たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
王誕祭が終わった。
陛下は順番に貴族の元を訪ねて、短く世間話をして回っている。殿下もそれについて回っているが、おまけでしかなく大人しくしていた。
父上のところにも陛下はやってきたけれど、無難な会話だけして去っていった。殿下が俺に手を振ってるのを見て、一言仲良くしてやってくれというようなことは言っていたけれど、それほど印象に残る相手ではなかった。
茶色のおひげはちょっと立派だったかな。いかにも王様って感じだった。
今日も日が暮れてから馬車に乗って屋敷に戻る。
貴族街にはところどころ光石の街灯があって、ほんのりと道が照らされている。王都に来た時街を見ていたけどそれらしいものはなかったから、これは貴族街に限られるのだと思う。
物価とかには詳しくないけど、きっと光石ってそれなりの値段がするんだろうな。たまに交換しているみたいだし。
サフサール君とイレインを送ってから屋敷へ入り、物音を立てないようにそっと母上たちの元へ向かう。扉を開けると、母上は起きて待っていたけれど、エヴァはすやすやと眠っているようだった。
互いに手を振って挨拶を交わして、俺と父上はエヴァの顔を見に行く。
仰向けに寝転がり、小さな指がぎゅっと握られている。かわいいなぁ、ちょっとずつ大きくなってきている。夜泣きとかもやっぱりあるみたいだけど、貴族だと家のことをやってくれる人がいるから、母上は割と穏やかに過ごすことができている。
元の世界だと赤ちゃんの世話しながら普通に生活もしなければいけないっていうんで、ひどく疲れたりやつれたりしてる人もいたもんなぁ……。
母上と父上は言葉を交わさないけど、お互いにねぎらい合っている雰囲気がある。俺はしばらくエヴァの顔をじっと見てから、両親に手を振ってそっと廊下に出て扉を閉じた。
光石のランタンを持っているミーシャに連れられて、廊下を歩きながら話をする。
「来年は街にも出てみたいな」
「何でもない時に、護衛を連れて出ておくといいかもしれませんね」
「母上が許可を出してくれるかな」
「……ちゃんとお願いすれば大丈夫だと思いますが」
答えがちょっと遅れたな。ミーシャももしかすると許可が出ないかもと思ってるらしい。
俺まだ5歳だからなぁ、駄目なら駄目で仕方ないか。
「まだ少し先になるかなぁ。そうだ、そのうちさ、殿下がうちにいらっしゃるかもしれないからよろしくね」
「殿下が、ですか? 仲良くされていましたものね」
「うん、まぁ、仲良くしてたね。他の子たちもくるかも」
「すごいですね、ルーサー様は。イレイン様の時もですが、あっという間に皆様と仲良くなられます」
「殿下が声をかけてくださったからだよ。僕からは何も」
イレインの時は特殊だったし、今回の仲良しは殿下がローズの攻勢に耐えながら仲よくしようって気持ちを持ち続けてくれたおかげだ。俺がやったことと言えば、ベルが投げた積み木を返してあげたことくらいである。
その話で言うと、ベルだけは俺がきっかけで友達になったのかもしれない。
勝手に懐いてきただけだけどさ。
「いえ、今まで他家の方々との交流があまりなかったのに、これだけの関係を作れたのは、ルーサー様がしっかりされているからですよ」
そりゃあね、俺中身は5歳児じゃないから。まぁでも、ミーシャに褒められるのは好きだから素直に受け取っておこう。
「ありがとう。……そういえばさ、僕と同い年の貴族の子いっぱいいるよね。サフサール君くらいの年の人はあまり見かけなかったけど」
「ええ、そうですね。陛下がご結婚されたのをきっかけに、貴族の皆様はお子をお作りになられますから」
「それで同じくらいの年の子が多いんだ」
……貴族って大変だなぁ。
つまり自分の子供を次期権力者と仲良くさせたりくっつけたりするために、計画的に子供を作ってるってことだろう。
もしかして俺もそうだったんだろうか?
