逆転世界はもうどうしようもない 作:あああああ
野営地に戻ると、恐る恐るといった様子の軍士官らが出迎えてくれた。
彼女らはエマの神族化に際して全員で退避する選択を取った者たちだ。今まで神族化が止められたという話は聞かないし、その態度も当然だろう。
「エマ!」
「ハ、ハイミシア様――はわぁっ!?」
いったいどう説明したものか、と思っていたが、ティアやリアが話を付けていたらしい。
危険かもしれないエマに抱きつくハイミシアを止める気配がない。
いや、これは単に、神族化したエマと同じくらい、ハイミシアに怯えているだけか。
さすがは皆殺しの司教。
俺が勝手に感心していると、事態はトントン拍子に収束へと向かっていく。
ハイミシアに抱きしめられて安心したのか、泣き始めたエマに安堵の表情を浮かべるお偉いさん方。
ガラガラ音を立てて馬車が戻ってきて、テントを張り直して。
エマが神族化してから説得が終わるまで三十分もかかってないし、寝られるなら寝たいと思っている人の方が多いらしい。
神族化は結構大事だと思うんだが、割り切ってるな。
さすがは軍人と言うべきか。
「ギーくん、ボク頑張った! 頑張ったの! だからお昼寝、約束だからね!」
「ありがとう、スクリータ。そしてありがとう、ルナ。スクリータのタックルを受け止めてくれて」
「ギルさんが疲れているように見えたので、これくらい当然です! ……あと、私も、頑張りましたよ?」
ルナは確かによくやってくれた。
認識できないエマを相手取るにはルナの存在が必須だったし、持ち前の機動力が一撃必殺型のエマには最適だった。
一度俺の不手際でルナが死にかけた時は、心臓が凍りつきそうだった。
「――えっ、あ、ギルさん? ひゃっ、ギルさん!?」
「エマを相手に、ルナなら大丈夫だって、唯一思えたんだ。心から信じてる。いつもありがとう、ルナ」
ルナの矮躯を抱きしめ、鼓動を感じる。
死ぬと思っていたわけじゃない。むしろ誰よりも生き残ってくれる可能性が高いと思っていたからこそ信頼したんだ。
ただ、それでも不安は残っていたわけで。
「応えてくれて、ありがとう」
「ぷしゅうぅ……」
「ギル。ルナが穴の空いた風船みたいに萎れてるから、離してあげて」
「うわ、ほんとだ。なんで?」
「自明だと思うよ」
小さく苦笑いを浮かべる我らがリーダー。
中盤くらいでルナの危機を救ってくれたな。
「あの時はカバーに入ってくれて助かった」
「リーダーの責任ってやつだよ。ルナだけじゃなく、仲間を守るのはね」
「……腕の怪我は大丈夫なのか?」
「うーん、まあ大丈夫じゃない? セルウィタが言うには全治一週間未満らしいし」
「ならよかった」
味方を庇って負った傷だ。
リアに言わせれば名誉の負傷というやつなのだろう。
利き腕を少し削られたらしいが手や指をいくら動かしても痛みがないということで、本当に軽傷のようだ。
完治したらまた何か贈るとしよう。
あたりを見回す。
向こうで聖職者の女性数人と話しているセルウィタが目に入った。
堂に入った従者の振る舞いが何故か新鮮に思える。
何せ普段は庶民のネガキャンを繰り返しているため、礼儀正しい動作をしていてもほとんど記憶に残らないんだ。
「セルウィタは昔からそうよ。優生思想はクーラ家の教育方針なのかしらね」
「教皇様の濃い血族である貴族様が偉いのは分かるけどな。実際言われると、何と言うか、対応に困る」
「ごめんなさい、あたしの従者が迷惑をかけているようで。お詫びになるかは分からないけれど、紅茶を一杯、どうかしら?」
いつのまにか背後まで近付いていたらしきティア。
スクリータにかかる神性の負荷がなくなった時、つまりはエマの神族化が解けた時から、一息吐くための準備を進めていたらしい。
結果がどうであれ、飲み物を口に入れた方がいいだろう、と。
「まだ終わってないんだ。だから、後にしよう。最後まで終わったら、俺たちの寝床のすぐそばで、一服したい」
「そう、それなら待っているわ。早く片付けるのよ。……あと、念のため言っておくけれど」
「何だよ」
「終章教会に引き摺り込まれそうになったら呼びなさい。あたしの実家の名前を出せば少しは怯むはずよ」
「エマはそういう人じゃないから、安心して待ってろ」
聖女レベルになって初めて男を囲うことができる世の中だ。司教のエマではそもそも権力が少し足りないしな。
リア、ティア、ルナに混じってスクリータ。
四人が和気藹々と会話を交わしながら帰っていく。
エマを筆頭とする教会が戦力として軍に貸し出している聖職者らの野営地点から、俺たちの野営地点まではそこそこ離れている。
「それで、何だよ。ギルベリタ」
「別に。ルナを抱きしめたのに、私にはないんだ、なんて思ってないし。ちょっとした雷すら避けられないお兄ちゃんをずっと運んであげてたのにな」
ちょっとした雷を避けられる時点で中々の超人だと思うんだ。
俺の認識が間違ってんのかな。
「要求はそれだけか?」
「えっと、それなら、聖都にいる時は勝手にお兄ちゃんの寝床に潜り込んでたけどさ。今度、テントじゃなくて、ちゃんとした所に泊まる時、私のこと抱きしめて寝てよ」
「……ギルベリタはかわいいなぁ」
「まあ、お兄ちゃんの妹だからね!」
えへへ、にへへ、ぐへへ、と徐々に邪悪な笑い方へとトリップしていくギルベリタ。
何を想像しているのかは予想できなくもないが、功労者ではあるわけだし、見逃してやろう。
「ギル。全部、聞いてた」
「ああ、キサラもありがとう」
「お礼がほしい」
早速だなぁ。
「ルナはハグで、ギルベリタは、抱かれ枕」
「その表現合ってる?」
「わたし、は。ギルがほしい」
「全部聞いてたにしては要求が先例に倣ってないぞ」
「……ダメ?」
「ダメです」
「残念」
もう少し弁えてくれない?
