逆転世界はもうどうしようもない 作:あああああ
キサラやギルベリタを見送って暫く経つ。
篝火が揺れているのを、ただ見ている。
「今は何をしているのですか、ギルバート」
「大したことではありません」
振り返るとハイミシアが立っていた。
その影に隠れる形で、ローブを深く被ったかわいい生き物が見えている。
俺の視線を理解したらしきハイミシアが深々と頭を下げた。
「感謝いたします。私にエマともう一度語らう時間が与えられたのは、あなたのおかげです。これからエマがどのような道を進むことになろうとも、私はいつまでもあなたの献身を肯定しましょう」
その神経質なまでの几帳面さと過剰な責任感によって、エマの人生は間違いなく楽しいだけのものではなくなってしまう。
それを知っていて、それでも、ハイミシアは俺の選択に感謝してくれるらしい。
まあ、分かってたことか。
そう言ってくれるだろうと分かっていたから、俺は何度もハイミシアの名を出して説得したんだ。
他人の自死を許すような人ではない。
不幸を恐れて幸福から逃げることに肯じない。
その一点だけは、決してハイミシアを疑わない。
見くびらない。
「……ふふ。それでは、エマからお話があるとのことなので。私は席を外しますね」
「ひゃいっ!?」
そう言ってハイミシアは少し離れた所にある馬車に隠れて、顔だけを出してこちらを眺め始めた。
ハイミシアなりの気遣いなのだろうが、非常に鬱陶しい。
そのまま隣で聞いていれば良かったものを。
「それで話って何なんだ、エマ」
「は、はい。その、お話と申しますか、お願いと申しますか……責任を果たすため、ギルバート様に申し上げたいことが、あるのです」
責任を果たすため。
何ともエマらしい動機だ。
緊張をほぐすためか、一度深呼吸して、それから真剣な面持ちで言った。
「
なるほど。
馬鹿なのかな?
「丁重にお断りします」
「そ、そんな……! 精一杯、お支え申し上げますから! 妾などにお給料は不要です、馬車馬の如く働きますから、どうか……っ!」
そういう問題じゃない。
「まず、エマは司教様でそこらの貴族様方とも並ぶ立場なわけだ。よって庶民の俺は目下。俺がエマに仕えることはあっても、その逆はありえない」
「しかし、それでは……妾はギルバート様のお命をお借りしているのです! お預けくださっている分、妾はギルバート様のために身を尽くさなくては……!」
エマが死んだら俺も死んでやると言った。
確かに、俺の命をエマに預けたようなものだろう。それだけの期待に応えなくてはならないと思うのも、エマにしてみれば自然なのかもしれない。
だが、俺は呪いをかけたんだ。
恩を押し付けた覚えはない。
「……そう、ですか……ギルバート様にお仕えすることは、できないのですね……では、ええっと、その、妾を管理していただけませんか!」
「なんて?」
「妾の管理を、お願いしたいのです!」
……なんて?
「ギルバート様は、妾に、そのお命を、預けていらっしゃいます。妾が危険なことをしては、ギルバート様がお困りになるかと思います」
「まあ、エマの頓死が俺の死因になったらちょっと笑えないしな」
苦笑しつつ本気のトーンでエマに圧をかける。
実際に後を追うかは分からないが、少なくともエマの前では、どんな死因でも後を追うと言っておかなくてはならない。
俺はエマが
今回の神族化騒動はエマにとって「都合よく自分に向いた一つ目の刃」に過ぎない。
これから二つ目、三つ目に出会った時、「この死に方だったら後を追われないかもしれない」とエマが思うようなことは避けたい。
だから、エマの死は無条件に俺の死と結びつかなくてはならない。
だからこそ、この提案か。
「妾のすべての行動は、ギルバート様がご判断すべきことです。……妾はきっと、ギルバート様の新たな手足となります。どうかお仕えさせてください!」
「何故か結論がさっきの提案に帰着したな」
「お仕えしたいのです……っ!」
どうしても身を尽くしたいらしい。
「本音は?」
「義務や責任はともかく、ギルバート様の旅路にご一緒できたらいいな、と……はっ!? ちっ、違います! この口が勝手に本心を……っ!」
「ちゃんと本心なのか」
「……はい、本心です。このままではギルバート様と別れて、一歩先に東方戦線へと向かわなくてはなりませんから」
ファトゥスは冷笑の神族、キサラは『嫌悪』の聖女であり、大司教様から指示を下されている。
よってファトゥスのお気に入りである俺たち涙残月輝とキサラ直属の部下であるギルベリタやスクリータは特別な行軍日程を取る。
そしてエマは、ハイミシアと同様、終章教会の戦力として俺たちとは別行動になるはずだ。
つまりもうすぐお別れということで。
それが、従者になれば変わるだろう、と。
「意外と行動力あるなぁ」
思わず呟きが漏れる。
エマは耳まで赤かったのをより一層深めて、わたわたと弁解を始める。
「も、勿論、ギルバート様が妾にかけてくださった思いの分だけ、お返ししたいと思っているのも、本当です! ただ、その……あの、だ、抱きしめてくださっていた時の感覚が、忘れられず……!」
