逆転世界はもうどうしようもない 作:あああああ
馬車を降りて位置を確認し、御者に別れを告げる。
資料は極秘につきギルドから持ち出すことができなかったため、俺たちは手分けして情報を覚えている。
「ティア、位置」
「北東に歩いてだいたい一時間かしら。最後に確認されたのは山の中だけど、動いている可能性も高いわ」
「ルナ、相手」
「道化師の服装をした人間種と推測されています。メア様の属神様による被造物と思われますが、司るものによっては敵対も考えられます」
「ギル、経緯」
「今朝未明に大規模な魔力反応、俗に言う神の柱が立ち、その観測によって発覚。午前八時前に道化師の格好が山中に確認され、現在午後一時三十二分」
属神とは、各種族の創造神の配下であり、手下のような存在だ。
属神は主神たる創造神の一部を色濃く受け継いでいるが、その受け継がれたものがどのような部分かは被造物と接触する他に情報を得る方法がない。
そもそも属神についての情報が少なすぎることもあって、属神による創造はその重要度から一級案件に分類される、というのをギルドのお姉さんから聞いた。
今回は恐らく人間で、直近は……
『憤怒』を司る彼女らは発見と同時に殲滅されたと教えられた。
融和に成功したケースもある。
一番に安全だったのはクロノスの民という、食料を無制限に作り出す種族だろう。
昔のことだからハッキリしないが、『幸福』や『安心』あたりだと推測されている。
今では血が薄まりすぎてほとんどの力が失われているらしい。
といった風に、属神による創造の例はそう少なくないのだが、かと言って判断材料になるとは言えない。
道化師。悪いイメージはない。
村々を渡り歩く旅芸人らは重要な娯楽として生活を彩ってくれる。
六感情の『幸福』か、八感情の『安心』や『期待』、『驚愕』あたりに基づいていれば、共存の可能性も見えるだろうが、楽観で命を落とすわけにはいかない。
「そろそろ目撃された地点ですね」
「ええ、気を引き締めましょう」
山の中を動き回っているならば、いつ遭遇してもおかしくない。
動いていないにしても気取られては危ないため、ゆっくり警戒しつつ近寄る必要がある。
ふいにリアが足を止めた。
「みんな、何か聞こえない? すごく楽しそうな音楽が……」
一瞬の困惑。それもすぐに解けてリアの耳を塞ごうとしたが、手遅れだった。
「サーカスやってるみたい! 行かなきゃ!」
仕方ない、次善策だ。
リアの胴を戦鎚の柄が捉え、全力で逆方向に吹き飛ばす。
倒れたリアをティアとルナとで押さえ込む。
「ご、ごめん、もう大丈夫だから……いったぁ……」
「どんな攻撃だった?」
「楽しくなって、逸っちゃった。僕の主観ではそれだけだと思うけど、みんなからはどうだった?」
「……待ってろ、人間種の魔法なら解析できる」
直接創造された被造物は神族と呼ばれ、一番神に近い存在だ。
神族の魔法は現代人の魔法とは一段上にあると思っていい。
だが、属神の魔法とは言え根っこがメアにあるなら、魔法の知識がどうにか通用する。
「これは『期待』……いや、それにしては違和感が……」
「『期待』で合ってるよ、おにーさん」
ティアが素早く樹上の影を射掛ける。
それをひょいと回避し、バランスを崩す。ばたばたと手を振って何とか枝の上に留ま――れずに落下した。
「うわっとぉ! 危ない危ない、ファーストコンタクトが九割って言うし、しゃんとしなきゃ」
何とか足から着地したクラウンがにっこりと笑って礼をする。
頭には赤と青のジェスターハットを被り、ピエロカラーの服にはフリルがそこかしこにあしらわれていて、道化師の情報は限りなく真実だったことがわかる。
頬には雫のマークがあり、涙を示しているようだった。
「どーも、『興味』を司りし属神メンダ様により誕生しました! キウムちゃんです! よろしくね!」
「属神メンダ様と、キウム……?」
「お客さんが来た感じがしたから急いでお出迎えに来たんだけど、みんなはキウムちゃんのお迎えに来てくれた人たちってことかな? いやー、ありがたいよ」
何かが引っかかる。
リアから検出された魔法は『期待』だった。
『興味』は『期待』の弱感情だから整合性は取れている。
リアが言っていた効果と矛盾はない。
些細な違和感があったのも魔法ではないからに過ぎないだろう。
「神族としてキウムちゃんこれからやることいっぱいなんだよねー。子孫増やさなきゃだし、そこのキミが手伝ってくれても――」
キウムの真横を戦鎚が通り過ぎた。
ティアはいつのまにか俺を守るように立っている。
「あ、いや、ごめんね? そんなつもりじゃなくって。ほら、ただのちょっとしたお茶目なジョークだよ、ね? 敵対の意思はないの! 信じてよぉ!」
リアが剣を抜いた。
臨戦態勢に入った三人を見て、キウムはとうとう泣き始める。
何がおかしい? 何に違和感がある?
