たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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友人

 イレインが額から一筋の汗をたらしている。ただでさえ白い肌をしているのに、さらに顔色を失くしてふらりと体を揺らした。

 

「ふむ、これが普通じゃ」

 

 ルドックス先生がイレインの体を支え、イレイン付きのメイドさんが整えたマットに横たわらせる。ルドックス先生が手順を踏んでイレインの魔力の動きを誘導し、小さな石ころがその場に転がった、発動したのはたったそれだけの魔法だった。

 

 ルドックス先生に許可を取ってからイレインは両親に魔法を学ぶことを申し入れた。

 『賢者』として名を馳せているルドックス先生の名声は大したものらしく、ウォーレン伯爵はさほど悩まずに許可を出したらしい。そしてウォーレン伯爵は、イレインに成果を出せと伝え、ルドックス先生には「厳しく指導をしてほしい」と態々お願いしてきたとか。

 うちの過保護な父上と母上が絶対言わなそうなセリフだ。

 いや、父上は剣術の時は爽やか(汗だく)な笑顔で厳しいけどさ!

 

 それとは違った、突き放すような雰囲気を感じたのは気のせいじゃないと思う。

 

 ルドックス先生はその過酷さをきちんと説明したそうだけれど、それでもウォーレン伯爵の意見は変わらなかった。

 その結果がこれだ。

 

「少し休んで耳だけ傾けているんじゃよ」

 

 腰をとんとんと片手でたたきながら伸ばしたルドックス先生は、俺の方を向いて説明を始める。

 

「一般的には、魔力の6割程度を使うと体のだるさを感じるようになる。8割を超えるとイレイン様のように頭痛が走り冷や汗が出て、立っていることも難しくなる。使い切った場合は問答無用で気絶じゃな。であるから、一般的な魔法使いは自分の魔力量をきちんと把握し、5割程度までの消費ですべてをこなすのが基本となるんじゃよ」

「一人前の魔法使いはどのくらいの魔法をどれだけつかえるのでしょうか?」

 

 ルドックス先生は顎髭を撫でながら、横になっているイレインの方を見た。まだ絶対にだるいだろうに、おつきのメイドさんに手伝わせて、イレインは上半身を起こしていた。

 休んでればいいのになーと思う反面、もしイレインの言う通り、このすました瀟洒なメイドさんが見張り役だとしたら、おちおち休んでもいられないもんなー。

 それに比べてうちのミーシャは自慢のメイドさんだけどね!

 いや、まだイレインのメイドさんが変な子とは限らないけど。

 

「軍ならば基本的には第三階梯以上の魔法が使えて初めて魔法兵じゃな。最低5発程度は打てるべきじゃ。対して探索者(シーカー)ならば質よりも量、それから素早い運用が必要じゃ。

ルーサー様の場合魔力量に心配がないから、まずは第三階梯魔法の習得と詠唱の省略が目標じゃ」

「私も……」

 

 フラッと立ち上がろうとするイレインをルドックス先生が手で制した。

 

「次は気絶じゃぞ。魔法は一朝一夕にどうなるものじゃないんじゃ」

「はい……」

 

 厳しい表情を作ってみせた先生だったが、すぐに顔に皺を寄せて優しく笑う。

 

「子供が無理をするもんじゃない。ちゃんと教えろと言われた以上、途中で投げ出したりせんよ」

 

 うおおお、ルドックス先生好き! かっこいい! 俺もこんなおじいちゃんになりたい! イレインじゃなくて俺の方見てほしい!

 

「先生は第何階梯まで魔法を使えるんですか!」

「ふむ、儂は第五階梯までの一通りじゃな。第五階梯よりも上の魔法は、秘伝であったり本人しか知らぬものが多いんじゃが、それらを総称して第六階梯としておる」

「ルドックス先生は第六階梯の魔法も使えるんですね!」

「そうじゃな。ルーサー様もいつか使えるようになると期待しておる」

「がんばります!」

 

 多分俺の目は今輝いている。

 イレインがなんか変な目で俺のこと見てるけどそんなの知らないもんね。俺は立派な魔法使いになるんだ。ついでに父上と母上をがっかりさせない程度に貴族も頑張る。

 

 そのためにはイレインとの関係も結構ちゃんとしないといけないんだよなぁ。

 貴族の関係ってよくわかんないから、その辺も勉強していかないと。

 俺の知識って本になっているような話から得たものだけだから、実は最近の事情には疎いんだよね。

 新聞とかがあるといいんだけどさー。あってもお貴族様の事情までは市井に流れないか。

 

 インターネットとかがないから、広い意見を集めるのって難しいんだよなぁ。

 

 その日のイレインは午前中に一回魔法を使い、午後は体内の魔力をゆっくりと放出する訓練をしていた。俺は一気に全部放出した方が効率がいいと思うけど、まぁ、確かに気絶したら困るからね、うん。

