たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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秘密の約束

 前世では箸の持ち方もあいまいだった俺だけれど、今世ではテーブルマナーは割とちゃんとしてる。人間教われば煩雑なルールも案外守れるものらしい。

 前世でも3秒ルールならちゃんと守ってたんだけどね。

 なんと床に食べ物が落ちても3秒までなら雑菌がつかないという素晴らしいルールなんだけれど、普通に嘘なので気を付けたほうがいい。

 

 多分この世界でそれをすると、母上が仰天してしまうので自主的に封印したルールだ。そもそもテーブルマナーちゃんとしてると、食べ物こぼすこと自体が稀なんだけどね。

 

 大人たちのなかに紛れると、子供が口を開く機会はあまりない。他家の怖い顔した当主とか、ちょっとトラウマ系の見た目の夫人とかがいるけど、さっきイレインと二人きりでいたときよりは心安らいだ。

 

「そういえばイレイン、ルーサー君には良くしてもらったか?」

「書庫で魔法に関する本を見せていただきました」

「ふむ……、そうか。ルーサー君はあの『賢者』を師として魔法を学んでいるのだったな」

「もう第二階梯まで使えるそうだ。最近は私と一緒に剣の稽古にも励んでいるし、将来が楽しみだ」

 

 お、父上が俺のこと自慢してる。

 あんまりアピールしなくていいからね、と思うのと同時に、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる。頑張りが認められるというのは嬉しいものだ。

 うんうん、もっと褒めてくれてもいいよ。

 

「ふふっ、文武を兼ね備えた立派な後継ぎですわね」

 

 そうでしょう、ウォーレン伯爵夫人。

 夫人も唇の端のほくろがセクシーですよ!

 

「成程、この年ながら素晴らしいな。病気も癒えたときくし、イレインの嫁ぎ先として憂い無しだな」

 

 でしょうでしょう、ウォーレン伯爵閣下! イレインの嫁ぎ先としてもね、俺はかなり良物件でね、うん。……うん?

 

「昔からの約束だものな。生まれた子が異性だったら許婚にすると」

 

 へいパパ上、何言ってるんですか?

 私そんなの何も聞いていませんけども?

 なんなら今日一日めちゃくちゃ気まずかったですけど?

 

「ははは、これでめでたく私たちも親戚になるというわけだ。もしイレインが男だったら、サフサールを廃嫡して当主にしたいくらい優秀なんだがなぁ」

 

 待て待てめちゃくちゃノンデリなこと言ってんなこの眼帯悪役顔おじさん。サフサールって誰だよ。イレインのお兄ちゃん? 弟? いないからってちょっと酷いこと言うね。

 そういうのって知らないうちに本人に伝わるから控えたほうがいいと俺は思うよ?

 

 って、そんなことを気にしている場合じゃない。

 何? イレインって俺の許婚なの?

 雰囲気的に知らなかったの俺だけ? まじかよ。

 

 イレイン、お前は知ってたの?

 

 視線を向けるとイレインの眉間に皺が寄る。

 あー、はいはい、分かりました。親に勝手に決められた婚約相手だったから、俺にあんな態度だったわけだ。俺が相手じゃご不満ってことね。

 まぁ気持ちはわからないでもないよ。

 俺もできたら自由恋愛したいもの。

 

「一週間は滞在するんだろう? ルーサー、その間イレインさんと仲良くするんだぞ」

「はい。……父上、僕は許婚のことを知らされていなかったんですが」

「うん? そうだったか。でもイレインさんは綺麗で賢い子だ。嬉しいだろう?」

「はい、嬉しいです……」

 

 これ貴族社会だと多分当たり前のことなんだな。

 父上、ほんの僅かも悪いと思っている様子がないぞ。

 ここで『嫌です』とか『どうしてですか』とか言おうものなら、めちゃくちゃ無礼者として家同士の関係に不和が生じそうだ。俺にはそんな勇気はない。

 所詮元々は田舎の一般人だから、なかなか人に強く出ることなんかできないのだ。

 まして何が起こっているやらよくわからず混乱中である。まずは一度持ち帰って検討させてくださいモードである。しがない営業マンはそうしてお上にお伺いを立てる癖がある。

 

 俺の気持ちなど誰も汲むことなく、食後の歓談は続く。

 ここの主役は俺ではないのだから、この対応は当然のことだ。

 半ば呆然としながら視線をさまよわせていると、またもイレインと目が合ってしまった。

 イレインは僅かに首を傾けながら、俺の方を見ている。ご機嫌斜めの表情ではなかったのが意外だった。

 そして口パクで何かを俺に伝える。

 何? そんなの読み取る技能ないんだけど。俺に期待しすぎじゃない?

