たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
王誕祭の最終日。
俺たちは大人たちと同じ立食パーティの会場にやってきている。
一日目とは違って、今日は小難しい話をしないというお約束になっているらしく、本当にただのパーティ会場だ。
とか言いつつも、こそこそ話している大人はちらほら見かけるけど。
おーい、今俺たちの方見て内緒話した変なちょび髭とカツラっぽいおっさん、顔憶えたからな。子供だと思ってプークスクスするな。
おそらくおっさんたちが面白がってみているのは、俺たち子どもの集団だ。
そのメンバーは殿下を筆頭に、俺、イレイン、ローズ、なぜかその後ろに目を隠した積み木の子、さらに少し離れて保護者枠でサフサール君だ。父上は少し離れた場所で、静かに俺たちの様子を見守っている。
殿下は立食パーティのあちこちのテーブルをめぐって、自分や俺たちの好みの食べ物を探して歩いてくださっているのだ。俺はうろうろして好きなもの探すより、ひとところに留まってのんびり食事がしたいけどな。好き嫌いとかないし。
直線的な殿下の動きに、ローズがびったりとくっついて、あれがいいこれがいい言うものだから、今は縦横無尽に会場を歩き回ることになっている。はぐれたふりして父上のところ戻ってやろうかな。
でもなー、殿下とは同い年だから長い付き合いになりそうだしなぁ。一応俺たちのことを考えてあちこちめぐってくれてるみたいだし、めんどくさいのと目立つのが恥ずかしいって理由だけで離れるのはかわいそうだ。
ってかローズめっちゃ話しかけてるな。たまに殿下が俺たちと話したそうな顔をするのに、ずいっと間に入って話題をかっさらっていく。いくら殿下が年の割にしっかりしてるとはいえ、そのうち怒り出しそうで怖い。
俺やだよ、女の子泣かせる殿下を見るのとか。
俺、好意示されてから急に構ってもらえなくなったら、めっちゃ悲しくなって話しかけちゃうもんね。これで俺は彼女いない歴=年齢のもて男でした。もしかしてあの子俺のこと好きなんじゃない? という勘違いによる失敗はもうしたくないね。
俺の恋愛遍歴はともかくとして、仕方ないから俺からアクション起こしてローズを止めてあげることにした。
「ローズ嬢、先ほど仰っていた甘いタルトがあちらにあるようですよ」
「あら、ルーサー様、ありがとうございます。殿下、あちらへ参りましょう!」
「う、うん……」
怒るっていうか、振り回されて元気なくなってきてるね。
わははーって感じで元気いっぱいだった殿下が、すっかり萎れちゃってる。
かわいそうかわいい。
俺、もてたことないからよくわかんないけど、もてるのも大変だよな。イレインみたいに突然包丁で刺されたりするみたいだし。
……もてないのに巻き込まれてる俺の方がかわいそうじゃない? もう助け舟出すのやめた、馬鹿らしい。
ほら、俺の袖を指でちょこんとつまんでる目隠れ君も、そうだそうだという目をしているよ。目は隠れてて見えないけど。
というか、この子なんで一言もしゃべらないでずっと俺の横にいるの?
「イレイン、この子だれ?」
「知らねぇよ。殿下に聞けばわかるだろ」
「殿下に質問したらローズ嬢ににらまれるじゃん」
「女って怖いよな」
小声で周りから見えないように、もちろん聞こえないようにぼそぼそと喋る。
女って怖いっていうけどね、今はお前も女だからね。
話から戻ってくると、袖をつかんでいた目隠れ君が俺の顔を見ていた。見てるよな? こっち向いてるだけで別の方見てるとかないよな?
「なんでしょう……か?」
こくりと頷いてくれたけどね、これイエスノーで答える問いかけじゃないんだよね。超能力者じゃないから、頷かれても何が言いたいかわからないんだわ。
「前髪が随分長いですけど、それで前は見えるんですか?」
縦に首振り。
俺からは目が見えないんだけど、あっちからは見えてるのか。
こんだけ喋らないから、前に会ったときも一人っきりで積み木で遊んでたんだろうな。コミュニケーションとれる子たちは、大体他の子どもと一緒に遊んでたし。
それで俺が積み木をキャッチして返してやったからついてきてると、そんなところか。
「目が悪くなると大変なので、嫌じゃなければ前髪はもう少し短くした方がいいですよ」
お、悩んでる。
すぐに頷かないで、前髪をつまんでいじっている。結構こだわりがあったりするなら悪かったかもしれないな。
「そういえばお名前を聞いていなかったですね。僕はルーサー=セラーズというのですが、あなたは?」
あ、なんか言ってるな。
なんか言ってるけど、耳を澄ませてみても声が小さくて全然聞こえねぇ。
なんとかベルって言ってるような気がする
「……ええっと、ベル殿でいいですか?」
首を横に振ってるから違うと。まぁ全部聞き取れてないしそりゃそうか。
「……ベル」
「ベル殿、じゃないんですよね……?」
「ベル……!」
「あ、ああ、ベルでいいんですか?」
はいはい、殿とかいらないよってことね。
ちゃんと歩み寄ろうって気持ちがあって偉いねぇ。
周りにしっかりした子供が多いから、ベル君見てるとちょっと気が休まるわ。
「じゃあ僕のこともルーサーでいいですよ」
俺が笑って伝えると、ベル君は首とれるんじゃないかってくらいぶんぶんと頷いてくれた。
それでも目が見えなかったんだけど、どうなってんだこの前髪。
