たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
「クルーブさん、ウォーレン伯爵って知ってます?」
情報収集のために休憩中に声をかけてみる。
貴族街に出入りするけど、身分としては庶民になるわけだから、その視点でのウォーレン伯爵について聞こうと思ってのことだ。
今日はルドックス先生がお休みだから二人きりだ。遠くにミーシャの代わりに執事さんが立ってるけど。
クルーブの魔の手からは俺が守る。
「あー、
「え、そうなんですか?」
「それで僕に聞いたんじゃないの?」
初出情報だけど。
探索者界隈だと有名な話なのかな。
「なんかねー、昔の戦争の時に、一部の探索者が国に報告しないで隠していたダンジョンから
「氾濫、ですか?」
「うん。ダンジョンっていつの間にかできてるじゃん。基本的には人が住んでる場所の近くにできるんだけどさぁ、たまに変なとこにもできんだよね。そんで数年放っておくと、中からモンスターが溢れてくるってわけ」
……なんかすごい怖い話してない?
仕組みとかよくわかってなかったけど、放置しちゃダメなんだな、ダンジョンって。
「だからいいダンジョンが見つかんない時とか、探索者は街の周りうろついてダンジョン探すわけじゃん。見つけたら領主に報告すると、金がもらえる。大概は探索権もタダでもらえる。そうやってでかい街の周りに、村とか町ができるんだよね」
「……ダンジョンは、最下部にあるコアを壊して数日すると跡形もなく消えるんですよね?」
「うん。でもその上にできた宿泊施設とかは残るじゃん。もったいないから使っちゃおうって、村とかになるわけ。比較的浅いダンジョンだと、光石採取目的のために、あえてコアを壊さなかったりもするね。あれとっても、ダンジョンが生きてる限り、しばらくすると壁から生えてくるしぃ」
そう考えるとちょっと気持ち悪いな、光石。いや、便利なんだけどね。
ダンジョンから外して一年もすると光らなくなっちゃうんだけどさ。
あれのお陰でこの世界には電気がないのに、夜もある程度の灯りが確保できている。
「へぇ……、ダンジョンって暮らしに欠かせないんですね……」
「そうだよ。だからルーサー君も貴族なんかやめて探索者になったら?」
「……クルーブさん、他に人がいるときにそういうの言わないでくださいね。敷地にいれてもらえなくなるかもしれないので」
「あ、駄目なんだぁ。厳しいよね、貴族って……」
こいつ常識がないのがなぁ。
仮にもでっかい伯爵家の嫡男だぞ。5歳児に変なこと教えたらだめに決まってるだろ。ルドックス先生が信頼されてるからここにいるけど、普通だったら雇う前の調査とかで落とされそう。
「ん? でもウォーレン伯爵は探索者が嫌いなんですよね?」
「うん。だから領内のダンジョンは自前の兵士で何とかしてるとかぁ? 僕としては行く予定もないからそれくらいしか知らないってこと」
「それにしては結構詳しかったですね」
「スバリがあっちの出身らしくて教えてくれた」
初めにここを覗いていた時にいた、あの猫背なのに背の高い探索者のことだな。
「あいつ頻繁に地元に帰るから、そういう時暇なんだよなぁ」
「一緒にダンジョンに潜るようになってから長いんですか?」
「なってすぐだから、3年くらいじゃない?」
「……クルーブさんって、12歳の頃から探索者してるんです?」
「そうだけど?」
12歳ってまだ子供だろ。普通に命の危険のあるダンジョンに潜るようなもんなのか? それに手を組んだってことは、その時点ですでにある程度の実力はあったってことだろ。こいつも大概謎の人物だよなぁ……。
「何でそんな小さな時から探索者に?」
「5歳のルーサー君に小さな時とか言われてもなぁ」
「だってダンジョンって危ないんでしょう?」
「うん、油断すると死ぬよ。ダンジョンのモンスターって、なんでか知らないけど人を殺すの大好きだから。いや、大好きっていうか、人が憎いのかな?」
「モンスターに好きとか憎いとかって感情あるんですか?」
ないのも怖いけど、ある方がもっと怖い気がする。
邪魔だから、家に入ってきたから排除する、とかじゃなくて、明確な殺意を持ってるってことだろ?
