逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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63 なんだこいつかわいいな

 

 リア、キサラ、ティア。

 諸事情と一括りにしてしまうのを躊躇うほど粒ぞろいな懸案事項たちに、俺は朝から憂鬱な心地だった。

 空模様は憎らしいほどの快晴。

 カーテンを開けると、俺のベッドでまだ眠っていたギルベリタが動き始めた。

 

「おはよ、お兄ちゃん。浮かない顔してるね」

「ちょっとだけな」

「……ぎゅってしてあげようか?」

 

 案外ずぼらな我が妹は、毛布に包まれたままこちらに手を伸ばしてきた。

 

「起き上がってから言ってくれ」

「ん、ほら」

「顔を洗ってから言ってくれ」

「お兄ちゃん、人の好意を無碍にするのはよくないよ。あと真人間にさせようったってそうはいかないから」

「バレたか」

「妹にかかれば考えてることなんて全部分かるからね。……何も考えず気楽にいられるのは、私とルナだけ。そうでしょ?」

 

 ギルベリタには敵わない。

 懲りることなく伸ばしていた手を引っ張って立ち上がらせれば、多少不満そうな顔をしていたが、すぐに気を取り直してくれた。

 

「今日の朝ごはんは何かな。まだ作ってなかったら私が振る舞ってあげる」

「それは楽しみだ。ああ、あと言い忘れてた」

 

 ドアノブに手をかけたまま振り返る。

 

「おはよう、ギルベリタ」

 

 背負わなくてもいい気苦労を自分から拾い上げる馬鹿真面目な俺だ。毎朝少しでも元気付けようとしてくれる彼女に、一番初めの挨拶をして、その日を始める。

 

 愛すべき俺の妹は天真爛漫に笑ってくれた。

 

 

 俺の部屋がある二階から降りてダイニングへ入ると、エマとキサラが既に食べ始めていた。

 ギルベリタの出番はなさそうだ。

 

 早起きなティアはとっくに食べ終わっているだろう。

 ファトゥスは生活リズムが不規則だ。

 ルナとスクリータは寝坊しがちで、リアはルナを起こしてから一階に降りてくる。

 キサラとリアが鉢合わせしていなかったことに胸を撫で下ろす。

 まず一安心。

 

「おはよう」

「おはよ、キサラにエマさん」

「おはようございます、ギルバート様、ギルベリタ様」

「おはよう。ギル、隣、座って」

 

 どことなく声をかけにくかったが、キサラは普段通りだった。安心しながら席に着くと、エマが食事を中断してどこかへ行く。

 

「ねえ、あーん、して」

「キサラ。別にこれといって理由はないけど、朝はやめなよ。いくらお兄ちゃんでも押してばっかりだと逃げちゃうよ?」

「そう、なの? 逃げないで」

「逃げない。ただカロリーが高い。ギルベリタの言葉に一票を投じる」

「……じゃあ、夜なら?」

「疲れてるお兄ちゃんに無理させるわけ?」

「そこまで貧弱ではない」

 

 俺を何だと思ってるんだ。

 話していると、エマが配膳用のトレーを持ってキッチンから帰ってきた。

 

「お二人のお食事です」

「ありがとう」

「ポタージュがなんか透き通ってない? これ本当に味あるの?」

「妾は、美味しくいただけました。その、セルウィタ様に伺ったのですが、コンソメスープと呼ばれているみたいです」

「ふーん」

 

 あとは軽く焦がしたパンのスライスにチーズとベーコンを乗せたものか。

 聖都で食べたホットサンドが思い出される。

 

 キサラはナイフとフォークで切り分けて食べている。

 半生を聞く限りでは親から受ける虐待と自己『嫌悪』でまともな環境だったとは言いがたいし、聖女になってから身につけたマナーだろうか。

 

 視線に気づいたキサラが小首を傾げた。

 

「食べる? 口、開けて」

「欲しくて見てたわけじゃない。俺は俺のを食べるよ」

「そう。残念。間接キス、したかったのに」

「……間接……妾も、してみたい……あっ、あ、いえ、ちがっ、うことも、ないのですが、う、うぅ……」

「朝っぱらからお兄ちゃんで発情しないでくれる?」

「ひぅ」

「わたし、も。エマ、どうかと思う」

「同類が何言ってんの」

 

