たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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そりゃそうだろ

 どちらかと言えば切れ長のお目目を丸くして、たっぷり十秒はこちらを見つめるイレイン。

 早くなんか言ってよ。

 待ち時間でプレッシャーかけるとかいう高度な技を披露するのやめて。

 

「……ルーサー様は、私との結婚は納得されてませんか?」

 

 あー、次々と選択肢を押し付けるのやめてほしい。会話の主導権が欲しい。もっと望んでいいのなら、ずっと沈黙をしていたい。

 

「……納得していないというか、昨日の食事の場で初めて聞いたから飲み込めていないというのが正しいでしょうか」

 

 そろそろ笑顔がひきつるのが隠せなくなってきてる気がする。なんだこの拷問のような時間。

 

「ご自分が好きになった方と結婚したい、と思いませんか?」

 

 なんだこの幼女。難しいこと言うな。

 わかんないよ、人と付き合ったことすらないんだから。

 でもそうだな……、現代日本人的な価値観から贅沢を言わせてもらうと、できれば恋愛結婚したいよね。甘酸っぱい青春とか味わいたいよね。

 『友達としか思えないの』ってセリフはできればもう聞きたくない。

 

 あ、分かったぞ。この子いっぱい本読んでるから、きっと恋愛系の本とかも読んだんでしょ。それで恋愛結婚とか、ロマンチックな告白とかに憧れてたのに、突然許婚とかいう存在が現れたからこんなに不満そうなんだ。

 だとしたら転生者じゃなくて、マジでめちゃくちゃ賢いだけの子の可能性がある。そう考えれば子供っぽくてかわいらしく見えてこないでもない。もちろん恋愛的な意味ではなく。

 よし、話合わせてやろう。

 

「そうですね。できれば自分がこの人だと思えるような人と出会いたいです」

「そうでしょう。では私たちは協力できるかもしれません」

「どういうことでしょうか?」

 

 イレインが悪い奴っぽくニヤッと笑った。

 こらこら子供がそんな笑顔を浮かべるものじゃありませんよ。普段からそんな笑い方をしていると、そのうち悪役令嬢とか言われて、ありもしないいじめを取り上げられて断頭台送りにされちゃいますよ。

 

「私もルーサー様も、自分で相手を探したい。しかしここで仲違いをすると、他の相手をあてがわれてしまう可能性があります」

「なるほど……?」

「であれば、この関係を維持して、運命の相手が見つかるまで互いに協力し合うんです」

「……いいですよ。僕も父上と母上を悲しませたいわけではないですから、仲違いは避けたいですし」

 

 ……俺さぁ、5歳児の知能とかよくわかんないけど、これやっぱ異様に賢いよなぁ。というか、恋愛に対する価値観がなんとなく一緒なんだよなぁ。

 イレインが思ってるより、多分貴族の家と家の関係って大事だと思うんだよ。俺は自由恋愛したいけど、多分この世界だとそれよりも家を優先するのが普通だ。俺、結構勉強してるからその辺はわかってんだよね。

 勉強を怠っている異世界からの転生者、って考えるとちょっとしっくりきちゃうんだよなぁ。

 

「それでは約束です。お父様とお母さまには絶対秘密ですからね」

「ええ、分かってます」

「ルーサー様が物分かりが良い方で助かりました。もし突然抱き着いてくるような獣だったらどうしようかと思ってました」

 

 いや、5歳児の発想じゃないんだよねそれ。襲い掛かってどうしろっていうの?

 俺、今のところそういう欲望一切ないからね。

 っていうか、最初あれだけ警戒してたのって、俺のこと性欲魔人のロリコンじゃないかって疑ってたからってこと? めちゃくちゃ失礼だなこの幼女。

 

「安心したら気が抜けました。そういえばルーサー様はすでに魔法を使えるんでしたよね。私は魔法の存在を知らなかったのですが、ルーサー様はいつ知ったのです?」

 

 生まれてすぐの頃、父上と母上がイチャイチャしてる時のトークで知りましたけど。

 でもおかしいな。絵本とかの読み聞かせをしてもらっているのなら、その中にも魔法はいくらでも出てくるはずだ。素直に聞いていれば、この世界に魔法があるなんてことはわかりそうなものだ。

 子供だったら憧れるだろうし、両親に魔法ってどうやって使うの、くらいのことは聞きそうなものじゃないか?