「知らなぁい。でもそんな気がするってだけ」
自分から振った話のくせに、めんどくさそうに適当な返事をするな。
「それで、そんな危険なところになんで12歳から入ってたんですか」
「知りたい?」
首傾げながら顔近づけてくるな。
距離感ちょっとバグってるんだよな、こいつ。
「知りたいです」
「ふふん、教えてあーげない!」
「叩きますよ」
「わ、怒った……!」
いけない、つい腹が立って本音が漏れてしまった。
言えないことなら最初からそう言えばしつこく聞かないっての。わざわざもったいぶって秘密にされると腹が立つ。特にそのどや顔とセットだと余計に。
スバリとかいう猫背の探索者はよくこいつの世話してるよな。能力は優秀でもたまにひっぱたきたくなる性格してるぞ。
「まぁ、でもさぁ……。聞いても面白くない話だから」
クルーブは突然遠くを見つめて切ない表情を作ってみせた。
なんだ、マジでなんかありそうな雰囲気出してきたぞ。
あ、違う。こいつちらって今俺の方見たぞ。子供だと思って馬鹿にしてるな?
「じゃあ聞きません」
「えぇ? もうちょっと聞いてくるところじゃないの?」
「聞いたら教えてくれるんですか」
「教えてあげない」
「やっぱり叩いていいですか?」
「さ! 訓練再開しよっかぁ!」
「…………はい」
うぉおお、ほっぺた赤くなるまで叩いてやりてぇ!
この怒りは訓練にぶつけるしかないな。
ちなみに午後の訓練では、クルーブに魔法の使い方が雑だとか、集中力が乱れてるって普通に注意されました。
お前のせいだけどな!
◆
我が憩いの屋敷が、殿下一派に占領されつつある。
……大げさな言い方をしただけで、殿下が予定通り遊びに来たというだけだ。
ちゃんと
でもこのローズ、母上にはめっちゃちゃんと挨拶してた。
おそらくだけど、殿下の気を引く者に対して積極的に攻撃するよう本能にインプットされてるんだと思う。だから殿下は俺の方を見てキラキラした目で挨拶しないでね。なつかれてる感じしてちょっと嬉しいけど、その分ローズの戦闘意欲も向上するからさ。
ちなみに今日のメンバーは、ミーシャと各家のおつきの方々。さらに門の外にはなんだか物々しい装備の騎士さんが立っている。これは多分殿下の護衛。
それから保護者枠にサフサール君。体は子供頭脳はどちらかというと大人の俺とイレイン。体も頭も年相応の殿下、ローズ嬢、それからマリヴェル嬢、あとなんかヒューズ君とかいう目つきの悪い坊ちゃんがいらしてる。
ちなみにベル=マリヴェル嬢と知ったのは、つい昨日のことだ。
父上によれば『マリヴェル嬢がお前のことを気に入ったそうだ。お前には既に許婚がいるというのに、その年で随分ともてるな。あまり不実なことをしないようにな』だそうだ。
マリヴェル嬢? と頭に疑問符を浮かべた俺に対して、少し厳しい顔を作った父上は、さらに続けた。『スクイー侯爵閣下のご令孫で、お前がベルと呼んでいた子だ。まさか忘れたとは言わないよな』って。
忘れたとかじゃないんだよね。
事前情報ありがとう、父上。
俺、彼女のことベル君だと思ってたからさ、そもそも女の子って認識自体がなかったんだよね。
そのあと色々貰った情報によると、マリヴェル嬢は内にこもるタイプの子で、あまり周りに興味を示さずに育ってきたそうだ。あの日も積み木をぶん回して遊んでいたけれど、ああいう一人遊びが好きらしい。
そんなマリヴェル嬢が、今度ルーサー君のところに遊びに行くと言ったものだから、スクイー侯爵家は大喜びでこうして送り出してきたわけである。
知らないよ俺。なんも責任取れないからね。
マリヴェル嬢可愛いドレス着てきたけど、知らないからね。そういうんじゃないから。
