「個性の集い」はメンバー全員が異常な個性で構成されている非合法団体だ。しかし、その厄介さに拘わらず知名度はゼロ。その理由は単純だ。組織は、皆でゲームをする為に設立されたからだ。
かく言う僕も、メンバーの一員である。まあ、入りたくて入ったわけではないが。
朝起きると部屋に女の子がいた。僕は入れた覚えは無いし、ホテルだから合鍵という線もない。寝起きでぼやけた眼を擦って、その少女にピントを合わせる。金髪に水色のメッシュ。認識阻害を一部解除した僕は一人思い当たって呟いた。
「トランスポーター?」
少女は僕を引っ叩いた。何で?
「いい度胸してるじゃん。十時まで寝てるとは予想外だったよ。賭けて損した」
「人の睡眠を賭けに使うな」
随分な挨拶をかましたこいつはトランスポーター。「個性の集い」のメンバーであり、厄ネタだ。僕が部屋を見渡すと、人型に空いている穴を発見した。最悪。もうここに泊まれなくなった。さっさと帰って欲しいので、僕は用件を聞いた。
「何しに来たの?」
「最近集会に来てないでしょ」
僕は錆び付いた記憶を掘り出した。月一の報告会はメンバーの義務だった気がしないでもない。しかし、報告会と言いながら集まってゲームしているだけなので行く意味は全くない。
「僕は行かないぞ」
「今月もあるからね」
彼女が人の話を聞かないのはいつもの事だ。僕は無視して再び眠りにつく。が、また顔を引っ叩かれた。眉を顰めて彼女を見る。まだ何かあるのだろうか。
「ニュース見たよ。やるじゃん」
一瞬意味が分からず首をかしげるが、直ぐに思い当たる。銀行の一件だ。
「分かってて言ってんのか?」
僕が凄むと、彼女は目を伏せた。
「ごめん」
「個性の集い」の現在の活動目的は「彼女」の完全回復だ。僕の案以外に目途は立っていない。状況は最悪に近かった。トランスポーターもまた「彼女」の友人であったから、僕たちは「彼女」に関する話題を特に丁寧に扱っていた。
あの事故の瞬間が網膜にちらついて、僕はそれを記憶の奥へ追いやるように目を閉じた。トランスポーターも静かになったので、僕は二度寝をしようとする。しかし、ある事を思い出して布団を跳ね除けた。
「トランスポーター。何かしてほしいことはある?」
彼女は僕の突然の質問に驚いたようだった。だが、直ぐに再起動して言った。
「今日一日付き合ってくれたらそれでいい」
「よし。早速行くぞ」
僕は認識阻害を発動して着替え始めた。トランスポーターはスマホでゲームを始める。
「何で急に?」
「思い出したんだよ。多分、一週間以内に君に依頼をすると思う。対価は今の内に払っておいた方が良いだろ?」
「ふーん」
僕はズボンを履いてベルトを締める。認識阻害をまた解除して、トランスポーターに向き直った。
「じゃあ、何処に行く?」
「襲われそうな場所で」
トランスポーターは悲しい過去があると噂だ。数年前、世界的な資産家の夫婦が一夜にして殺害される事件があった。彼女はその生き残りらしい。
中華街をぶらぶらと歩く。僕は珍しく「人がいる」と認識される程度に出力を弱めていた。彼女の護衛の為だ。本人からボディーガードが見えないと立ち回り辛い。
トランスポーターはパーカーの袖から鏡を出して、定期的に背後を確認している。それを横目に、僕はポップコーンを口に運ぶ。僕の個性の仕様上、誰がどれくらいの人数に認識されているのか直感的に分かる。僕は彼女が通常の五倍以上の人間から直視されていることを把握していた。ここからどうすんだろう。
トランスポーターが舌打ちをする。前から歩いてくる二人の目的が彼女であることに気付いたらしい。彼女は唐突に方向転換し、路地裏へ走った。それを見て僕も走り出す。
「何をすればいい?」
「なんとかして」
彼女はそう言って速度を上げた。僕がやるのか。
例の二人も走り出し、チェイスが始まった。僕は立ち止まり、二人の足を引っかけて転ばせる。チェイス終わり。僕は前回強盗から盗んだナイフで二人のアキレス腱を切っておいた。
いつの間にか転び、足を切られたことに目を白黒させる二人だったが、しばらくすると冷静になったのか大きい方がスマホを取り出した。どこかに電話を掛けるのを確認してから、僕はそれを奪い取った。
「もしもし? 逃がしました」
「何?」