エマの顔が真っ赤に染め上がる。
馬車の陰から見つめているハイミシアに向けてサムズアップすれば、同じものが返ってきた。
かわいいなぁ。
「お役に立ちますから、妾をおそばに置いてください。お願いします……っ!」
頬をかく。
別に、エマを疎んでいるわけではない。
好意は嬉しいと思ったし、かわいいし、ちょっと目を離していられない不安定さがあるし。
「従者とか、手足とか。そういうのじゃない道を考えないか? ほら、位の高い聖職者が仕えるべきはメア様ただ一人だからさ」
「しかし、それ以外でギルバート様についていくことが許される理由など……恋仲、くらいでしょうか……」
「あ、ごめん。それは無理」
「――ひゅっ」
エマを恋人扱いする場合、暴走するであろうキサラとギルベリタを抑えられる自信がない。
あの二人は絶対に怒りを剥き出しにする。
エマの精神衛生的に良くない。
「妾よ、妾よ……思い上がっては、ダメです……ギルバート様がどれだけ優しくとも、それは妾個人に向けられた特別なものではないのですから……」
間違ってはないな。
ちょっと救われたくらいで感情の矢印を向けてくるヤツが多すぎる。
ただ、目の前でそう言われると否定せざるを得ない雰囲気になるからやめてほしい。
静かに受け止めてくれ。
「神族化を引き合いに出すのはどうだ? リスクへの対処として同行を申し出るなら方便の範囲内だろう」
「それは、しかし……ギルバート様から離れるとすれば、ハイミシア様がついてくれますから。妾は、ハイミシア様を役者不足だとするような言い分は、嘘だとしても……」
視線が揺れる。
俺の従者でいたい、という主張は俺へのプラスだ。
そして、ハイミシアのそばでは神族化を抑えられない、というのはハイミシアへのマイナスである、ということか。
「あの方は、確かに性的発言で秩序を乱し、ご自分の信念に嘘が吐けず、協調性というものを著しく欠いていらっしゃいます」
向こうの馬車で、誰かが頭を打ちつけたような気がした。
「その、準備なしに付き合うというのは、少し、遠慮したい所、ですけど……それでも、妾は、そのようなハイミシア様を尊敬しています。あの方を軽んじるようなことは、方便であっても……嫌、です……」
俺の方についていきたい一方で、ハイミシアへのマイナスを理由にはしたくない、と。
だから俺についていかなくてはならない理由となる従者のステータスを求めているわけだ。
「それだけ考えてるなら分かった。他のアイデアが浮かばないようだったらそういうことにしてくれていい。ただ、俺が教会から睨まれないようにしてほしい」
「は、はい、勿論です……! ありがとうございます……っ!」
こくこくと激しく頷いて、エマは心から安堵したような笑みを浮かべる。
その様子を見る限り、九分九厘教会に従者となった報告をするつもりで動くだろう。
司教を従えている一介の魔法使い、か。
冒険者としての活動に支障が出ないことを願っておくとしよう。
浮ついた足取りで去っていくエマを見送って。
そして、また篝火に視線を落とした。
アイツはまだ帰ってこないのか。
そろそろティアがやけに遅いと不審がる頃合いだし、今日の所はこのあたりで帰るべきだろうか。
「なーんて考えてるのかなぁ、ギルくんは」
気色悪い思考のトレースだ。
それができる人間を、俺は一人しか知らない。
「まずは『お待たせ』を言うべきじゃないか?」
諸悪の根源。
俺を弄ぶだけでは飽き足らず、エマの神性に干渉し、『不信』のタガを外した黒幕。
俺は肩を回しつつその声のする方を振り向いた。
顔を見た瞬間に殴り飛ばしてやる予定だった。
「……お前、何してたんだ」
「全部理解して、把握して、その上で運命を覆したと思った? 残念、それはファトゥスちゃんが用意した予定通りのハッピーエンドだよ! あははははっ!」
笑い声と共に体を揺らせば、鮮紅色の液体が飛び散る。
歪に折れ曲がり、幾つか関節が増えた左腕。
見るからに潰れた右。
裂かれて露出した口に、ピンク色の歯茎がグロテスクに覗いている。
「ファトゥスちゃんは愚かで愛おしいみんなの味方。あんなにかわいいエマちゃんを殺したがるなんてありえない! そんな黒幕がいたら――『顔を見た瞬間に殴り飛ばしてやる』ってね!」
人の思考から引用するな。
「御託はいい。いったい誰がお前を追い詰めたんだ。……恐らくはそいつがエマの神性に細工した黒幕なんだろう?」
「ギルくんはさすがに理解が早いねぇ。今の今までなーんにも分かってなかったとは思えないくらい!」
相変わらず一言余計だ。
別にいつでもぶん殴ってやるからな。
その酷い怪我から解放してやる。
「わお、敵意マシマシだね。ファトゥスちゃんこわ〜い。……あっ、ギルくん帰らないで!? 結構大事な話だから、これからのストーリーに大きく関わってくることだからぁ!」
まあ、その傷からしてただごとではないだろうな。
仕方ない。聞いてやるか。
「『混沌』って、聖都で話したのは覚えてるよね?」
