たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
数日に一度、サフサール君と一緒に講義を受けることがある。
嫌みマッチョメガネは、意外なことにサフサール君にしつこく嫌味を言ったりはしない。たまにふんっと鼻を鳴らす程度で、それは俺に対する態度と大差なかった。
意外と平等な奴だととらえるべきか、俺が馬鹿にされているととらえるべきか悩みどころだ。
というか、大体俺が考えた答えよりはましな回答をしてるんだよな。俺は軍事教育なんか受けたことないから、当たり前っちゃ当たり前だけどさ。仮にも累計30年くらい生きている俺としては、出来が良くないらしい9歳児以下というのはダメージがでかい。
そうしてたどり着いた結論は、実はサフサール君も優秀なんじゃないかってことだ。何よりそう考えると俺の心が安らかになる。
イレインは2周目でずるだからノーカンとしても、年齢1桁の普通の少年に負けるのは嫌だ。せめて優秀であってくれ。
そんなわけで、イレインがルドックス先生に魔法を教わっている間に、俺はサフサール君とコミュニケーションだ。この世界の普通の9歳児ってやつを見せて貰おうじゃねーの。
「サフサール殿は勉強家ですよね。毎日ずっと何かのお勉強をされています」
「そうでもしないと人並みになれないから……せめて努力しないと」
卑屈だなぁ……。でもそうなっただけの土壌があるんだろうなぁ。9歳児のセリフじゃないよこれ。
「そんなことありません。軍略の回答は褒められてたじゃありませんか」
「悪くない、は誉め言葉じゃないと思うなぁ。イレインみたいに、素晴らしいって言われたことはないよ」
「……あの、差し出がましいようですが、なんでもイレイン嬢と比較する必要はないかと。サフサール殿が頑張っていらっしゃることはよくわかります」
「ありがとう。ルーサー殿は優しいね。それにイレインと同じように神童と呼ばれるだけあって、年下と話しているような気がしないよ」
うぉおお……、元気づけるつもりが儚げに微笑まれてしまった。もっとバカっぽい感じで行くべきだったのか? わかんねぇ、コミュニケーションって難しい。
「でもね、僕はそうは思わないんだ」
「なにがです?」
「僕は後継ぎだから、4つも下のイレインに負けているようじゃダメなんだよ。貴族は家の領土と領民を守るためにいるんだ。それは、国を守ることにもつながる。僕がしっかりしないと、みんな心配しちゃうでしょ?」
もしこれが、サフサール君が考えて出した自分の言葉でないとしても、あまりに立派過ぎる志だ。
俺、9歳のとき何してた? 夜の学校に忍び込んで先生にめっちゃ叱られたり、鼻水たらしながら外を走り回ってたと思う。
レベル高すぎるよ、この世界の9歳。
君は今からサフサール君からサフサール先輩に格上げだ。舐めた口きいてすみませんでした。
外でこの先輩のことを平気で廃嫡とか言い出すウォーレン伯爵やべぇな。どんだけ子供に高望みしてんだよ。うちが甘いだけにどっちが貴族のスタンダードなのかわからないのが辛いところだ。
やっぱ王都で同年代とちゃんと交流するしかないかぁ。
でも同年代も軒並みスーパーキッズばっかりだったらどうしよう。俺、この世界でうまくやってける自信なくなっちゃうよ?
