逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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57 向こう一日死んだもの

 

 久方ぶりの拠点都市。東方領で五番目くらいの規模を誇る我らがホームタウンは相変わらず中途半端な活気で満ち満ちていた。

 終章軍との同行はこれで終わり。

 周りが点呼をとっている中、俺たちは一足先にギルドへと向かう。

 

「へえ、結構ちゃんとしてるんだね」

「ここがギーくんの職場……」

 

 俺を迎えにこの街を訪れたもののギルドには入らなかったギルベリタと、純粋に好奇心で周りを見回すスクリータ。

 都会から来たくせにおのぼりさんみたいだ。

 

 ちなみに無関係な同行人は二人だけで、影響力がありすぎるキサラは教会に、終章軍と同じ行軍日程のハイミシアは点呼が終わるのを待機中だろう。

 セルウィタは先に拠点で掃除やらを進めているはずだ。

 

「ど、どうされたのですか、ギルバート様。妾の顔に、何か付いているのですか……?」

 

 エマは俺の従者になったため、もう身内扱いだ。

 何でもないと返して背をぽんぽん叩いてやると、不思議そうな顔で俺を見上げた。

 

 あとファトゥスなら、馬車から降りた途端に「共同生活に疲れたファトゥスちゃんはちょっと一人になりたいなあ、なんて」と言っていたから、どこかで空でも眺めていることだろう。

 その後の「ギルくんとだったらたとえ藪の中でも路地裏でも夜のベッドの上にでもついていくんだけどね!」という発言は聞かなかったことにしておく。

 

「やあ、サラさん。ご無沙汰してます」

「お久しぶりですね、ヴァレリアさん。おかえりなさいませ。長旅のようでしたが、お怪我などはございませんか?」

 

 ひょい、とギルドのお姉さんが身を乗り出してこちらの様子を窺う。

 彼女は俺たちの昇級試験を担当してくれていた職員だが、実の所加入当初からも色々と助言をもらっているそれなりの友人だ。

 男を擁するパーティーということでかなりサポートをくれていたし、信頼している。

 まあ信用できる一番の理由は彼女が既婚者だからという点に帰着するのだろうが。

 

 心配する彼女にルナがひらひらと手を振って返せば、安心したように胸を撫で下ろしていた。

 

「こっちには通信来てる?」

「はい、教皇様と聖女様のご依頼、ですね。皆様にはこの街で他の参加者様と合流を終えてから東方戦線へと向かっていただきます」

「具体的にどのくらいかかるかな」

「天候に多少左右されるでしょうが、七日程度かと」

「へえ、分かった。それなら問題なさそうかな」

 

 リアが振り返り、ティアへと伺いを立てる。

 

「仕方ないわね。サラ、適当な討伐案件はあるかしら。リアが満足できるようなものがいいのだけど」

「……そういった依頼は、もうありませんね」

「もう、っていうのは?」

「参加者様の片方は既に到着なさっていて、その方が高等級案件のほとんどをこなしてしまったので」

「ふうん、そっか。そうなんだ」

 

 そう言えばリアは聖都を出てからまともに冒険をしていない。

 血湧き肉躍る命のやりとりはギルベリタやスクリータと交わしたくらいだろう。

 

 エマ戦での怪我はつい最近になって完治している。

 実はギルドに着いてからずっと剣に触れてカチャカチャ言わせてたし、かなり限界だな。禁断症状一歩手前だ。

 それが魔物に向けられないとなれば、つまり。

 

「ティア、ルナ。いい機会だし、新しい拠点で特訓しようよ」

「サラさん! 本当に依頼は何もないんですか!?」

「隠してるなら早く出しなさい、あたしたちが死ぬわよ」

「頑張ってください」

 

 望みは絶たれた。

 微笑むリアに捕まって硬直したティアを置き去りに、ルナが俺の後ろに隠れる。

 

「ギルさん、リアさんを止めてください!」

「無理だ。エマに頼んでくれ」

「妾ですか!?」

「司教の権力で何とかなりませんか!」

「その、あの、そういったことは、少し……」

「ティアさんはもう手遅れだとしても、私を助けてください!」

「あ、良かったらエマ様も僕たちと一緒にどうですか?」

「ひぅっ!?」

 

 小柄な二人がわちゃわちゃしている。

 俺はハイミシアとの約束があるし、四人で楽しんでくれ。

 

「ギ、ギルバート様はご参加なさらないのですか」

 

 エマの言葉にリアが苦笑いを浮かべる。

 

「ほとんど完成された魔法使いだから、全部距離次第になっちゃうんだよね。それと……」

「ギルさんと戦いたくありません!」

 