 コンソメ。完成された(consommé)スープか。

 塩気の中に出汁となる野菜やベーコンの風味が感じられて、油の口当たりがありながらもするりと喉を通る。

 大胆な名前に負けず劣らず、とても美味しい。

 

 チーズとベーコンが乗っかったパンは言うまでもない。

 セルウィタの家事は全く文句が付けられない。

 唯一の欠点はティアの実家から遣わされた、ティアを連れ戻すためのスパイということだけだ。

 

「お味は、お気に召さなかった、でしょうか?」

「いや。美味しいよ。そんなに険しい顔してたか?」

「真剣な顔、してた。好き」

 

 余計なことを考え過ぎている。

 こんなに平和な状況でこれなら、一度リフレッシュした方がいいのかもしれないな。

 

「ギーくん、おはよぅ」

 

 ふにゃっとした声が耳元で聞こえたかと思えば、俺の頬をベージュ色の髪が撫ぜる。

 スクリータが椅子の後ろから倒れ込んできた。

 額が肩の上に乗っかっている。

 

 相変わらず朝に弱いな。

 

「ギーくんの匂いがする……」

「そりゃするだろうとも。起きてくれ、スクリータ」

「んー、ん。なら、おはようのちゅうしようよ」

「言っておく、けど。わたし、先に起きてた。するなら、わたし、が、先だから」

「ギルベリタ、俺の代わりにツッコミを頼む」

「その権利はお兄ちゃんと一緒に朝を迎えた私だけにあるでしょ」

 

 そういうことじゃねーよ。

 

「エマ、俺の代わりにツッコミを頼む」

「もぐも――んぅっ!? ん、んんっ、んんんんん!」

「食事中にいきなり話しかけてごめんな! セルウィタぁ! 水持ってきてくれー!」

 

 寝ぼけ眼で頭を擦り付けてくるスクリータをいなしながらエマの背中をトントン叩いてやる。無茶振りが過ぎたか。

 

「ぇほっ、けほっ、だ、大丈夫、です。ご心配おかけしました、ギルバート様」

 

 散々嘔吐いたせいで目隠しが外れかかっていた。

 撓んだ布の隙間に覗いた右目と視線が交わる。

 

「あ、ああ。妾は、妾を、慮らないで、ください。と、止まらなくなって、高望みだと分かっているのに、妾は……!」

 

 エマは胸元に手を当ててもだえる。

 喉を詰まらせるより苦しそうだ。

 

「エマから、離れて。ギル、そういうの、やめて」

「今のって俺が悪くなるのか」

「お兄ちゃんはもうちょっと優しくなくていいよ」

 

 どういうアドバイス?

 

「ギーくん。あれ、ギーくんがいる。ボクの部屋に? えへへ、新婚さんみたいだね。もうちょっと寝ようよ。ギーくんの匂い、大好きなの」

「起きろ」

「にゃっ。んにゅ、ギーくん。ボクまだギーくんと寝てたいの。ギーくん、ギーくん。えへへ。いい匂いする。美味しそう」

 

 なんだこいつかわいいな。

 

「キサラ、さすがに腹立ってきたよね」

「許されない」

「痛いっ!? ……ん、あれ? おはよう、ギルベリタ、キサラちゃん」

「お兄ちゃんに抱きつくのをやめて」

「あえ? あ、ギーくん。おはよう。朝ごはん美味しそうだね、一口食べさせて」

「自分のがあるだろ」

「バレちゃった。えへへ」

「なんだこいつかわいいな」

 

 言った瞬間、かつてない俊敏な動作でギルベリタがスクリータを引き剥がし、すぱこーんと頭を叩いた。

 

「次にまたあざとい感じでお兄ちゃんを誑かそうとしたら殴るから」

「もう殴ってるし、ボクそんなことしないの!」

 

 素でアレなのもどうかと思う。

 

「必要ないの。ギルベリタにはナイショにしてたけど、ボクってギーくんの初恋の人だし」

「まだ寝ぼけてんの?」

「本当だもん!」

 

 ギルベリタがこちらを見た。

 顔を逸らした。

 反対側のキサラと目があった。

 顔を逸らした。

 

 うーん、コンソメスープが美味しい。

 

 スプーンが二つ床に落ちる。

 

