逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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64 言う相手俺で合ってる?

 

 生来の気質には変えられないモノがある。

 たとえばそれは真面目さであったり、自己中心性であったり、ハイミシアであれば情欲か。隠すことはできてもその内側で人生の方針を決定することだろう。

 

 そして、人間は生まれながらにいくつかの要素を持って生まれる。

 身体と神性――特に、適性だ。

 

 感情魔法の適性はその人間を理解する上で重要な指標となる。

 『驚愕』は変人が多く、『恐怖』は自他に対する操作性が高い。

 『悲哀』はそもそも神性との親和性が高く、『憤怒』は感情の抑圧に長けた人格に備わりやすい。

 

 であれば、どちらが先立つのか。

 

 人間の人格が適性を規定するのか。

 それとも、適性が人格を形作っているのか。

 これは研究しようがないことだ。

 完全に連結した二つの要素は一つの塊となって反応するため、外部から分かろうはずもない。

 

 しかし、転生者という存在に対して、ここで重要なことはもう一つ。

 それは何を持って輪廻を超えるのか。

 反対に何を失っているのか。

 

 ……俺にそれを追究する理由はない。

 それがどれだけ重要であっても、転生者というものは一人の人間に変わりない。

 であれば、その人格は、尊重という姿勢で捉えられるべきだ。

 それが一人の人間である限り。

 

 

 ドアを開けると、溢れんばかりの笑顔を湛えた見知らぬ女が立っていた。

 世にも珍しい緑髪を編み込んだボブカットの少女だ。

 

「やあ、どうも! ご注文の転生者です!」

「……頼んでないですね」

「代金は後払いで結構」

「まず商品を頼んでないです」

「それではお邪魔しますよーっと」

「できれば話くらいは聞いてくれないか」

 

 女は共用スペースを物珍しそうに見回し、かと思えば勝手知ったる足取りでソファに腰を下ろした。裏手から聞こえてくる笛はルナの演奏だ。彼女は落ち着きなく足を揺らしている。

 

 ギルドに呼び出されたキサラたちはちょうど家を空けている。

 ルナは久しぶりに自分の趣味と向き合い中で、ティアはついさっき神妙な顔で自室に帰っていて、リアはふらっとどこかに出かけた。

 

「そういや、エマはどこに」

「控えております」

「おう、そういう心臓に悪いのはやめた方が――」

「うわーっ!? エマち!? エマちナンデ!?」

「こうなるから」

 

 椅子からずり落ちた彼女が立ち上がるのに手を貸してやる。

 

「ありがとう、ギルバート。もう離してくれて構わないよ?」

「ん、いや、悪い。何でもないんだ」

 

 妙に柔らかな手だった。

 まるで武器を一度も握ったことがない、それどころか井戸水を桶に汲むことすら日常的ではないように思える手だ。

 

「さて、早速だけど本題に入らせてもらおうかな」

「それなら少し待ってくれ。今はリーダーが外してる」

「だからいいんじゃないか」

 

 彼女はエマに紅茶を一つ注文する。

 俺だけを残して給仕をしていいものかと少し悩んでいたが、同じように俺が一つ頼むと、心配そうな顔のままキッチンへ向かった。

 

「自己紹介するよ。オレは桐生(きりゅう)光希(みつき)、この世界ではカルラって呼ばれてる。前世の記憶を持つ転生者さ。よろしくね」

「ご丁寧にどうもありがとう。俺は」

「ああいや、せっかくだから当てるよ、君のこと」

 

 ニヤリと口元を歪める。

 

「陰暦1345年に聖都で生まれ、幼馴染のスクリータ、妹のギルベリタと幸せな幼少期を送る。宮廷試験をキッカケに恩師のハイミシア・エンライトの下へ流れ、東方領で現在のパーティーメンバーと出会う」

「調べたのか?」

 

 そんなことしないし、する必要もないよ。

 彼女は一層笑みを深くした。

 

