逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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8 悩み事は増えていくばかり

 

 ファトゥスが仲間になった!

 俺が『状態異常:発情』になった!

 その状態異常は呪われていた!

 

「つまり、もう治らないんだな?」

「ずびばぜん……!」

「どうして謝るんだ? それだと俺が怒ってるみたいじゃないか。おかしいよな? お前に言わせれば神族の魔法を受けるのは名誉のことなのに、怒るなんておかしいよなぁ?」

「ごべんなざいっ……!」

 

 あれから二日。

 ギルドとの諸連絡やメアのことでお偉い様方と会談続きだった俺は、用意されたギルドの一室でファトゥスが退屈しているらしいと聞き、訪れ、勘違いして涎を垂らしていたこいつをとりあえず五回殺した。

 そうしたら何故か泣き始めたので話を聞いてやっている。

 

 まだ五回だ。

 あと無限回残ってるだろう。

 

「永遠に治らないなら、永遠に殺し続けてやらないと釣り合いが取れない。それくらい、わかるよな?」

「勘弁じでぐだざい! 責任取っで結婚じまずぅ!」

「お前さては余裕だな」

「……そ、そんなことないけどぉ~?」

 

 血飛沫が壁を染め、高級でふわふわだった絨毯まで赤一色になっている。

 何故か生き返るたび綺麗になる道化服や、ファトゥスの鮮やかな赤髪が一周回って浮いている。勿論一周回る前も浮いていた。

 

「嘘じゃないんだな」

「それが嘘かどうかとは無関係に、ファトゥスちゃんはどれだけ泣かされても一度吐いた嘘は貫き通すよ。バレるまではね!」

「殺すぞ」

「シンプルな殺害予告!? ってかもう殺されたよ! 充分でしょ! ファトゥスちゃんを調教――サーカス的な意味で――するつもりならそろそろ飴が欲しいな?」

「その副音声はどうやって発音してるんだ?」

 

 ファトゥスはその格好に見合うびっくり人間である。

 帽子を渡せばハトを出し、貨幣を渡せばどこかに消し、服やコートで覆い隠された部分に限っては切断されても何ともない。

 

「お前のせいで俺たちのパーティーは全員証人としてギルドの連絡部に同行を頼まれてる。俺もやらなきゃいけない仕事が多積みだ」

「へえ~、大変だねぇ~」

「この二日、ロクに睡眠時間が取れなかったくらいだ」

「ふーん、大変だねぇ~」

「殺すぞ」

「二回目ぇ!?」

「それで、これはギルドに要請されたことだが、お前を市中引き回しの刑に処す」

「なんで!?」

「間違えた。お前の存在を市井に公表する」

「どこをどう間違えたのかなぁ!?」

「今日俺はその許可を取りに来た」

「ああ、もうファトゥスちゃんの抗議は完全無視なんだ。……ちょっと興奮するね」

 

 斬首(ザシュッ)

 

「いいよな?」

「はいっ! オールオッケーです!」

「よし」

 

 ようやく終わった。

 たったこれだけの話にどれほど時間がかかったことか。

 

「話の前に五回も殺したのはギルくんだよぉ!?」

 

 あー、あー、聞こえない。

 

 

 荘厳な教会に足を踏み入れる。

 俺の地元にあった教会とそう変わらない内装で、少しの間郷愁に駆られた。

 

 故郷に残してきた家族がいる。

 宮廷試験で俺は『嫌悪の魔法』を撒き散らして逃げた。

 あまりよく覚えていないが、試験会場は阿鼻叫喚だったような気がする。

 そのままの勢いで聖都を離れ、実家に顔を出すこともなく、『水面の金月』を見つけるまで放浪していた。

 

「メア様、この不孝者をお許しください」

 

 起きていれば「いいよ~」と言ってくれるであろう我らが創造神。

 今では不貞寝をしているらしい創造神。

 

 そういえばそのせいで俺はファトゥスに最悪な状態異常をかけられたんだった。

 

「メア様、拗ねてないで早く起きてください」

 

 この世の理不尽を嘆きたかった。

 跪き、鬱憤を消化するついでに祈りを捧げる。

 

 祈りが魔法を生み、勝手に『期待の魔法』を生み出そうとするが、神聖な教会で(みだ)りに神の力を使うべきではない。

 

 たとえ教会の聖職者が淫らであっても。

 

「あなたが祈る姿はいつも美しい。興奮しました」

「……こんにちは、司教様」

 

 陰から俺を観察していた司教様が顔を出す。

 薄い桃色の髪を垂らし、たれ目がちな彼女はおっとりとした印象を振りまくが、俺を前にすると全ての発言に下ネタが付く。

 そしてその肉体はティアの如く清貧であった。

 

「今非常に失礼な視線を感じたのですが」

「何のことですか?」

 

