死ななきゃ世の中何とかなるよ   作:サラダボウル

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懐玉・玉折編
愚か者


 長野県某所。

 街灯はなく、人気もない、夜中に走るのは全くお勧めできない道に、一台の車が止まっていた。

 

「───と、今のところ入ってる情報はそんな感じです」

 

「なるほどねー。了解了解。さくさくっと終わらせてくるよ」

 

 車のすぐそば。

 大柄な男が一人、そしてその隣にさらに背の高い男が一人並んで森を眺めている。

 

 見てくれは不審者。

 どうみても死体を埋めに来た犯罪者である。

 

「情報によれば産土神です。それに、予定よりも時間が押して夜ですので、気を抜かないでくださいね」

 

「大丈夫だって、白取(しらとり)は心配性だなあ」

 

 補助監督である白取の忠告を、隣に立っている男は雑に聞き流す。

 傍に立つ白取よりも背が大きく、夜中だというのに帽子をかぶっている不審者は、いけすかない笑みを浮かべながら森の方を眺める。

 

 夜は呪霊の活動が活発となり、討伐する時間帯とは言えない。

 確実に、安全に討伐するのなら夜は避けるべき時間であるが、今日中に仕事を片付けたいとわがままを言ったためこうなっている。

 

「報告じゃそれほど脅威じゃないし、いつも通りでいいでしょ」

 

「そうかもしれませんけど、一応です。じゃあ、帳おろしますね」

 

「おう」

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 夜ということもあり、視覚的な変化はあまり見受けられないが、無事帳はおろされる。

 それを確認した男は、じゃあね~と白取に手を振って森へと入っていった。

 

「まったく……あの人には困らされてばかりだ……」

 

 

                    ■■■

 

 

 ずんずんと先へと進んでいくと、不自然な木が男の目に留まる。

 周囲を眺めると、ところかしこに幹の一部分がえぐれた木があり、人ならざる者が暴れた跡が確認できる。

 生き物の気配はなく、そこにあるのは呪霊の残穢だけ。

 吐き気がするほど濃く、見ているだけで視界がゆがみそうな残穢。

 

「思ったよりえぐいのがいるな。やっぱ、特級よりも上を作るべきだと思わない?」

 

「ドウデモ……イイ……」

 

 男が話しかけた()()は、話に一切耳を貸さず、乱雑に会話を断ち切ってしまう。

 その反応を少しだけ残念そうな顔をしつつも、男は視線を山頂の方に向けてほんの少し口角を上げる。

 

「いいや、さっさと終わらせて帰りましょ」

 

 整備されていない荒れているただの山をどんどんと進む。足場は悪く、根っこに足が引っかかりそうになりながらも、足は止めない。

 木に付着している残穢の濃さを時折確認して、自分の向かっている方向が正しいことを確認しながら男は登山を進める。

 

 夜の森は、自然の美しさよりも恐怖を煽る。目に見えるもの、見えないもの全てに敵意を感じる。

 根源的恐怖である闇。見えない恐怖は、人間の想像力を掻き立てる。

 

 そんな森を歩き始めてから約10分後。

 やっとそれは見えてきた。

 

「どーも」

 

 山頂───ではなく、今回の討伐目標である呪霊が、木の上でこちらを見てニマニマと笑っている。

 しっぽがあり、全身毛むくじゃらで、顔が赤い。どこからどうみても猿である。

 違うところを挙げるとしたら、猿とは思えないほどのサイズをしていることだろう。

 

「ケヒヒッ!」

 

 初めましての挨拶。

 とでも言いたげな速攻。

 

 一瞬にして目の前から消えた呪霊は、成人男性と同等のサイズのこぶしで男を殴り飛ばす。

 よけず、受け身すらとらなかった男は勢いそのまま木に衝突し、痛そうに唸る。

 弱そうな男の様子を見て、好機ととらえた呪霊は一瞬で間合いを詰め、二撃目をたたきこむ。

 

「──ッケ!」

 

 はずだった。

 突如鳴り響く轟音。

 それと共に、呪霊の右手が吹き飛ぶ。

 騙された。そう判断した呪霊は、大きく後ろへと飛び、木の上へと戻ってしまった。

 

「おい!一発で仕留めろや!」

 

 悪態をつきながら、もろに呪霊の攻撃を食らっていたはずの男が立ち上がる。

 その顔からは全く先ほどの攻撃が効いているようには見えず、何事もなさそうな顔をしている。

 

「ミス……ダレシモスル」

 

「お前がするな」

 

 呪霊はそっちのけ。

 目の前に自分を殴りつけてきたヤツがいるにもかかわらず、両者ともそちらには微塵も興味を示しておらず、いがみ合いが始まる。

 

「あの状況で、手を運よく打ち抜くことある?頭の方がサイズデカいだろ、老眼か?」

 