ちょっと端的に話し過ぎたかもしれない。
「すみません。彼女の個性が思ったよりも厄介で逃げられました」
「チッ。早く捕まえろ。あいつの持つ腕時計さえ手に入れば、全ての富を手に入れられるのだからな」
こいつめっちゃ情報喋る。僕は無言で電話を切った。それと同時に個性で今の会話の記憶を相手の記憶から消す。ついでに通話記録も電話会社から消去した。僕は地面で倒れている二人に向き直ると、彼らの僕が視界に入っている間の記憶と僕が出した音を聞いているときの記憶を全て消した。これで良し。
僕は個性の出力を下げて彼女を待った。やがて角からやって来たので僕も移動するかと腰を上げると、彼女が曲がって来た角からぞろぞろと黒服が出てくる。まただよ。
僕は黒服たちと並走し、次々と足を絡ませて転ばせる。一々ナイフで刺している暇はないので、視覚を通して僕の行動を脳から完璧に消去した。何が起こるかって? 奴らは僕が走っている姿を眼球に収めている。呼吸する姿を眼球に収めている。動く姿を収めている。今から奴らは人間初心者だ。
追跡者がナメクジ同然になったのを見て、トランスポーターはようやく走るのを止めた。
「うーわ、怖すぎ。これ治るの?」
「治るか治らないかで言ったら治ると思うよ。人間の成長速度は凄いから。一年もしない内にハイハイを卒業して立てるようになるだろう」
「赤ちゃんプレイが捗りそうだ」
彼女は軽口を叩いて再び通りへ向かった。これまだやるのか。
それからというもの、トランスポーターが追跡者を引っ提げて路地に入り、僕がそれを処分するというのを繰り返した。しかし、僕も段々疲れてくる。特にナイフでアキレス腱を切る工程が結構力を使うから面倒臭い。それに、毎回電話に出る人物が同じでもう聞き飽きた。毎回記憶を消しているから内容も変わらない。追手のボスらしき人はもはやNPCと化していた。
「もういいんじゃないか?」
何度もそう言ったが、トランスポーターは断固として首を縦に振らなかった。そんな感じでもう18時。もう日は落ちている。帰りたくなってきた。
僕は記憶処理を施した追手を川に放り投げた。溺れそうで溺れないから見ていて飽きない。鉄柵に凭れ掛かって必死に手足をばたつかせる黒服を眺めていると、彼女は僕の袖を引っ張ってどこかへ歩き出した。また追手をトレインするのかと辟易するが、今度は明確に目的地があるらしい。僕は何か食べられる場所が良いなと思いながら彼女の後ろを歩いた。
着いたのはフードコートだった。やったー。僕は早速黒服の持っていた財布を取り出してラーメンを注文しに行った。細麺の豚骨ラーメンを注文した僕は、大人しく席に着いて呼び出しのベルが鳴るのを待つ。トランスポーターも生姜焼きを頼んで僕の隣に座った。僕は体を傾けて彼女がやっているゲームを覗き見る。ブルーなアーカイブだった。
しばらくして呼び出された僕は、ラーメンを手に席に戻る。彼女はとっくに生姜焼き定食を受け取って、食べ終えていた。早過ぎる。僕が手を合わせてラーメンを啜り始めると、彼女は徐に口を開いた。
「この腕時計は親にもらったんだ」
なんか始まったぞ。
「これ自体が金庫の鍵であり、相続先。確か親はそう言っていた。どこから漏れたのか知らないけど、少し前から莫大な資産を狙って追いかけてくる奴が多くなった。渡す気はないよ。これだけが私にたった一つ残された両親との繋がりだから」
そう言うと、彼女は黙り込んだ。僕は麺を啜る。最後の一口だった。
「終わった? 僕は返却するついでにトイレに行ってくるから」
トレーを返却口においてトイレに行く。スッキリして席に戻ると彼女がいなかった。最悪だ。僕は近くの裏道に走った。
男は裏路地で少女を羽交い締めにしていた。同僚はほとんどが失踪。見つかった者も半数が精神を破壊されていた。彼らのためにも、ここで決着をつけなくてはならないと男は思っていた。男は仲間に指示を出す。
「佐川、やれ」
「よし。コラッ暴れるな。あ! ば! れ! る! な! こいつ力強いぞ」
少女の足が羽交い締めしている方の男に当たる。痛みに僅かに力が緩む隙を逃さず、少女は男の膝を蹴って抜け出した。少女はそのまま走り始める。男達は慌てて後を追った。だが、その足は数歩で止まる。少女はビルの谷間の更に細い路地へと飛び込んでいったのだ。