「ギルは、どうして? スクリータの、何が好き?」

「誰よりも一番に手がかかるよね。思い込み激しいし、強引っていうか自分の世界入ってるし。メンヘラだし」

「初恋だから、もうそこまででもない。昔は好きだったってだけだ」

「えへ、えへへ。ギーくんはボクのこと好きだったんだよね。何回聞いてもほっぺた緩んで落ちちゃいそう」

 

 ギルベリタの冷えきった眼差しがスクリータに突き刺さり、弾かれた。キサラ以上に周りが見えていないようだ。

 

「何が、好きだったの。なんで、今は違う? 今は、何が好き?」

「純粋で真っ直ぐだったから、家族以外で唯一安心できる相手だったんだ。今はそれがスクリータだけじゃないし、二年の間で感情が落ち着いた。……何が好きって聞かれてもな」

「これは大事なことなんだよお兄ちゃん!」

「強いて言えば草食系女子が好きかな」

 

 思わずエマの方に目をやって、バッチリ視線が合った。

 

「……あっ、これ、でしょうか?」

 

 おずおずと目隠しを摘んでみるエマ。

 

「いや装飾系ではなく」

「それで言ったらお兄ちゃんは私に指輪を贈ってくれたわけだし」

「わたし、何も、貰ってない。欲しい」

「家具買ったから今はお金がないし、しばらく後でな」

「ギルでも、いい。ギルがいい」

 

 はいはい。

 空の食器を片付け、立ち上がる。

 

「ギルバート様、それはどうか妾に」

「ああいや、いいんだ」

 

 横目でちらりとスクリータを見る。

 眠気にまだやられているのか、空想に意識まで飛ばしているのか。天井の模様を見つめるばかりで全く動いていない。

 

 キッチンまで行くと、セルウィタが鍋の中をかき混ぜていた。

 

「使い終わったものはそちらのテーブルに置いていただければ結構です。スクリータ様のものと交換ということでよろしいですね?」

「見通すなぁ」

「厨にいれば家のことは大抵分かってしまうものでございます」

「どこまで本気なんだかな」

「ふむ。イーティアお嬢様があと五分ほどでギルドからお帰りになるようです。中で待っていた方がよろしいかと」

「家の外じゃねーか」

 

 何でもかんでも把握済みなのは明らかにおかしい。

 

「神族の遺物でも使ってるのか? 通信機能を持つ、たとえば『信頼』あたりのマジックアイテムを」

「黙秘いたします。やれやれ、聡明な魔法使い様は気付かぬ方がよいことにまで敏くあってしまうようですね」

「黙秘って言ったそばからダダ漏れだぞ」

 

 隠す気ある?

 

 

 食卓に戻ると、エマ、ルナ、ギルベリタが縮こまっていた。

 まあ、ルナがいることから、リアもいるということで。

 理由は歴然としている。

 

「おはよう、ギル」

「ああ。リアもルナもおはよう」

「お、おはようございます、ギルさん」

「食事の席くらい険悪な雰囲気はやめないか。リアとキサラ。二人の問題だろう」

「わたし、何も、してない」

「改善する努力くらいはしてくれ」

 

 スクリータに配膳してやる。

 

「ギーくん、持ってきてくれたんだ。ありがとう! ボクもギーくんのこと大好きだよ」

「どうかそのままでいてくれ」

「うん、ギーくんはありのままのボクが好きなんでしょ? えへへ、相思相愛だね、ボクたち」

「あの、ギルさん。私もそっちに行っていいですか」

 

 席順としては、片側にキサラ、俺、ギルベリタ、スクリータ。

 もう一方に食べ終えているエマとリア、ルナが座っている。

 

 ルナはギルベリタと仲がいいし、俺と交代するのがいいか。

 

「それで、リア。共同生活を何だと思ってる。仲良くしろとは言わないが、馬車の中とはもう訳が違うんだ。少しくらい遠慮するとかして、飲み下せ」

「それはギルの頼みでも聞けない。僕はああいう自分勝手な人間が嫌いだから」

「あんまり説教するのも柄じゃないし、俺も渦中だし、色々とアレだけどさ。せめてルナの居心地は守ってやれよ。仲間だろう」

「僕はそこまで器用じゃない。分かってほしいな」

 

 朝から帯剣しているわけはない。

 だが、それを思わず確認してしまうほどに剣呑だった。

 

