逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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65 不完全燃焼です

 

 カルラ自身に戦闘能力はないと言う。

 前世は箱入りの貴族だったのだろうか、というのは置いておくとして。

 

 今回の同行者は二人。

 カルラと、『安心』の聖女たるフレデリカだ。

 一方が先にこの都市へ到着して魔物を狩っていたという話であるから、それがフレデリカだろうし、これでメンバーは揃ったわけだ。

 

 いよいよ俺たちは東方戦線へと出発する――手筈だったが。

 

「僕たちは冒険者だ。拠点の都市くらい自分で守らなきゃいけない。そういうわけで一つくらい仕事してから戦線に向かおうよ」

 

 魔物と戦いたくて仕方ないリアが駄々を捏ねた。

 それはもう驚くほどに。

 

「仕事に入らないくらいのやつでいいから、お願い! ティアなら分かってくれるよね、先っちょだけでいいから!」

「その場合何の先っちょなんですか?」

「勿論、剣だよ。他にないでしょ」

「……あたしたちのリーダーはどうやら相当に限界みたいね。フレデリカ様に事情を申し上げておくわ。それと、キサラ。少し遅れるけれど、いいかしら?」

「どうでもいい」

「それなら、あとはあたしの仕事が増えるだけよね。いいわ、行きましょうか」

 

 そんなこんなで森に入った。

 フレデリカはカルラの到着を知って切り上げたらしく、新しく発生しているいくつかの魔物を処理することがギルドから与えられた仕事の内容だ。

 二級の冒険者に割り当てられる仕事ではないが、職員のサラがある程度融通してくれたらしい。どうせリアが発作を起こすだろうから、と。

 

 

 三メートルくらいの鳥を象った魔物が地面に落ちる。

 痛みを知らない魔物は射抜かれた翼でなおも足掻くが、リアの剣が首を落とし、ルナの戦鎚が胸元を抉ったことで活動を停止した。

 

 暴走したエマとの戦闘を経験した俺たちにとって、本能のままに暴れるだけの相手が何匹いようと処理するのは簡単だ。

 

「本当、安定してるよね。ちょっと消化不良かな」

「こんな相手で苦戦するようなら、そもそも二級に上がれてないからな」

「それもそうなんだけど」

 

 不完全燃焼です、と顔に書かれている。

 面倒な英雄願望だ。

 窮地に陥ることを望むのは本末転倒だが、そういう性分なんだからどうしようもない。

 

「もうちょっと緊張感が欲しいんだよね。なーんか余裕過ぎるし」

「贅沢な悩みですね。リアさんらしいです」

「もういっそ一人で突撃したらどうかしら」

「自分からピンチになるのは違うかなって」

 

 ティアが溜息を吐き、ルナは苦笑する。

 俺たちはもう慣れている。これまでも何度か同じようなことを愚痴っていたし、まともに取り合ってやるつもりもない。

 どうにかできるわけでもないからな。

 

 ただ、不幸にもどうにかできてしまう神族の耳に入っていたようで。

 

「つまりファトゥスちゃんの出番ってことだよね!」

「違う。いきなり湧くんじゃない」

「お呼びじゃないわ」

「まあまあ、ちょこっとくらい話を聞いてくれたっていいじゃん。どうせロクでもないことだって視線はやめてよぉ。期待に応えたくなっちゃう!」

 

 木の陰から顔を出したファトゥスはひょいひょいと魔物の残骸に登り、てっぺんでキラリとウインクしてみせる。

 

「何がしたいの?」

「よくぞ聞いてくれました! っていうかファトゥスちゃんのお話をしっかり聞いてくれるのはいつもリアちゃんだけだよねぇ。これは一肌脱ぐしかないよ!」

「何がしたいのかって聞いてるんだけど」

 

 苛立った様子のリアが剣先を向ける。

 話を聞いてるってよりかは警戒してるだけのような気もするけどな。

 

「ほら、ファトゥスちゃんってば『混沌』の神族にやりたい放題されちゃったから、少しは勘を取り戻したいなって思ってさ」

「生後二か月でよく言うわね」

「だからみんなと初めて戦ったこの森で、改めて手合わせしようと思うんだよね」

 