そんな俺の不安は、割とすぐに解消された。
王都では毎年8の月の半ばに王誕祭というものが開かれる。王都全体が沸き立つのはもちろんのこと、王宮では貴族たちの社交界も行われるのだ。
すべての貴族へ招待が行くのだが、参加は強制ではないらしい。それでも貴族同士の交流というのは非常に大事なものだから、よほど力があるか事情があるかしない限りはきちんと参加するものだそうだ。
ちなみに去年までの俺は参加を見送っていた。よほどの事情があったからね、仕方ないね。去年はまだ病気が完治してないかもって疑われてたしね。
王宮の大広間からでた広い部屋の周囲には、ずらりと使用人が並んでいる。
椅子やテーブルの背も低いここは、貴族の子女のために用意された場所だ。どこの誰ともわからないちび助たちが戯れている。
サフサール君はというと、なぜかうちの父上たちと一緒に大人スペースの方に参加することになっていた。堅苦しいところに行かなきゃいけなくて大変だなぁと思っていたが、今こうして走ったり転んだり泣いたりする子供たちの中へ放り込まれると、あっちに連れて行ってもらえばよかったという後悔しかない。
「おまえだれ!」
敵意むき出しで声をかけてきたクソガキ、もといお坊ちゃまは、王冠のおもちゃのようなものをかぶり、背中にマントをはためかせ、クソガキ連合、ではなく、上品なお坊ちゃま方を引き連れて立っていた。
片手に持った棒は剣に見立てているのだろう。
こんくらいの子供に長い棒を与えるのは止めよう。絶対にこれで人のこと叩くよ?今のところターゲットは俺だね。
王冠の坊ちゃまは、ちらちらとイレインの方を見て、前髪をいじったり唇を尖らせたりしている。
ははーん、そうかそうか、その年でもう色気づいてるのか。良かったなイレイン、俺の想像通りもてもてじゃん。ちらっとイレインの様子を窺うと、いつもの冷たい表情で虚空を見つめていた。
からかったら普通にぶちぎれられそう。
多分去年もこんな目に遭ったんだろうなぁ。もし俺が女になったとしても、このジャイアニズムを感じるお坊ちゃまはごめんだもんね。
「セラーズ家が嫡男、ルーサー=セラーズと申します」
「おまえがか! 俺はカート=プロネウスだ、よろしくな!」
……プロネウス? プロネウス王国の首都プロネウスにいる、プロネウス姓の坊ちゃんって……、これ王子様だろ。
王子様、見目は整ってるけど、行動がめっちゃ普通のガキだなぁ……。大丈夫か、この国。いや、よろしくなって言い出せるだけ良い子なのか?
いや、5歳児ってこんなもんなんだろうけどさ……。ある意味安心だよ。後ろにいるやつらも何にも考えてなさそうに鼻たらしてるし。絶対俺の服とかで拭うなよ?
「イレイン、久しぶりだな! 一緒に遊ぼう!」
イレイン、今めちゃくちゃ嫌そうな顔しただろ、見なくても分かるからな。
あと立ち位置移して俺の陰に隠れるような場所に立つのもやめろ。もういるのばれてんだから手遅れだっての。
「イレイン嬢、殿下がご挨拶されてますよ」
俺の後ろに隠れるな。
女の子ならともかく、お前男でしょ。しかも相手は王子様なんだからちゃんと挨拶くらいしろ。
「お久しぶりです、殿下。お誘いいただけて光栄です」
「……カートでいいと言っただろう? 王都に来たと聞いたから、これからはたくさん遊べるな、楽しみだ」
死んだ目で頷くだけなの大丈夫? 無礼に当たったりしないの、それ。
誰も何も言わないあたり、子供同士のやり取りにはそこまで気を払わなくていいのかもしれないけど。
ジャイアンかと思ったけど、ただ無邪気な子供っぽくも見えてきた。ちょっとテレテレ話しているのは、もうしょうがない。イレイン、お前美幼女だから諦めろ。俺にはなんの害もない。
ただなー、お話しする度ゆらゆらしている棒は気になるなぁ。急に叩かれたらやだなぁ。
「なぁなぁ、ルーサー、お前ってあの『賢者』から魔法を教わってるんだろ! いいなー、羨ましい。俺も教わりたいんだけど、父上がもうちょっと大きくなってからなって言うんだ」
「殿下はルドックス先生をご存じなんですか?」
「もちろん! 前に魔法を見せてもらったんだ。戦う魔法のかっこよさもだけど、夜の空に花が浮かぶような魔法が本当にすごい。俺、『賢者』に魔法を教わるって決めてるんだ。そうしたらルーサーもよろしくな! あとカートでいいぞ!」
は? 話めっちゃ分かるじゃん。
俺今から殿下の腰ぎんちゃくになります。イレインは殿下に嫁にしてもらったらいいんじゃないの? 多分めっちゃいい男に成長するよ。
俺が冗談交じりに不穏なことを考えているのが伝わったのか、イレインがじっとりとした湿度の高い視線を俺に向けている。冗談だってば、心読まないでよね。
王子様からこう積極的に近寄られると、臣下という立場であることをよく自覚している俺やイレインは無下にすることができない。
最初の『おまえだれ?』も会ったことない相手全員にやっているらしく、合流してから幾度か聞くことになった。つまりまぁ、イレインと一緒にいる俺をけん制してとか、そういう意図は全くなかったらしい。
5歳児がそんなこと考えてても怖いけど。
ただ、イレイン同様に俺もお気に入りにされてしまったらしく、殿下は俺たちを左右に配置して部屋の中を行進している。後ろにたくさん子供たちを引き連れているのは、俺たちと同じく殿下に巻き込まれた哀れな貴族子女だったようだ。
子供ながらにちゃんと挨拶して回っているのは、もしかしたら結構偉いのかもしれない。
ほら、本来なら殿下がこの場にいるのを察して俺たちの方から挨拶しにいかなきゃいけないわけじゃん。でも子供だと難しいと思うんだよな。
それが王冠かぶってマントはためかせ武器までもってやってきてくれるのだ。子供たちは自然とこいつ偉いんだなーってなって無礼な真似はしづらい。大人の入れ知恵なのかもしれないけれど、自然な態度でそれをこなしているだけえらい。
やがてその場にいる全員に立場をわからせた殿下は、振り返って腰に手を当て踏ん反り返り、「もうついてこなくてもいいぞ!」と宣言して大名行列を解散させた。
ここまで入れ知恵かな?
