逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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9 これからもよろしく

 

 魔法とは神を不完全に降臨させる術だ。

 創造神と被造物との間にあるパスを手繰り寄せ、『被造』の概念を周囲にまで広げる。

 魔法使いは神の創造を代行するものとして、魔法の対象を被造物とする。

 

 簡単に言うと、メアの被造物たる人間の魔法を魔物にかけると、対象は一時的にメアの被造物として上書きされるわけだ。

 だから感情を植え付け、操ることができる。

 まあ『期待の魔法』など、例外もあるにはあるが。

 

 神学、心理学、魔法学の三分野による共同研究では、基本感情八つ、応用感情二十四が人間の魔法の限界らしい。

 一応基本感情の派生――たとえばファトゥスが名乗った『興味』は『期待』の弱派生――が十六ほどあるにはあるが、普通は使われないし、基本感情の内として扱われる。

 

 では一人の人間が最大三十二種類の魔法を使えるのかと言えばそれも違う。

 一人の人間が扱えるのは、基本感情が最大で四、組み合わせは六種類だ。

 

 俺が使えるのは『悲哀』と『嫌悪』、『期待』の三つ。

 戦闘に使えるのは前者二つだけだな。

 『悲哀』と『嫌悪』を組み合わせた『自責の魔法』なども使えるには使えるが、『期待の魔法』と同じく魔物との戦闘向きではないため披露する機会は来ていない。

 

「ふーん、ギルでも三つしか使えないんだ」

「まだ十七だ。人生始まったばかりだし、むしろかなり多い方だ。適性はあとから生まれたり、逆に使えなくなることがあるからな」

 

 今日は久しぶりの休日だ。

 慣れない仕事に音を上げたリア、そして男として一応気を配られている俺はギルドから優先して休日を貰うことになった。

 ティアやルナは帰ってきていないため、魔物狩りに出るのも危ない。

 

 そこでリアに請われて魔法講義を始めたというわけだ。

 

「はい、ギル先生」

「何ですかヴァレリアさん」

「なんで基本感情は四つまでしか使えないの?」

「良い質問だな。答えは反対の感情を同時には扱えないからだ」

 

 基本感情には『安心』『期待』『憤怒』『嫌悪』『悲哀』『驚愕』『恐怖』『信頼』の八つがある。

 

 『安心』は『悲哀』、『期待』は『驚愕』、『憤怒』は『恐怖』、『嫌悪』は『信頼』と対になっていて、片方に適性があればもう片方に適性はない。

 

「つまり俺はこれから『憤怒』か『恐怖』を使えるようになる可能性があるわけだ」

「……たぶん『恐怖』じゃない? 『憤怒』はギルっぽくないし」

「人の魔法適性をその人らしさで推し量るのは侮辱に取られやすいから覚えとけよ」

「ごめんなさい」

 

 素直に頭を下げる。

 こういう所はリアの尊敬できる点だ。

 

「まあ、それに当たらないやつもあるんだがな。『信頼』の適性を持つ魔法使いは稀だ。大抵は『嫌悪』の方を持ってるから、それを前提に話すくらいならいい」

「他に珍しいのはある?」

「『悲哀』、『憤怒』、『恐怖』は少ないな」

「……『憤怒』と『恐怖』?」

「ああ。さっき言った通りそこは対だな。だから魔法使いは三つ適性を持っていれば十分な才能と見做される」

 

 魔法使いとしての才能は適性の数で表される。

 俺は十三で既に二つ持っていたから、相当な早熟だったんだろう。

 

「『悲哀の魔法』も珍しいんだね。ギルはバンバン使ってるけど」

「まあな。『安心の魔法』は名前の通り戦闘向きじゃないから、こっちでよかったと思ってるよ。結構効果あるし」

「いいなあ。魔法って使えたら便利だよね」

 

 リアが羨ましそうに俺を見る。

 

「それなら適性調べて魔法使ってみるか?」

「え? 女でも使えるの? 男じゃないと魔法は使えないって教わったけど」

「それは間違いだな。使おうとするやつがいないだけだ」

「そうなの?」

 

 もしものとき魔法が使えたら強い。

 それに、いつも元気なリアが無様に寝転がって立てなくなるのも見てみたい。

 

 まずは適性を調べる所からだな。

 

「ちょっと手を出してくれ」

「うん。――わ、ひゃあっ!?」

 

 リアの中にあるメアから与えられし神性に触れる。

 この感じは、えーっと、どれだったか。

 

「ん、んんっ……まだ、かかる……?」

「ちょっと待て。一つじゃないな? 二つある。流石に三つはないが」

「ねっ、ねえ! まだぁ!?」

 

 ふむ、こっちは俺と同じ適性だからよく分かる。

 初めての感覚に未だ戸惑っているリアを他所にたっぷり時間を取って突き止め、感情の名前を探る。

 

「リアが使えるのは『期待』と『恐怖』だな」

「ぜえ、はあ……いや、ちょっと、待って……」

「『恐怖の魔法』は戦闘向きだ。応用感情で『不安の魔法』もかなり使える魔法だ。よかったな」

「待ってってば」

 

 うっすらと疲労を見せるリア。

 少し色香を感じるのはファトゥスの魔法によるものか。

 

「はぁ、はぁ……うん、いいよ」

「じゃあ早速。魔法を使うとき、使う感情を込めてメア様に対する祝詞を唱える。『恐怖』は難しいだろうから『期待』にしよう」

「うん、わかった」

「まずは祝詞を教えよう」

 

 期待で心を満たし、メア様に祈りを捧げる。

 

生への期待を捨てよ(noli sperare vitae)

 

 橙色の輝きが空気を伝わって霧散する。

 

 リアは祝詞をしっかりと覚えられたらしい。

頷き、口を開く。

 

生への期待を捨てよ(noli sperare vitae)

 

 サポートに従い神の力が行使される。

 橙色の輝きが弱々しいながらも世界に現れ、直後リアが立っていられずに倒れた。

 

「なに、これ……」

「女性が魔法を使う反動だ。今のリアの身体能力は男の俺より低くなってる」

「えぇ、なんで?」

「メア様の祝福がなくなるからだ。魔法を使う力と祝福の力は同じだから、魔法にリソースを割いた分だけ祝福が失われる」

「……ちょっと、この感覚は慣れられそうにないなぁ」

「まあそれが普通の反応だよな」

 

 世の中にはとんでもない才人がいる。

 

 女の数はだいたい男の十倍で、単純計算でそれと同じだけ才能を持つ者も多い。

 その中には四つの魔法適性を持ち、祝福が失われることにも耐えて大成する女魔法使いがいる。

 

 それが聖女と呼ばれる教会の重鎮だ。

 

「リアは聖女様になれなさそうだ」

「なれなくていいよ、剣振れないし……」

「鍛えれば魔法剣士も夢じゃないらしいぞ」

「それはちょっと興味あるけど」

 

 実際、そういう聖女もいるらしい。

 

「うぅ、体が重い。ギル、ベッドまで運んでよ」

「はいはい。二時間くらいで治るらしいから、それまで我慢だな」

「じゃあ、それまで動けない僕に付き合ってもらうから。説明しなかった罰としてさ」

「分かってるよ」

 

 魔法についてはもういいだろう。

 師匠に教わったことと実際に生活する中で培われたことだけに限られるリアの知識は浅く狭い。

 色々なことを、常識も専門的なことも、一緒くたにして教えてやろう。

 

「精霊についてだが――」

 

 リーダーとして、これからもよろしく頼んだぞ、ヴァレリア。

 

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