そこは行き止まりであると男達は知っていた。ここに来て袋小路に逃げ込むとは、愚かな選択である。だが、油断はするまい。相手は、何年も捜査の目をすり抜けてきた化物なのだから。
少女は奥へ奥へと走って行き、男はその後を追う。だが、それも長くは続かなかった。男は直ぐに少女に追いついた。少女は突き当たりに追い詰められていた。少女は荒い息で男から後ずさる。男も少女を追い詰めるように前進した。もはや逃げ場はない。男の手が少女の左の袖を掴んだ。
「や、やめて」
そう言われて止まるわけもなく、男は袖を引きちぎった。ついに腕時計がその姿を表す。この瞬間の為に何人もの仲間を失った。そして、賞金は男の物だ。だが、その左手首を見た男は目を見開いて、ポツリと言葉を落とした。
「は?」
「やめて、お願い。とらないで。お願いだから。唯一の形見なの」
少女は手首を隠すように地面に倒れた。
僕は路地裏を走る。こっちからトランスポーターの声が聞こえた気がした。ビルの間を奥へ奥へと進み、ようやくその姿を捉えた。ああ、遅かった。
そこにいたのは、
「私、やめてって言ったよね? 音を聞いたよね。ね? じゃあもう、仕方ない」
スッと真顔になった彼女はそう言って、首を振った。髪がふわっと舞い、重力によって落ちる。その軌道上にあった男の手は貫通され切断された。あーあ。僕は耳を塞いで男の絶叫を遠ざけた。
トランスポーターの個性は「bon voyage」。世にも珍しい概念系だ。目的地まで彼女は安全と快適が約束される。彼女の旅路に障害は存在しない。そういう個性だった。彼女が障害だと思えば、山も法も言語も重力もその頭を地に着ける。僕が彼女の個性を振り返っている間に、もう一人の男は文字通り蒸発した。残念ながら、存在すら邪魔と思われたらしい。
「殺さないんじゃなかったっけ」
僕が訊くと、彼女は嫌そうに答えた。
「これは仕方ないって。だって私の大切な腕時計を奪おうとしたんだよ?」
彼女は何もつけてない左手首を指し示す。こいつこんなにおかしかったっけ。いや、最初からだったわ。
そもそも、彼女は自らの手で両親を殺している。理由は確か、「私の旅路を決めようとしたから、あいつらのを先に決めてやった」とかだった気がする。終わってる。
僕は切り落とされた手首を握りしめて地面に倒れている男に近寄り記憶を消去した。
彼女の個性は強力だが、誰でも思いつく様な弱点がある。目的地に着いた瞬間は無防備になるという事だ。しかし、数年前から彼女は本当の意味で無敵になった。どういう事かは、聞いた方が早いだろう
「トランスポーター。今の目的地は?」
「は? 天国だよ。変わらず」
つまり、そう言うことだ。こんなことをほざいておいて殺しはやめないから、とうとう腕時計の言い訳なんか作り始めた。そう言わなければただ殺しただけになるから、都合の良い事実を作って利用している。偽物の僕とは違う。根っからの悪だ。
天国を目的地に定めたなら簡単に死にそうだと思うかもしれないが、今彼女が死んでも天国には行けないから死なない。殺しを我慢して全ての罪を清算し終わるまで彼女は無敵だが、我慢なんてできないので彼女はどんどん天国から遠ざかっている。
そんな終わっている人間が彼女だ。そんな終わっている人間に依頼をしようとしている僕も、また終わっている人間だ。
トランスポーターが伸びをする。金の糸に混じるターコイズが鮮やかに月光を反射した。その間から覗く銀のような蒼眼が僕を射抜く。
「今日は疲れたし、帰ろうか」
「君にしてはいい考えだね。じゃ」
路地裏から出ようとした僕の腕を彼女が掴む。僕は短く息を吐いて文句を垂れた。
「疲れたっていう割に元気だね。まだ行きたい場所があるのか」
「一緒に帰ろう」
結構ですという前に道が開ける。空間が拡張し、一メートルと少ししかなかった道幅が三メートルくらいになった。僕は大人しく彼女に従って歩き始めた。一歩踏み出す。瞬く間に景色が変わり、僕は泊っているホテルの部屋にいた。
どうやら、部屋までの旅は長過ぎると認識されたらしい。もしくは、時間の浪費が障害と判定されたか。どちらにしろ、ふざけた個性の行使だ。見回すと、壁が直っている。ホテルの人と揉めるのが面倒だからだろうが、助かった。