「ロウガンハ……トオクハミエル」

 

「なら、なおさら当てんかい!!」

 

 口論が激しくなり、呪霊は蚊帳の外。

 どうしたもんかと、会話の外から呪霊は迷う。

 だが、すぐに方針は固まった。

 

「ダイイチ……ソッチモウテバ───ッ!」

 

 木の上にいる()()の視線が、男から外れる。

 それを疑問に思った男が視線を先をたどる。

 

 いきなり話をやめるなんて不躾じゃないか。

 なんてしょうもないことを考えながら視線を動かした男。

 

「えっ、ちょま」

 

 そんな男が人生の最後に見たのは、毛むくじゃらのこぶしだった。

 

 

                    ■■■

 

 

 男が山に入ってから大体30分後。

 白取は、一人で帰りを待っていた。

 

 補助監督の役目は送迎と、帳を下すこと。

 時折一般人の相手をすることもあるが、メインは上記二つ。

 なので、討伐が終わるまで基本的にやることはない。

 

 だが、今日は呪霊の討伐依頼が多くこれで四件目。

 これまでに行った三件の事務処理が残っていたのでそれが終わるぐらいに帰ってくるだろうという考えだったのだが、その仕事が片付いても男が車に戻ってくる気配はなかった。

 やはり、夜に特級案件を行うのはまずかったのでは、そんな一抹の不安が白取の脳内をよぎった瞬間。

 

 視界の端で何かが動いた。

 帰ってきたのだろうか。そう思って窓から外を眺めようとしたとき。

 

「───ッ!」

 

「うーらーめーしーやー」

 

 そこにはどこから持ってきたのか分からない懐中電灯を持った男が、顔を下から照らしていた。

 もし一般人がこの光景を見たら失禁間違いなしの恐怖映像だが、呪霊を見慣れている白取は驚くことはあれど、恐怖はしない。

 

「何やってるんですか」

 

 冷静に窓を開け、懐中電灯を奪い取る。

 

「──あ。いや、運よく見つけたから」

 

「はぁ、帰りますよ」

 

「あいよー」

 

 後ろの扉を開け、ドカンと体を後部座席にあずける。

 がたっと車が揺れ、白取のストレスが若干増えた。

 

「呪霊の方は?」

 

「事前情報通り猿の呪霊だったね。自分の力が抑えきれなくて暴れてるって感じ」

 

 ひょうひょうと、今日学校であったことを報告する小学生のような口調で、男は呪霊の特徴を話す。

 特級らしくはなかったよ、なんて軽口を飛ばしながら。

 

「その割に首元が汚れてますよ」

 

「え」

 

 白取に言われて、男の視線が首元へと向かう。

 襟元がわずかに、赤色に染まっている。

 どこからどうみても血であった。

 

「げ、今日は汚さずに行けると思ったのに」

 

「それ、明日も同じ服着るつもりでしたよね」

 

「ははは」

 

「否定してくださいよ」

 

 肯定せずとも、否定しなければ意味がない。

 どうせ明日も呪霊の討伐で忙しいから同じ服でも分からんやろ、と甘えた考えを見透かされた以上、笑って流すしかなかった。

 白取に着替えをするように言われるのはほぼ毎日ということもあり、男もさほど気にしていないし、白取も半ば諦めている。

 こういう人だしな、と許容範囲を広くとっているためついでのような口調での注意だった。

 

「そういえばさ、(いおり)から冥冥(めいめい)さんと一緒に任務に行ってきます!って連絡があったっきり連絡がないんだけどさ、なんか知ってる?」

 

「冥冥さんと庵さんでしたら、昨日から任務をしているはずですよ。まだ続いているのでは?」

 

「冥冥がいてそんな時間かかるかな~。それなりにできるほうだと思ってたけど」

 

 一級術師である冥冥がいて、丸一日かかるほどの任務だと言われると遠方かと思う男だったが、男の記憶では静岡のはずなので、丸一日かかるほどの距離ではない。

 歌姫は二級であるため、特級案件がふられることもないだろうし、いくらなんでも時間がかかりすぎていると感じた。

 

「このまま静岡行くか」

 

「明日も仕事はあるんですよ?」

 

「かわいいかわいい、生徒に会いに行くぐらいいいだろ。明日の任務は明後日に回すか、五条(ごじょう)にでもやらせればいいよ」

 

「よくないですが」

 

 静岡に行く。行かない。行く。行かない。

 と高専へと帰るつもりの車内で、押し問答が続き、最終的に白取が折れる形で決着がついた。

 

「さわやかって、お店でおいしいハンバーグが売ってるらしいよ」

 

 決着がついて早々。

 舌戦に勝った方はもうすでに静岡旅行の旅程作りに取り掛かっていた。

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