たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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サフサール君

 王誕祭の間はルドックス先生にも役割があるらしく、魔法の授業はお休みだ。ルドックス先生もお貴族様らしいし、そりゃそうか。

 祭りに行けない、魔法の勉強もできない。そんな日に俺がやることは、母上とエヴァの横でダラダラと過ごすことだ。

 

 休みの日にだらだら過ごしていると文句言われて仕事を押し付けられるっていうのが家族に対する俺の印象だった。けれど今世ではそうでもない。

 普段頑張ってるし、母上は俺とのんびり過ごす時間を歓迎してくれる。

 ……今となっては正月休みにメモ押し付けられて買い物に行かされるのも、悪い過ごし方じゃなかったと思ってるけどさ。

 

 そんなことはともかく、エヴァがかわいい。

 母上の横に並んで顔を覗いていると、小さな手が伸びてくる。

 

「エヴァはお兄ちゃんのことが好きね」

 

 どうかな。そうだと嬉しい。

 顔近づけたらこの間叩かれたけどね。

 腕振り回したらあたっただけだから、もちろんそんな意図はなかったんだろうけどさ。 

 そこから学んだ俺がそっと手を伸ばしてやると、小さな手が俺の指をぎゅっと握る。あったかくてふにふにだ。

 なんだかわからないけど満足そうな表情をしているのがまたいい。

 

 遠くからなんだかわからない楽器の音とかが響いてくるけど、屋敷の中はゆっくりとした時間が流れている。

 

「母上、最近第二階梯の魔法をうまく使えるようになってきました。母上の目を治すことができそうな魔法は第五階梯だそうです。しばらくお待たせすることになってしまいそうですが……」

 

 うとうとと目を閉じかけているエヴァを見ていると、ふわりと髪を撫でられた。母上は父上と違って、髪を整えるように、流れに逆らわず撫でてくれる。

 

「ルーサー、謝らないの。いつか私の目を治してくれるんだと思うだけでも嬉しいのよ」

 

 これ、期待されてないってことある?

 ちゃんと治す気あるよ、俺は。ちょっと時間かかるかもしれないけどさ。 

 

「僕は、早く母上の目を治したいですが」

「拗ねないで、ルーサー。私はこうしてあなたから成長の報告をもらえるのが楽しいの。放っておくとすぐ勉強ばかりに集中してしまうんだから、こうしてお話しする機会ぐらい私も欲しいわ」

 

 あー……、確かにエヴァが生まれてからちょっとだけ母上と話す機会は減ってるかもしれない。そんなつもりはなかったんだけど、エヴァの世話で忙しいかもって思ってたし、魔法の鍛錬や剣の鍛錬がどんどん面白くなってきているってのもある。

 

「エヴァと一緒にいるので、お邪魔になってはと思って……」

「あら、ルーサーだって私の大事な子よ。ちゃんと毎日顔を見せてほしいわ」

 

 首をかしげて俺の顔を覗き込む母上。

 これ、エヴァに嫉妬してると思われてそう。誤解を解きたい気持ち半分、このまま甘えてしまいたい気持ち半分。

 ……いいや、俺子供だし! 甘やかされてよう!

 

 甘んじて撫でられるのを受け入れていると、咳払いが聞こえてきた。

 振り返るとサフサール君とイレインが部屋の入口に立っている。何見てんだよ、見世物じゃないぞ。

 イレインよ『うわぁ、なんだこいつ』みたいな目をするな。健全な5歳児の姿だろうが! これ演技だからね、演技。ばぶってるとか思われても困るんだよね。

 

「あんまり撫でているとイレインさんに嫉妬されちゃうわね」

 

 いえ、その心配はないと思います。

 背中をポンと押されて、俺は二人の元へ向かう。もうちょっとのんびりしていたい気持ちもあったんだけどね。まぁ、イレインはともかく、せっかくサフサール君がきてくれたからね。

 

「おはようございます、サフサール殿、イレイン嬢。今日はゆったりと過ごしていただければ嬉しいです」

「おはようございます、ルーサー殿。お招きいただいて光栄です」

 

 サフサール君が挨拶するのに合わせて、イレインも軽く頭を下げる。もしかして無口キャラで通してるのか、こいつ。

 サフサール君は続いて母上にも挨拶をしたけれど、いつもと違って少し肩の力が抜けているような感じがする。爵位を持った大人がいないせいかな?

 母上の視線もエヴァに向けられてるから、眉間に皺が寄ることもないし。

 

「私はこの子を眠らせてくるから。ルーサー、仲良くね」

「はい、母上」

 

 父上も母上も、俺をコミュ障かなんかと思っているようで、誰かと関わる時になると仲良くするよう言い聞かせてくることが多い。

 仲良くしてるけどね!