ベッドに腰掛ける彼女を尻目に、僕はシャワー室へ向かう。彼女が無敵とされる理由はもう一つある。旅の目的地は幾つあってもいいと彼女が考えているという事だ。彼女は永遠に続く旅へと進路を定めている。既に旅立った彼女を止められる存在はもう「彼女」しかいない。
そう、僕が何とかしなくてはならない。三秒後に地球が爆発するとして、「個性の集い」のメンバーで死ぬ可能性があるのは僕だけだ。そして、惑星の解体程度なら僕以外、全員可能だ。そんな奴らが野放しになっているという事実は到底許容できるものではない。
僕が「彼女」の目を覚まさせて、メンバーのストッパーを再配置する。そして、幸せに暮らす。
僕は服を脱いで、冷たいシャワーにその身を曝した。
僕が303号室のドアを開けると、メンバーは全員揃っていた。七音、トランスポーター、玻璃、ナガレボシ。いつものメンツだ。
「あー強過ぎ強過ぎ強過ぎナーフしろ」
「何してんの? 三人に一人ずつで行くのは馬鹿でしょ」
「ごめんなさい。復帰ミスりました……」
「スター性が、ある」
騒がしい。見ると、四人でス○ブラをしているようだ。定期報告会じゃなかったのかよ。僕は認識阻害を一部解除して話しかけた。
「何してんの?」
「ス○ブラ。ゴーストも参加しろ。ナガレボシ絶対ボコす」
「その試合終わったらやる」
凄いキレてるのは七音。今にもコントローラーを握り潰しそうだったので、僕もその辺に落ちているプロコンを拾って参加の準備をする。七音という名前の由来は、何か変な気がするという理由で七音音階を主流にしたから。一週間が七日なのもこいつの仕業と言う説がある。普通にやばい奴だ。
改めて画面を見ると、三対三のチーム戦であることが分かった。ナガレボシvsその他だ。改めて見るとこの構成狂ってるな。
ナガレボシはデ○ジュモクのようなトゲトゲとした水晶の頭、それを周回する三つの衛星のような蒼い光、上質な備長炭のような質感の胴体から生える七本の腕、胡坐をかく長い足がチャーミングな年齢不詳性別不詳の人間だ。とても器用で、今も六本の腕で三台のコントローラーを同時に操作し、余った一本でポテトチップスを食べている。個性は「エンチャント」。端的に言えば、物体に対する個性の付与だ。
あーすごい。画面では一体のロボットが他の二人を抑えている間にロボット二体が見事な連係でゴリラをお手玉し、レーザーで消し飛ばした。やっぱ僕やめるわ。
「逃げるの?」
トランスポーターが煽って来るが気にしない。だって絶対負けるから。僕を入れた四人とナガレボシなんて、後者が勝つに決まってる。立ち上がろうとすると、玻璃さんが僕のズボンを掴んだ。彼女の個性は「異界」。別の世界を持ってくるという、ちょっと何言ってるか分からないおかしい個性だ。そして、脱げるからその手を離してほしい。
「助けてください……抜けさせて貰えないんです」
玻璃さんは有休をとって来てるのに、可哀想。僕はそう思いながら手を払い除けた。
僕はふと思い出して、ナガレボシの前に行ってプレゼントを足元に置いた。プレゼントと言ったものの、大したものではない。ロッククリスタル、銀と色硝子の栞、水引。主にインテリアやアクセサリーに分類される小物だ。
ナガレボシの腕が一本コントローラーから離れ、プレゼントを物色し始める。その隙に他の三人は猛攻を仕掛けるが、次々に返り討ちにされる。
「スター性がある」
ナガレボシの傍のラジオから音声が流れた。それしか言えねえのか。早く回復系の個性を作れるようになれ。
そんなことをしていると、いつの間にか決着がついていた。ナガレボシは一ストックも落としていなかった。強過ぎ。ゾンビのような声と共に三人がソファに沈んだ。
「これが定期報告会の姿か?」
「報告ならあるぞ」
意外にも、七音が僕のボヤキに反応した。
「敵連合っていう妙な団体があるらしい」
敵連合。僕はその名前を舌の上で転がす。なるほど。もしかしたら、ここが潮時かもしれない。
「よし。トランスポーター、依頼だ。引き受けてくれるよな?」
「勿論。依頼の内容は?」
「僕の回収だ」
不適更新です。
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