透明感があるってよく言われる。(完結)   作:イクラ系鮭

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 こんなの書いている暇ないのに


物語
貴賎


「お前マジで影薄いよな。授業で一回も当てられたことなくね? この前コンビニの自動ドアにも無視されてたしさぁ!」

 拓海はそう言って霞の肩を叩いた。一度も当てられたことがないというのは学生特有の誇張ではなく、揺るぎない事実であった。彼の友人は皆、その偉業は彼の個性の上で成り立っていると考えているがそれは違う。彼の個性は「沈没」。触れた物の浮力を小さくすることができる個性だった。

「俺もその個性欲しいわーマジで」

 彼はその誤解を解く気は全くなかった。そもそも、それが顔つきや仕草からくる体質的な物であるなんて言っても信じてもらえないだろうと考えていたからだ。

 時代は個性社会。履歴書で個性より「個性」が見られる時代。合法的に個性を使える権利を求めてヒーロー免許を取る者も多いという話も聞いた事がある。

「きっと便利なんだろうなー」

 僕は分析を終えて立ち上がった。次の授業は日本史だ。霞の机の中に手を突っ込み、出しやすいように日本史の教科書を一番上に持ってくる。当てられないのをいい事に、霞は数学以外の授業で爆睡する。僕はその間に教科書を拝借して、代わりに授業を受けるのである。

 何故自分の教科書使わないのかって? それは、僕がこの学校の生徒ではないからだ。

「ああ、確かに便利だよ」

 僕は拓海にそう言った。その言葉は彼の鼓膜を揺らしたが、それを彼が認識することはなかった。

 

 昼休みになった。僕は教科書を霞に返却し、コンビニに向かった。閉まっている校門を開けて堂々と学校の敷地外へ出るが、それを咎める者は誰もいない。

 数分歩いて辿り着いたのはファミリーイレブン。僕は商品棚から弁当を取ってカウンターに置いた。当然レジ対応などされないので自分でバーコードをスキャンし、レジ内の金で清算を終える。ついでに勝手に電子レンジで加熱する。待っている間、暇なので店員の名札を確認した。佐川じゃない。また変わってる。加熱が終わったので、僕は弁当を持って外に出た。そして、駐車場に座り込んで食べ始めた。

 こんなことを始めてからもう直ぐで一年になる。この生活に意味はあるのか、なんて何度考えたか覚えていない。あの日から僕は――。

「店長、『ゴースト』です。また『ゴースト』が出ました」

 死んだままだ。

「まずは被害を確認しろ。履歴から何が買われたか探るんだ」

「多分弁当系の食品だと思います。けど、今は昼時なのでそれがどれか……」

「電子レンジが暖かい。弁当だ。相川は弁当の在庫を見て――」

 

 授業が終わったので帰る。いつもなら公園で寝るのだが、最近は排除アートがそこら中にあってまともに寝られる場所がない。仕方ないのでビジネスホテルに泊まる事にした。ここでもセルフでチェックインだ。こういうことをしていると、つくづく家が欲しいと思う。が、家を買うことはできない。自分の姿をさらすわけにはいかないし、そうすると購入もできない。手続きのやり方なんて知っている訳がない。

「よしっと」

 チェックインを済ませ、鍵を貰う。今週は202号室に泊まりだ。

 202号室は簡素なベッドと机、テレビ以外に見るところの無い部屋だったが、リラックスできそうな程よい狭小さを持っていた。部屋に入った僕は、真っ先にベッドにトコジラミがいないか確認する。いない。この時点で当たりだ。俺はベッドに飛び込んでテレビを付けた。

「近年、■■区で強盗の発生件数が上昇しており――」

 違う。

「見てくださいこれ! 凄いですよね~。この葡萄、実はビル群の中心――」

 違う。

「――スト』の犯行が確認されました。場所は●●区○○町のコンビニです。今週に入って十件目の被害となりますが、コメンテーターの互井健太さんはどう思われますか?」

「えーやはり『ゴースト』が●●区をターゲットに定めたという事でしょうねえ。はい。今までの傾向からして、少なくとも一か月は被害が続くでしょう。警察も逮捕に苦戦しているようですがーそろそろ意地を見せてもらいたいものですねえ」

「しかし、『ゴースト』は透明人間なんですよね? 捕まえるのは相当難しいのでは」

「正確には、透明になる類の個性ではなく、分からなくする個性だと考えられていますねえ。ど忘れってあるじゃないですか。『ゴースト』はそれを起こしていると考えられていますねえ。見たとしても見たそばから忘れてしまって、全く姿を捕らえられない。しかしですねえ、いることには違いないんですよ。そこのところをうまく利用すればもしかしたら、と言った感じですかねえ」