「ハイミシアはどうでもいい。ギルが自分から好き好んであの人と関わってたわけだし、その結果がどうなろうと責任はギルが負えばいい」

 

 それでいてなぜ聖都組の三人には牙を剥くのか。理由は明らかだろう。

 

「まだ聖都のことを許してないのか」

「当たり前だよ。あの時、全員斬り殺しておけばよかった」

「ギル。わたし、何もしてない」

「そうらしいな」

 

 問題があるのはリアの危険思想だ。

 

「ギルの妹は、まあいいよ。僕は家族とかいうものをよく分からないけど、取り返したいと思うのは、たぶん当然らしいからさ」

「……上から目線にどうも」

 

 ギルベリタがぶすっとした表情で返す。

 

「スクリータは、嫌いだけどさ。ついてくるだけだし、ギルが思うようにしてあげたいって、そう考えてるうちはマシだと思う」

「ギーくんとボクの話?」

 

 食事の手を止め、暖かく笑う。

 

「ギーくんがいつか帰ってきてくれるなら、ボクはいくらでも待つの。寂しくない。でもちょっと不安だから、お土産が欲しいの。ギーくんがボクのこと考えてくれてたって、そう思えるものがあったら、ボクきっと十分幸せになれるから」

 

 二年間の待ちぼうけが残した傷は浅くない。

 それでも次を許してくれるのは、愚直なまでの衷心と、献身の精神によるものだ。

 生まれつき『安心』と『信頼』の適性を持っているスクリータは人を愛する素養が規格外に高い。何せ二つを合わせたら『愛情』になるからな。

 

「だから、問題はキサラなんだ」

「わたし、何も、してない」

「再三ありがとうな、キサラ。分かってるよ」

「なら、いい、けど。……ギルには、嫌われたくない」

 

 リアが口元を歪める。

 まさに出かかった言葉があったらしい。

 

「まず、大前提として。ギルに迷惑をかけるのはやめてくれない?」

「かけてない」

「ギルが君を扱いにくそうにしてることくらい分かりなよ」

「してない」

「もう少しギルにとって都合のいい存在になってくれないかな。見ていて苛々するんだよ。勝手に依頼出してついてきてるくせして我が強すぎることとかさ」

 

 うーむ、そう聴くとそっちの方が確かに助かる。

 キサラは押しが強い。ちょっとやそっとの説得ではあまり納得してくれないことも多く、それは一人の人間として当たり前だから受け入れているが、他とは桁の違う負担になっている、とは俺も思う。

 

「わたし、は、わたし、だから。譲れないことも、ある。譲りたくない、ことなら、もっとある。それ、間違ってる?」

 

 ただし、やはり忘れてはならないことに、キサラ個人の意見や主張は一人の人間として当たり前のことだ。

 だから俺はリアの言葉も手放しに賛成できない。

 どうしたものか。

 

 頭を抱えて唸っていると、共用スペースの方から――もっと言えば玄関口の開く音がした。外に出ていた人間など一人しかいない。

 彼女なら上手いこと纏めてくれるかもしれない、そう希望を持って共用スペースの扉を開ける。

 

「おかえり、ティア」

「……ええ、ありがとう。ただいま帰ったわ」

「おかしな間がなかったか?」

「あたしにこんな旦那がいたか不安になっただけよ」

「誰がお前の旦那だ」

 

 まだお前のプロポーズは失敗しかしてねえよ。

 

「ところでルナはもう起きているのかしら。それなら都合が良くて助かるのだけど」

「ファトゥスを除けば揃ってるよ。ギルドに行ったんだって?」

「そうよ。まあ、あなたには一足先に伝えておくわね」

 

 何やら厄介ごとの匂いがする。

 ティアの声色が重くないから直接的には大丈夫なのだろうが――。

 

「あなたがファトゥス降臨を伝えた『安心』の聖女様がいるでしょう?」

「フレデリカ様か」

「ええ。その方が、東方戦線までの同行人となる予定よ」

「……確か同行人は二人いるんだよな?」

「ええ、その。もう一方は少々頭が、いえ、ありのままに伝えておくわね」

「おう。嫌な予感しかしない」

「自分のことを、転生者、と名乗っているわ」

 

 何じゃそりゃ。

 

 

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