逆転世界はもうどうしようもない 作:あああああ
「
拘束されたまま魔法を試みるが、当然口を塞がれた。
黒い布手袋から僅かに良い香りがする。
「言わせないよ、ばーか。っていうかほらほら、みんなも武器下ろしてよ。ギルくんの体がどれだけ柔らかいかわかってる~? あ、わかんないか。触ったことないだろうし」
「……どうして死んでいないのかしら?」
ティアの声は強張っていた。
「ファトゥスちゃんがファトゥスちゃんのことを笑えたからだよ。あー、もうおっかしー、こんな死に方、ってね。ちなみにこれ本名だよ」
「生き汚いです。ちゃんと死んでください」
「だから言ってるでしょ? ファトゥスちゃんには使命があって、それを果たすまでは死ねないの。もう、いいかげん分かってほしいなぁ」
分かってくれなきゃ――と言って、ファトゥスが手に力を入れる。
まさか鯖折りにでもされるのか。
「強引にアダムとイヴっちゃうぞ☆」
キモすぎる。
なんなんだその言葉選びは。
必死に暴れても腕力からして無駄だろうが、流石にキモすぎてとにかく離れたい。
「ジェディス様は純愛派だし、ファトゥスちゃんもそうだけど……まあ、ヤらない後悔よりヤって後悔だよね!」
「
「や〜ん、手がくすぐったいよ。待ち切れないのかな? 喜んでくれてる? そっかそっかぁ〜」
本気かどうか判別つかない態度に、リアが分かりやすい困惑の表情を浮かべている。
ティアとルナは、手に持つ武器が震えている。あとは察してくれ。俺も怖くて直視できない。
「それで、話って何さ?」
「よく聞いてくれました! ほんとようやく来たかって感じ! ファトゥスちゃんはキミに花丸あげちゃう!」
「いいから話して」
「長ったらしく言うと、あれは今から五百年以上前のこと……」
「簡潔に」
「ファトゥスちゃんはメア様を助けるために創られたんだよ」
「……助ける?」
メアは現在、眠っているだけのはずだ。
人間を創造してすぐに寝て、魔物に追いやられている人間を救い満足して寝て、それから何度か起きつつ、ここ数百年は起きていない。
「創造神様の眠りは二百年が限度。いくら怠惰なメア様でも、今年で三百四十二年に突入するのは寝過ぎだよ」
「それって、どういうことです?」
思ってもみなかった情報にルナが動揺している。信仰心に欠けるリアはふ〜んとでも言いそうな表情だ。
「メア様は、眠りたくて眠ってるんじゃない。眠らざるを得ないほど追い込まれたんだ――」
「メア様が、追い込まれた……まさかそんなことになってるだなんて」
「だから不貞寝してる」
「は?」
「メア様は心にショックを受けて『マジ怠いわー』と言ったきり不貞寝を始めたんだよ……長い、とても長い、不貞寝を……」
あ、こいつ顔を伏せて肩震わせてるけど笑ってるだけだ。
真剣に聞いていた俺たちの心配を返せ。
「それで? 創造神様が拗ねてるのは分かったけど、どうして君が来ることになったの?」
「『冷笑』を司るジェディス様は自分の立場にとても敏感なんだ。高みから馬鹿にしてやらないと『冷笑』の格好が付かないしさ」
「小物すぎない?」
「だから仕事をしない
なんというか、とても力が抜ける話だった。俺たちは死ぬ覚悟まで決めたんだぞ。
くたっとした俺を見て、目を輝かせるファトゥス。
「抵抗しないってことは合意? ファトゥスちゃん大勝利ってこと!?」
口を塞ぐ手が外れた瞬間に唾を吐きかけてやった。ファトゥスが使命を終えて殺せるようになったら真っ先に殺してやる。
「うぅ、これは流石のファトゥスちゃんも興奮できない……」
「もういい、離せ。俺たちも交戦の必要がないなら戦わない」
「キミの仲間はガンガン殺気飛ばしてきてるけど!? ファトゥスちゃんちょっとここから逃げ切る自信はないかなぁ」
ティアとルナは煽った結果だろう。
甘んじて受け入れて殺されてやれ、どうせ死なないんだから。
「それにさ、子供を作らなきゃいけないっていうのは本当なんだよ?」
耳元でそう囁かれる。
余りの危機に体がぶるりと震えた。
「死んだ方がマシだな」
「むう、なんでそんなに拒むのさ、ファトゥスちゃん悲しい! ……どうしてもだめ? 何してもだめ?」
「絶対にだめ」
「ふーん。じゃあ仕方ないね」
ファトゥスは至って気軽に諦めた。
俺を俺のままで獲得することを。
「
ファトゥスの魔法が俺の中に入ってくる。
どれだけ友好的でも『冷笑』は『冷笑』、他人を嘲って悦に浸るような存在だ。
それを失念していた。
「ほら、これでどうかな?」
「どうって、そんなの、嫌に決まって――」
拘束されている以上、ファトゥスの豊満な胸が背に当たっている。
そんな俺にとってどうでもいいはずのことが、どうしてこうも頭から離れない?