 愛想のいい方だし。

 あとイレインは俺が母上と話すたびに変な顔するのやめろ。

 

 一緒に過ごすと言っても、この世界の同年代の子たちの文化に詳しくない俺は、何をしていいのかわからない。

 とりあえず広いところへ行って、おいてある椅子に腰を下ろしてお茶を入れてもらった。楽しいかわからないけど、のんびりはできるでしょ。

 

「……サフサール殿は、暇な時ってどんな遊びをされてますか?」

「……イレイン、どうかな?」

「……遊んだことがありません」

 

 この三人で楽しく遊んで過ごすの無理でしょ。

 俺は本読んでるか鍛錬してるか、家族とのんびり過ごすだけ。

 多分サフサール君はお勉強で一生懸命。

 イレインは無口な演技とお勉強で手一杯。

 

 このままだとお腹がちゃぽちゃぽになるまで無言でお茶をすする会になるんだけど。  

 イレイン、お前元陽キャなんだから何とかしてよ。定番の盛り上がるやつとかないの?

 ……いや、無理だな。今のイレインが突然ホストっぽいコールとか始めたら頭がおかしくなったと思われて、地下牢とかに閉じ込められそう。

 

 なんだこれ、俺がこの場を仕切らなきゃいけないのか?

 えーっと、共通の話題探すか……。

 ……イレインのことでいいか? いや、なんか変な誤解されそうで嫌だな。

 ああ、そうだ。

 

「サフサール殿は、街に出たことはありますか?」

「大人と一緒にならあります」

「王誕祭の間に街に出て見たくありません?」

「……ルーサー殿は、街に出たことは?」

 

 なんか会話のテンポが悪いなぁ。

 子供同士の会話ってもっと、こう、気楽なものじゃなかったか。俺、大人になってからも、プライベートの会話とか結構雑だったけどな。

 

「いいえ、ありません。……あの、サフサール殿。僕と話すときは、イレイン嬢に話すのと同じようで構いませんから。もっと楽にしてもらえませんか?」

「……僕より丁寧に話しているルーサー殿に言われてもなぁ」

 

 困った顔をして、ちらりとイレインの方を窺ってから、ゆるりとした表情を見せてくれたサフサール君。案外本人もそうやって言われるの待ってたんじゃないかなぁって気がする。子供なんだからそうあってくれっていう俺の願望かもしんないけど。

 

「ルーサーでいいですよ」

「……それは流石に」

「兄様、いいじゃありませんか。ルーサーがいいと言ってるのですから」

 

 サフサール君が目を丸くしてイレインをじっと見つめた。お前どさくさに紛れて俺のことルーサーって呼ぶことにしたな? 別にいいけど。俺もイレインって呼ぼ。

 

「ほら、イレインもそう言ってますよ」

「いや、うん……。イレイン、随分とルーサー……、と仲がいいようだね」

 

 不満とか、注意とか、そういうものではなく純粋な驚き。普段いかにイレインがおとなしくだまーって暮らしているかがよくわかる。

 イレインだってサフサール君が頑張ってるって認めてんだから、親がいないところでぐらい励ましてやればいいんだよ。

 

「仲がいい……、ええ、まぁ、そうですね。私の知らないことも色々と知っていますし」

「そうか……。許婚がいい人で良かったね」

 

 ざっけんなイレイン、お前今めちゃくちゃ嫌そうな顔しただろ。

 気を抜きすぎじゃないのか?

 俺にだって同じ顔する権利があるのに我慢したんだぞ。

 

「照れ隠し、かな? あまりしゃべらないけどいい子なんだよ、イレインは」

 

 サフサール君、いいように解釈しすぎです。騙されてますよ。

 でも二人の間には、いい子って言うだけの何かがあるってことか?

 

「サフサール殿は、イレインと仲がいいんですか?」

「うーん、どうかな、僕はいいと思ってるけど。……あまり頼りにならないお兄ちゃんだからね」

「……兄様は頑張っていると思います」

「って、たまにこっそり言ってくれるよ。一緒に勉強してるとき、分かるのに答えを言わないのも、僕のことを気にしてくれてるからでしょ?」

 

 イレインは問いかけに答えずにふいっと顔を背けた。……なんだこいつ、結構サフサール君のこと気にしてんじゃん。ツンデレキャラなの? 男にもてたいの?

