たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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首都と妹と探索者
首都セラーズ邸と探索者


 ウォーレン家がいなくなって数日。

 剣術の訓練の後、庭でひっくり返って休憩しているときだった。

 

「ルーサー、話がある」

 

 父上が改まって声をかけてきたので、仕方なく息を整えるのを諦めて立ち上がる。

 もうちょっとだけ休ませてよ……。

 

「なんで、しょうか?」

「アイリスの出産に合わせて、居を王都へ移そうと思っている」

「すでにお腹が大きくなっていますけれど、長距離の移動は大丈夫でしょうか?」

「今ならまだ問題ないだろう。セラーズ領の運営は基本的に父上に任せて、私は王城での仕事に集中するつもりだ」

 

 あー、あの海の男風の人ね。

 あの人爺ちゃんっていってもまだ50代だし、バリバリに元気だからなぁ。そういえば長いこと顔を見ていないけれど、もしかするとそれも俺が病弱と思われていたせいかもしれない。

 外部の人と触れ合わないようにしてた、みたいな。

 

「今まで以上に家にいられる時間も増えるだろう。……お前や生まれてくる子の成長をちゃんと見守ってやりたいし、またアイリスを心配させるようなこともしたくない」

「父上との時間が増えるのなら嬉しいです」

「そうか……。長く暮らしてきた場所を離れるのは不安じゃないか?」

「いえ、父上と母上が一緒なんでしょう? ミーシャや使用人たちも来てくれるんでしょうか?」

「一部はこちらに残るが、特に近くで世話をする使用人は連れて行く。当然ミーシャもだ」

 

 ほっと一安心。ミーシャがいると居ないだと環境結構変わっちゃうからなぁ。

 知らない人がミーシャと同じくらい毎日くっついてきたら、俺ちょっと気を使っちゃうよ? 反抗期始まっちゃうかもしれないよ?

 

 というか……、そもそも財務大臣なんて基本的に王都にいてしかるべきなんじゃないのか。

 まさか俺が病弱だったから、父上がわざわざ王都まで出向いて仕事片付けて帰ってきてた、ってわけじゃないよな。……ありえるか。

 勘弁してくれよ。新たな事実が出てくるたび、全面的に俺が悪いんだけど!

 愛されてんだよなー、愛されてるって分かったからこそしんどいんだよなー……。 

 イレインのことを思うとめちゃくちゃ贅沢な悩みだけどさ。

 

 それにしても自領の街も出歩いたことがないのに、いきなり王都かー。

 ちょっと楽しみだなぁ。

 

 あ、大事なことを一つ忘れていた。

 

「あの、父上、ルドックス先生はどうされるんでしょうか……? まだまだ教えていただきたいことがたくさんあるのですが」

「ああ、ルドックス先生は元々王都にお住いなんだ。お前の事情を話してお願いしたら、わざわざセラーズ家までいらしてくださってな。あちらとしてもご自分の家で過ごされる方が良いだろうし、王都でも引き続き講義を続けてくださるだろう」

「ああ、よかった……」

「ルーサーは本当にミーシャとルドックス先生が好きだな」

「ええ……、まぁ……」

 

 直接言われると照れちゃうからやめてほしいかもです、父上。

 

 それから一月もたたずに、俺たちは王都のセラーズ邸へと居を移すことになった。

 馬車を連ねての大移動で、ちょっとだけワクワクしてしまった。

 移動中暇だろうと思って本を数冊見繕ってきたのだが、残念ながら移動中はとても優雅に本を読んでいられる状態じゃなかった。街を出てすぐにがったんと体が跳ねたことから始まって、常にバイブレーション機能のように体が揺れ続ける車内。

 

 父上母上は余裕そうなのに、俺は一人車酔い状態を維持していた。

 せめて窓を開けたかったのだけれど、危ないからやめるようにと父上に注意されてしまった。

 

 山賊がいて矢を射かけられたりすることもあるそうだ。

 それ、頻度どれくらい? そんなに治安悪いの?

 そう尋ねたかったけれど、あまり5歳児が現実的なことばかり言ってても変だし、気持ち悪くてそれどころじゃなかったので、素直に背もたれに頭を預けて脱力することにした。

 ああ、だれかサスペンションを、サスペンションを開発してください。

 俺はサスペンションという言葉は知ってるけどその仕組みは知らないんだ。世の中にはびこっていたネット小説の主人公たちは、スーパー知識を持っていて次々と便利なものを発明していたけれど、適当に過ごしてきた俺にそんな能力はない。

 なんかあの、ばねみたいなのつけると、衝撃を吸収してくれるんでしょ。

 

 ところでさ、ばねってどうやって作るの?