 ティアが弓に矢を番える。

 

(mendacium)

 

 放たれたそれを容易く避け、ファトゥスは世界に嘘を宣言した。

 瞬間、魔物の残骸から何かが溢れる。

 それはつい最近にも観測したエネルギーの塊。

 

 魔物の神性はいくつもの色が混じった黒をしていた。

 

「鼻っ柱を圧し折るのはファトゥスちゃんの役目じゃないけどぉ、それをせせら笑うのはファトゥスちゃんの本懐なんだよね!」

「ルナ、下がれ。一旦後手に回っておくべきだ」

「ギルさんがそう言うなら」

 

 前線を張ろうと踏み出していたルナを制止し、観察を始める。

 生憎と魔物の『破壊』は専門外だ。

 どんな性質を持っているのかすら分からない。

 

「ははっ」

 

 声が漏れた。

 俺の口からじゃない。

 ましてやティアでも、ルナでもない。

 

 リアが目をキラキラ輝かせて笑っていた。

 

「やるよ、みんな!」

「分かってるわよ、それしかないでしょう!」

「誰が逃げ出せるって言うんですか!」

 

 全く、我らがリーダーは恐れを知らない馬鹿野郎だ。

 支えてやらなくちゃな。

 

 閉じていた神性親和症の眼を開く。

 ファトゥスが濃密に纏う『冷笑』と魔物の神性から色濃く感じる橙色と青色の神性。

 人間の『情動』にあてはめれば橙色は『期待』、青色は『悲哀』だが、そんなわけはない。

 あれは『破壊』だ。

 

 ベクトルを解析するには少しかかりそうだな。

 

「ファトゥスちゃんは神族様だからこんなこともできちゃうのですっ!」

 

 『冷笑』でコーティングされた魔物の神性が両腕に集まる。

 それは篭手のような形を象った。

 

「さぁて、行くよぉ!」

 

 そして振り上げる――ヤバいな。

 

「回避するぞ!」

「分かってます!」

 

 振り下ろすと同時に魔物の神性があたり一帯に散らばった。

 雨の中を掻い潜ってリアが接近する。

 ティアがいくつかの飛沫を矢で射抜いてカバーしていたらしい。

 相変わらず超人じみているが、そうでなくては抗えない。

 

 魔物の頭を踏みつけ、背に乗っているファトゥスの下まで跳躍。

 

「んー、あはっ、悪くないよぉ!」

 

 上段、中段と斬り払い、振り下ろす。

 ファトゥスには当たらない。

 

「ギル、前はあたしたちに任せなさい」

「解析を進めておく」

「お願いするわ」

 

 周囲に撒き散らされた橙色の神性は独自の反応を見せている。

 反対に、青色は全く何も起こしていない。

 

 それだけでも分かることがある。

 植物は神性を持たず、生命としての基準をクリアしていない物質だ。青色は恐らく命あるものに作用する。

 俺たちの端末ではなく、神性に作用するのだろう。

 そして魔物の創造神であるメリスは『破壊』を司っている。

 

 これは有名だから知っている。

 生命の破壊、『殺傷』の神性に間違いないだろう。

 

 そして、橙色。

 こちらは反応が顕著だ。

 木々が神性に触れた部分だけ腐り落ち、大地は煙を出している。

 何かしらの化学反応を促進するもの――いや、それでは『破壊』に繋がらない。

 

 強引に解釈するならエントロピーの『破壊』か?