「性格は非常に誠実かつ常識的。多少の諦観と厭世観を持っているが、身内の不利益が絡むとその限りではない。入浴で初めに洗うのは頭、次に左腕。好きな色はライトブルー、一般的な背嚢の色を好まない。ゆで卵が好きな一方で小さな殻のジャリっとした食感に小さなトラウマがある――」

「もういい! 身の毛もよだつような話はそれくらいで勘弁してくれ。疑ったのが癇に障ったなら謝るよ」

 

 個人をプロファイリングするにしたって浮かび上がってくる情報とそうでないものの二種類がある。後半はまさにその後者だった。

 俺が普段考えてすらいないことを当てられた。

 初めに洗うのは左腕ってなんだよ。本当にそうなのか? 俺自身でさえ判別つかないぞ。

 

「とまあ、こんな感じで、僕は特定の範囲で深い情報を持っているわけなんだ。それを話したら教会の人らに捕まっちゃってさ。大変だったよ」

「未だ到達したことのない祝福の魔法かと思ったんじゃないか? 第八位とか」

「可能性はあるね。でも『知識』ならスィークレの領分だよ。そこまでお偉いさんらがドジだとは思いたくないなあ」

 

 人間の創造神たるメア様が司るは『情動』だ。すべての魔法および祝福の魔法はそれに従っているため、俺の情報なんて得られるはずもない。

 強いて考えられるのは『冷笑の魔法』の思わない通りになるという効果だが、知識をもたらすという話は前例がない。不可能と見ていいだろう。

 

「お待たせしました。お飲み物です」

「ありがとう。まあ、立ち話も何だし、君も座りなよ。オレの隣が空いてるよ!」

「いえ、ご、ご遠慮します」

「……いや! 遠慮なんかしたらダメだよ、君もこの家の住人だろう? 客人を前にホストがそう小さな態度を取ってはいけないと思うんだ」

 

 どういう理屈で?

 

「ふむ、そうだな。オレの隣が嫌なら、彼の膝の上とか空いてるけど」

「それ空いてるって言わないぞ」

「腕の中も無人だね」

「何がしたいんだ、カルラ」

「オタクが願うことはいつも一つ、推しの幸せさ」

「意味は理解できなかったがしょうもないことを言っているのは分かった」

「初対面で結構な物言いだね。言っておくけど君もオレの推しだ。あんまり強い言葉を使うなよ。喜ぶぞ、オレは」

 

 今すぐにこの家から叩き出してやろうかな。

 落ち着くために紅茶を一口啜ると、今まで見ないフリをしていたものと視線が合う。

 カルラが勧めた時からずっとエマがこちらを見ていた。

 

 俺は草食系女子の象徴みたいな子が好きだ。

 自然、エマのことが好きだ。

 ただしそれは少なくともまだ恋愛感情ではない。

 タイプの相手に片端から粉をかける、というのを進んで行うほど腐りきっていない。そういうのは人生追い詰められて焦ったアラサー女性がやるものだ。

 

 そういうわけであまりに刺激的な接触は避けている。

 あと性欲が反応しそうだし。

 自分を追い込むつもりはない。

 

「――というような懸念があるわけだよね」

「思考まで読むのかお前は」

「やりにくいったらありゃしない、って? それならこれっきりにするよ。君のプライベートのためにね」

 

 分かってるなら最初から一度だって実行するんじゃない。

 

「あ、あの、その、ギルバート様。妾は、し、失礼してもよろしいでしょうか」

「未だかつて『失礼する』が『膝の上に座る』の隠語だったことないよね」

「もう黙ってろよ」

 

 水を差すならそもそも火種を熾すな。

 

「ほらギルバート、どうするんだい。エマちは君の性欲なら責任を持って対処してくれるって態度で示したんだよ」

「も、申し上げなかったことを、赤裸々に……」

「デリカシーとかないのか?」

「あったらもっと上手くアシストできるんだけど」

 

 ふざけやがって。

 

