逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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抜きます。息を。
 


56 男の敵には違いない

 

 『混沌』の神族。

 ヘレナの姿に化けて成り変わり、エマがそいつの思惑通りに神族化してからは、離れた場所で様子を見ていたらしい。

 

 狙いは司教を爆破――ただし神性的な意味で――することで引き起こされる人間社会の『混沌』だろう。

 それを愉悦するでもなく、生み出さずにはいられない。それが『混沌』の神族であり、魔物の神族というものなのだろう。

 

 目立った能力は模倣のみ。

 基本的な戦闘能力は模倣した者に準拠し、ハイミシアを模倣することでファトゥスにさえ圧勝した、と。

 

 うーん。

 

 ファトゥスは本来、犠牲となるだろうエマについては俺たちをけしかけて対処させ、その間に『混沌』の神族を叩く予定だったらしい。

 ただハイミシアの身体スペックがすべてを狂わせた、と。

 

 うーん、なるほど。

 

 ゴトゴトと揺れる馬車の中、今回得られた情報を目の前の人物と照らし合わせて咀嚼する。

 

「……その、ギルバート? 何か用件があるならお聞きいたしますよ?」

「気にしないでください」

「しかし、その、慣れていないもので、本当に困ってしまいます」

 

 本当にこの人がファトゥスさえ圧倒する力を持っているのか?

 

「ギーくん、どうかしたの?」

「何でもない」

「それならボクとお話しようよ!」

「あとでな」

 

 左からグイグイ迫ってくるスクリータを押しやって、司教様の立ち居振る舞いを観察する。

 背筋をピンと伸ばした良い姿勢を保っていることしか分からないな。背中痛くならないのか、それ。

 

「ギーくん、ギーくん。……ねえ、ギルベリタ。ボク最近ずっとギーくんに構ってもらえてないの」

「へえ、そう。興味ない」

「むぅ。キサラちゃん、どう思う?」

「ハイミシアは、ずるい」

 

 キサラやギルベリタが俺と並んでハイミシアを見つめ始めた。

 

「うぅ、視線が痛いです。まさかギルバートのえっちな部分についてエマと語ったことがバレているのでしょうか……」

 

 スクリータに気を取られた一瞬の隙に、聞き捨てならない科白が聞こえたような。

 

「妹の立場から言わせてもらうけど、お兄ちゃん。悪い女に引っかかるのはおすすめしないなぁ」

「別に司教様が好きで見てるわけじゃない」

「――ごふっ」

「エマが神族化するって時、命を捨てて心中しようとしていた人だ。自分勝手にもほどがある」

「それは、うぅ、申し訳ありません……」

「身勝手、強欲。ギルの視線、独り占めは許されない」

 

 はいはい、キサラは包帯を解こうとするのをやめような。

 エマ戦で木々さえ握り潰した『嫌悪の魔法』をハイミシアに向ければ大惨事だからな。

 

「ねえお兄ちゃん、自己肯定感低いメンヘラって付き合うと苦労するよ? 地位もあってないようなものだし、司教様はやめとこうよ。私にしない?」

「ギーくん、ボクも出世したよ! 全部ギーくんとの結婚生活に備えて貯めてるの!」

 

 二人はキサラ直属の終章教会管轄下兵士。平たく言えば騎士と呼ばれる階級だ。給金はかなりのものだろう。

 経済面がパートナー選びに重要だとか、そういうことを言うつもりはない。ただし、それだけ稼ぐことができるということは、それだけ社会的に優れていると言える。

 

「わたし、なら、お金には、困らせない。魔法研究も、手伝う」

 

 有り余るデメリットを抱えたメンヘラ聖女が言う。

 

「普段お金なんて使わないし、僕の蓄えもそれなりにあるんだよ? あの薄い繋がりしか持たない女とは違って、安心できる居場所になるよ」

 

 対抗するように、またもや有り余るデメリットを抱えたサイコパスリーダーが言う。

 

「リア、やめなさい。やめてちょうだい。これ以上あたしの胃を虐めないで」

「……ティアが一番いいな」

「えっ」

 

 経済面で言えば、ティアが一番だろうか。

 感覚的に合う所も多そうだし。

 

「ギルさんギルさん、アピールできる所はありませんが、私も精一杯頑張りますよ」

「そのままでいてくれ」

「はい!」

 