だとしても向けてもらった愛情を疑う気にはならないけれど、なんだか複雑な気分ではある。
……ちょっとまてよ。そうすると、イレインを俺の許婚にするのってなんか変じゃないか? うちとそんな約束をしたら、イレインが殿下と結婚する可能性がなくなってしまう。
ウォーレン伯爵が、王家とのつながりよりも友情を取った?
俺はウォーレン伯爵について詳しいわけじゃないけれど、サフサール君にあれだけ厳しい人が、そんなことをするようには思えない。
ちょっとした違和感でしかないけれど、なんだか気味が悪いなぁ……。
「……イレインは、僕の許婚で良かったのかな?」
部屋のベッドに腰を下ろして呟く。
「ルーサー様、安心してください。いくら王家と言えども、家同士の約束を破らせて横取りするようなことは滅多にありませんから」
ミーシャはどう思うのだろうという疑問から発した言葉だったけれど、どうやらミーシャはそう捉えなかったらしい。
俺が、イレインを横取りされないか心配している、と捉えられたようだ。
すっごく微笑ましいようなものを見るような温かな視線を頂いた。
「そうなんだ……」
「大丈夫です! ルーサー様はすごく魅力的ですし、イレイン様もそう思っていらっしゃるに決まってます!」
「うん、わかった、わかったよ、ミーシャ。ありがとう」
「ええ、ご安心ください!」
ミーシャ、違うんだよ。
俺はね、心配してるんじゃなくて、勘違いされたことを気にしてるんだよ?
お互いに恋心とかそういうのはマジでないから、ミーシャこそ心配しないでほしい。
いや、関係だけ言えば許婚なんだから、そっちの方が心配か。
うおー、この関係本当にめんどくさいな! 俺このままの流れでイレインと結婚になるのは結構嫌だぞ……。
◆
「センジツハスミマセンデシタ」
「ちゃんと謝らんか」
片言で心のこもっていない謝罪をしたのは、
「別に構いませんよ」
「ほら、かまわないって言ってんじゃん。先生は頭が固くて古臭いんだよ。ね、ルーサー君?」
「ルドックス先生は立派な先生で、僕の目標です」
ただしわけわかんないことは言わないように。
どうも言葉が軽いんだよな、この人。悪気はなさそうなんだけどさ。
この間俺に詰め寄ってた時は真面目な顔してたから、あのモード以外はちゃらんぽらんなんだと思う。
「こわ……。……ルーサー君っていつも笑顔なのに、たまに目が笑わなくなるよね」
ミーシャとか父上とか母上とかエヴァとかルドックス先生のこと馬鹿にしなければ滅多に怒らないけど?
「何言っとるんじゃこやつは。ルーサー様、お嫌でしたら二度と連れてこんが、本当に連れてきて良かったのかの?」
「ええ、先生がおっしゃっていたじゃないですか。魔法の道に進むのなら、クルーブさんの魔法も知っておいた方がいいと」
「まぁ、そうなんじゃが……。腕はいいが癖が強いからのう」
「腕がいいことが一番大事です」
「顔もいいよ?」
「そうですね」
そうだね! むかつくくらいにいいね!
男か女かわからないのはイレイン一人で十分だからお呼びじゃないよ。
どうせなら外身も中身も可愛い女の子をお呼びしたい。
「ところで今日もあの可愛い女の子いないの?」
「今日はお休みです」
「なんだ、つまんないの……」
お前が来るって分かってたのでミーシャはお休みしてもらいました。
お前みたいな軽薄そうな男にミーシャはやらんからな!
「余計なことを話しとらんで、早く魔法の講義を始めるんじゃ。雑談するために連れてきたわけじゃないんじゃぞ」
「はいはい、それじゃあ今から僕のことはクルーブ先生と呼ぶように」
「はい、クルーブさん」
「んん? あれ? 聞こえなかったかな? クルーブ先生だよ、はい、せーの、クルーブ先生」
「よろしくお願いします、クルーブさん」
「……なんか怒ってる?」
「いいえ、怒ってません」
父上や母上のこと酷い親って言ったこと俺忘れてないからね。俺は尊敬すべき人のことしか先生と呼ばないぞ。本当にすごい魔法使いなのか、まずは実力を見せて貰おうじゃねーの。
「……生意気。ルーサー君、僕の魔法見たらきっと先生って呼びたくなるからね」
「楽しみです」
「まったく、大人げない」
「僕はまだ15歳だもん! 大人じゃないからいいんですぅ」
ルドックス先生が呆れると、負けじとクルーブが言い返した。
へぇ、子供っぽい顔立ちしてるなーって思ってたけど、まだ15歳なんだ。
ミーシャと年近いじゃん。……年近いから何? 俺の方が長いこと一緒にいるけど?