幸いなのは、マリヴェル嬢本人はそういう雰囲気がないことだ。ただ単純に刷り込みされた雛のように俺の後をついてくる。ボッチのところを声かけてもらえてうれしかったのかなって思うと、邪険にする気は全然起きない。
よちよち歩きの雛が来た話はその辺にしておくとして、今日集まった面子は貴族ってこと以外に共通の趣味とかが一切ない。
なんか適当に体動かす遊びでもするかーって思ってたんだけど、かわいらしいドレス着てる女児が2人いるんだよなぁ。鬼ごっこして転んだり、かくれんぼしてひっかけたら、あとでその遊びを提案した俺が怒られそう。
「よし、かくれんぼをするぞ!」
母上に挨拶した直後、振り返った殿下が高らかに宣言する。
殿下ぱねーっす、まじリスペクトっす。
俺の家ということで、有利であろう俺がまず鬼を名乗り出ることにした。
十分な時間さえ与えてあげれば、十分楽しむことができるだろう。サフサール君が自分が、と言ってくれたけど遠慮しておいた。たまにはサフサール君にも童心に帰って楽しんでほしい。
というか、かくれんぼやったことあるのか、ウォーレン家の二人は。
門の近くで大きな声を出して数を数えていると、途中でなじみのある声が聞こえてくる。
「何してんのルーサー君」
クルーブだ。
こいつ用事ない日でもたまに突然ふらっとうちに来るんだよな。つい先日眼鏡マゴット先生にめっちゃ不審者だと思われてたのにまるで効いてない。絶対今も門の外にいる騎士の方々にすっごい見られてるはずだ。
「遊んでるんです。なんか用事ですか?」
とりあえず数えるのをやめて、応対をしてやる。じゃないと騎士の人たちに強制的に退去させられそうだからね。
案の定騎士の人たちは警戒している。しかし、クルーブが邪気のない呑気な顔をしているせいか対応に困っているようだった。
「なぁんだ、訓練見てあげようと思ったのにぃ」
いくら来たって一定の給料しか払われないだろうに、こうしてやってくるのだから、多分クルーブも俺のことが嫌いじゃないんだと思う。というか、マジで遊びに来るくらいの感覚でやってきている節がある。
友達いないのか?
俺が騎士たちと一緒に不信の目を向けていると、クルーブはポンと手を叩く。
「そうだ、俺も混ざっていい?」
「いいわけないでしょ、馬鹿ですか?」
年齢的にも身分的にも考えるまでもなくダメに決まってんだろ。
「ルーサー君さぁ、それさぁ先生に言う言葉じゃないと思わない? 僕、悲しいよ?」
「失礼しました。子供の遊びに本気で混じろうとするわけないですよね」
「いや、混じる気だったけど、馬鹿とまで言われたらちょっとなぁ。どうしよっかな、ルーサー君で暇つぶししようと思ってたのにぃ」
そういうのはさぁ、俺のいないところで言ってよ。
「とにかく、僕は遊ぶのに忙しいので、今日はクルーブさんに構っていられません」
「仕事みたいな言い方だね。まぁいいや、今日はこの騎士さんたちとお話でもしてようかなぁ」
「……え?」
そりゃそんな反応にもなるよ。
知り合いらしいから話が終わるまで我慢するか、くらいに思っていただろうに、急に話し相手にさせられそうになってるんだから。
「……すみません、探索者で僕の魔法の先生をしてくれている人なんです。不審者ではありませんので、捕まえないで上げてください。……面倒だったら追い返していいですから」
「いや、……え?」
「僕、殿下を探しにいかなければいけないので、お願いします」
「ねぇねぇ、騎士さん何歳? 美人だよね。僕ねぇ、
「ちょ、え? はい? あの、今職務中で……」
ごめんねりりしい雰囲気の女騎士さん。
僕は君の主人である殿下を探しにいかなきゃいけないんだ。
代わりにクルーブの相手をしてね、めんどくさかったら殴っていいからね。