 乱雑さではなく秩序性を基準に取るのであれば『破壊』と促進を繋げても問題はない。

 そうなれば秩序の破壊である『混沌』だろうか。

 しかし、それの根幹は恐らく生命の模倣であるはずだ。何せ『混沌』の神族がその能力を持っているし、魔物が獣の姿を象るのも『混沌』によるものという話だった。

 

 ダメだ、分からない。

 とりあえずやっておくべきことは。

 

「リア、青色には注意しろ! それに触れるのはとにかくマズい!」

「了解!」

 

 あと、できることは何だ。

 

「ルナ。ファトゥスが()()()()()()()攻撃を頼む」

「任せてください」

 

 ルナが駆けだす中で幻を見る。

 リアが『殺傷』にやられ、ティアは逃走を指示し、ルナが殿を務める。

 そんな敗北を脳裏に浮かべる。

 直視する。

 

(mendacium)

 

 ファトゥスがリアの一撃を嘘に変えた。

 ざっくりと首元に入り込んでいた刃はすり抜け、体勢を立て直したファトゥスがカウンターを振るおうとしたところで、ティアの矢とルナの戦鎚がそれを阻む。

 

 そして、ルナが大きく振りかぶった。

 このタイミングだ。

 

死を忘れるな(memento mori)

 

 『悲観の魔法』は対象の運命を悲観的に規定する。

 どんなに小さな可能性であろうとも、最も恐れている現実が襲う。

 

 (mendacium)で逃げるだけの余裕はなかった。

 左腕に纏っていた神性が突然弾け、ファトゥスの体に橙色の神性が覆い被さる。

 

「ちょっ、それ反則――」

「せいっ!」

 

 何か言いかけていたファトゥスの顔面に戦鎚が突き刺さり、魔物の残骸の上から転がり落ちていった。

 そう簡単に終わる神族ではない。

 

(mendacium)!」

 

 警戒と共に備え――()()()()が世界を裏返した。

 

 空は一瞬にして夜色へと変わり、ファトゥスが落ちた先の近くに生えていた森が溶け落ちていく。

 それの範囲はゆっくりと、しかし着実に拡大し、飲み込まれた魔物の残骸が土気色に変化していく。

 生命の成れ果てであるはずのそれが、起き上がり、こちらを睥睨した。

 魔物らしくない意思をその目に携えて。

 

 分からなくても分かる。

 橙色の神性とファトゥスの(mendacium)が反応してかつてない現象を引き起こしやがった。

 

 (mendacium)の本質は恐らく制御だ。

 『混沌』の神族が秩序を破壊せずにはいられないように、ファトゥスも恐らく『冷笑』に染まり切っている。

 それの出力を調整するために設けられた世界に対する宣誓――「これは所詮嘘だから」が『嘘』だ。

 橙色の『破壊』はそれをぶっ壊しやがった。

 

 つまり、『冷笑』が暴走している。

 

 躯が羽ばたき、折れ曲がった翼から溢れていた神性を周囲に散らす。

 ファトゥス落下地点の近く、拡大する領域に落ちたそれは次々と同じような魔物の姿となり、空へと飛び立った。

 

「ギル、対処法は……分からないわよね。やるしかないわ!」

「ルナ、リア、巨鳥は頼む!」

「分かってる!」

「もう一度ぶっ殺してやります!」

 

 飛び立っている数体の魔物が街へ行けばどうなるか分からない。

 だが、普通の魔法では追いつけない。

 

人を動かすは嫌悪なり(homines odium moventur)

 

 結界を張って閉じ込める。

 この『嫌悪の魔法』は普段と違って内向きだ。

 外へ行くことを『嫌悪』するようにしてドームを作った。

 

 あとは各個撃破でいい。

 

「ティア!」

「言われなくても、あたしがすべきことはいつだって明確よ」

 

 矢が幾匹かを貫く。

 打ち漏らしがリアやルナに向って行く。

 

裂かれし心に涙あり(animus scissus flet)涙ある所に(ubi est flere)痛みあり(ibi est dolor)

 

 『悲哀の魔法』が現実世界を波のように伝播し、それらに哀切の痛みを強制する。

 動きが鈍った瞬間をそれぞれ剣と戦鎚が薙ぎ払った。

 

 あとは動き出した躯だけだ。

 

「ファトゥスちゃんをお忘れじゃない?」

 

 拡大する領域の中心からファトゥスが飛び出した。

 

(mendacium)

 

