
しかし、セルウィタの毒は普段より私情が混ざっているらしい。
「セルウィタ、慎みなさい」
「失礼いたしました。しかし、理解していただきます。倫理に拘り、効率と結果を捨ててしまえば、待っているのは絶滅であるということを」
「セルウィタ、もう一度勧告するわ。黙りなさい」
「勿論、平民の方々を導くことは貴族の義務であり、それを愚かしいとつつくような真似はできません。ですが、貴族であることすら捨てたイーティアお嬢様に、それを――」
「黙りなさい、と言ったのよ」
ティアがセルウィタの頬を打った。
不遜なメイドは毅然と前を向いていた。
「イーティア・セルペンスお嬢様。後ほど、お話ししたいことがございます」
「ええ、時間を取りましょう。だから今は黙っていなさい。和を乱すことは必ずしも必要だったのかしら、セルウィタ・クーラ」
「……申し訳ございません。短絡的でした」
どうやら収まったらしいが、まだ厄介事が重なるのか、とリアが激しく面倒そうな顔をしている。
生粋の仕事大好き人間であるリアにとって、エマを取り巻く問題については心底興味がないのだろう。さっさと戦線まで行って暴れたいはずだ。
よく分からず目を白黒させて唸っているルナの頭を撫でたあと、リアは面倒そうな顔のまま、ファトゥスに水を向けた。
「もうまどろっこしい真似はやめなよ。もっと仕込んでるでしょ、ファトゥス」
「そんなことないけどなぁ。どうしてそう思ったの?」
「テンション低いから。ここはまだ舞台裏で、ステージはこれから先にある。まだショーが始まったわけじゃない。今、ライトに照らされているのは前座でしかない。違う?」
「知らぬ間にファトゥスちゃんのことわかられてるっ!? さすがはリアちゃん、倫理観が壊れてるだけあるね」
それのどこが「さすが」なんだ。
「それで、まあ、考えられることは幾つかあるけどさ。エマを送り込んだのがティアの実家とか、冒険者ギルドの意向とか――そういうファトゥスが働きかけられるものだったとしたら、計画してるわけだよね」
「それが何?」
「仮にきちんと前準備の時間を用意してたなら、全員がエマを知っているような状況を作り上げるはず。みんなが悲しむように。だってその方が楽しいから」
「あはっ、そうだね〜」
最悪の信頼関係だな。
「でもそうなってない。それなら、これはファトゥスにとって行き当たりばったりのことだから、そう込み入ったことはできない。つまり――」
リアがティアに目配せをした。
何も考えないで結論を丸投げしやがった。
ここまではたぶん合ってるからティアお願い、の顔をしていやがる。
「彼女一人だけで、特定のターゲットを――この場合、ギルを一番馬鹿にできる方法。悪辣極まりない趣味を考慮に入れるなら、救える立場にありながら救えないこと、とかかしら?」
「……クソみたいな性格しやがって」
「やだなぁ、ギルくんのちょっといい所を見てみたいだけだよ!」
「それ、具体的には、何?」
「敢えて一つに絞るなら、苦渋に満ちた後悔の顔かなぁ?」
ああ、スクリータが我慢できなかったらしい。
静かに全ギレした元許嫁によってファトゥスの首が締められている。
……どうして無言なのかと思ったが、どうやら聞き取れない音量でぶつぶつぼやいているらしい。聞こえたらしきギルベリタがぎょっとして仰け反っている。
「手遅れになってから煽り散らかすつもりだったのかしらね。刺激すればどのような行動に出るか予測できなかったから、今はじっくりと悩みを抱えさせる……といった風の考えが読み取れるわ」
常日頃からティアは何でもできるとは思っていたが、まさか狂人の考えまで読み解けるとは。
本来覚えるべきファトゥスへの怒りも忘れて感嘆してしまう。
「ギル、あたしに感心したような顔で容赦なくファトゥスを殴るのはやめなさい。怖いわよ」
頭では強がっていても体は正直らしい。
「お兄ちゃんが司教様みたいなこと言ってる……」
「ええっと、えっと、結局、その。私たちは何をすればいいんですか?」
「ごめんなさい、ルナ。分かりにくかったわよね。結論だけ言えばエマ様はまだ救える余地があるかもしれないってことで、具体的なことは分からないのよ」
ファトゥスを見る。何度生き返っても無抵抗で絞め落とされている。そこまでされても暴れないことだけは評価できるが、見ていてアレな気分になる。
「スクリータ、それくらいにしてやってくれ。今殺しても無駄だ」
「でも、ギーくんが。……わかった」
「げほっ、ぇほっ。あはっ、ファトゥスちゃん的には、無駄なことしてるスクリータちゃんを見てるのも楽しいよ?」
溜息を吐いた。
こいつはブレないから困る。
これで「ファトゥスちゃんも人なのにどうしてこんなこと」などと言っていたら大きく振りかぶってぶん殴ってやるが、一切同情を買うつもりがない。殺されることまで心底楽しんでいる。
「エマに何をした?」
「ん~、まあいっか。どうせすぐ外れる箍を取ってあげただけだよ。エマちゃんは偉いからそれでも『不信』を抑えられそうだったしさ」
「……あと何日ある?」
「さあ、ファトゥスちゃんには分からないや。けど、まあ、もうすぐ死んじゃうんじゃない?」
露悪的な顔で挑発する。
俺の反応を期待しているようで、思わず握りしめてしまった拳を解いた。
昂った感情を抑え込む俺に「えらいえらい」と心にもないことを言ってからかうファトゥスを、今度はギルベリタが掴んで向こうに持って行った。
「それで? ギル、行くの?」
「行くしかない。俺のせいでファトゥスが手を出したんだ。責任がある」
「真面目よね。嫌いじゃないわ」
「お手伝いさせてください」
申し出をありがたく受け取ることにした。
何をすればいいかは分からないが救えない状況ではないはずだ。ファトゥスは救う余地を残しているはずだから。
初めから何もできない者が成果を出せなかったとして、どのように嘲笑えばいい。恐らくはそう考えるやつだ。
ただ――。
本当に俺たちはファトゥスの企みを看破したのだろうか。
経験がどこかで警鐘を鳴らしている。
仕組まれているはずはない。
リアがファトゥスの性質を理解して、ティアがそれに確度の高い推察を付けて、そのすべてを掌の上だなんて、そんなことが。
「今夜、訪ねるとしよう」
ファトゥスが何を隠していたって、この救ってやりたい思いだけは間違っていない。
間違っていない、はずだ。
「あはっ♡」
息抜き抜き。