 

 ルドックス先生と明日の約束をして、まだ日が落ちる前だったからそのまま書庫へ向かう。あと数日は滞在するみたいだけど、次に会うのがいつかはわからない。話せるうちに話しておかなければいけないことがまだまだありそうだ。

 

「あー……、くっそ、魔法使うのって思ったよりしんどいな……。お前いつから使ってんだっけ……?」

「生まれて数カ月の頃からだけど?」

「だるくなかったのか? 今日のだって二日酔いじゃ利かないくらい頭痛かったぜ?」

「だるかったけど魔法が使えるし。何があるかわからないんだから強くなっておかないと怖いじゃん。あー、ルーサー先輩がいいことおしえてあげよう。魔法は一気に放出することで、頭痛を感じるターンを短くして気絶することができる。……あ、気絶すると心配されるからやっぱやったらダメね」

「やらねぇよ……。気絶って死ぬ直前みたいな状態だぞ。んなことばっかりしてたら、何かある前に死ぬかもしれねぇじゃん。お前ちょっと変だぞ」

 

 変じゃないと思うけどなぁ。

 魔法ってロマンだし、その上身を守れるかもしれないし。そもそも俺の読んだ小説たちによれば、幼少期から魔力を鍛えるのってセオリーだったしなぁ……。

 

「……でも真面目にやらねぇと」

「ふーん。魔法で身を立てる気なの?」

「いや、親にできねぇ奴って思われたくない。俺んち、4個上の兄がいるんだけど、あんまり出来が良くねぇんだよ。いや……、普通だと思うんだけど、普通じゃ物足りないんだろうな。俺の心配とかもしてくれるいい奴っぽいんだけど……めっちゃ冷遇されてんだ」

 

 あー、なんだっけ。名前忘れたけど、イレインが男だったら廃嫡してたとか、堂々と言ってたもんな。俺、それを聞いたときに、ウォーレン伯爵やばそうなやつだなぁって思ったんだっけ。

 

「イレインの父親ってなんか冷たい感じするよな」

「見たままだぜ」

「母親は?」

「あれも見たままだぜ。淑女教育とかいうのたまに見学しに来ると、先生がめっちゃ緊張してる。もう2人首になった」

「……俺、セラーズ家に生まれてよかったなぁ」

「交換してくれよ」

「嫌だね」

「あー、なんとかあの家から抜け出せねぇかな、貴族とかじゃなくなっていいからさぁ。……そういや爺先生が言ってた探索者(シーカー)って何?」

「知らないの? ダンジョンに潜って探索する人たちだよ」

「あー、そのダンジョンってのがよくわかんねぇんだよな」

「イレインってゲームしたことないの?」

「あんまねぇなぁ……。友達と遊びまわってることの方が多かったし」

「あー、それっぽかったもんなぁ」

 

 いつの間にかただの雑談になってしまったけれど、久々に同年代の男と喋っているような感覚が楽しかった。俺たちはミーシャに声をかけられるまでしゃべり続け、その場で別れるわけでもないのに「また明日な」と言って、この世界の住人としての仮面をかぶった。

 

 

「随分と仲良くなられましたね」

 

 イレインと一緒に魔法の訓練を続けて三日目。それぞれの部屋に分かれて休む準備をしているときにミーシャが嬉しそうに言った。

 

「うん。年が同じだし」

「最初はどうなることかと思いましたが、流石ルーサー様です」

 

 それはどうかな。普段褒められるときは結構頑張ったあとだったりするから、嬉しいけれど今回はそんな気がしない。

 流れでこうなっただけだしなー。結局俺はあたふたしてただけだ。

 聞けば聞くほどイレインがいるウォーレン家は、俺のいるセラーズ家よりハードモードっぽくて、最近では家族や優しい使用人たち、それからルドックス先生に感謝する毎日だ。恵まれてたんだなぁ。

 

「ねぇミーシャ、ウォーレン伯爵ってどんな人?」

 

 ミーシャは俺の脱いだ服をたたんでいた手を一度止めたけれど、すぐに再開しながら答えてくれる。

 

「オルカ様のご学友だそうです。国王陛下とオルカ様、それにウォーレン様で学園の首席を競い合うライバルでもあったと聞きます」

「ウォーレン家の国での立ち位置は?」

「西方の騎馬民族をけん制している軍事に優れた伯爵家です。南方のけん制と交易をしているセラーズ家と同じく、国としては重要な家の一つになるでしょう」

「侯爵でないのは、実質的な力を持ちすぎているので爵位だけでもという計らいと言われています」

 

 国の爵位は侯爵を一番上として、伯爵、子爵、男爵。

 妬まれないようにとか、特権を与えすぎないようにとかの理由があるのかな。

 

 だとすると財務大臣についている父上は、伯爵で重要ポジションにいるわけだから、当然侯爵家とかから疎まれてるんだろうなぁ……。

 ああ、嫌われてるってそれか。

 ……父上は悪い人じゃないと思うけど、陥れられる可能性とかは普通にありそうだな、これ。

 

 悪い人じゃなくても、悪役にはされかねない雰囲気がある。

 やっぱ悪役貴族の可能性あるじゃん、セラーズ家!