「エマは、嫌だった。ギルに、近付けたくない。でも、もう遅い。エマはもう、ギルのこと、好きだから。何言っても、無駄」
「そんなことないとは思うが」
劇的に救ってやれたわけじゃない。
ただ呪いをかけて苦しむことを強要しただけだ。
「だからその代わり、好きって、言って。わたし、の、こと。大好きって、愛してるって、言って。そしたら、エマには、何も言わないから」
「……心はこもってないかもしれないぞ」
「充分、嬉しい」
以前からこれ以上ライバルを増やしてほしくないと主張していたキサラが、今では空っぽの言葉だけで満足すると言ってくれている。
俺にとって都合が良すぎる申し出だからと、そう言って断ってやるほど、俺は性格が良くない。
ただ、それだけ譲歩してくれた相手には気持ちが乗ってしまうというものだろう。
聖都を発つ少し前から、キサラはずっと紺色を基調とする軍服をきっちり着込んでいる。
聖女としての階級を示すためか、黒い鍔のある白帽子には金糸で刺繍が施されている。
その帽子を取れば、押さえつけられていた卯の花色の髪がふわりと膨らむ。
「……ギル?」
綺麗に使われている。
鍔以外は本当に真っ白で、まるでキサラの髪色に染められたかのようだ。
その帽子に、一つ、口付けを落とした。
「キサラ。愛してる」
少しの気恥ずかしさを感じつつ、キサラの頭に軍帽を戻す。
見られていても怒られることはないだろうが、社会的側面の象徴ともなる帽子にキスをするというのは、中々親密な仲でなければありえないことだから。
やっぱりちょっと恥ずかしいな。
「あれ、キサラ?」
「……ギル。わたし、も、愛してる。子供、作ろう。今なら、産めると思う。祝福は、ないけど、大丈夫」
「心はこもってないって言ったよな」
「本当に、思ってなかったら、言えない。好きでも、大好きでもなく、愛してるを、選んだのは、ギル」
あっ、ヤバい。
俺並みの力しか持っていなかったはずのキサラに組み敷かれそうだ。
「誰かー、聖女様がご乱心だ!」
「星を数えているうちに、終わる」
別にそう早く終わるわけではなさそうだな。
夜空の星は数えきれないし。
なんて暢気なことを考えてる場合じゃない。
蹴り飛ばすことまで考えたその時、殺気があたりに充満した。
「ねえ、キサラ? 何してんの?」
そのセリフが聞こえたと同時にキサラが飛び退く。
トリップから戻ってきたギルベリタが俺を守るように立ち、つい数瞬前までキサラがいた場所に片足を突き出したまま静止していた。
なんかエマとの戦闘より気合い入ってない?
「お兄ちゃんに強引に迫るなら協力しない、って。最初に決めた約束だよね。だからお前のアプローチを許してやってたんだよ?」
「……ごめん。ちょっと、だけ。焦ってた」
「新しいライバルができてそうなるのは分かるけど、実行に移すのは余裕なさすぎない?」
ギルベリタとキサラ、そしてスクリータを含めた三人は以前、俺の軟禁計画を立てていた。
その時に結んだ約束なのだろう。
キサラの自己『嫌悪』が強まる。
さっきまで『不信』で同じようなの見てたな。
「ギルは。わたし、嫌いに、なった? なってない、よね? ……お願い、ならないで。ギル、だけは」
「なってないから。ほら、泣くのは違うだろう、キサラ」
情緒不安定だな。
俺はそうそう誰かを嫌いにはならないよ。
「……ギル、わたし、も。愛してる」
はいはい。
三人目の相手は誰?
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ティア(イーティア・セルペンス)
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ルナ(リリルナ)
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ハイミシア・エンライト
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ギルベリタ
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スクリータ
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キサラ・デミット
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エマ