 もうそっからして分からないのだから、横文字のスーパーアイテムなど作れようはずもないのだ。

 

 俺のできることは一つだけ。

 本を開いて文字を追いかけたりせずに、ただ時間が過ぎていくのに耐えるだけである。

 

「……ルーサー、大丈夫? 具合が悪いの? やっぱり戻った方がいいかしら?」

 

 俺が虚空を見つめていると、母上が心配して声をかけてくる。

 うん……、お腹の子に悪いから不安を与えないほうがいいね。っていうか、ただの車酔いだからね。

 もしかしてこの世界にはこの程度の揺れで車酔いするような軟弱者はいないの?

 

「だだっ大丈夫です、母上」

 

 ふざけてるわけじゃない。たまたま振動が重なってラップみたいになっちゃっただけだ。

 はいはい、ちゃんと母上を心配させないように笑顔を作りますよ。

 今日一日我慢すれば、明日はちょっとくらい慣れてくれるだろう。……慣れるよね? 片道4日の行程ずっとこれは耐えられそうにないからね?

 

 結論から言うと慣れなかった。

 3日目から、俺はミーシャと同じ馬車に乗ることにした。

 父上と母上を二人きりにさせてあげたいという名目で、窓を開けない約束まできっちりした。そうして座席に無理やり寝転がって、ミーシャに「辛い、辛い」と弱音をこぼしながら旅をすることになったのである。

 情けないけど、まだまだ子供の体だから許してほしい……。

 

 

 情けない体に鞭打って何とか到着いたしました、首都のセラーズ邸。

 セラーズ邸は領地の館よりは狭いけれど、それは比較したときの話でしかない。

 周りの貴族の家と比べてもがっしりとしたつくりをしており敷地も相応に広い。

 

 近所の人を呼んでお茶会ができそうな気配がすごくある。

 母上の出産がすんで落ち着いたら、人がいっぱい来て賑やかになったりするのかなぁ。

 

 ちょっと残念なのは、この館の書庫には本があまりないことだ。

 学園に行けば図書館があるので、そちらで読めばいいという判断で、館には買い込まないようにしていたらしい。

 俺はまだ学園に行けないから、他の時間つぶしを探さないといけなくなったわけだ。

 

 ああ、ちなみに王都の名前と王国の名前は一緒。プロネウス王国のプロネウス。覚えやすくていいね。王様の名前はジーナス。見たことないけど、渋そうなイメージのお名前だ。

 確か父上と同い年だって言ってたから、結構若いはずだけどね。

 

 母上のお腹はだいぶ大きくなってきていて、最近では外でお茶を飲むのも控えているようだ。代わりに俺が暇な時間は庭のテーブルセットに腰かけて足をプラプラさせている。

 何をしているかというと、セラーズ邸の外を歩く人や馬車を眺めているのである。

 

 意外と子供が歩いてたりするんだよね。

 学生服っぽいのを着て、同年代の人とおしゃべりしてるから、多分噂の学園とやらの生徒なんだと思う。

 まあつまり、子供と言っても俺よりは年上だ。俺と同年代の子が一人で外を歩いていたら、速やかにしかるべき場所に通報してあげたほうがいい。

 

 はじめのうちはセラーズ邸に人がいるのが珍しいのか、ちらりと門の格子から中を窺う学生もいたけれど、庭師のおじさんやお出かけするメイドさんにじろりと無言で見つめられて逃げていくことが多い。

 俺には優しいんだけど、ちゃんと外の人には厳しいんだ、みんな。

 セラーズ家は全体的に使用人たちのグレードが高いというか、一致団結しているような気がする。多分歴代のセラーズ家の人たちとか、父上とか母上とかがしっかりしてるからなんだろうなぁ。

 一見冷たそうに見えるけど心はホット、みたいな人が多くて、勘違いされやすいのが玉に瑕。これもまたセラーズ家の当主夫妻に似ている。悪いところまで真似しなくていいんだよ。

 俺はちゃんと笑顔で外の人に接するようにしたいね。

 

 そんなことを考えていると、門の外を変わった格好の人が通り過ぎた。レザーの手袋をつけて、マントをなびかせている。全体的に動きやすそうで、使い込まれた装飾具は高価そうには見えない。

 一言で表現するなら、場違いな人物だ。

 

 貴族の人の1.5倍速くらいで歩くその人は、あっという間に俺の視界から消えて行ってしまった。

 

「今のって何してる人だろう?」

 