 ファトゥスに魔法をかけられてから、女性の体つきに目が行くようになった。

 努めて見ないようにしても視界の内に入ってしまうのだからこれは避けようがない。まあ、この司教様の胸はもう見ないだろうが。

 

「今非常に失礼な思考を感じたのですが」

「何のことですか?」

 

 勘違いだろうかと困惑する司教様。

 

「ふむ、まあいいでしょう。敬虔なる信徒ギルバートよ、此度はどのような用件でこちらに?」

「創造神様のことで、司教様のお耳に入れたいことがございまして」

「……ついて来なさい。話は鍵付きの密室でじっくりたっぷり伺います」

「そう言われると行く気が失せますね」

「誰かに見られるかもしれないドキドキがより良い体験を生むと? 一理ありますが、そういう性的な話はしていません」

「俺もしてなかったです」

 

 何を言ってくれてるんだこの司教様は。

 

「安心してください、神の名に誓って強姦は致しません。捧げると言うのであれば喜んでいただきますが」

「……捧げませんよ」

「今の間はいったい?」

「捧げません! 早く案内してください!」

 

 くそっ、一瞬脳が性欲に支配された。

 司教様だったら一度きりの関係ですっぱり終わらせてくれそう、と正真正銘失礼なことを考えてしまった。

 

「もしや強姦されたい趣味が芽生えた? それは神への背信で……しかし、信徒の望みに寄り添わずして何が司教か……! 一緒に堕ちてメア様に謝ればきっとお許しくださるはず……!」

「ごちゃごちゃうるさいんですが全部聞こえてますよ」

 

 俺の数倍失礼なこと考えるのやめてもらえます?

 

 

 ファトゥスから語られたメア様についての話が終わる。

 

「なるほど、確かにメア様が二百年を超えてお休みになるのはこれが初めて。ファトゥス様の仰った内容は信頼できるものでしょう。……これは、聖女様方には?」

「勿論お伝えしてあります。俺が実際に仔細を申し上げた『安心』の聖女様もこれが真であるとお考えのようでした」

「敬語でも変わらない一人称、私は好きです」

「今真面目な話をしてるんですよ」

 

 お前の癖の話はやめろ。

 

「私たちはファトゥス様と同様、メア様を煩わせるもののすべてを取り除く所存です。予想は付いているのですか?」

「ええ、まあ」

「お聞かせください」

「魔物の創造神、メリス様との不仲が原因だと」

「詳しくは?」

「メリス様が被造物たる魔物の活躍に夢中で、構ってくれないから拗ねた、と属神様は予想しておられるそうです」

 

 我々の世界では魔物と他の種族とが絶えず争っているが、神界では事情が異なる。

 情動を司るメアが他の創造神にうっすらとしか情動を与えられないように、破壊を司るメリスもまたそれを自身の内に秘めるのみで、他の神々を害することはない。

 よって割と仲が良いらしいのだ。

 

 そして最近、と言っても五百年ほど前のこと、人間種や精霊種などの優勢がピークを迎え、魔物の反撃が始まった。

 現在は西方に位置する聖都も、四百年前には、魔物が蔓延る今の禁足地帯に栄えていたのが遷都したものらしい。

 それからと言うもの、メリスはこちらの世界の動向に夢中だとか。

 

「魔物とは違い、メリス様はメア様の情動を多少備えられている。それが悪い方に作用してしまったのですね」

「メア様ご自身のお力ではそうそうどうにかなるものではないかと」

「ええ。聖女様方も動き出すことになるでしょう。我々は魔物を打ち滅ぼし、メリス様のご興味をメア様に向かせてみせる必要があります」

 

 司教様が毅然と言い放った。

 事の重大さに思わず唾を飲む。

 

「人間種と魔物種で戦争開始、ということですか」

「そういうことになります。……ところで戦の前に処女を捨てておくという慣習はご存知ですか?」

「ご存知じゃないです」

「では私が手取り足取り教えて差し上げましょう」

「とうとう捧げられるという建前すらないんですね」

 

 半分くらい本気で言っていそうな冗談を受け流して席を立つ。

 司教様は少し残念そうにしながらも部屋のカギを開け、俺を入り口まで見送った。

 

「司教様――ハイミシア・エンライト様。これから忙しくなるのでしょうが、どうかご息災で」

「ありがとうございます、ギルバート。どうかあなたにメア様のご加護がありますように」

 

 これは別に仕事でも何でもなかったが、行きつけの教会の司教様には自分で話をしておきたかった。

 

 さて、どうやら教会としては戦争一択らしい。

 

「逃げられないんだろうなぁ」

 

 ファトゥスという貧乏くじを見事引き当ててしまった『水面の金月』に不参加の選択肢はないだろう。

 たとえ逃れたとしても二級以上の冒険者パーティーは緊急時の従軍が強制される。

 

 ファトゥスの魔法に始まり、もたらされた情報の対処と、これから始まる種族間戦争。

 悩み事は増えていくばかりのようだった。

 

 

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