「ありがとうございました。では、次のニュースです。俳優の――」

 『ゴースト』、ヴィランである僕に付けられた綽名だ。そこに居る筈なのに見られず、触れられず、簡単に警備をすり抜けることからそう呼ばれ始めた。もっとましな名前つけろよとは思うが、それが有名になるということなのだろう。

 まだ20時だったが、僕は布団に包まった。少し早いが、もう寝よう。それに、明日は18日だ。

「次は、天気予報のコーナーです」

 これだけ見てから寝よう。

 

 起床。今日は学校には行かない。病院に行く。毎月18日は病院に行く日と決めているのだ。

 僕は伸びをしてベットから降りる。荷物なんてあってない様な物なので、そのまま部屋を出て、向かうは銀行である。病院に行くのは見舞いの為で、それには花が必要だ。花を買うには金を払う必要がある。しかし、残念なことに僕の財布は空だ。盗めば簡単に手に入るので僕は金を持ち歩くという習慣がないからだ。よって、銀行で金を拝借するのである。

 さて、着いたのはホテルから徒歩十分、駅前の大きめの銀行である。誰もいないのに開く自動ドアに職員の目が引き付けられるが、その程度で僕が見える訳がないし直ぐに忘れる。僕はATMで現金を引き落としている男性に目を付けた。後ろから近付いて、取り出し口から札束が出てきた瞬間数枚抜き取る。三万円ゲット。じゃ、出るとするか。

 僕が銀行を出ようとした瞬間だった。突如、銀行の壁を突き破ってコンテナがダイナミックエントリーをかました。唖然としていると、コンテナの扉が開いて中から男たちがぞろぞろと出てくる。

「手ェ挙げろオラァ!」

 そう叫んだ男の手には、拳銃が握られていた。よし、逃げよう。

「おいお前ら! 逃げようなんて考えるなよ? ここの連中が皆殺しにされてもいいのか?」

 僕は構わない。そそくさと移動してコンテナの衝突で出来た穴から抜け出そうとするが、奇跡的にほとんど隙間がなく出られない。マジ?

「銀行員は金をこの袋に詰めろ。ボタンの位置は把握してる。妙な真似したら、分かってんだろうな?」

 そうなると、出口はあの自動ドアだけになるのだが、それは出来るだけ避けたい。開く自動ドアを見た強盗が、透明になれる個性持ちが逃げ出そうとしていると勘違いして発砲する可能性があるからだ。

 強盗団の人数は十人。今は客と職員を部屋の隅に集める四人、外を警戒する三人、袋に札束を詰める職員を監視する三人に分かれている。外を見ているひとりが何かしらの個性を使い、窓を真っ黒に染めた。これで中の様子は外から見えなくなった。警察の対応が遅れそうだなと考えていると、人質の監視をしている強盗の一人に目が付く。こいつ無手だ。こいつがリーダーなのだろうか。そんなことを考えていると、突然そいつがズボンを脱いだ。

 は?

 続いてパンツも脱ぐ強盗。見るとその股間には本物の、鋼鉄製のリボルバーが付いていた。困惑していると、突然そいつが天井に腰を突き出して発砲した。重い火薬の弾ける音と共に天井に穴が開き、ぱらぱらと何かの欠片が落ちる。

「こいつは本物だぜ?」

 お前も大分”ホンモノ”だな。

 だが、実際かなり厄介な個性だ。今一発撃ったが、弾を装填する様子が見られない。無限に撃てるか、自動で給弾されるのだろう。

 さて、どうしたものか。このままこいつらが犯行を終えて去るまで待ってもいいが、最悪このまま立てこもるだろう。そうしたら、病院の営業時間を過ぎてしまう。それだけは避けたい。

 頭を抱えて悩んでいると、泣きそうになっている女の子が目に入った。僕はその隣に座っている女性を見つめた。恐らく、あの人が母親だ。下ろした金で、二人で買い物でもする予定だったのだろう。可哀想に。

 ふと、僕の頭に天啓が下りた。僕が強盗を何とかすればいい。よく考えたら人の下ろした金を盗るのは犯罪だ。そんな金で買った花なんて、あいつは喜ばないだろう。そこで、この強盗を何とかしてその善行で相殺する。すると、今度こそ僕は穢れなき花を送れるのだ。なんてことだ。僕は天才だ。

 思いついたら即実行。先ずは客からスマホを盗む。そのまま誰もいない場所に行って、緊急連絡機能を使って警察に通報する。どうやら、後二十分くらいで到着するらしい。

 第二フェーズだ。僕は外を眺めている強盗の一人の前に立った。その目に手を翳して、その間に拳銃と腰のナイフを奪い取る。やったことは簡単だ。認識するという事の解釈を広げた。僕に関する視覚情報や行動についての認識阻害を、僕の情報を含む視覚情報全てと僕の情報を含む行動全てに広げただけだ。

