南鳥基地から小笠原を経由し、霞たちは4日ぶり、清霜たちは10日ぶりに本州を目にした。
伊豆半島を左手に見ながら北上していくと正面に見えてくる山が箱根。そのカルデラの中には特務機関NERVが拠点を置く第三新東京市がある。見慣れた形の山容はどうしてこうも安心感があるのだろうか。それは強固な要塞都市であるが故だけでなく、帰るべき場所のわかりやすいアイコンだからだ。まもなく任務を達成し、久々に上陸できることが楽しみでないものはいない。
「上陸して積み荷を降ろして、お昼ごはんはまだ先になりそうね。」
「霞ちゃん、おにぎりまだある?」
「もうないわよ!」
旧小田原市街に造られた新横須賀基地が見えてきた時だった。
「ソナーから変な音がする…」
最後尾にいた朝霜がそういうと、霞、清霜も耳を澄ませる。足柄は小さな悲鳴を上げた。
「潜水艦にしては妙に大きな音ね、とてつもなく巨大な物体かな。初めて聞く音。」
駆逐艦たちが分析していると今度は大淀の通信機が鳴り出した。
「”ヒトフタサンマルより特別非常事態宣言発令。指定避難場所に退避せよ。くりかえす、ヒトフタサンマルより特別非常事態宣言発令。指定避難場所に退避せよ。・・・”
これはどういうことでしょう。公共の周波数帯はみんな同じ放送をループしているみたい。」
「ま、とりあえず避難しましょうよ!」
「いや、いや、まずは司令に連絡を取るのが先じゃね?」
「早く上陸したーいー。」
「おっと、新横須賀基地から艦隊が出てきたよ!」
「10時の方向、巨大な水柱!!砲撃?違う、水中から、、、なんだありゃ。」
お祭り騒ぎだった5名全員の10個の目が釘付けになった。黒色の巨人が海中から現れて2本足で歩きながら上陸したのだ。
水中巨大物体の発見から大淀はNERV本部に状況を通信している。こんな時も冷静に役回りを果たしているのはさすがだが、半分は現実逃避のために夢中になってリポートしている。パニックになりそうな精神をとうとう一人で抱えきれなくなったのか、ついにインタビュー形式になった。
「ここからは、百戦錬磨の飢えた狼こと足柄さんに解説をお願いします。ソナーで探知した巨大物体が自らの足で上陸しました。あれはいったい何者なんでしょうか?」
足柄は持参する唯一の対潜水艦兵装である高角砲を握りしめながら、どさくさに紛れて駆逐艦の間に割り込んでいた。重巡洋艦である彼女は基本的には潜水艦に対して無力が故の防衛本能が知らず知らずのうちに出てきてしまい陣形を乱してしまった。このことで大淀のすぐ隣に並ぶ格好になり、その結果この無茶振りが飛んできたのだ。
「それはもちろん、深海から現れた敵よ!それすなわち深海棲艦と言いたいところだけど、上陸して山に登るなんて今まで見たことないわね。赤い海から離れて活動できないはずの深海棲艦とは別の種類ってことになるかしら。」
見事な受け答えはさすが足柄だ。大淀からしてみれば艦隊で最強の火力を持つ彼女が近づいてきてくれたのは、この場における最高の鎮静剤だった。落ち着きを少し取り戻してリポートを続ける。
「早川河口付近では、国連軍の艦艇や航空機、地上部隊から雨あられのごとくミサイルやロケット砲が発射されていますが全く効果が無いように見えます。」
「そういうところは深海棲艦とおんなじなのね。ということは通常兵器が通常しないフィールドを展開しているってことかも。ねえ、試し撃ちしてもいいかしら?」
そういうと足柄は高角砲をしまって主砲を巨人に向けた。
巨人の周りでは国連軍の航空機は第三新東京市への前進を阻むべく山側に展開しているが、麓の地上部隊は壊滅状態、艦艇は海上からミサイルをたびたび打ち上げているが効果がなく完全に無視されている。数マイル離れた洋上からは、そんな様子がはっきりと見え、山に向かって歩く逆三角形の背中がよく見えた。
巨人の背中は足柄からすれば十分に大きな的だった。
直後、2発の爆音がとどろき、発射された砲弾は放物線を描いて国連軍艦隊の上を飛び越え三角形の的のど真ん中に達し炸裂した。
巨人に対して明らかな効果はなかったが、足柄はしっかりした手ごたえを感じていた。
「間違いないわ、この感触は深海棲艦と同じ―ATフィールドね。」
様子をうかがいながら次発の準備をしていると、それまでのしのしと歩いていた巨人は突如、金色の光を放ちふわりと宙に浮き、山を一気に駆け上って姿が見えなくなってしまった。
少々残念そうに構えていた体制を崩すと、一連の動きを見ていた霞が近づいてきて
「誰かさんが、海が平和すぎて退屈みたいなことを言うから、あんなのが出てきちゃったじゃない!!山側に戦力を集中するために陣形をとっさに変えたのはいい判断だったけど、勝手に撃つのはナシよ!」
と旗艦として一言モノ申す。足柄はちょっと申し訳なさそうに肩を丸めると同時に、陣形を乱した理由を良い方向で誤解されたことに安堵した。
「霞、ありゃいったいなんだったんだぁ?」
場が落ち着いてきたところで朝霜が質問した。ほかの3人も聞き耳を立てる。
「みんなもわかっていると思うけど、あれが使徒よ。…たぶん。」
【用語解説】高角砲
対空兵器の一つ。航空機など空中目標を主とする砲であり戦艦から輸送艦まで幅広く装備されていた。とある戦いの後、どういうわけだか高角砲を使って潜水艦を撃沈したという話が足柄には残っているらしい。駆逐艦などには爆雷などの対潜兵装が装備されていた。