 聖都組から熱烈な視線を浴びている顔真っ赤のティアから目を背けつつ、さりげなく主張していた右のルナの頭を撫でる。

 ルナはかわいいなあ。

 

「……ちなみにファトゥスちゃんは?」

「論外」

「デスヨネー」

 

 

 行軍には補給が必要だ。

 比較的少ない千人単位の移動であっても、補給を欠けば――当たり前のことながら――たちまち兵士たちは飢えてしまう。

 村々から略奪するわけにもいかないため、大抵の場合御用商人を抱え、食糧の管理を簡単にすることがほとんどだ。

 

 売り上げとは別に軍から給金が出るため、御用商人は大抵の品物を格安で売ってくれる。

 よって懐がどれだけ寂しかろうとも不味い粥で腹を満たすことくらいはできる。格安食糧品の中でも更に安価なものを選んでいけばとんでもない節約にはなるだろう。

 が、やはりそれではもったいない。

 

 普通に美味しいものを格安で買ってこそのお得感。

 そして普通に美味しいものを更に一手間かけてグレードアップさせてこそ、原価の安さが映えるのであろう。

 

「というわけで、色々買いに来たんだよ」

「そ、そうだったんですか……」

 

 遠慮がちに両手を胸の前で組んだ小柄な司教。

 エマはどこか緊張している様子だった。相変わらずだな。

 

 行軍の休憩中、露店のように装われた商人の馬車を見て回っていると、見覚えのあるよれたフードがぴょこぴょこと動いていたので声を掛けた。

 ちなみに俺と同行しているのは、食糧管理を含めパーティーの雑務をすべて引き受けているセルウィタだったが、いつのまにか姿を消していた。持ち前の方向音痴を発揮して迷子になったのだろうか。

 

「そういえば、まだ隠してるのか」

「へっ? えっと、あ、『不信』のこと、ですか?」

「いいや、その目隠しだよ」

 

 エマの目隠しは、ホルトゥスの包帯効果で神性の暴走を留める他にも、視覚的な刺激を制限して『不信』の感情を抑える効果があったらしい。

 今はもう『不信』がそもそも少ないから必要ないと思っていたんだが。

 

「こ、これは落ち着くので、あと、生地が薄くて、ちょっとは見えますから」

「そうなのか」

「ひょわっ!?」

 

 覗き込んでみる。

 神族化の際に見た藍色の瞳を探す。

 

「ちか、近くて、妾の心臓が、破裂して……!」

 

 目を逸らされたら布の向こうを透かそうにも透かせないんだけどな。

 まあ、卒倒されても怖いし、このあたりでやめておくか。

 

「ちょっとしか見えないなら、俺と一緒に回らないか? 俺もはぐれてさ、視線が結構痛いんだよ」

 

 大抵の場所に誰かを伴って出かけるのが日常であり、今日はそれがセルウィタになる予定だった。そうでないとナンパや、ナンパほどではなくとも厄介な手合いが多い。

 軍人はそうそう男と関わる機会を持つことができないこともあってか、周りの兵士たちからそれなりに視線を集めていることだし。

 

「それでは、無礼者を排せばよいのですね?」

「うん?」

「ギルバート様に、す、少しでも恩を返すことができるのならば、そのような不埒者、塵も残しません」

 

 だから俺のアレは恩じゃないって。

 エマに生きてほしいってだけのエゴで勝手に助けたんだ。

 

「それでは治安維持のためです。ギルバート様に不躾な視線を送るなど、許されません」

「いや、もう慣れてるからいいよ」

「しかしっ! それでは、たとえば妾がギルバート様を、その、えっちな目で見ていても許せるのですか……!?」

 

 それとこれとは話が別な気もするけど。

 

「もし許せなかったら俺は既にハイミシアとの縁を切ってるはずだ」

「あっ。……なるほど。確かに……」

「だからそう気にしないで、守ってくれるだけでいい」

「わ、分かりました。僭越ながら、妾がエスコートいたします」

 

 それでよし。

 

「それじゃ、あの馬車から見ていこうぜ」

「ひゃっ、お、お手を、どうして……?」

「ちょっとしか見えないんじゃないのか?」

「それは、そう、ですけど」

 

 それなら離そうか。

 力を抜いた瞬間、向こうから捕まえられた。

 

「いえ、その、お、お願いします!」

 

 そこまで気合を入れる必要はないけどな。

 

