「いわくつきの洋館ねー。よくある話じゃん」
白取から歌姫の向かった任務の説明を受けている男は、つまらなさそうにそう言った。
事故物件の調査の任務は術師の中でも一般的なもので、一年に一回ぐらい回ってくる仕事だ。それに、よっぽどの場所や事件でも起こっていない限り危険度の高い呪霊が出ることもない。
事故物件と言われると、地元の人から恐れられていそうなものだが人間は案外忘れっぽいもので、一年二年もすると負の感情の集まりは鈍化する。なので、わざわざ一級術師が派遣されるほどの任務になることはない。
はずなのだが、それでいて冥冥が派遣されたと考えると攻撃的という意味で危険度の高い呪霊か、面倒くさい特性があるという意味で危険度の高い呪霊のどちらかである。
攻撃的な呪霊なら冥冥が後れを取ることはない。なので、面倒くさいタイプなんだろうなあ、と男の中で呪霊のタイプが確定する。
「それと、話によりますと五条くん、夏油くん、家入さんも現場に向かってるそうですよ」
「ん?なんで」
「あなたと同じような理由かと」
なぜと、不思議そうな顔をする男に白取は何を言っているだと言いたげな口調で、つっこんだ。
どう考えてもアンタと考えてることなんて同じでしょうよと思いながらも、それは表に出さない。
出したところで得られるものはないと、賢い白取は理解しているのだ。
「もし五条の方が先に着いたらもしかして、俺は無駄足を踏む可能性があるってことか」
それはよろしくない。急げ白取!と檄を飛ばす後部座席の子供をしり目に、白取はアクセルを踏む足を一切動かさずに、分かりましたと返事をするのだった。
■■■
「助けに来たよ~」
なんて、軽い口調で屋敷を吹き飛ばすのはテロリスト──ではなく、白髪で高身長な、グットルッキングガイ。
白取たちよりも先に到着した五条らによって、冥冥と歌姫の両名は救助されていた。
「泣いてる?」
「泣いてねぇよ!!」
あと、敬語使え!と五条に注意する歌姫。
任務へと派遣されてから約30分後。やっと外に出ることのできた歌姫は、外の空気のおいしさを感じながら立ち上がる。
先ほどまで自分たちを閉じ込めていた屋敷は木っ端みじんとなっており、歌姫の足場となってしまった。
この光景を後から見た人間がいたとしたら、ここに屋敷があったなんて話はバカな話だと一蹴されてしまうだろう。
「泣いたら慰めてくれるかな?ぜひお願いしたいね」
「冥さんは泣かないでしょ」
冥冥のお願いを軽く笑いながら否定する五条。
思ってもいないことを口に出す冥冥と、思っていることをそのまま口にした五条。歌姫は蚊帳の外である。
「五条!!私はね、助けなんて───
─────バグンッ!
歌姫を後ろから襲い掛かろうと現れた呪霊が、さらにその下から現れた芋虫のような呪霊に飲み込まれる。
後ろから襲われていることすら感じ取れなかった歌姫は、すべてが終わった後に何が起こったんだとやっと振り向く。
「飲み込むなよ。後で取り込む」
呪霊の後ろから現れる変な前髪をした男。
塩顔なグットルッキングガイ、
「悟。弱い者イジメはよくないよ」
「強い奴イジメるやつバカがどこにいるんだよ」
「君の方がナチュラルに煽っているよ。夏油君」
自らのプライドをズタズタに引き裂いてくる夏油のことを、鬼のような顔でにらみつける歌姫。
殴りかからなかったのは、彼女の今にも消えてしまいそうな理性が働いたからである。どれだけこの二人がクソ野郎であっても、力の差は歴然。歌姫でも実力行使には出られなかった。
そんな二人を少し上から眺めている五条と冥冥の後ろから近づく人影が二つ。
五条よりも小さくて細い影と、大きくガタイの良い影が、跡形もなく消し飛んでいる屋敷の上に立つ夏油と歌姫の視界に入ってくる。
「お前ら速いな。家入が遅いだけか」
「歌姫センパ~イ。無事ですか~?」
「
「冥冥さんと任務に行ってきますって連絡を送ってきたっきり、二日も音信不通だったから心配してきてやったぞ」
「そうですよ~。心配してきました~」
「硝子!アンタはあの二人にみたいになっちゃ駄目だよ!」
家入へと飛びついて、涙を流しながら懇願する歌姫。
あんなクズにはなりませんよ、とひょうひょうと五条らをクズ呼ばわりして、ならないことを伝える家入。
もうすでにクズの片鱗を感じさせる言い方である。
「
「今日の分を明日に回しただけだよ。明日は和歌山だっけな」
白取がそう言ってた気がすると、顎をさすりながら語る佐竹。
基本的に任務は白取に任せているので、どこで何をするかは知らない。
知っているのは明日仕事があるかないかである。
「じゃあ、今日暇ってことでしょ!高専帰ったらちょっと稽古つけてよ!」
「こっちで昼食べてくつもりだから、午後な」
「悟。佐竹先生は忙しいんだから、あまり無理を言っちゃいけないよ」
「いいよいいよ。今日は暇だしな。夏油も一緒にやるか?」
「本当ですか?なら、お願いします」