 

「……ルーサー様。今お話ししたことは、いち使用人でしかない私が聞きかじった話を勝手につなぎ合わせたものです。参考にはなさいませんよう」

 

 俺が考え込んでるのを見て、しくじったと思ったのかミーシャが言葉を付け足した。

 怒ってないし参考になったよ。

 でも身分を考えたら、俺がもし「ミーシャがこんなこと言ってたー」とか外で言ったらやばいのかも。

 

「ううん、役に立った。ミーシャに迷惑はかけないから」

「いえ、かけてくださって構いません。それよりも私があやふやなことを言ったせいでルーサー様が嫌な思いをされませんようにと……」

 

 ミーシャはいつでも俺を優先するなぁ。メイドさんの鑑だと思う。

 俺、こんな風に献身的に誰かのために働けるようになる気がしないよ。

 

「話す相手もいないけどなぁ」

「イレイン様がいらっしゃるじゃないですか。興味を持たれているようで何よりです」

 

 優しく微笑まないでほしい。

 別に幼気な恋心とかでは全然ないから。

 ミーシャから見たら仲の良い許婚に見えるかもしれないけど、実際はそうではない。

 都会の飲み屋でたまたま知り合って出会った、なかなか帰れない同郷の他人、くらいの感覚だと思う。貴重過ぎるせいでお互いに距離が縮まっちゃってるのは確かだけどさ。

 

 でもまぁ、どんなに関係が進んでも友人どまりだと思う。

 お互いメンタル的に男同士だから、恋だなんだの話にはなったりしない。

 

 大変だよなぁ、イレイン。

 美人に育ちそうだし、そのうち男に告白されてたりしそう。いや、俺と許婚してるうちはそんなこともないのかな?

 なんにしても俺、男に生まれ変わって良かったよ。

 

「うーん……、でもイレイン嬢って明日帰るんでしょ?」

「ええ、寂しいですか?」

「いや、別に。母上もいるし、最近は父上もよく家にいるし」

 

 ベッドに体を投げ出して、枕に顔をうずめる。

 

「あと、ミーシャもいるし」

「ルーサー様……」

 

 眼を閉じてじっとしていると、すぐに眠気が襲ってきた。運動はしているけれど、俺の小さな体はまだまだ体力が足りない。昼寝をしないで一日活動すると、体が眠気に逆らえなくなる。

 おやすみ、ミーシャ。

 明日からもまたよろしく。

 

 

 

 翌朝、大人たちが挨拶を交わしている横で、俺たち子ども組も軽い別れの言葉を交わす。当たり障りのない言葉のやり取りなんて、きっと明日には忘れていることだろう。

 イレインはなんとかして家から離れたかったのか、ルドックス先生に魔法を教わりたいとか言って粘っていたらしいけど、こうして作り笑いをしているところを見ると失敗したらしい。

 

 名残惜しそうに馬車の窓から顔を出していたイレインに手を振り見送って、さていつもの日常に戻ろうかというときに、父上と母上から手招きをされた。

 

「随分とイレイン嬢と仲良くなったようだな」

「ええ、話が合ったので」

「昨晩、ルーサーと離れたくないから残る、って言ってたらしいわよ。もてるわね、ふふ」

 

 母上は頭の上にお花を飛ばしながら嬉しそうに笑っている。

 俺からはノーコメントです、母上。二人のなんだか生温かな視線はそのせいか。あいつ必死過ぎるだろ、変なこと言うなよ。

 

「……父上とウォーレン様はご学友だったんですか?」

「イレイン嬢から聞いたのか? そうだな。かれこれ十数年の付き合いになる。今回は急な話で悪かったが、うまくやってくれたようで良かった」

「イレイン嬢との許婚の件ですか?」

「ああ、そうだ。結婚をした頃まではよく顔を合わせていてな。そうして互いに親戚になれたら面白いな、程度の話のつもりだったのだが……。プラックの奴は本気だったようだ。まだ5歳だし、あれほど性急に事を進めることもないと思うのだがな」

「しかし、二人とも5歳とは思えないくらい落ち着いていますから」

「本当だな。ルーサーも元気になったし、そろそろ他家の子たちの交流の機会も増やしていきたいところだが、さて……」

 

 二人の間に挟まれて話をしながらのんびりと屋敷の中へ戻っていく。

 去年勇気を出して色々話してみてよかったなと思う瞬間だ。

 

 ……他の家の子との交流かぁ。

 正直ちょっとめんどくさいけれど、そんなことばかりは言っていられないんだろうなぁ。

 

 

 

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