 ちなみに俺は男のツンデレは好きじゃない。サフサール君みたいなタイプの方が好き。だっていい奴なの一発で分かるもん。

 

 考えてみればサフサール君は、イレインのせいで両親につらく当たられてるはずだ。そしてそれがわからないほど馬鹿ではない。

 それなのにイレインにやけに優しいのは、普段からの関係があるからこそなんだろう。まあ、サフサール君の性格が良くなかったら、煽ってんのかと思われて首絞められてそうな言い方だけど。

 頑張ってると思います、ってなんか上からっぽく聞こえるもんね。

 

 年上として何とかしてやりたいって気持ちと、実際は妹って立場が合わさって、わけわかんないことになってんのかも。

 

「それで、ええっと、王誕祭の話だったね。うん、行ってみたいな」

「そうですよね。僕もどうやったら連れて行ってもらえるか悩んでいるんですが……」

「ふふ、難しいんじゃないかな」

「うーん、何とかなりませんかね……。ミーシャ、どうかな? 王誕祭中に、街の見学いく方法ないかなぁ?」

 

 少し離れたところですまし顔をしているミーシャに話を振る。

 声の聞こえない範囲で待機してくれているのは、俺とイレインの間の話を邪魔しないためらしい。その気遣いは気持ち的にはいらないけど、事情的には助かってしまうので、仕方なく誤解を受け入れている。

 

「奥様も旦那様も心配されますので、今年は難しいかと」

「だよねぇ……、でもなんとか……」

「念のため今晩旦那様に確認されてはいかがでしょう? その方が確実かと」

「……わかったよ」

 

 多分三人で出かけたら楽しいと思うんだけどなぁ、流石に身分とかあるからなぁ……、残念だ。屋台めぐってあのゴムみたいな食感の焼きそばとか食べたかった。いや、この世界にはないんだろうけどさ。

 そもそも貴族として買い食いとか絶対に許してもらえなさそう。

 食中毒とか怖いもんね。

 

 ミーシャがまた距離を取っていったのを確認。

 

「行くとしたら、こっそり行くしかないかもしれませんね」

「さすがにまずいと思うよ……?」

「冗談です、本気じゃありません」

 

 瞬きを繰り返すサフサール君に向けて笑って見せる。

 

「ルーサーは少し思っていたのと違うね」

「変でしょうか?」

 

 まぁ人生経験において、まだ貴族じゃない期間の方が長いからなぁ。

 相手が子供だっていうのもあって、俺も気が抜けてるのかもしれない。

 

「どうかな。でも、僕はルーサーと話せてよかったと思ってるよ」

「……ありがとうございます」

 

 きりっとした眉の割に、優しそうなたれ目をしているサフサール君は、実は結構整った顔立ちをしている。イケメンって、ちゃんとイケメンが言いそうなことを言うよなぁ。

 それが子供だったとしてもだ。

 

 とりあえず俺たちは、互いに知っている限りの王誕祭の知識を披露しあいながら、案外楽しい午前のひと時を過ごすのであった。

 

 

 真面目なサフサール君だったけれど、お祭りの話になると流石に心が躍るようで、勉強の合間に大人が話していることをこっそり聞いて溜めた知識を、一生懸命に披露してくれた。

 だよなー、やっぱ祭りは楽しいよなぁ!

 無駄に高いステーキ串食べよう! 射的とかあんのかな。金魚すくいがあるなら池で飼ってもいい。昔鯉みたいな大きさになった金魚見たことあるんだよな。ああいうの飼いたい。

 

 なんて想像を膨らまして見るけど、多分どれもないんだろうな。サフサール君が話してくれた祭りの情報には結構信ぴょう性ありそうだし。

 屋台とかいっぱい出てそうだけど、買い食いは流石に許されない気がする。するならお供の人は連れてけないだろうなぁ。

 ミーシャからの信頼度を考えると、適当なこと言えば屋敷抜け出せそうだけど、流石に騙してまで行こうとは思えない。

 

 昼食をとったあとは、三人で魔法の鍛錬をする。

 一応ルドックス先生に、あらかじめ自主練のやり方は聞いている。俺みたいに気楽に気絶するやり方は異常らしいからね。

 

 剣の稽古の相手もしてもらおうと思ったのだけど、サフサール君に「怪我をしたら大変だから……」と、普通に断られた。

 小さな子を見るような目を向けるのやめよう。こちとらおおよそ30歳やぞ。

 

「魔法の訓練をしたあとなのにルーサーは元気だね」

「毎日鍛錬してますから」

「何か目標とかあるの?」

「治癒魔法を使えるようになることと、ルドックス先生のようなかっこいい魔法使いになることです」

「治癒魔法? 当主になるのに?」

 