興奮する五条を制止しようとする夏油だったが、佐竹の方から提案を受けるとほんの少し目を輝かせてから了承した。
呪霊操術の使い手である夏油は肉弾戦が苦手だと勝手に思われがちだが、全然いける方なので五条と佐竹の稽古にはたびたび入ることがあった。
だが、どちらも多忙ということでめったに遭遇できないこともあり、まさか向こうから予定を組んでみらえるとは寝耳に水だったのだ。
「そっれにしても随分と派手にやったな。五条だろ、これ」
「当たり前じゃん。歌姫にこんなことできないよ」
「しっかしまあ──
─────帳もおろしてないのによくやるわ」
■■■
「だははは!あの時の顔みたか!めちゃくちゃ面白い顔してたぞ!」
場所は変わって、さわやか。
五条らは帳をおろさずに大暴れした問題の収拾をつけるために、高専へとんぼ返りしていったためボックス席には佐竹、歌姫、冥冥の三人が座って、ハンバーグを食べていた。
「少なくとも県内では大きなニュースになるだろうね。かなり派手にやっていたし」
「これだったら私たちだけでどうにか、なってたんじゃないの?」
「どふだろふな。おふぁえらもはいへつしそうはっはわけじゃないんはろ?」
ハンバーグをおいしそうにほおばりながら話す佐竹。
冥冥が、食べ終わってから話したらどうだい。と、母親のように諭す。
「別に解決寸前だったわけじゃないんだろ?」
「そうですけど!もしかしたらあそこからは自力で出られたかも知れないじゃないですか!」
「出てどうすんだよ。そのあと呪霊との戦闘になったら、庵は何もできないだろ?」
「そ、そうですけど……」
歌姫の術式は戦闘向きのものではない。あくまで味方を強化する術式なのため、戦闘は冥冥がすることになる。
術師としてのセンスがないわけではないが、お世辞にも前線向きとは言えなかった。
「それで今日の呪霊ってどんな感じだったんだ?」
「えっと───
屋敷に閉じ込められたこと。
廊下が無限に続いていたこと。
ループ構造ではなく、つぎはぎ構造だと予想したこと。
その三つ歌姫は佐竹に話す。
佐竹のプレートに残っていたハンバーグがなくなるのと同じぐらいのタイミングで、そんな思い出話は終わった。
「ふーん。そんな面白そうなのがいるのか」
「面白そうって……出られなかったらどうしようって不安だったんですよ?」
「冥冥がいるなら何とかなるだろ」
「そうだね。必要があれば私の方で無理矢理どうにかしたかもね」
「え!?」
てっきり冥冥も自分と一緒で飛び込められて困っていると思っていた歌姫は、冥冥の出ようと思えば出られたとでも言いたげな発言に目を丸くする。
その様子を見て冥冥は少し笑みを浮かべながら話し出した。
「君が楽しそうに推理をするものだから眺めていたけど、最初から私がカラスを放てば終わっていたんだよ。適当に数匹放つだけでも目が増える。早く結論にたどり着けていただろうね」
「た、確かに……」
少し前から冥冥が力を入れ始めた術式。
戦闘向きではないが、戦闘以外なら基本的に汎用性のある便利な奴である。
戦闘にも使えるようになったという噂が一時期流れた時、佐竹は聞き出そうとしたが一億を請求されたため諦めた。
「まだまだってことだ。ま、それを言わない冥冥も悪い奴だけどな」
「生徒の主体性を信じたって言ってほしいね。意地悪したわけじゃないよ」
「う……そうですよね。気づけなかった、私が悪いです」
会話がひと段落する頃には全員食べ終わっており、冥冥と歌姫の任務の報告もあるということで早々に帰ることとなった。
ワンチャン冥冥が助けてくれたお礼に払ってくれないかな、とちらりと見た佐竹だったが、ひらひら~と手を振って店を出て行く彼女を見て諦めた。
■■■
「ふう、そんじゃあ、帰りますか」
「じゃあ、山形の方まで行きますか」
「え、高専じゃねぇの?」
冥冥らと別れた佐竹は、白取の待つ車へと向かい、乗車する。
相変わらず、勢い良く座るので白取のストレスメーターが上昇した。
「早く終わったんだから次の仕事に行きますよ。年中人手不足なのに、休める暇なんてあるわけないでしょう」
「いやあ、今日、五条たちと稽古する約束しちゃったからさ、それだけさせて!」
「時間……ないんですけど?」
どこでしてきたのか分からない、自分勝手な約束にストレス値が限界を超え、オーバーフローする白取。
そして、そんな白取を見慣れている佐竹は今にも切れそうな血管を見ても何も感じなくなった、人ではない何かである。
切れたら治すし、とのたまったときは地獄の30連勤に連れていかれたことは記憶に新しい。
はずなのだが、本人は覚えていないかのようにいまだにひょうひょうとしている。
次の日にはけろっとして朝を迎えていたので、白取も彼の楽観的思考についてはよく分かっていない。
「はぁ……。東京の方でいいですね」
「さすが白取!愛してる!!」
雑な求愛を舌打ちで退けた白取は、和歌山でもなく、山形でもなく、東京高専へと戻るためにエンジンをかけるのだった。