それじゃあ解散ということで、端っこの方で子供たちの観察でもしておこうかなと思った俺の腕ががっしりと掴まれる。反対側ではイレインも捕まっていて、黄昏れた雰囲気を醸し出していた。
にっかりと笑う殿下を、もはやただのジャイアンと思うことはなかったが、それはそれとして楽しそうに一方的に話し続けるだけの5歳児を相手にするのは割と疲れそうだなぁという気持ちはあった。
逆らうことはせずに小さな椅子が並べられた場所へ連れていかれる。
すぐ近くにもう一人、腕を引かれずともついてきた女の子がいたが、それに就いて殿下は触れない。
誰だこの子。
この部屋はキッズスペースのようになっていて、ちゃんとマットが敷いてあるし、子供が好きそうなおもちゃも各所に散りばめてある。殿下から解散を命じられた子供たちは三々五々に散っていってそれぞれ遊んでいるようだ。
口に積み木を突っ込んだり鼻をほじったりしてるのを見ると、殿下の統率力は大したもんだったんだなと思う。
こいつの言うことは聞くもんなんだなという雰囲気が出せるだけ、王様の才能ありそう。
殿下がペラペラと自分の勉強のことや、今日の式典でどんな準備してたとか、まぁ取り留めなくまとまりなく話し続けるのを、俺とイレインは相槌を打ちながら聞き続ける。
俺はこれでも元々営業していたし、イレインだって客商売してたから、子供を機嫌よく話し続けさせることくらいはお手の物だ。
もう一人の女の子は、大げさに頷いたり声を上げたりするせいで、たまに話が中断されるが殿下は嫌な顔をしたりしない。まぁ、自分が話すのに夢中なだけかもしれないけど。
「ルーサーは去年病気だったんだろ? 元気になって良かったな。会うの楽しみだったんだ」
さっきもそんなこと言ってたな。
まるで元から俺のことを知っていたような言い方だ。
「カート様は私のことをご存じだったのですか?」
「ああ! セラーズ伯爵とウォーレン伯爵は父上の友達なんだ! 同い年だって聞いてて、イレインと会ったときも楽しみだったし、だから今日も楽しみにしてた! よろしくな!」
つたない言葉ながらも本気で楽しみにしてくれたのが伝わってきて、普通にほだされてきてしまった。
いい子じゃん。なぁ、イレイン、いい子じゃない?
微妙な表情で殿下を見つめるイレイン。それどんな気持ち?
「はい、カート様。ぜひ仲良くしてください」
「うん、イレインも!」
「はい、殿下」
殿下の表情がちょっとだけ曇る。
この辺ちゃんと距離感考えてんだろうな。イレインも大変だ。
俺とイレインと順番に握手をすると、横から殿下の空いている手を女の子が勝手につかむ。
「私も!」
「ああ、ローズもよろしく」
殿下は俺たちと同じように笑顔で握手をしたけれど、手を離したときにローズがじろっとイレインの方を睨んだのを俺は見逃さなかった。
女の子って怖い……。
女の子って小さいころから結構しっかりしてんだよなぁ。
思い出してみれば、小学生の頃とか女子のが背が高かったような気がするし。
このローズって子は、多分殿下のことが好きなんだろうな。本当に好きなのか、親になんか言われてんのかは知らないけど。
だとしたら、イレインをそんなにライバル視する必要はないんだけどな。
不本意ながらイレインは俺の許婚だし、そもそも中身が男だから殿下のことを好きになったりしないだろうからな。
殿下がイレインのことを好きになることはあるかもしれないけど。
ローズの勢いに殿下はやや押され気味だ。
笑顔で握手はしていたけれど、ぐいぐい前に出てくるローズに、積極的に会話することができなくなっている。助け船を出してあげてもいいけど、女子の邪魔すると後で文句言われるからなー。
殿下的にも女子の上手なあしらい方とか覚えておいた方がいいんじゃないかなー?いや、実は俺ができないとかではなくてね。必要かなって話、これホントに。
「そ、そうだ、ローズ。ほら、あっちにいるのはセラーズ伯爵家の嫡男のルーサーだぞ。初めて会ったんじゃないのか?」
あ、俺に話題を振って逃げたな。ちなみに俺はこのローズって子の背景とかなんも知らないぞ。どこのお嬢様なの? 貴族には違いないんだろうけど。
「お初にお目にかかります、セラーズ家嫡男のルーサー=セラーズと申します」
一応習ってきたとおりに、優雅ではないけれど丁寧にあいさつをした俺を、ローズは少しの間観察してからにっこりと笑ってくれた。
「スレッド侯爵家のローズですわ」
ひらひらのスカートのすそをつまんでかわいらしい挨拶。挨拶してもいい相手、くらいには思ってくれたようで何よりです。えーっと、侯爵家だと一応うちより家格は上、ってことになるのかな?