「本来、男の方が女よりお盛んなのは知ってるでしょ? でもね、女の性欲が大きくなってから男の性欲はあんまり必要なくなって退化しちゃったんだ」
女に強い性欲を与えたのは、何も全ての面で正解だった、というわけでもない。
種族全体が歪なバランスを修正するため、男の欲求を自ら抑えてしまった。
「だからそれを戻してあげただけ。やっぱり初めては純愛じゃなきゃね。それでそれで、ファトゥスちゃんと、子供、作ってくれる?」
キモいのは変わりない。
口説き文句として最低下劣だろう。
それなのに、そうしてしまっても構わないと思えて――。
「あはっ、迷ってる迷ってる! ギルくんは本当にいい顔してくれるね!」
うるさい、黙れ。
そう思っても言葉にならない。
「いいかげんにしてくれるかしら」
「……ティア」
「あたしの大事な仲間をそれ以上好き勝手するようなら、人間種全員が敵に回ると思いなさい」
「ふ〜ん?」
「それと」
毅然としたティアの態度に胸が熱くなる。
ああそうだ、俺はこんなにも思われている。それなら手を出したって――ああ、ダメだ。馬鹿みたいな思考に頭が囚われている。
精神の異常に上手く対応できないでいる俺を、ティアはファトゥスから引き剥がす。
そして、無い胸を張って宣言した。
「そういうの興味ないギルがあたしのために付き合ってくれるシチュエーションの方が興奮するわ」
一瞬で頭が冷える。
「おい、ティア」
「ぐっ……!? な、なんという純愛力……! ティアちゃん、キミも中々やるね」
「冷静にしてくれてありがとうな、やっぱりお前ら相手はありえねーよ」
性欲が増していても変わらない最低ラインが俺に教えてくれた、こいつらはダメだって。
「お前ら? あたしはいいでしょう、仲間じゃない」
「絆を盾にするなぁ!」
ティアがそこまで最低だとは思わなかった。
元から異性として好きだったわけでもないが、人間的には尊敬していたと言うのに。
思わぬ攻撃を喰らった俺を見て、ルナがおずおずと口を開く。
「私はギルさんに求められたいので今の方がいいかなって、思います」
「――まさかの肯定!? 否定するために曝け出すのはまだ分かるが、まさかの肯定!?」
俺たちとファトゥスで四対一じゃなかったのか!?
「僕はずっと一緒に冒険できたらそれでいいかな」
「リア……!」
「ああいうこと言ってる人が本当はえげつないこと考えてるのよね、ルナ」
「嗜好を隠して好感度を稼ごうとする卑怯者ですね、ティアさん」
「あざとすぎて逆に性欲丸出しって感じ!」
からの三対二!?
裏切りに次ぐ裏切りで絶望的な状況だが、リアは怒涛の集中砲火を何処吹く風と聞き流し、反論する。
「僕には分からない話だけどさ、そもそも歪めてる時点で純愛じゃなくない?」
「ファトゥスちゃんあいつきら〜い」
「ありえませんね」
「馬鹿らしいことを言うわね、リア。相手はあのギルよ? どうやって正攻法で純愛するって言うのかしら」
「できないならティアが悪いんじゃない?」
「――ごっふ」
「しっかりして、ティアちゃん!」
「なあ、もう帰っていいか?」
メアの話とかどうでもいいからファトゥスはここで死んでくれないか。ティアとルナは討ち死にってことで。
ダメ? ダメか。
本当に、この世界はもうどうしようもないな。
誰か助けてくれ。