「メンダと、キウム……」
「ふえぇえぇーん! メンダ様ぁ! いたいけなキウムちゃんはこれからなます切りにされて美味しくいただかれちゃいますぅ!」
――そうか、わかった。
「メンダキウム、
「あ、やっぱわかっちゃう?」
クラウンが後ろに手を回し――剣、戦鎚、矢が迫る。
「ひょわぁ!? どうしてわかったのかは置いといて、なんでそんなに警戒解けてないの!? キウムちゃんのこともちょっとは信じてよぉ!」
「ギルが何か疑ってたでしょ?」
「そういうときは、その勘が大抵当たるんですっ!」
「愛くるしいキウムちゃんより味方を信頼するなんて、随分見る目がないね!」
ひょいひょいと攻撃の全てを回避するキウム。
三対一でも当てることさえ厳しいのは流石神族と言えるだろう。
俺もまた三人に続く。
対人戦なら『悲哀』や『嫌悪』より有効な魔法がある。
「
橙の輝きが道化師を包む。
余裕ぶっていた表情が僅かに曇った。
「うへぇ、『期待』持ちなの? 萎える~」
「萎えさせたんだよ」
『期待の魔法』は意思を削ぐ。
魔物はそもそも戦意や害意など持たずに破壊を繰り返すため全くと言っていいほど効果が見られないものの、意思ありきの人間にはめっぽう刺さる。
「あぁー、もう全然上手くいかないし! キウムちゃん怒っちゃうよ!?」
「遅いわね、あたしたちはもう怒ってるわよ」
「フン、いいもん! 『
「はぁ!?」
キウムから赤の光が漏出し、喰らったそばから沸々と怒りが湧いてくる。
祝詞を覆い隠す嘘。
キウムが行ったのはメア様に対する背信行為だ。
絶対に許してはならない。
俺がこの手で殺して――ダメだ、落ち着け。
「ふふっ、隙あり~!」
怒りに支配されたリアとルナの力任せな攻撃が空を切り、キウムが俺の下に迫る。
「させないわよ」
「うわ、キミも刃物なんて持ってるのぉ!?」
普段から理知的なティアに『憤怒の魔法』は効きが悪かったらしい。
だが三対一でさえ仕留められないキウムに一対一は分が悪いどころの話ではない。
「ダメだよそんなの、キウムちゃんこわ~い」
「この、バケモノ……!」
小さく
キウムはクスクス笑いながら後ろから迫る二人の攻撃を避けた。
「私たち遊ばれてますね」
「これでも連携は上手いと思ってたんだけど、自信失くすなあ」
何を考えてるかは知らないが、時間をもらったおかげで理解がようやく追いついた。
「キウムが使ってるのは恐らく『冷笑の魔法』だ」
「……あたしも魔法について少しは知ってるけど、そんな感情あったかしら」
「これは魔法使いしか知らないさ。『嫌悪』と『期待』の応用感情と呼ばれるもので、二つの適性を高い水準で満たしていないと使えない魔法だ」
かなりの高等技術だが、神族なら余裕で扱えるのだろう。
「せいか~い! メンダ様――改め、ジェディス様は『冷笑』を司る神様だよ! ちなみにキウムちゃんの本名は、知りたい? ねえねえ知りたい?」
「これから死ぬ人の名前を知る必要がどこにあるんですか?」
あからさまな挑発にルナが真っ向から啖呵を切る。