 

「絵本とかに書いてありませんでしたか?」

「ええ、ありましたけれど……。まさか本当にあるなんて思わないじゃないですか」

 

 まるで魔法のない世界を知っているような言い草だ。

 気を抜いたら突然ぼろぼろ怪しいところが見えてきたけど大丈夫か、この子。ご両親にもすぐぽろっと俺たちの関係ばらしそうだけど。

 

「僕は絵本に出てくる凄腕の魔法使いに憧れて、いつも魔法の本を読んでいたんです。それをミーシャが母上に伝えてくれたみたいで、ルドックス先生を招致してくださいました」

「そのルドックス先生が『賢者』って人?」

「ええ、そうです。魔法の達人で、王都付近のダンジョン氾濫をいくつも鎮圧されているすごい方なんです」

「私も一緒に教えてもらえないかしら」

「そちらのご両親に許可さえとっていただければ問題ないかと思います」

「ありがとうございます、話しておきますのでよろしくお願いします」

 

 俺のルドックス先生を人に紹介するのはちょっと嫌だけど、まぁ、まぁ、魔法好きの同志としてイレインは受け入れてやろうかな。一応変な方向で将来の約束をした仲だし。

 

 それはそれとして、同志に嘘はいけないよなぁ。

 念のためこいつが転生者じゃないかかまかけとこ。

 

「ところでイレイン嬢は最近米を召し上がりましたか?」

「……米、があるんですか?」

 

 ないよ。

 パンとかもろこしとか芋とかはあるけど、米っぽいのはよくわからない雑穀しかないよ。

 

「ええ、セラーズ家で細々と育てているんです。珍しい食べ物なので、良かったら父上に頼んで召し上がってもらおうかなと」

「食べたいです! あの……、セラーズ家は海に面していますよね。今のところ焼いたり蒸したりした魚しか食べたことがないのですが、新鮮な海の魚を生で食べるということとかは……」

 

 ないよ。

 このプロネウス王国では、そんなことしたら野蛮人だと思われるよ。あと醤油も味噌もないよ。

 突然大豆の香りを漂わせてきたな、イレイン嬢。俺、ちょっと心配だよ。でもちょっと面白くもある。

 

「……寿司」

「寿司があるんですか!?」

 

 立ち上がって大きな声出さないで、びっくりするから。多分外にいるミーシャ達にも聞こえたよ、今の。

 

「……落ち着いてくださいイレイン嬢」

「す、すみません。その……寿司が、あるんですか?」

 

 ごくりと喉を鳴らしたイレインは俺の方に顔を寄せて小声で尋ねる。

 昨日までの警戒心どこに投げ捨てたの?

 なんかこれ以上騙すのかわいそうになってきた。心がチクチク痛む。

 

 

「……ないよ」

「はい……?」

「寿司はないし米もないし、醤油も味噌もないよ。イレイン嬢、元日本人でしょ」

 

 俺もそうなんだよー、って言おうとした時には胸ぐらをがっと掴まれていた。

 やばい、油断した。同じ日本人がこんなにけんかっ早いと思わなかった。

 その日本人にぶっ刺されて死んだ経験が全然生きてないんだけど!

 

「ついていい噓と、悪い噓があるじゃん……」

 

 イレインは本邦初公開の悲しい顔をたたえ、今にも消え入りそうな声でつぶやいた。

 

「……ごめん、調子に乗りました」

 

 大事なのは米も寿司もないことではなく、素性がばれたことだと思う。

 でもあまりにも悲壮な表情を浮かべたイレインを見て、俺は思わず謝罪の言葉を口にしていた。

 

 ところでぐいぐい襟で首絞められてるんだけど、これ、もしかして殺意が混じってますか?

 

 ぐえー、死ぬー、とか思いつつも、間近でイレインの顔を見て安心してしまったのは、多分前世で最後に見た女性のように目がぶっ飛んでいなかったからだと思う。感情の振れ幅が常識に収まる範囲というのがなんとなくわかった。

 跡が残らない程度に首を締め付けてくれたイレインは、急に手を離すと「あー、もう」と投げやりに言ってクッションの上にある本をよけた。そうして体をクッションの上にあおむけで投げ出し、腕で目元を覆う。

 イラついているだろうに本を放り投げたりしないあたりお上品だ。

 

「……寿司とか言ってる時点で、ルーサー様も元日本人ですよね」

「ええ、まあ、そうですけど」

「なんで急にそんなこと打ち明けたんですか。もうちょっと確認のやりようがあったでしょ」

「……なんか、同じような境遇の人がいるんだってわかって、つい」

「そうですか、はい。すごい悪人っぽくない言葉で安心しました」

 

 イレインは上半身を起こし、じっとりと俺の方を見る。

 確かにわざわざ自分の正体を明かすような探り方をする必要はなかった。途中まではその方向も考えていたんだけど、米の話を聞いて前のめりになったイレインを見ていたら、妙な仲間意識が芽生えてしまって止められなかった。

 さっきイレインに言ったことが俺の本音だったんだと思う。

 誰も知らない故郷の記憶を共有できる仲間ができるんじゃないかって期待を抑えられなかった。

 

 自分だけが異質であるというのは結構きつい。

 たまにただ俺の頭がおかしいだけなんじゃないかって考えるのだけど、あまりにはっきりとした前世の記憶がそんなわけないと訴えてくる。ルドックス先生には自分の事情をぽろっと話してしまったけれど、こんな悩みまで相談はしていない。

 

 できない。

 

 わかってもらえなかったときに傷つくだろう自分の姿をありありと想像して恐れてしまったからだ。

 