 

 とりあえず神妙な顔をして頷いたのは、仮にも許婚らしいイレインにこれ以上嫌われないようにするためでしかない。

 そっとミーシャに目配せすると、小さく頷いてばちっとウィンクしてくれる。

 さすがミーシャ、略してさすミー。俺にできないことを平然とやってのける。

 後で何言ってたか教えてね、頼りにしてるからね。

 

 

「それで、さっきのイレイン嬢って何を伝えようとしてたの?」

「……はい? さっきのとはなんでしょうか?」

 

 待て待て、なんだそのすっとぼけは。

 だってウィンクしてくれたじゃん。俺が助けを求めたときに、頷いたじゃん。俺たち以心伝心の無敵のコンビじゃないの?

 

「ほら、食事の途中でウィンクしてくれたでしょう?」

「ああ! あれですか。突然許婚がいることを知らされたのに、イレイン様に嫌な思いをさせない素晴らしい対応でした、流石ルーサー様」

 

 違うんだよなぁ。

 褒めてほしかったわけじゃないんだよ。確かに俺、何かがうまくいったときにミーシャに褒めてほしそうな視線を送ることはあるのは認めるよ?

 でもあれはそうじゃなかったんだよなぁ。

 頼りにしてるとか内心でめっちゃ褒めちゃったよ。

 

「……うん、ありがとう」

 

 まぁ、勝手に期待しただけだし、怒ったりはしないけどさ。

 

「ところでルーサー様、イレイン様とは何か約束をされてましたっけ? 『あしたはなしましょう』と声を発さずに仰ってましたけれど」

「え?」

「ですからイレイン様と何かお約束をされていたんですか?」

「待ってね、さっきの口パクパクしてたのって『あしたはなしましょう』って言ってきてたの?」

「ええ、そうですけど……」

 

 やっぱすごいじゃんミーシャ。さすミー。

 なんで読唇術とかできるの?

 

「メイド間で声を発してはいけない時のやり取りに便利なんですよ」

「僕今何も言ってないけど」

「なんで読唇術ができるのか不思議そうにしていらっしゃったので」

「あ、そうなんだ……」

 

 ちょっと怖いかもミーシャ。 

 

 

 んでもって翌日。

 女の子と約束って言葉はなかなかいい響きだと思う。

 彼女いない歴=年齢である俺としては、胸がドキドキワクワクしてしまう、はずだった。

 でもねー、前世の最後で腹をドクドクさせられてる身からすると、実は女の人ってちょっと怖いんだよね。それが幼女だとしても、何を考えているかわからない以上不気味さは残る。

 特に中身が大人の女性の場合、普通の幼女よりとってくる手段が多彩になるはずだ。

 

 お前は悪役だから今のうちに殺しておく! とかなったらどうしよう。

 普通に考えたら保身もしないといけないだろうから、出会って二日でぶすっとは来ないだろうけれど、頭ぶっ飛んでる系はそういう理性が利かないから。

 イレインの場合終始冷静だったし、わざわざ場所を選んで秘密の話をしようって言うんだから、そこまで変なことはしてこないと思うけどね。

 

 俺はチキンだから当然ミーシャには同行してもらう。

 あ、抑止力として連れて行くのであって、物理的に守ってもらおうってわけではない。女の子を盾にして逃げるほど外道にはなりたくない。いざとなったら体張ってでもミーシャは逃がしてあげるからね。

 

「ルーサー様、ため息が多いですね。ご不安ですか?」

「ん、ごめん」

「イレイン様の前では控えてくださいね」

「そうだね、感じ悪いもんね」

「……これは秘密にしていただきたいのですが」

 

 そんな切り出し方にミーシャを見て立ち止まる。続きを促すために黙ってうなずくと、ミーシャはちょっと不満そうな表情を作って続けた。

 

「イレイン様があの態度をとる理由がわかりません。将来有望でお顔立ちも整ってますし、優しく真摯に接しておりました。何がご不満だったのでしょう。私は悔しいです」

 

 ぷりぷりと遺憾の意を表明するミーシャにちょっと気持ちが和んでしまった。

 でも親馬鹿みたいになってるから、イレインの前では抑えてね、嬉しいけど。

 