 男は基本的に保護されるものであり、俺はその例外と言えど、身体機能が遥かに劣っていることは変わらない。

 その認識に別段不満はないが、三人の訓練に参加できないことに、少し寂しく思う自分がいる。

 

「俺も女だったらなあ」

「……仲間外れは、嫌ですよね」

 

 そんなことを言いながらルナがしれっと身を寄せてきた。

 感傷的になったからか、それとも。

 表情がどこか熱っぽい。

 

「一緒にお風呂とか入ります?」

 

 発情してんじゃねえ。

 相変わらずデリカシーの欠片もないアプローチに、ティアは血管を浮き上がらせ、俺から引きはがした。

 

「何か弁明はあるかしら」

「こういうのは踏み込む勇気が大事なんです。勇を失った者に勝利はありません。永遠の負けヒロインである金髪ツンデレお嬢様は黙っててください」

「リア」

「ルナは訓練に参加する勇気があるみたいで嬉しいよ」

「……あの、今言ったことは全部嘘です」

「まかり通るはずがないでしょう」

 

 ひょい、とルナの矮躯がリアに抱えあげられた。

 

「い~や~で~す~! エマさん助けてください!」

「行くよ、ティア、エマ様」

「えっ、えっ!?」

 

 当然のように同行が決定していることに驚き、エマは俺とリアを交互に見る。そんなに高速で動かしてたら頭取れちゃうんじゃないのか。

 とりあえずゴーサイン出しとこ。

 

「く、訓練ですか……」

 

 多少怯みつつ、エマは二人の背を追い、待合室から出て行った。

 ティアは遅れながらそれに続こうとするが――。

 

「セルウィタとの話は決着したのか」

 

 蹈鞴を踏み、その場に留まった。

 エマの神族化を鎮めたあの日のことだ。

 

 セルウィタは普段の余裕ありげな雰囲気を失い、自分のペースで話せていなかった。貴族としての責務を放棄したティアを攻撃し、『後ほど、お話ししたいことがございます』と言っていた。

 それから何度か二人になるタイミングがあったはずだ。

 まさか話していないわけはないだろう。

 

「安心しなさい。たとえ何が起ころうと、あなたたち三人には手出しさせないわ」

 

 その顔はひどく暗かった。

 冷たい中に覚悟が見えたような気がして、邪推せずにはいられない。

 

「ティア、お前はどうなる」

「そう深読みしなくたって、あたしは物事を手前勝手に放り出すようなことはしないわよ」

「整理がついたら離れていくのか」

「屁理屈ね」

 

 もはや構わず歩き出した彼女の手首を掴んだ。

 

 勝手にいなくなるなよ、と言いたかった。

 どこか思い詰めているようだから。

 

「一人だけで処理するつもりか?」

「……少なくとも、ギル、あなたを巻き込むことだけはできないわ。絶対に」

「そりゃなんでだよ」

 

 ティアは俺の手を振り払い、苦々しい顔で言う。

 

「あたしの実家であるセルペンス家はあなたが思っている以上に何でもするのよ。だからあたしは家を出たの。家族の幸せすら満足に考えられないのに、他人のあなたが容赦されるはずもないわ」

 

 やっぱりセルウィタの話はそのレベルで大きな話だったのか。

 

「リアには言ったのか」

「言えるはずないでしょう。もし仮に言ったなら、すぐさまセルウィタを殺してこの街から逃げ出すはずよ」

「それはそうだな。悪い、変なこと言った」

 

 あのサイコに相談するのは無理だ。

 

「しばらくはあたしが対処するから、手出し無用でお願い。あなたたちを失いたくない、それだけは信じてくれるでしょう?」

「分かってるよ。だから不安なんだ」

「あたしとセルウィタを信じなさい。あたしから言えることはそれだけよ」

 

 ティアが去っていく。

 いつもなら輝いている金糸の髪がくすんで見えたのは、俺がそう見ようとしてしまったからなのだろうか。

 

 いつのまにか自由にお宝探しを始めていたギルベリタとスクリータを拾ってギルドを後にした。聖女直轄兵の肩書を悪用するのはやめような?

 

 

 どうやら今日はちょうど常日(じょうじつ)の真ん中だったらしい。

 夜になれば変わらない日々に感謝を歌うイベントがあり、その祝祭は宵深くまで続く。

 祭日までの折り返し、活気があるように見えるのも当然だ。

 

 月が昇ってから祭りが始まるため、日中は準備の色が濃い。

 特設の舞台やらが建てられているのを眺めながら歩く。

 

「ねえ、ギーくん、ギルベリタ。夜になったら一緒に巡ろうよ」

「三人で? 私はお兄ちゃんと二人きりがいいんだけど」

「ボクは三人がいい。聖都にいた頃みたいに、また、過ごせたらいいなって思うの」

「ギルベリタ」

「さすがにこれで我儘言うほどスクリータのこと嫌いじゃないから。この面子が特別っていうのも、スクリータだけじゃないし」

 

