懐刀のコマタナさん
「トレーナーとトレーナーは目が合ったらバトル!これ常識だぜ!お小遣いも忘れずにな!」
「あ、あわわわ……」
イッシュ地方3番道路。初心者向けポケモンジムがあるサンヨウシティに隣接している道路。数多くの初心者トレーナーが初めて訪れると言っても過言ではないのどかな道路だ。そんな場所に、明らかに場にそぐわないエリートトレーナーが陣取り少女トレーナーに喧嘩を売っていた。
なにを隠そう、この男は先日圧倒的な強さを誇るジムリーダーに手痛い敗北を受けて夢に挫折し、ならば後進の脚を引っ張るついでに金もカツアゲしてやろうという底辺も底辺な思考回路を持つドクズだった。縄張りに入ってきた外敵に対しては集団で叩きのめすヤンキーそのものな生態を持つズルズキンが相棒なのは親に似るというべきなのか否か。
そんな性悪エリートトレーナーに運悪く絡まれてしまった少女は、わかりやすく金を持ってそうな風体だった。年齢は11ぐらい。小綺麗な青のワンピースに、上質な赤いジャケット。毛先が綺麗に手入れされている空色の髪はロングヘアーに纏められ、赤いハンチング帽を被っている。サングラスに隠されたサファイアの如き瞳は涙で潤んでいて、肩にかけた茶色いレザーバッグを左手で握りしめつつ右手でモンスターボールを弱々しく構えてプルプルと震えている。
「(ビンゴ。見る限りボールは一つ、旅に出たばかりで右も左も知らない初心者トレーナーだ。しかも身形のよさから、どこかのお嬢様が親の反対を振り切ってトレーナーになったばかりと見た。金をたんまり持ってる“おぼっちゃま”や“おじょうさま”みたいなタイプだな。コイツは上々だ。最悪のパターンは手持ちが強力なポケモンの場合だがそれでも指示でどうにかなる。さてさて…?)さあどうした、出してみろよ自慢のポケモンを!」
「ううっ、おねがい!コマタナさん!」
冷静に分析しながら挑発するエリートトレーナーに、少女はスイッチを押したボールをコロッと掌から転がし、落下したボールからそのポケモンは現れた。頭部と腕と胴体に刃が備え付けられ、赤い体色のヘルメットを被っているかのような黄色いまなざしのポケモン。はものポケモン、コマタナ。しかしそのサイズはエリートトレーナーの知るものより一回り小柄だった。さらに言えば、進化するのがあまりにも遅いため使用率が非常に少ないと有名なポケモンだった。
「ぷっ。最小個体か?そんな小さくて弱そうなコマタナをさん付け!仲がいいのはいいことだ、だが勝負の世界はそんな甘くないぜ!行け、クイタラン!」
そう言ってエリートトレーナーが繰り出したのは相棒のズルズキン……ではなく、チャンピオンロード付近にしか生息しない危険なポケモンとして有名なアリクイポケモンのクイタラン。はがね・あくタイプのコマタナにとって一番苦手な四倍弱点たるかくとうタイプではなく、はがねタイプにだけ有利なクイタランを出した理由は単純明白、必要以上に痛めつける気なのだ。
「いたぶれクイタラン。“ほのおのムチ”!」
「ブモッ!」
調整すれば最小ダメージでちまちま攻撃できる炎の鞭を口から出して襲い掛かるクイタラン。少女はあまりの熱量に目をつぶる。勝負以前の問題。勝った、とエリートトレーナーは勝利を確信する。
「…え?」
「ブモッ!?」
しかし信じられないことが起きた。コマタナは微動だにしていないにも関わらず、“ほのおのムチ”がコマタナに届く前に霧散したのだ。謎の現象に困惑したエリートトレーナーだったが今までの経験から技の不発か、そう結論付けてもう一度指示する。
「今度こそ当てろ!“ほのおのムチ”!」
「ブモーッ!」
やる気を増して大きく顔を振り上げたクイタランの“ほのおのムチ”が勢いよく顔の動きに合わせて振り下ろされる。しかしそれはやはり、コマタナに触れる直前に霧散する。目を丸くするクイタランとエリートトレーナー。ありえないことが二度連続で起きる、それはもう偶然じゃない。必然だ。問題はその原因がまるで分らないこと。クイタランがしくじったのは違うとわかる、ならば必然、原因は目の前の小柄なコマタナしかありえない。
「……」