 ミーシャに尋ねると、こてんと首を傾げられる。

 かわいいね。

 

「そうですね……、貴族ではないことは確かだと思いますが……」

「だよね……」

「もしかしたら探索者(シーカー)かもしれませんね。優秀になると貴族の後ろ盾がついているものもいるそうですよ」

「ああ、探索者(シーカー)かぁ……。一度話を聞いてみたいよね。でも、武器とか持ってなかったみたいだけど、なんでだろう」

「貴族でないものが貴族街へ入る時は、よほどのことがない限り武装解除させられますから」

「へぇ、そうだったんだ……」

 

 ミーシャは何でも知ってるね、さすミー。

 

「ミーシャって17歳だったよね? 13歳くらいからうちに来てるのに、色んなこと知ってるよね」

「ええ、正しくは12歳の頃に雇っていただいて、1年間はルーサー様に付くためにしっかりお勉強させていただきました」

 

 ふーん……。あれ? ってことはミーシャって12歳で嫁に出されようとしてたの? この国の貴族って結構な化け物が潜んでそうだな……。どこのどいつか聞き出しておきたいけど、ミーシャに聞くのはちょっとなー。

 

「ミーシャも魔法とかって使えたりするの?」

「使えませんね。習う機会もなかったので」

「……学園とか、通いたかった?」

 

 あまり聞かないほうがいいのかと思いながらも尋ねてみると、ミーシャはふふっと笑った。

 

「気にしないでください。兄が一人学園へ通っていましたが、弱小貴族の子は立場が弱いらしく、あまり楽しいという話も聞きませんでした。嫡男に生まれなくてよかったなと思っていましたよ」

「結構大変なんだね」

「ええ、王宮の縮図みたいな場所ですからね。互いにつながりを作ることに一生懸命なんだそうです」

「ええ、僕普通に勉強したいけどなぁ」

 

 まー特権を持つような人たちの子供が集まったらそうなるかー。

 毎日親の自慢とかばっかりしてるのかな。笑顔で外の人に接するって決めてたけど、無理かもしれない。

 毎日図書館にこもることになるかも。

 ああ、でもそんなことしててマジで悪役扱いされても困るし、適度に交流する必要はあるんだろうな。父上が幼いうちに同年代の子供と交流させようとしてるのも、その辺に関係するのかもしれない。

 

 子供のうちに上下関係叩き込んでおくか……?

 いや、それはそれで最終的に悪いやつ扱いされそう。

 

 うまいことグループ作っておいても、外部から来たイレギュラーな存在にぶっ壊されるのがセオリーだもんなぁ。

 うーん、面倒くさい。

 一人で淡々と努力し続ける方が、まだ気楽かもしれない。

 

 そんなことを考えながら、ふと門の方へ視線を戻すと、こっちを指さして何やら喋っている二人組がいた。

 無精ひげを生やした老け顔の男性と、偉い童顔の性別不明の人。指さしてるのは後者ね。前者はそれを見てニヒルに笑っている。笑ってないで止めなよ。

 おそらく探索者(シーカー)なんだろうなぁ。

 俺は全然気にしないけどさ。無礼を絵に描いた様な、話に聞いてる限り普通の貴族の家にそんなことしたら多分大変なことになると思うよ? 

 

「……注意してきますね」

 

 にっこりと笑って歩き出したミーシャだったが、俺の横を通り過ぎる頃には殺し屋みたいな目つきになってた。

 ……これこれ、俺はいつものかわいらしいミーシャちゃんが好きですよ。

 

 トラブルになっても嫌だし、後ろからついていこうかな。

 

 背筋をピンと伸ばし、一定の歩幅でつかつかと歩いてこられると結構威圧感があると思う。それがまだ若く背の低い女の子だったとしてもだ。堂々としてるっていうのが大事なんだろうなー、とか思ったりして。

 門から少し離れたところでピタッと止まったミーシャは、くいっと顎を上げて二人を見上げる。見方によっては見下ろしているともいえるかもしれない。

 相手がどこの誰だかわからないので、最低限礼儀は保っている……、と思う。

 

「本邸はセラーズ伯爵邸です。ご用件がありましたらお伺いいたしますが」

 

 意訳すると『用もないのにじろじろ見てんじゃねぇよ、ここがどこだかわかってんのか?』かな。

 

 せめてミーシャの邪魔にならないようにすました顔をしておこう。子供の俺が口をはさむと、というより、ちゃんとした身分がある俺がしゃべるとややこしくなる気がする。法律に関する詳しい部分は知らないけれど、不敬罪とかそういうのが適用されてしまったら彼らだって困るだろう。