◆
好き勝手させてもらっていた会場も、この国の王であるジーナス陛下が姿を現すと、やや落ち着いたものに変わる。
というか、殿下が「あ、父上だ」と言ったことで現れたことに気が付いて、周りを見たら貴族のおじさんたちが居住まいを正していた。
「カート様、僕は父上の元へ戻ります」
「うん! 僕も父上のところへ行く。あ、今度遊びに行ってもいいか?」
「……カート様のご都合さえよろしければ」
「わかった!」
小走りで去っていく殿下を見送ってから、俺はローズ嬢にも挨拶をする。
「では、ローズ嬢もまたどこかでお会いしましょう」
「……私も行くわ」
「はい?」
「殿下があなたの家に行くのなら、私も行く」
「……それは、ローズ嬢のご家族の方とご相談ください」
「お父様が良いって言ったらいいのね!? ありがとう!」
やだけどやだって言えなかった。
イレイン、嫌そうな顔してるけど、お前だって絶対断れなかっただろ。俺のせいじゃないからな。
「陛下がいらっしゃったんだね。それじゃあ戻ろうか」
人込みに飲み込まれると周りが良く見えなくなる。さっきまでは殿下が一緒だったから周りの貴族たちも気を使ってくれていたようだけれど、顔をよく知られていない俺たちだけだと、道を開けてはくれない。
間を縫うように進むのに、サフサール君が先頭を歩いてくれた。
先日挨拶をしたからか、多少は顔が知られているようで、たまに声をかけられながらもどんどん先へ進んでいく。友好的な貴族が4割、嫌そうな顔するのが1割、我関せずが残りって感じの割合か。あからさまではないからわからないけど、我関せず勢の中には、敵対的な貴族も相当混ざってそうだ。
嫌な顔をする奴はわかりやすくてまだいい。
多分これって、セラーズ家に対しても同じような反応をするんだろうな。ウォーレン家とセラーズ家が仲いいのってみんな知ってるだろうし。つーか、それを知ってるなら、陛下とこの二つの家が仲がいいことも知ってるはずだ。
その上で敵対的な態度をとるんだから、実は陛下の権力ってのも万全じゃないのかもなー。父上と同世代ってことは、陛下まだまだ若いし。
父上の元へたどりつくと、すぐ近くに穏やかな表情をした初老の男性が立っていた。俺たちの姿を見ると、すぐににっこりと笑い、顔に刻まれた皺がより深くなる。それだけでよく笑う人なんだなということがよくわかった。
「おやおやベル、今日もルーサー殿に遊んでもらっていたんだね」
俺が知らなくてもあちらは俺のことを知っている。
父上と話していたのだから当たり前か。
「ルーサー、こちらはスクイー侯爵閣下だ。挨拶なさい」
「お初にお目にかかります。ルーサー=セラーズと申します」
「……うん、噂にたがわぬよくできた子だ。ベル、こちらへおいで。先日は我が孫であるベルの無作法を助けてくれた上に、一緒に遊んでくれたそうじゃないか。私から礼を言うよ」
「いえ、とんでもございません。殿下に率いられて楽しい時間を過ごさせていただきました」
スクイー侯爵は短くそろえられた茶色いひげを指でこすり変な顔をする。なんかしくじったかな?
「ルーサー殿と言い、イレイン嬢といい、殿下の同世代は豊作だ。オルカ殿たちのことを見たときも同じように思ったものだがな、はっは」
「まだまだ力及ばずお恥ずかしいばかりです」
「いやいや、オルカ殿はよくやっている。騒がしい声はあまり気にせずこのまま頑張ってもらいたいものだ。ほれ、ベルや、
ずっと俺の袖をつかんでいたベルが、スクイー侯爵の方へ移動して差し出された手をとった。ベルがその手を二度ほど引っ張ると、侯爵がかがんで耳を傾ける。ぼそぼそという小さな声が聞こえて、スクイー侯爵がまたくしゃりと笑った。
「ルーサー殿、ベルと遊んでくれる約束までしてくれたのか。あまりしゃべらぬこの子がこんなに懐くなんて、君はきっと心の優しい子なんだろうな。サフサール殿もそう思うじゃろ?」
してないけど!? さっきの話が勝手にベルまで適用されてんの!?
あー、いや、でもローズに許可出しておいてベルはダメとは言わないか。だってベルはなんの害もないし、てこてこついてくるからかわいいもんな。殿下も慣れてくるとかわいらしく見えるし、まぁ、賢めの子供を相手にする分にはそんなに苦じゃない。
子供の相手なんて得意かどうかわからなかったけど、エヴァが生まれてきてくれたおかげで兄としての気持ちが育ってきたのかもしれない。
エヴァ、大きくなったらお兄ちゃんいっぱい遊んでやるからな。
「はい、閣下。イレインも寡黙な方ですが、同じくルーサーと仲良くしています。おっしゃる通り、ルーサーの優しさがこの子達を引き寄せるのでしょう」
褒められるとむずむずする。しかもそれが事実でないならば余計にだ。
色々と隠し事があるせいで罪悪感に苛まれるのだ。
俺優しくないですよー! 打算まみれで相手してるだけですよー! と大きな声で騒ぎたくなってしまう。
「……ありがとうございます」
言葉少なく頭を下げると、「うむ」と頷いて、笑いながら侯爵閣下が立ち去っていく。
俺がほっと息を吐くと、父上のごつごつした大きな手が俺の頭をぽんと叩いてくれた。よくやった、なのか、緊張するな、なのかわからないけど、ほんのちょっとだけ気持ちが落ち着いてしまった。
母上には弱弱だけれど、なんだかんだ父上はやっぱり頼りになるのである。