「……お互いに秘密を抱えて協力関係を強固に、ってことでいいですか?」

「ええ、そうですね」

「わかりました、ではそうします。先ほどの酷い噓も、許しませんけど忘れるよう努めます」

「その節は本当に申し訳ありません」

 

 俺まで米が恋しくなってしまったのでもうこの手は使いません。

 

「ルーサー様は……うまくやっているようですね。魔法、ですか? それも使いこなしているようですし、ご家族との仲も良好なんでしょう?」

「いえ、僕の方もつい一年ほど前までは家庭崩壊の危機でしたけど……」

「家庭崩壊……? よく立て直しましたね」

「色々誤解が重なった結果だったようで、一つ問題が解決したら次々と」

 

 そもそもの始まりが俺の気絶癖のせいだったので、皆までは言うまい。わざわざ自らの恥ずべき点を赤裸々に語る必要はない。

 

「羨ましい。私の家は家長であるお父様の言うことは絶対。それからお母様。使用人からは常に監視をされているようにも思えます。……私は、私の役割を果たさなかったときにどんな扱いを受けることやら」

「役割というのは……」

「当然、ルーサー様、あなたとの結婚です。与えられたことだけを学び期待に応えることが、私に求められていることです。随分と自由にされているルーサー様が羨ましいです」

 

 思った以上に窮屈な環境なんだろうか。

 俺が勘違いしていたのと同じように、イレインも家族との関係を深読みしすぎているという可能性もありそうだけど。

 でもまぁ、怖いもんな、ウォーレン伯爵。言葉も強いし、実際強そうだし。

 

 俺にはミーシャやルドックス先生っていう背中を押してくれる人がいたけれど、イレインは使用人のことも信用できていないようだ。俺のカマかけにガッツリ引っかかったのも、精神的な余裕がなかったせいかもなぁ。

 

「でも、イレイン嬢は私との結婚をする気がないのですよね?」

「……今更したいとか言わないでくださいね?」

「言いませんけど」

 

 警戒するのやめてよ。俺、ロリコンじゃないってば。

 

「13歳から18歳まで学校へ行くでしょう? その間に何か国のためになる成果を残して、意見を通せるようにしておくつもりです。前世の知識があれば何かしらできるんじゃないかと思うのですが……」

「今のところ何か思いついていますか?」

「……あまり。正直に言いますと、私あまり勉強好きじゃないんです」

「知らないことがたくさんあって面白いですよ? 物語に出てくるような異世界ファンタジーの世界ですし……。と、そういえばイレイン嬢は、この世界が何の世界か知っていたりしませんか? これから先の未来とか……」

 

 俺の知識によれば、女性主人公が異世界転生転移する場合はその世界のストーリーとかをあらかじめ知っているパターンが多い。もしそうであれば、とちょっと期待したけれど、向けられたのはいぶかし気な視線だった。

 

「言っている意味がよくわからないんですけど……、どういうことですか?」

「えーっと……、こうして異世界に記憶をもって生まれることを、転生とかっていうんですけど……」

 

 丁寧に順を追って知識を披露したので、俺が何を考えて尋ねたかというのは伝わったような気がする。しかしイレインから帰ってきたのは淡白な言葉だった。

 

「前世でもあまり本とか読まなかったので知りませんでした。そういえば、おたくっぽい女の子がそんな話してたような気もしますけど……」

 

 あ、この子さては前世リア充だな。

 知識ゼロでスタートしたと考えたら、この世界に生まれたときの混乱って俺の比じゃなかっただろうな……。多分今回俺に会うことだって、相当な覚悟をしてきたはずだ。ピリピリしていた原因はこのあたりか。

 さっきにもまして調子に乗ったのが申し訳なくなってきた……。

 

「あの……」

「なんですか?」

「さっきは調子に乗ってすみませんでした」

「さっきって、どれのことですか」

 

 ……俺、寿司の件以外でふざけた記憶ないんだけど。もしかして一生懸命異世界ファンタジー物の説明したこともふざけてたと思われてる?

 真っ先に寿司の件が出てきそうなものだけど、思ったより気にしてないのかな?  

 それならいいけどさ。

 

「あー、いや、なんでも。ところでどうしてイレイン嬢はそんなに結婚をしたくないんですか? さっきの話からすると『自分で選んだ相手と恋愛して結婚したい』というのは方便ですよね?」

「……まあ、そうですね」

「一応、協力する手前、そんなに結婚したくない理由があるのなら聞いておきたいんですが」

「…………話してもいいですが、それで協力関係解消、みたいなことは絶対にしないでくださいね」

「ここまで来たら一蓮托生でしょう」

 

 これまでで一番真剣な顔をして、イレインが俺の目を覗き込む。

 逸らしちゃいけない場面なんだろうということはわかる。

 

 しばらくして満足したのか、イレイン嬢は突然腕を組んで、クッションの上で胡坐をかいた。

 

「だって、男と結婚とかしたくねぇもん」

 

 ん、んんんん?

 

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