 俺だって困る。めんどくさいもん。

 

「へぇ、ずっと誰もいないからだれも住んでないのかと思ってた。せっかく可愛いのにそんなに怖い顔しないでよ」

 

 男だか女だかわからないほうの唇が弧を描く。

 細く先が垂れた眉と切れ長の吊り上がった瞳にギャップがあって、愛嬌と色気が同居してる感じだ。ちょっと怪しすぎて俺的には得体のしれない怖さが勝るかも。危険なにおいがする人が好きな人はガッツリはまりそう。

 ミーシャはどうかなと思って横顔を見ると、始めと変わらない表情のまま何の反応も示していなかった。プロだなぁ。

 

「やめとけクルーブ。すいやせんね、俺たち学も礼儀もない探索者(シーカー)なもんで……。今後は無暗に覗かないように気を付けますよって……」

「邪魔すんなよスバリ。折角可愛いお嬢さんに粉かけてんだからさ、あ、こら」

「特にこいつはほんと馬鹿なんすよ。連れて帰るんで俺たちのことは忘れてくだせぇ」

 

 スバリと呼ばれた男は遠くからはひょろっと背が高いように見えたけど、近づいてみると体全体が引き締まっていて猫背なだけなことが分かった。筋張ったやたらと大きな手のひらがクルーブの襟をつかみ、そのまま猫のように持ち上げて連れ去っていく。

 スバリは抵抗するクルーブをものともせずに、曲った背中をさらに曲げ、何度か謝罪をしながら去っていった。

 癖の強いコンビだなぁ。

 

「……ルーサー様、あまり近づいてはいけませんよ」

「それは、探索者(シーカー)にってこと?」

 

 俺は探索者についてそれほど詳しくないけれど、ミーシャが差別めいたことを言い出すのが意外だった。仮にもミーシャも貴族の家の子だし、探索者に思うところがあるのかな?

 実際探索者になるのって、食い詰めの人や農地の親から引き継げないような末子だったりするらしいからなぁ。貴族とは対極にいる人たちなのかもしれない。

 

「はい。成功している探索者(シーカー)というのは、きちんと鍛えた騎士や貴族と同じかそれ以上の力を持っていると聞きます。お話しているときにあまり近くへ来られると、何かあったときにこの身を盾にしても守れないかもしれません」

「……ごめん」

 

 あー……、そうか。

 あまり外の人に触れあってこなかったから気づかなかったけど、ああいうのがいきなり攻撃してきたりする可能性もあるのか。

 人間って怖いもんね。

 飲み屋街で歩いてたら、いきなり巻き込まれて刺されたりするしね。

 

 とはいえここは貴族街だから、彼らもある程度身分が保証されているレベルの探索者(シーカー)なんだろう。いきなり攻撃してくる可能性は低いと思う。それでも俺は守られるものであることはある程度自覚しないといけない。

 暇つぶし程度の軽い気持ちで、ミーシャに余計な心労をかけてしまった。

 

 ……今の俺って、ミーシャに守られるのかぁ。せめてもうちょっと強くなって、守らなくても大丈夫って思ってもらえるくらいにはなりたいなぁ。

 自信満々だし、もしかしてミーシャも強かったりするのかな。メイド戦士、ちょっとかっこいい。

 

「ミーシャって実は戦えたりするの?」

「いいえ? 全然戦えませんけれど……」

「じゃあもしかして盾って、そのままの意味……?」

「はい。ですから外を歩くときは必ず護衛を連れていって下さい。私がついていってもお役に立てませんから」

「うん、そうする……。危ないことに巻き込みたくないし……」

 

 結構本気で話しているところを見ると、案外王都って治安が悪いのか……? 外に出て遊んでみたいって気持ちが結構あったんだけど、だんだん怖くなってきた。

 

 護衛ねぇ、うちの使用人にそれっぽい人いたかな? 剣術や魔法の訓練はしてるけど、こいつやるな、みたいな気配で察知できる能力はまだ身についていない。

 というか、そんなもん鍛えたくらいで身につくのか?

 通りすがる人全員をめちゃくちゃ警戒していない限り、察知することなんてできない気がする。

 

 まぁでも、身分がある貴族なんていうのは、それが普通なのかもしれないなぁ。そう思うと特権はあっても生活自体は窮屈なものだ。

 守られるのが当たり前ー、みたいなメンタルでないとやってられなさそう。

 俺大往生希望だけどさ、人を犠牲にして生きてくのはちょっとやだなぁ。

 

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