 サフサール君の言葉にバカにしたような響きはなかった。あったら喧嘩になってるとこだけど、そんなタイプの嫌なやつならまともに会話なんかしてない。

 

「変ですか?」

 

 単純な疑問が出るということは、治癒魔法を使えるよう努力するのは、次期当主としておかしいということなのだろう。

 他にあれこれ言われる前に、サフサール君に言ってもらえて良かった。

 

「当主の人って、魔法が得意でも広域攻撃魔法を使う印象があったから……」

 

 あー、領地を守るとか考えた時、優先的に戦いが有利になる魔法を学ぶってことか。貴族の成り立ちを考えてもそうなのかもなぁ。

 どの世界でもそうだけど、貴族みたいな偉い奴って、なんかあるから偉くなったんだよな。足が速いとか、頭がいいとか、力が強いとか。その延長でいうなら、魔法がある世界なんだから魔法が得意な奴らがえらくなるのって当たり前だ。

 

 今でこそ魔法は階梯で分けられて、詠唱も形態化されてるけど、特権階級ができた当時なんて一部の魔法が得意な貴族が独占したりしてたんだろうなー。それっぽい雰囲気の描写歴史の本で見たことあるわ、そういえば。

 いくら読んでても、瞬間的に『あ、これ進〇ゼミで見たところだ!』ってならないと意味ないんだよな。

 

「治癒魔法はまず使えるようになりたいですが、最終的には全部の魔法を使えるようになるつもりです。それだったら変ではないですよね……?」

「え、うーん、ええっと……。『賢者』のルドックス先生を目指しているのなら、変ではないの、かな? すごくいい目標だと思うよ!」

 

 めっちゃ忖度されているのを感じる。

 絶対変だと思われてるでしょ、これ。多分サフサール君は、イレインよりもよっぽど世間の常識とか貴族における作法とか関係値とか叩き込まれてる。じゃなきゃいくらウォーレン伯爵が不在だって言っても、大人たちの社交場に連れて行ってもらえるはずがない。

 

「……本当はどうなんです?」

「……立派な目標だと……」

「本当は?」

「…………すべての魔法を使えるようになるなんて、魔法だけを極める人がやることだと思う」

「うーん……、そうなりたいって言ったら、周りから変に見られますか?」

「そこまでは、わからないけど……」

「ありがとうございます」

 

 そっかー、変かぁ。

 いやぁ、立派な貴族の当主になろうってつもりはあるんだけどね。多分向いてないけど。あんまり自分のやりたいこととかペラペラしゃべるもんじゃないんだろうなー。

 引きこもりのままもうちょっと大きくなって他の家の子と交流してたら、流れで変な奴だと思われるところだった。

 ……いや、別に5歳児なら変じゃなくない?

 俺前世5歳の時なりたかったものショベルカーだぞ。それに比べたら現実見えてるだろ。やっぱ貴族だとそういうの許されねぇのかなぁ。ウォーレン家を見てるとめっちゃ厳しい感じするけど、セラーズ家は割と自由な家風なんだよなぁ

 両極端で判断しがたい。

 

「ルーサー、本当に素敵な目標だと思うよ? 僕は……、そんな目標もてないもん」

 

 やばい、ちょっと黙って考え込んでたせいで、サフサール君にフォローいれられてる。話題逸らそう、話題。

 

「サフサール殿は、何かなりたいものとかありますか?」

「……立派な当主かな」

 

 あ、はい。他のこと言ってなんかの拍子にあの怖いウォーレン伯爵にばれたら大変だもんね。一応御付きの執事さんは離れたところにいるけど、ミーシャのように読唇術を持ってないとも限らない。

 サフサール君の本音を聞くにはまだ好感度が足りないようだ。場所も悪いし仕方ない。

 

 ずっとサフサール君と話してるけど、イレインも暇だろうし同じ話振ってやるか。

 雑に話を振ろうと視線を向けると、イレインは表情を変えずに視線だけ動かして俺を見る。

 

「イレインは何か……った」

「ん? どうしたの?」

「な、んでもありません」

 

 『イレインは何かなりたいものあるんですか?』と尋ねようとした瞬間、イレインの奴がこっそりと俺のつま先を、結構な威力で蹴飛ばしてきた。

 

 なんだこいつ! 仲間に入れてやろうと思ったのに!

 

 二人きりになった時、文句を言ってやろうと思ったら、逆にめちゃくちゃに怖い顔をして怒られた。

 『あのタイミングで聞かれたら、お前の嫁になることっていうしかないだろ! 気持ち悪いこと聞くな!』だそうだ。

 うん、まぁ、俺が悪いね。ごめんね。

 

 

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