「はあ、わかった、座ればいい。責任を負う必要もない。俺の問題だ」

「あ、ありがとう、ございます。では、し、失礼いたします」

「待ちなよ、ギルバート。君の性欲はどうだっていいとして、エマちの性欲はどうなるんだい」

「はぇっ!?」

「お前本当にデリカシーってものがないな!?」

「いたずらに興奮させて放置して、それで喜ぶのはハイミシアだけだよ」

 

 嫌な例外を持ち出してくるな。

 

「し、妾は、妾は、大丈夫なので……!」

「大丈夫なはずがあるものか! 毎晩ギルバートで――」

「わあああああっ! ああああっ! も、もう、どうか喋らないでくださいっ!」

「おっと、本当だったみたいだ。悪いことをしたね」

 

 軽率にエマの羞恥を煽るんじゃない。

 注意を入れたところで、妙な言葉遣いが気になった。

 まるでカマをかけたような口ぶりだ。

 

「それは知らなかったことなのか?」

「さてね。僕がどこまで知っててどこから知らないのか、なんて些細なことさ。大切なのはこの世界の話。ここが正史なのか、それともif√なのか」

「イフルート?」

「その通り。スピンオフみたいなものさ。正史の通りであれば、君はこれからハッピーエンドに向かうだろう。でも、それは可能性だ。他の可能性で言えば――」

 

 ふむ、と顎に指を当てて体を揺らす。

 

「聖都組に監禁されたまま一生を過ごす、とか。『混沌』の神族に仲間を全員惨殺される、とか。そういうことが起こるかもしれない」

「……でも、それは正史じゃないんだろう?」

「あはは。馬鹿かい、君は。オレがここを訪れた時点で正史から外れてるんだぜ」

「だったらお前は何しに来たんだよ」

「if√だと大いに困るから、何が何でも正史に戻すお手伝いさん、って感じかな」

 

 頭の中で吟味する。

 こいつが言っていることの整合性はある。

 だが、やはり突飛だ。さんざっぱら信じられないようなことをされているわけだが、まだ心から納得がいかない。

 正史云々は正直言ってどうでもいいんだ。

 元から俺たちはこの旅路が幸せに終わるかどうかを知らないままに生きてるわけだし。

 問題はこいつがどうして外れているかもわからないレールの点検に来ているのか、そこなんだ。

 

「if√の不利益を俺たちが被るなら、お前が何か手立てを講じる必要はないんじゃないのか?」

「あるよ。世界が滅ぶんだからね」

 

 雑談の延長で語られたように思えた。

 まるで起伏のない一貫したペースで話すものだから、俺は本気で聞いてやる姿勢を作ることができていなかった。

 

「今年で陰暦1362年。これは人間種が一度、暦を失ったことで新しく始められたものなんだよ」

「……暦を失う、って何だ。日付さえ分からない村民以外、すべての人間が殺されたとでも?」

「その質問の答えは『忘却』。集積の『破壊』を司る魔物の神族が、人間種から暦というものを忘れさせてしまったのさ」

 

 恐ろしいことにね、と軽い口調でこぼす。

 

「既に何度もやり直している。魔物に『破壊』されるまでを何度でも繰り返している。そして追い詰められるたびに更なる祝福を願って創造神を頼る。そうして生きながらえてきた、本来はとっくに絶滅しているべき生物――それが人間さ」

「まるで正しくあるべきだとでも言いたそうな顔をしてるな」

「それ、どんな顔だい? オレはどうでもいいよ。設定資料集に書いてあったことを読み上げただけだし」

 

 設定資料集、ね。

 この世界はどうやらマジにどこかの作品らしい。

 つまりこれからもきっと山だの谷だのあるんだろう。

 げんなりする。

 

「イフルートに向かわないためには何をすればいい?」

「そうこなくっちゃ! まずは、ハイミシアが死なないこと」

「一番目からもう俺にどうしようもないんだけど」

 

 それ言う相手俺で合ってる?