キウムは笑みを、いや、冷笑を深めた。
「あっははぁ! 強がっちゃってかわいいね! 好きな子の前ではいい格好したいからかな? でもでもぉ、キウムちゃんはまだまだ全然本気じゃないよ?」
「これから本気にさせるんだよ」
「えぇ~? どうやってぇ?」
キウムが扱う魔法は応用感情の魔法。
ハッキリ言って普通の魔法では太刀打ちできない。
それなら、こちらも使えばいいだけだ。
「嫌
ティアの剣が元に戻り、硬さを取り戻す。
欺瞞が剥がれていく。キウムが持つ不自然なほどの動きのキレが明らかに鈍った。
「神族が長けているのは魔法だけで、身体能力は同じはずだ。それはメア様に授けられる力であって、内側から湧いて出るものとは全く別だからな」
「……ふーん、『嫌悪』も『冷笑』も使えたんだ。キミ、どうしてこんなところで戦ってるの?」
「さあな。メア様のお導きかもしれない」
「あははっ、メア様の?」
クラウンが笑う。
「何にも知らないのによく言うねぇ!
「嫌
木々や大地が捻じれて俺たちに向かってくるのを、どうにか同じ魔法で抑え込む。
とは言っても出力が違う。
俺に出来ることは最低限他の三人が動きやすい環境を整えてやることだけだ。
「ルナ!」
「はいです!」
戦鎚が壁となって立ちはだかる木の悉くを粉砕する。
リアの剣が喉元ギリギリを空振る。
欺瞞が解けた状態では避けきれないと判断したのだろう、堪らずキウムが後退していく。
「なんで木がそんな簡単に砕かれるわけ!?」
「ギルだけじゃない、僕らを見くびったのが君の敗因だよ」
「ちょっ、待って待って! 本当にやることがあって、命まで取ろうとしてたわけじゃなくってさ!」
「子孫増やさなきゃとか言ってギルにセクハラしたの、リーダーとしてまだ許してないんだよね!」
「そんな理由で~!?」
リアの剣がキウムを追い詰める。
俺のことはティアが守ってくれるため、守りを捨ててリアの援護に回る。
「ごめんってば! 全部キウムちゃんが、じゃなくて、ラティオちゃんが悪かったですぅ!」
「それも偽名でしょ?」
「――あ、やっぱわかっちゃう?」
木々をぶち破ってルナが背後から強襲し、逃げ場を失くしたところにリアの剣が直撃する。
ふざけたセリフを最後に道化師の首が飛んだ。
頭はころころと転がっていき、遅れて道化の体が倒れた。
「討伐完了、かな?」
「ええ、どうやら、そうみたいね」
「ほんと、馬鹿みたいに強かったですね」
四人全員が体中に傷を負っている。
ティアは俺を庇って幾らか木の直撃を受けていて、それでも庇いきれなかったものが俺に当たっていた。
ルナは木っ端が幾つか腕に刺さっていて痛そうだ。
「神族とは、もう一生戦いたくないな……」
「それなら戦わないでいようよ~、ギルくん」
クラウンの首が喋った。
間髪入れずに剣を振るったが、それより魔法の方が早い。
「
後ろから抱きすくめられる。
道化服のフリルがうなじに当たってこそばゆい。
「さぁて、話を聞く準備はできたかな?」
道化師がまた、笑った。