目の前に灼熱の炎の鞭が迫っていたにも関わらず微動だにしなかったコマタナはまるで意に介さず、主人である少女に視線を向ける。怯えていた少女はその視線に気づき、目元に涙を浮かべながらも頷く。
「コマタナさん!」
「(来る…!?)」
「えっと、“メタルクロー”!」
警戒していたエリートトレーナーは少女の指示を聞いて半ば確信に至る。この少女、間違いなく初心者だ。初心者のふりをした玄人の可能性もあったが、クイタラン相手に愚直に“メタルクロー”の指示をする辺り本物だろう。ほのおタイプであるクイタランにはがねタイプの技である“メタルクロー”は効果はいまひとつ、勝ちを確信し、なんも指示を出さないで受けることで絶望させようとした。性格の悪いドクズである。
「ブモァッッ!?」
「へ?」
しかし、コマタナが光り輝く刃である右手を振るった瞬間、コマタナの三倍近くはあるクイタランの体がまるでゴムボールの如く吹き飛んで、背中から木に叩きつけられ目を回す。誰が見てもわかる、戦闘不能だ。
「な、あ…?」
慌てて駆け寄るエリートトレーナーは、不思議なものを見た。“メタルクロー”が突き刺さった刺突痕。それが、複数も存在していて針の
「な、なかなかやるな……?手加減の必要はなさそうだ……ズルズキン!」
「ひっ!?」
出てくるなりガンをつけてくるズルズキンに少女が怯える。“いかく”だ。相手を怯ませて攻撃力を下げるとくせい。しかしまるでコマタナには効いていない。ここでしまった、と思い至るエリートトレーナー。コマタナのとくせいは、相手の技や特性で能力が下がった時に自分のこうげきが2段階上がる“まけんき”か、相手の技でひるみ状態にならないうえにいかくの効果も受けない“せいしんりょく”のどちらかだ。後者ならともかく前者だったら最悪なことになる、そう思い至ったが攻撃力の変動は見えない。後者の様で一安心した。
「一撃で決めてやる!“ふるいたてる”だ!…ズルズキン?」
「…フーッ!」
得体のしれない相手であるコマタナに対し万全を期すために自分の攻撃と特攻を1段階上げる“ふるいたてる”を指示。しかし、ズルズキンはなにかに気を取られている様でまるで“ふるいたてる”を行わない。なぜ、と見てみればふりふりと左手を動かすコマタナが見えた。“ちょうはつ”、変化技を行わせない技だ。
「くそっ……いつの間に指示を…!?ズルズキン、“とびひざげり”だ!」
ならばとズルズキンが有する最高火力の“とびひざげり”を指示。“ふるいたてる”をせずとも
「フォオオオッ!」
「……」
しかしコマタナは、その小さな脚を動かし体勢を横にずらして、紙一重で回避。コマタナの眼前を通り抜けていったズルズキンは地面に激突、そのまま気絶してしまった。
「そ、そんな馬鹿な!?」
たしかに“とびひざげり”は外した場合自身も大ダメージを受ける諸刃の剣だ。だが一撃も攻撃を受けてないズルズキンが倒れる程の反動ダメージではないはずだ。なにが起きたのか。駆け寄って気付いた。ズルズキンの全身が切り傷にまみれていることに。そして思い出すのは、何故か通じなかった“ほのおのムチ”。
「コマタナは“みきり”を覚えないはずだろ……それにこれは、“かまいたち”の風の刃か…?な、なんなんだ……なんなんだよそのコマタナ!…ひっ!?」
恐れどよめくエリートトレーナーに、すり足で近づいて睨みつけるコマタナ。まだやるか?とでも言っているかのようで。
「こ、この方は私……ソハヤの懐刀、コマタナさんです」
「お、俺に近づくなアアアアアア!?」
少女、ソハヤの言葉にエリートトレーナーは手持ちがまだいるにも関わらず、理解不能のそれに怯えてズルズキンを慌ててボールに戻すと財布を放り出して走り去っていった。財布を拾い上げ、オロオロするソハヤ。
「……えっと、あの……落とし物……交番に届けよう、かな?」
「ナタッ」
ソハヤの言葉に賛成と言わんばかりに右手を振り上げるコマタナさん。無表情の顔からはソハヤへの信頼が見て取れた。
最小個体だけどめっぽう強いコマタナさん。ソハヤはソハヤノツルキから。
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