「うん、そうだね、ありがとね、ミーシャにそう言ってもらえるだけで僕も嬉しいよ」

「しかしですね……」

 

 そのあとも俺のいいところを上げ連ねてくれるミーシャ。

 そろそろ恥ずかしいからやめようか。

 2度制止をかけたころには、いい感じに気が抜けてしまった。

 

 父上と母上の件では妙な先入観を持ってたせいで失敗したし、あまり構えないでいった方がいいんだろうな。

 もともと俺はそんなに頭のいい方じゃないし、楽天的な性格なんだ。妙な死に方をして妙な環境に放り出されたせいで神経質になっちゃってるけど、本質的に人を疑うのがあまり好きじゃないんだと思う。

 父上と母上の問題を解決したのだって、半分くらいは俺が耐え切れなくなってきていたって理由もある。

 疑うよりは信じる方が気が楽だ。

 

 でもなー……、俺、今世じゃ貴族だしなー。悪役かもしれないしなー……、警戒心全部捨てるわけにはいかないよなぁ。

 せめてどんな不意打ちにも対応できるくらい強ければ話は別なんだけど。

 

 なんて考えているうちに書庫についてしまった。

 

 外でイレイン付きのメイドさんが待機している。

 これもしかして、ミーシャも外に置いていかないとダメ?

 見上げてみると、申し訳なさそうな顔をするミーシャと目が合った。

 

 あ、はい、一人で入ります。

 

 一応ノックをしてから中へ声をかける。

 

「ルーサーです。入ってもいいでしょうか?」

「……どうぞ」

 

 少し間があってから、扉が中から開けられてイレインが顔をのぞかせた。相変わらずすました顔をしていて何を考えているか読み取れない。

 

「ありがとうございます」

 

 外から扉を押さえてやると、イレインが引っ込んでいく。

 そのまま体を滑り込ませるように書庫へ入ると、昨日のマットの上には既に本が数冊積まれていた。魔法関係の簡単な本ばかりがおいてあるので、興味は間違いなくあるのだろう。

 本を普段から読んでいるというのも嘘ではなさそうだ。

 

「どうぞ」

 

 イレインは自分が座っていたであろうクッションを小さな手で整えて、ぽんとそれを叩いて俺に言った。

 

「いえ、イレイン嬢がお使いください。俺はこちらで」

 

 押し問答になっても嫌なので、答えて勝手にマットの上に座る。一応さぁ、人の目がないとはいえ、女の子にいい場所を譲るくらいの常識はあるよ。

 まだお貴族様の作法は完璧じゃないけど、紳士っぽい態度を取ろうって努力だけはしてるんだ。

 

 はい、今日最初のご不満顔を頂きました。

 ごめんなさい、素直にクッションに座ればよかったですか、そうですか。

 

 イレインは俺の横にクッションを持ってくると、そこに重ねてあった本を載せ、マットの上に座った。

 クッションをはさんで隣同士と思えば昨日よりはよい距離感だ。

 ちょっと本でも読みながら距離感量ってみようかな、なんて考えてクッションに乗っている本に手を伸ばすと、丁度イレインも反対側から同じことをしていた。

 指先が当たる前に気づいてひっこめた俺は偉い。触ってしまった日にはまた不機嫌顔をもらうところだった。

 

「……ルーサー様は私との許婚についてどう思われますか?」

 

 君、インファイト上手だね。

 こっちが準備運動しようかなって思ってるときに、渾身のフック打ってくるのやめてよ、もろに貰っちゃったじゃん。

 なにこれ、正解分からないんだけど、とりあえず肯定的に答えておけばいい感じ?

 ええい、適当に誤魔化しておけ。

 

「父上たちの決めたことですし、両家の結びつきがより強固になると考えれば歓迎するべきことかと」

 

 よし、いい感じだろ。

 どれどれ、イレインの反応は……。

 ……めっちゃこっち見てる。しかも瞬きもせずにじっと見てる。

 怖いよミーシャ、助けて。

 今のはイレインがかわいいからすごく嬉しいよとか言っとけばよかったの?

 でも俺的には、イレインは俺との許婚関係が嫌だと思ってるんだと勝手に思ってたんだけど。それに同意する形で、君の意見は尊重するよってスタンスで行くつもりだったんだけど。

 頼むから目の前に三択を出してくれ。それでも結構な確率で間違う自信はあるけどさ!

 恋愛初心者に自由課題だされても及第点とれるわけないじゃんか!

 

 

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