 橙色の嘘がもう一度空の色を塗り替え、即座に退避していたリアとルナの残像を捉えた。

 巻き込まれた躯は、その体の内側から木々が生え始めている。

 それでも動き続ける。

 まるでゾンビだ。

 

「ティア、ギル。対処法は?」

「知るはずないでしょう。とにかく、これ以上あの領域を作らせるわけにはいかないわ」

「でも、あの領域に逃げられたらそれ以上は追えません」

 

 条件に合致するのは、『期待』と『憤怒』からなる『接近の魔法』あるいは『憤怒』と『嫌悪』からなる『軽蔑の魔法』あたりだろう。

 ただし、俺はまだ『憤怒』の適性を発現して日が浅い。

 基本感情ならともかく、応用感情はそう簡単に扱えない。

 ぶっつけ本番は無理だ。

 

 『悲観の魔法』は……ダメだな。

 あの領域が邪魔をする。

 あれは恐らく『冷笑』の極致にあたる領域だ。

 領域内のすべてを否定してしまう。

 つまり、『悲観の魔法』さえレジストされる可能性が高い。

 

「――いや、何とかなるか?」

「そう言ってくれると思ってた。愛してるよ、ギル!」

「そういうのはいいですから」

 

 余裕ぶったファトゥスが哄笑を上げながら向かってくる。

 領域は『冷笑』の神性が充満したものだ。

 つまり、その神性ごと押し流してしまえばいい。

 エマとの戦闘でも霧のように充満した神性を押し流してみせた魔法があった。

 

「よし、全部任せろ」

「……全く頼りになるわね。三人で行くわよ」

「はい!」

「オッケー、行こうか!」

 

 自分の中で感情を用意する。

 

「あっははは! 向かってきなよぉ、もっとファトゥスちゃんに立ち向かって見せて! 這いつくばって! 現実に絶望してぇ!」

「うるっせえんですよ道化風情が!」

「あー、あはっ、(mendacium)!」

 

 領域が発生し、ルナを巻き込む――その前に。

 

裂かれし心に涙あり(animus scissus flet)涙ある所に(ubi est flere)痛みあり(ibi est dolor)

 

 『悲哀の魔法』が、青色の神性の波濤がファトゥスの領域と真っ向からせめぎ合う。

 ここで負けるわけにはいかない。

 

「中途半端な賢者は愚者にも劣るって知ってた? 知らないかぁ、ファトゥスちゃんにはこの『捻転』があるんだよ!」

 

 橙色の神性を振るう。

 『悲哀の魔法』が『破壊』される。

 

 感覚で理解した。

 これは本質の『破壊』を司る。

 ファトゥスが告げた『捻転』の性質だ。

 ファトゥスの嘘が『破壊』されたように、『悲哀の魔法』も『破壊』しようとしているのだろう。

 

 ただ、ファトゥスはどうするつもりなのだろうか。

 本質が捻じ曲がっても表層は残ると言うのに。

 

 『悲哀の魔法』の核となる『情動』が捻じれ、しかし魔法という性質はそのままに、存在の中心部分だけが改変される。

 

 『情動』は『破壊』へ。

 『魔法』は核と反応して『呪い』に変わる。

 

 結果として――『悲哀の魔法』は最も性質が近い『殺傷の呪い』へと変貌した。

 

「へぁ?」

 

 青色の『破壊』が波となってファトゥスを吹き飛ばす。

 木々は風に吹かれて葉を揺らした。

 その中でただ生命を傷付けるだけの『呪い』が吹き荒れ、体中に木々や草本を生やした魔物の躯がただの砂に変わっていく。

 

 棒立ちになった俺たちに見つめられながら、ファトゥスは襤褸切れのように血まみれの体で弱々しく立ち上がる。

 

「ファ、ファトゥスちゃんの、負けです……ぐぺっ」

 

 いや、負けっていうか、自滅じゃないか。

 リアがこちらを振り返る。

 

「不完全燃焼なんだけど」

「その気持ちはちょっと分かる」

 

 どうしてくれんだ。

 

 

 




63話に64話投稿してたので修正しました。
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