「魔物の話だろう? 人間の創造神であるメア様の司る『情動』が八つに分類されるように、魔物の創造神メリス様が司る『破壊』の八分類の一つ」
「言うなれば『秩序の破壊』。魔物に他の生物を模倣させ、身体のみならず知能さえ獲得させた適性。ファトゥスちゃんがさっきまで戦ってたのは、その――『混沌』の神族」
思わず顔を顰める。
聖都を発って、中央領を出て、現在は東方領の中心あたり。
つまりは人間種領の内部だ。
そこで突然『混沌』の神族が現れるというのは受け入れ難い。
それが五百年前の大侵攻による影響であるとすれば、今まで確認されていないことも頷けるが、それにしても。
「勿論、そこらの魔物みたいに発生したわけじゃないよ? アレは……エマちゃんの世話役を務めてたヘレナちゃんの姿を模倣して人間社会に溶け込んでたみたい」
「……それ、は、つまり。俺が話していた時から、既に?」
「うんうん。ギルくんが聖都で初めて出会った時からずっと、ヘレナちゃんは偽物だよ?」
ぞっとして鳥肌が立つ。
魔物の神族がどのような存在であるかは分からない。だが、少なくとも、実害がある。
そいつがエマの神性に細工したことが本当なら、間違いなく悪辣で敵意を持った存在だ。
それだけじゃない。
ファトゥス相手にここまで傷つけられる戦闘能力を単独で持っているのは相当な脅威だ。
これからの話とか言っていたあたり、そいつはまだ生きているのだろうしな。
「そいつには、模倣能力以外に何か厄介な能力があるのか? 『破壊』の魔法とか、そういうものとか?」
「ううん、ないよぉ?」
随分と捩くれて、骨が皮膚の所々から突き出ている左腕をぷらぷらと振って否定する。
見ているだけでも痛々しい。
「模倣能力は相手を完全にコピーしちゃうみたいでさ。ヘレナちゃんの時は全然苦戦しなかったんだけど……」
ファトゥスの視線が向こうに逸らされる。
「薄々分かってたけど、司教様――ハイミシアってあんなに強かったんだねぇ。さすがのファトゥスちゃんでも一方的に嬲り殺され続けるのはもう御免かなぁ」
えっ、あの人そんなに強いの?
「ギルくん知らないの? あの子、魔法使うより殴った方が強いよぉ? 祝福の魔法を使えないと土俵にすら立てないくらいさ」
「マジかよ。いや、えぇ……?」
戦略に組み込めるほどの魔法を扱えると言うのに、それより肉弾戦が得意なのか。
人間性以外は本当にエリートらしい。
「ねえ、ギルくん。ちょっと甘えてもいい?」
「……何が?」
「ファトゥスちゃんは神族様だけど、人間には変わりないんだよ。だからちょっとだけ……疲れちゃってさ」
どちゃっ、と水音混じりにファトゥスが倒れ込む。
地面に腰を下ろしている俺の方にゴロンと寝転がってくる。
膝の上に頭を乗せようとするファトゥスは俺でも払いのけられそうな程度に軽く、弱々しかった。
「ファトゥス」
「んー?」
「聞かせてくれ。『混沌』の神族と何があったのか、詳しい話を」
「……あはっ、感心感心! ギルくんはもう巻き込んでくつもりだからさ、頑張って情報集めて、精一杯の力尽くして、出来上がった馬鹿みたいな景色をもっとファトゥスちゃんにお披露目してね?」
メアが人間味のあふれる神であるように、神族もまた同じだ。一つの感情が突出しているだけで、それ以外は他の人間と変わらない。
たとえば憎悪を振り撒く『嫌悪』の神族も、人を愛し、信じることさえできる。
ファトゥスは思っていたより強い存在ではないのかもしれない。
人の弱点を見抜き、優位を取りたがる『冷笑』の神族だからこそ隠れていた人間性。
疲労からか、話半ばで死んだように眠り始めたファトゥスの頭を、そっと撫でた。
「ってギルくんがデレてくれたんだよねー。羨ましい? ねえねえティアちゃん、羨ましい? ――ひでぶっ!」
ハイミシアは人気なのか、それともファトゥス的な選ばれ方をしているのか。
人気投票のつもりで置いてるけど第一回が特殊過ぎて素直にフィードバックできない不具合が発生中です。
三人目の相手は誰?
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ティア(イーティア・セルペンス)
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ルナ(リリルナ)
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ハイミシア・エンライト
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ギルベリタ
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スクリータ
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キサラ・デミット
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エマ