セルフ突っ込みをして精神の安定を図りながらも、クルーブのことを観察する。
ルドックス先生に続いて、いつもの魔法訓練をしている場所へ向かっているのだけれど、クルーブの背筋は伸びていて物怖じする様子はない。
貴族街の、それも伯爵家の敷地に上がり込んでるのに自然体が崩れないのは、確かに実力があるからに違いない。
15歳でルドックス先生に認められるほどの実力者かぁ……。技、盗んでやるんだ。
訓練場について杖を持つと、クルーブは途端に表情が引き締まり、精悍な顔つきになった。普段はゆるく結ばれている唇がしっかり閉じられて目元が真面目になるだけで随分と印象が変わる。
「
クルーブが腕をさっと振ると、袖から短くて地味な、しかしよく見るとつやのある黒色をした杖が手の中に納まっていた。その先端が正面に向けられた直後、一発の轢弾が飛び出して、的の真ん中へ突き刺さる。
「いつだって即座に魔法を使えること」
杖が横に振られると、ほんの一瞬のラグで次々と轢弾が飛び出していき、3つの的の中心を穿つ。
「操作を違えないこと」
再び正面に向いた杖の先端に、今までよりも少し大きな礫弾が浮かぶ。それは最初に狙った的に突き刺さった礫弾へ向かって飛んでいき、カッと音を立てて、的を真っ二つに叩き割った。
「必要最低限の威力を見定めること」
短い杖を巧みに指先で操りくるくると回しながら、クルーブは自信に満ち溢れた笑顔、いわゆるどや顔で俺の方を振り返った。
だというのにイラっと来ないのは、クルーブが本当にすごいことをしているのが見て分かってしまうからだ。
「魔力の無駄遣いをすると、いざってときに木偶の棒になっちゃうからね」
悔しいけれど、クルーブの腕は本物だ。
おそらく今行ったすべてのことにおいて、俺よりもめちゃくちゃ高水準で行うことができる。
「魔力の量と、特定の魔法を使う速さにおいて、こやつはこの若さですでに儂を上回っておる。もしルーサー様が、剣術と共に魔法を使うつもりならば、参考になるじゃろうなぁ」
「……先生、気づいていたんですね」
父上と剣術の訓練をしながら、俺はその中に魔法を組み込めないかいつも考えていた。しかし詠唱することや、発動に割くための集中力を維持するのが難しく、どうしたものかと悩んでいたのだ。
先生にその相談をしたことはなかったのに、どうしてわかったのだろう。
「オルカ様と話したときに、訓練中に他のことに気を取られていると言っておってのう。それで訓練中の様子を見ておって気づいたんじゃよ。たまに他の二人を見ておる時に、棒を振り回しながら魔法を使おうとしていたじゃろ?」
「すみません、勝手なことをして……」
魔法剣士、憧れてたんだもん……。
でも習ってもないこと勝手にやるのは危ないし、先生だっていい気はしないだろう。
「いいや、魔法使いは好奇心を持つことも大切じゃよ。……もちろん、安全は十分に確保してほしいがな」
「そんな話よりさ、どう? 先生って呼びたくなった?」
ルドックス先生との真面目なお話し中に割り込んできやがった。
まぁでも……。
「……クルーブ先生、よろしくお願いします」
本当に実力はしっかりあるようだ。まだまだ俺じゃ及ばないことばっかりだし、何かを教わるのに偉そうな態度ばっかりとってられない。
「うーん……」
なんだその微妙な反応。
ちゃんと先生って呼んでやったじゃん。
「なんか気持ち悪いししっくりこないから、やっぱりクルーブさんでいいや」
「……よろしくお願いします、クルーブさん」
変な奴だなぁ、ホントに……。