よくわかんないけど丁寧に対応しとけば大丈夫でしょ。所詮俺たち5歳児だし。とりあえずにこにこしとこ。
生ですわ口調と強気な姿勢はイレインよりさらに悪役令嬢っぽいけど、もしかしてそれっぽいのがこの世界のデフォルトなのか? いや、でも普通に子供っぽいのもたくさんいるしなぁ。
俺がぼんやり考え事をしているうちに、ローズ嬢はあっさり俺から興味を失って再び殿下に首ったけ。イレインはこれ幸いと黙り込んでいないふり。俺も手持無沙汰になって、意味もなく魔力を垂れ流してみたり、子供たちが遊んでいるさまを眺めたりしていた。
あ、ミーシャと目が合った。
使用人の中でもミーシャは一番若いくらいだ。そしてかわいらしい。
一瞬手を振ろうかなーと思ったけれど、それをしたら寂しくなってメイドさんに抱き着いている男の子と大して変わらないような気がしてやめた。
周りの使用人たちから生暖かい目で見られるのはごめんだ。
ローズ嬢が今着ているかわいらしいひらひらドレスの話をしているのをBGMに観察を続けていると、少し離れた場所でぶんぶんと腕を振り回している両目が前髪で隠されている男の子の姿が見えた。
近くには積木がたくさん。
気づいたときには手に余るほどの大きさの三角形の積木が、男の子の手から射出されていた。
おでんの頭みたいな形をした積木が、俺に向かって真っすぐ向かってきている。
避けよう、そう思ったときにはかなりの至近距離まで来ていた、回避行動途中で体を逸らしたまま、思わず出てしまった手に積み木が当たり、ぱしっとそれを掴んでいた。
お、おおー……。よく掴めたな、運が良かった。父上と剣術の稽古をしているおかげでちょっと動体視力とか良くなってる?
三角形の鋭角が手のひらに刺さるような形でちょっと痛い。
顔を上げると場がやや静まって、使用人たちに緊張が走っているのが見えた。
ミーシャはちょっとほっとした顔をしている。大丈夫大丈夫、これぶつかっても多分大した怪我になってないし。結構軽い材木で作られてるっぽい。
積み木を返してやろうと立ち上がると、投げた本人がわたわたと手を動かして動揺している。わざと投げたわけではないんだろうな、この様子だと。
積み重ねられた積木はよく見れば城のように組み立てられていて、頭にこの三角を載せたらおさまりが良さそうだ。完成間際にテンションが上がってぐるぐるしててすっぽ抜けたのかな?
ほいっと天辺に積み木をのせる。
「これで完成ですか?」
「……うん!」
俺が怒ってないのがわかったのか、元気よく返事が戻ってきた。
大変よろしい。
子供は元気が一番じゃよ、ほっほっほ。
一桁児の中に放り込まれているせいか、自分が爺になったような気分を味わいながら、元の位置へ帰っていくと、なんか殿下が興奮した様子で俺のことを迎え入れてくれた。
「俺のこと守ってくれたのか!?」
「……はい?」
「ありがとな!」
手を両手で握られてぶんぶんと振られる。
守ったつもりはないし、多分俺が避けてても殿下には当たらなかったけどね。イレインには当たってたかもしれないけど。
でも感謝されてるし、わざわざ否定することもないか。
「自然と体が動いていて」
嘘じゃないよ?
「ルーサーは剣の稽古もしてるのか? 反応がすごく早かった!」
「ええ、父上に少しだけ……」
キラキラ笑顔まぶしいなぁ。
あとね、ローズ嬢。歯を食いしばって俺を睨みつけるのやめよう?
見境なしの