 訓練に行った中で夜も動けるのはリアくらいだろう。

 ティアやルナ、エマは向こう一日死んだものとして扱う。

 だから、他に付き合わなければいけない用事が出てくることもない。

 三人で回ることにしよう。

 

「えへへ、ボクすっごく嬉しい。ありがとう、ギーくん、ギルベリタ!」

「ちょっとあざといな」

「やっぱりイライラしてきたかも」

「……素直にかわいいって言ってくれればいいのに」

 

 あ、ギルベリタが殴った。

 

「なんで!?」

「ごめん、メスの匂いがしたから、つい」

 

 昔からギルベリタは俺に近付いてくる不審者を撃退するのが日常だったわけだし、もう反射行動になりつつあるのかもしれない。

 その警戒を潜り抜けるほど純真無垢だったスクリータも、今では殴られる側なのか。

 

 感慨深い。

 

「スクリータにならお兄ちゃんあげてもいいかなって最近思い始めてるのが怖いんだよね。バカだし視野狭いし甲斐性も将来性もないけど」

「ほんと? これで改めて家族公認の仲だね、ギーくん」

「まだ公認が必要な仲にはなってないけどな」

 

 赤らんだ頬を緩めてニヤつくスクリータに訂正を入れる。

 もう許嫁でも婚約者でもないわけだし。

 

「スクリータって、そっか、もう他人なんだ。いや、頭では分かってるんだけど、あんまり整理がついてなくてさ」

「たった二年の間に色々あったからな」

「本当にね。また、お兄ちゃんと、スクリータと。こうやって過ごせるなんて思わなかった。私ってば幸せ者だ」

 

 にひひ、と笑ってみせるギルベリタ。

 何故だか、聖都で『絶望の魔法』を使っていたことを思い出した。

 笑顔の裏に隠れた苦悩は、あの二年を集約したもので。

 

「よく頑張ったな、ギルベリタ」

「……ん。別に、もう失いたくなかったから頑張っただけ」

「ううん、ギルベリタはすごい!」

「わぷっ」

「ギーくんを探しながら魔法の勉強して、ボクにも教えてくれて、キサラちゃんとお話して、蔵書室にこもって、ずっといっぱい頑張ってきたの!」

 

 スクリータ、ギルベリタが息できてないぞ。

 

「きっとリアさんも、ティアさんも、ルナも、ギルベリタみたいに頑張ってると思う。でもボクが見てきたのはギルベリタとキサラちゃんの頑張りだから、二人に報われてほしいの」

「そうか、そうだよな」

 

 二人は善人で、純粋で、そして誠実だ。

 それに引き換え俺は、いつまでも曖昧な線を引いている。

 決断したなら切り捨てるべきだ。

 今すぐにでも。

 

「ただ俺は――」

「ギーくんが好き。ギルベリタも好き。だからみんなで幸せになりたいの」

「ぷはっ。あのさ、もしかして私まで口説いてる?」

「ううん? でもギルベリタもいる方が楽しそうだから」

「スクリータのそういう所は嫌いじゃないけど」

 

 どんな言葉を使えば、想いを踏み躙ることが許されるのだろう。

 許されるべきことのはずだ。

 回答を出さないことが悪なら、肯定であれ否定であれ、答えを出してやれるならそれは正しいはずだ。

 スクリータやギルベリタをこのままにしていいわけがない。

 それなのに、傷つけてしまう選択肢しか思い浮かばない。

 

「ねえ、ギーくんはどう? ボクと結婚して、三人で一緒に暮らそうよ」

「……リアとティアとルナが説得されたら考える」

「ギーくんのことなのに?」

「パーティーってのはそういうことだ」

「その方が、幸せなの?」

「分からない。ただ、ここで人生を諦めたら幸せになれないと思う。スクリータが一緒にいてくれても、それは同じだ」

 

 この回答だけは用意していた。

 俺が三人との繋がりを優先したいと思っているのは何よりも間違いないことだからだ。

 この道の行き先を確かめるまで、俺はずっと胸にしこりを残すだろう。

 

「分かった。応援するね、ギーくん!」

 

 俺は。

 二年前に逃げ出したことの責任を、未だ背負ったままなのだろうか。

 この先ずっと、傷つけ、切り捨て、自分が望むものばかりを優先すると腹に決められたその日まで。

 

 

 




 
 息抜き。
 

三人目の相手は誰?

  • ティア(イーティア・セルペンス)
  • ルナ(リリルナ)
  • ハイミシア・エンライト
  • ギルベリタ
  • スクリータ
  • キサラ・デミット
  • エマ
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