 

「で、人の死をきちんと乗り越えること」

 

 それは、誰かが死ぬってことか。

 それとも、それほどまでに、人の死と改めて向き合わなければいけないほどに、戦線が過酷なのか。

 

「あと貞操観念ちゃんとすること。責任とか諸々放り投げて爛れた関係結ぶのはダメ」

「言われなくても不誠実なことはしない」

「エマちとか今のうちに手を出しておいたらどう?」

「お前は俺をどうしたいの?」

「少しずつならいいのさ」

 

 話題に出されたエマがちょっと期待してそうな顔でこっちを見てくるから居心地が悪いんだよ。

 

「どうせヤリチンクソ野郎になるんだから早めに結ばれちゃいな」

「それで本当にハッピーエンドになるのかよ」

「この世界が滅ばない。それだけでも投資をするだけの価値はあると思わないかい?」

 

 適当なこと言って俺をクソ野郎にしようとするな。

 

「オレの話はこれまで。総括すると、世界を守るためにいくつかの約束をしてくれってこと。ハイミシアを失わない、誰かの死に直面しても気を強く保つ、責任を放り投げない」

 

 世界にとって俺はそこまで重要なのだろうか。

 イマイチ実感が湧かないな。

 

「いいかい、ギルバート」

 

 カルラが口の端を吊り上げる。

 それは、どこか、この場に居ない神族と似ていた。

 

「この世界の命運は君とオレが握っていた。そして、オレは君に託すんだ。この世界を変えられる権利を君に委ねた。分かるかい。すべては君次第だ」

「……何が言いたい?」

「君の()()だ。これは誠実な君への贈り物さ。君が諦めることは許されない。下を向くことも、誰かに甘えて使命を譲り渡すことも、すべて君の運命が許さない」

「だから。そんなセリフは形を変えただけの繰り返しだろう。念を押されなくたって分かってる」

 

 カルラはにっこりと笑う。

 

「圧し潰される君が見たいんだよ」

 

 それは悪意だった。

 

「運命と責任の重圧にどうしようもないほど打ちのめされて、それでも手を伸ばすギルバートが見たい。諦めたいのにそれが許されない君はいったいどんな顔をしているんだろう。想像するだけでゾクゾクするよね」

 

 『嫌悪』ではない。

 『憤怒』でも、『恐怖』でもない。

 

 好意という名前だけを被った悪意。

 子供が虫の足を捥ぐように、好奇心と、いくばくかの愛情が混ざっている、攻撃的な感情。

 

 倒錯的だ。

 そうとしか形容できなかった。

 

「ギルバート様」

「ああ、エマち。守らなくたっていいよ。オレに武術の心得はないし、ギルバートを傷付けたいなんてこれっぽっちも思ってない」

 

 ただ、見ていたいだけなんだ。

 

 悪魔のような笑顔に背筋が凍った。

 なるほど、ファトゥスは確かに人間の神族だ。

 誰にだって『冷笑』という感情が少なからず存在する。そして、中にはそれが最も大きな感情となるやつだっている。

 それを目の前のこいつは証明してくれた。

 

「しかし、だとしたら残念だな」

 

 気圧されるわけにはいかない。

 

「お前が見たい姿は見せられない。ただ俺が負けなければいいのなら、こんなに簡単な話はない」

「たとえ君の手が無意味に空を切っても?」

「無意味な行動を重ねる俺のおかげで世界が救われるなら、それはたんなる『無意味』じゃない。違うか?」

「うーん、その通りだ。ククッ、ククク……」

 

 何がおかしいのか、くつくつと笑う。

 

「いいよ、とってもいい。最高に輝く君が泥に塗れなければ意味がないんだ。ああ――」

 

 天を仰ぐ。

 

「早く誰か死なないかなあ」

 

 驚くほど真っ黒な邪悪だ。

 近付かないでほしい。

 

「あ、それと。二人とも、好きです。前世から推してました。どっちかオレと付き合ってください」

 

 即座に理解することはできなかった。

 エマと顔を見合わせる。

 

「……よし、探すの手伝ってやるよ。どっかで外れたらしいからな、お前の頭のネジ」

「心の病気は治りにくいと言いますが、頑張ってください」

「せめてお断りの返事が欲しかったなっ!」

 

 だったらせめて健常者になってから告白してくれ。

 

 

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