 要は相手が僕を見ているとき、相手はその間見た物全てを認識できない。僕だけじゃなく、僕の後ろの観葉植物も、その隣のATMも、僕を捕らえた視界の全ての物は見た瞬間から見えなくなる。そして、その事も認識できなくなる。その結果どうなるかというと――。

「え?」

 このように間抜けな顔を晒す。僕は一発殴ってから、続け様に他の強盗達からも武器を盗んで行った。ついでに、僕の名前を書いた紙を顔に貼り付けておく。これで僕の名前をみる。忘れる。見る。という無限ループに嵌められる。今の所、個性を使う様子はない。こいつらはこれでOK。

 そして、最後の一人。マグナム野郎である。

「お前ら、武器はどうし――」

 僕はその場で足踏みを始めた。乾いた音が部屋中に響き渡る。これで音は僕の情報を含んだ。僕の足音が鳴る間、音を使っての意思疎通は一切行えない。

 続いてマグナム男の前に立つ。マグナムに盗んだナイフを当ててみるが、本物の鉄だ。脅威を消し去るにはこれをどうにかしなければならないのだが、なにも思いつかない。僕の名前を貼っても、錯乱してマグナムを乱射されたらどうしようもない。

 仕方ないので、男の中の僕の情報を含む記憶を消し続けることで対応した。コンテナから出た時点で僕を認識したと思うから、今男の脳では気付いたらコンテナの外に居たという状況が無限に更新されている。

 そんな感じで警察が来るのを待っていると、何やらヒーローっぽい格好の人間が外に見えた。ようやく助けが来たと安堵し、このマグナムを引き渡す準備を始めた。手始めに、四肢をナイフで傷つけて動けないようにする。念のためにアキレス腱も切って、自動ドアの前に投げた。暫くしたら、ヒーローは鞭みたいなものを使ってマグナムを回収した。他の強盗も同じように無力化して自動ドアに投げておく。僕の名前が書かれた紙を剥がせば完璧だ。

 仕事が終わった僕は、三万円を男の人に返した。そして、札束のぎっしり詰まったカバンから三万円を抜き取って、強盗の身体に反応して開いた自動ドアから外に出た。じゃあ、花を買いに行きますか。

 

「ありがとうございましたー」

 店員の言葉を背に、僕は認識阻害を再発動した。買うときはどうしてもオート阻害を外さないといけないから割と大変だ。だが、それもあいつの為と考えたら左程苦ではない。僕は花束を抱え、神野区総合病院まで足を運んだ。

 清潔感あふれる白色。もう見飽きた色だった。僕は混み合っている受付をスルーしてエレベーターで五階に上がる。ドアが開くと、そこは下の階とは違ってほとんど人がいなかった。奇妙な静寂の中、果てしない廊下を歩いて病室へと向かう。そうしてたどり着いたのは547号室。僕は深呼吸をして、ゆっくりと扉を開けた。

 空調の効いた部屋だった。角部屋らしい広々とした空間と、その中心でたくさんの機械に繋がれて眠っている一人の少女。変わらぬ姿で、彼女はそこに居た。僕は来客用の椅子の上に花を置いた。そして、何かの信号を表すモニターをじっと見つめる。それは、一か月前来た時と全く同じ結果を示していた。

 分かっていたことだった。それでも、見るたびに心が締め付けられる。

「いつまで寝てるんだよ」

 僕は微笑み、彼女の前髪を手で除けてその整った顔を覗き込んだ。そんな事していると、突然彼女が目を開けて僕の手を認識阻害ごと払い除ける。そんな妄想を何回しただろうか。

 周りの人間は不幸な事故だったなんて言うけれど、僕は微塵もそう思っていない。彼女が車如きに轢かれる訳がない。この世界に彼女を殺せるものなんて存在しない筈だった。

 だが、誰かが殺した。

「また会いに来るから」

 僕はそう言って病室を後にした。

 

 ホテルに帰った僕がテレビをつけると、銀行の一件がニュースになっていた。あの後、護送車が謎の集団に襲撃されて強盗達が脱走したらしい。よく考えればコンテナを銀行にぶち込んだ奴もいるし、思ったより大規模なグループなのかな。僕はなんとなく画面の右上のテロップに目を走らせて、笑みを浮かべた。人質は全員無事だったらしい。




 その後、強盗団はオールマイト含むヒーローたちの活躍により壊滅しましたとさ。

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