 そんなこんなで、司教の威を四方八方に飛ばそうと頑張っているエマを連れて、幾つかの馬車を巡った。

 結局買ったのは比較的安価な発酵食品と激安の果菜類だ。傷み始めているからとにかく売っ払ってしまいたいのだと店主の女性が言っていた。

 

 背嚢に詰め込みきれなかった分の荷物を両手に抱えながら馬車に戻る。

 一緒に食事を摂りたいと言ってくれたので、エマも横にいる。もしかすると、俺だけでは抱えきれない残りの食材を運ぶという意味で気を利かせてくれたのかもしれない。

 

 それにしても随分と後方まで足を運んでしまったものだ。

 もう暫く歩かなければいけない。

 

「エマ、退屈凌ぎだ。話をしよう」

「話ですか?」

「たとえば適性の話とか。エマは司教だから、適性が三つ以上あるんだろう? 『不信』だから『嫌悪』『驚愕』、あとの一つは?」

「『悲哀』、です。あまり使い慣れた感情ではなくて、妾が戦役で使ったものは『不信』や『嫌悪』ばかりなのですが」

 

 なるほど、『悲哀』か。

 エマが持っている残り一つの適性は、『安心』『悲哀』『憤怒』『恐怖』の四択だった。応用を考えないのであれば最も戦向きの基本感情だな。

 

「しかし、あれだけのことがあったので、既に変わっているかもしれません」

 

 適性は時と共に移り変わるものだ。

 たしか理屈上は感情に対する神性の反応性を示すものだったか。

 反応性が低く、鈍感な感情であっても、一度強烈に揺れ動くことでそれをきっかけに錆が落ちる。大抵のからくりは、回り始めてから錆びついて動かなくなるまで相当の時間がかかる。神性もそうだ。

 『恐怖』あたりを新たに獲得していればエマは聖女になるだろう。まあそこまで都合のいいことはそうそう起こらないにしても、適性が移っている程度ならよくあることだ。

 

「いや、聖女エマか。いいんじゃないか?」

「そのようなこと、畏れ多いです」

「キサラよりは向いてるし」

「そ、そんな……妾などが、他の聖女様方に並ぶなど……」

 

 伏せた目がこちらをちらりと見る。

 

「もし、妾がそうなったなら、お付きの方は、その、ギ、えっと、ど、どのように選べばいいのでしょう」

「さあ? あとでキサラに聞いてみよう」

「いえ、ごめんなさい、何でもありません」

 

 何が言いたかったのか。

 もしかして――従者になってくれないか、という含意だったのだろうか。

 それなら自制してくれてよかった。

 俺から断るのは心苦しいし。

 

「あ、そういえば、お話ししていなかったことが。その、教会の方から許可が降りました」

「許可って?」

「妾がギルバート様に、その……お仕え申し上げる、許可です」

「降りちゃったのか」

「はい。そ、その、嫌でしたら仰ってください」

「嫌じゃないけどさ。ほんの二ヶ月前まで一介の二級冒険者だったんだ。権力には慣れてない」

 

 一番身近な権力者はハイミシアだが、あの人はただのセクハラお姉さんだからな。

 立場を振りかざしてセクハラすることもないし。

 

「妾もハイミシア様からそのような雰囲気を感じたことはありません。人徳の為す所でしょうか」

「……まあ、諸説あり、かな」

 

 男の敵には違いないし。

 そんなことを話していると、ちょうど向こうからハイミシアが歩いてきた。どうやら俺たちを探していたらしい。こちらにまっすぐ向かってくる。

 

「重いでしょう、ギルバート。手伝いますよ」

「それなら自分の荷物でもないものを運んでいるエマの方を手伝ってやってください」

「……分かりました。エマ、こちらに」

「い、いえ。妾などより、ギルバート様を」

「それより先にあなたは司教でしょう」

「ギルバート様の従者でもありますし、それに、ハイミシア様も司教ではありませんか」

「ふむ。ギルバートよ、少し待っていてください」

 

 ハイミシアはエマを連れて木陰に行き、何やら小声で話を始めた。

 

「率直に申し上げましょう、エマ。私は苦境に立たされているのです。ギルバートの好感度を少しでも高めなくてはならないのです」

「な、何があったのですか……?」

「あなたの神族化に便乗して自殺を図ってしまった件について、未だ許しを得られておらず……」

「妾もそれを許した覚えはありませんよ」

「ここは一つ、私を助けると思って、その荷物を預けていただけませんか」

「妾もそれを許した覚えはありませんよ」

「……エマ、愛しいエマ。どうか今だけは,私の過ちを忘れてください。後生ですから」

「しかし、妾は、ギルバート様の従者です」

「お願いです、エマ。ギルバートと限りなく淫らな行為をいたすためには、少しでも早く関係を修復せねばならないのです!」

「妾は、妾は……」

 

 ハイミシア、大きな声は聞こえてるからな。

 全然こっちまで響いてるからな。

 

「妾はギルバート様のお隣を、取られたくありません……でも、ハイミシア様が、そう仰るのなら……」

「うっ」

「お二人には仲良くしていただきたいのです。た、ただ、きゅうっと心が苦しくなって、ああ、妾は、こんなにも卑しい……!」

「安心しなさい、エマ。卑しいのは間違いなく私です。私がすべて悪いのです。目が覚めましたよ」

「は、ハイミシア様の、ためなら……っ!」

「エマ、もうよいのです。私が間違っていました。だから、もうこれ以上私の良心を虐めないでいただけませんか」

 

 あっ、兵士さん方、どうも。

 何してるって、今は……あれ、何の時間だ?

 

「ほら、戻りましょう、大丈夫です。私はエマに諦めて欲しいわけではありません」

「うぅ、ハイミシア様、ギルバート様……!」

 

 いやあ、どうしたものか。

 鼻息荒い兵士三人程度なら魔法で心をへし折ってもいいのか、それとも問題になるのか。

 

「――何をしているのですか?」

 

 おお、ちょうどよかった。

 皆殺しの司教として畏れられているハイミシアが睨めば、それだけで十分撃退できるはずだ。

 と、そう思っていたのは俺だけだったらしい。

 

喰らい潰せ(time)

憂愁のせせらぎ(fluctus melancholius)

 

 一瞬で表情が引き攣った兵士たちを、ハイミシアからは『恐怖の魔法』が、エマからは『憂患の魔法』が襲う。兵士三人は神性を削り取られた上で負の感情――ここでは恐れや後悔――を増長させられて倒れ込み、痙攣している。

 最後までセリフすらないとは。南無。

 かなりのオーバーキルだったが、まあ、行軍中にナンパするようではそうなっても仕方ないだろう。

 

「助かりました」

「ええ、当然です。あのままではギルバートがもみくちゃぬぷぬぷにされてしまう所でしたね」

「気色悪いです」

「ふふふ、ありがとうございます」

 

 雑に貶せばハイミシアは雑に喜んでいる。

 そういう所が気色悪いんだぞ。

 

「エマ、助かったよ」

「お役に立てたなら、よかったです。……ギルバート様をもみくちゃぬぷぬぷにさせるわけには、いきません」

「その擬音流行ってんの?」

 

 だとしたら俺は世を嘆くぞ。

 戸惑う俺を見てようやく自分のズレ具合を悟ったらしく、一頻り頬を薄赤く染めたのち、ハイミシアをちらりと見て、がっくり肩を落とした。

 

 そんなこんなで馬車まで辿り着く。

 先に帰ってきていたらしい手ぶらのセルウィタに荷物を任せ、東の彼方を望んだ。

 このあたりの森は高低差もなく、ただ広大に根を張っている。

 たしか、ここから北に行くとファトゥス発見地点のあたりになるのだったか。

 

 少し遠く、向こうに煙が上っているのを確認。

 俺たちの拠点である街がすぐそこにまで迫っていた。

 

 隣で同じように空を眺めていたハイミシアが、ぽつりと俺の名前を呼ぶ。

 

「何ですか、ハイミシア様」

「あとで話があります。街に着き次第、教会まで来るように」

「エマのことですか」

 

 ハイミシアは答えず、ただ。

 

「お願いがあるのです」

 

 弱く小さな声だった。

 そうですか、と答えておく。

 

 横に立つハイミシアは、同じ景色の中にいったい何を見出したのだろうか。

 俺は第二の故郷とすら呼べる街のことを。

 ハイミシアは、更にその向こう、戦線の気配を感じとっているのかもしれない。

 

「もみくちゃぬぷぬぷ……」

 

 今感傷に浸ってるんで邪魔しないでくださいね。

 

三人目の相手は誰?

  • ティア(イーティア・セルペンス)
  • ルナ(リリルナ)
  • ハイミシア・エンライト
  • ギルベリタ
  • スクリータ
  • キサラ・デミット
  • エマ
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