たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
門の向こうではクルーブが女性騎士と楽しそうにお話をしている。楽しそうなのはクルーブだけで、騎士側は完全に困惑している。もう一人立っているガタイのいい騎士の方は直立不動で反応すらしていないのがギャップで面白い。
クルーブも本気でナンパしているわけじゃないみたいで、多分構ってほしいだけなんだと思う。だってあいつガキみたいな性格してるもん。
さて、俺は俺でかくれんぼを再開しようかな。途中から数を数えるのは忘れてしまったけど、もう十分に時間は経ったはずだ。
「今から探しに行きますからねー!」
大きな声で宣言しても返事は戻ってこない。ミーシャと各家のおつきの方々がにっこりと笑っているのは気のせいじゃないだろう。俺みたいな普段大人しそうにしてるのが大きな声でこんな宣言したら微笑ましいのかもな。
俺は恥ずかしいよ!
でも宣言しないとアンフェアだし。
昔から思っていたんだ。かくれんぼの『もういいかい』対して『もういいよ』ってアンサーするのって、場所ばらしてるだけだよなって。誰か一人くらい返事をするかと思ったのに、一人も返事しやがらないの。
さては本気だな、こいつら。
さて、まずは遠くから違和感を探すか。
えーっと……。
…………ないな、さっぱりわからん。でもなんとなくだけど、女の子たちはドレスを汚したくないだろうし、汚いところには入り込まない気がする。探すにしても隠れていいのは屋敷の外だけにしてるし、ぐるりと回ればきっと誰かしらは見つかるでしょ。
反時計回りに歩き出すと、まずは池が見えてくる。流石に池の中に入り込んで隠れているようなやつはいないだろう。そんな気合入ってるやつがいたらもう俺の負けでいいし、これからの付き合いをちょっと考える。
さて、それじゃあ花壇を通って訓練場だな。
花壇は母上が大事にしているので、入らないようにちゃんと言っておいた。ずかずか入っている奴がいたら、たとえそれが殿下だとしてもひっぱたく。
足跡無し、よし。
一応あちこち見ながら歩いているけど、パッと見る限り今のところ誰も見つからない。5歳児って結構小さいからいくらでも隠れようがあるんだよな。細かいところは2周目以降でいいか。
訓練場は開けているからだれもいないだろうと思って、ちょっと首を伸ばして覗いてみると、普通にいた。しかも腕を組んで仁王立ちしている。こいつかくれんぼのルール分かってるか?
「ヒューズ殿、かくれんぼのルールをご存じなかったですか?」
「知ってるに決まってる! 俺はな、ルーサー殿と魔法の勝負をするためにここで待ってたんだ!」
うわぁ、やっぱそういう目的とかあるんだ……。
実はこのヒューズ君、俺の中で今関わりたくないやつの上位ランカーなのだ。こいつの名前はヒューズ=オートン。あの皆殺し平原を作り出したヴィクトリア=オートン伯爵の縁戚らしい。
オートン伯爵が結婚していないから、そのあとを継ぐのはこのヒューズ。つまり実質次期オートン伯爵だ。
「ヒューズ殿、今はかくれんぼをしています。それにどう勝負するのか考えてきていますか?」
「魔法を撃てば優劣がわかるだろう!」
「判断基準はなんですか?」
「……強いかどうかだ」
「強いというのは威力が高いことですか? 階梯が高いことですか? 発動が早いことですか? 数が……あ」
あ、やべ、調子に乗ってたらヒューズ君黙り込んで泣きそうになってる。
「あ、あー……、あとで、一緒に考えませんか? 魔法が強いってどういうこと……なんでしょうね」
ヒューズ君にバイブレーション機能が搭載されてしまった。それもかなり微振動。
「ほら、一緒に残りの隠れてる人捜しましょう、ね?」
口をへの字に曲げたままのヒューズ君の手を取って歩き出そうとすると、訓練場の端においてある椅子代わりにしている箱ががたりと動く。
近づいて行って蓋をぱかりと外すと、中にはベルが潜んでいた。どうやら先ほどまでは自分で蓋を持ち上げて外の様子を見ていたらしい。
しゃがんでいるベルの頭頂部をしばらくじっと見ていると、彼女は諦めたのか、自主的に箱の板に足をひっかけて外へ出てこようとする。
「ベル、ちょっと待って」
ドレスが木箱のささくれに引っ掛かっている。木くずだらけなのはもう仕方がないとして、せめて破けないように回収してやりたい。木箱をぶっ壊した方が早いのだけど、その拍子に怪我でもされたらたまらない。
あとさぁ、ヒューズ君がきっちり手を握ってるせいで、めっちゃ作業し難いんだよね。そうだよな、5歳児ってこんな感じだよな。
ようやくベルを箱の中から救出したときには、俺はもう結構ぐったりとしていた。
運動とはまた違う精神的疲労だ。
両手に5歳児を二人連れて仲良く敷地内散歩。遠くからついてきているミーシャ達の視線がやっぱり暖かい。
あーさぞかし微笑ましいだろうね!
えーっと訓練場を抜けたら倉庫があるはずだ。外にもさっきみたいな木箱が積まれてるから、隠れるのには最適なスポットだろう。
……まさかと思うけど、他の奴らも木箱の中に隠れてたりしないよな。
俺嫌だぞ、積んである木箱の端から中身が何かチェックして回るのは。
そんなことを思いながら歩いていると、倉庫の裏っかわにひらひらとドレスの裾が見える。
「ローズ、もうちょっとこっちに……」
「そっちに行ったらドレスが汚れてしまいますわ……」
わぁ、分かりやすいお嬢様だ。
俺今ちょっとだけローズ嬢のことが好きになってきたよ。
当たり前のようにローズと殿下を見つけたけれど、俺は一時それをスルーすることにした。
なぜなら折角二人きりになれてる時間を邪魔して、ローズににらまれるのが嫌だからだ。俺ちょっとずつわかってきたんだよね、ローズは基本的に殿下に押し付けておけば何も問題ない。
殿下とセットでいる分にはかわいらしい女の子でしかないんだ。
もし殿下が助けてって言ってきたら、その時初めてどうするか考えればいいだろう。しばらく二人でイチャイチャしてて。
そうなると残りはウォーレン家の二人か。イレインとかその辺突っ立っててもおかしくない気がするんだけど、意外に見つからないな。
倉庫の前にある木箱の裏を覗いたりして一応探すしぐさをしてから、倉庫全体が見えるところまで下がる。
「いないですねー」
そう言うと、手を両側から引っ張られた。
二人を見ると、視線が倉庫の奥へ向いている。かわいいねこいつら、こっそり教えようとしてくれてるんだ。
とくにヒューズ君、ただのツンデレみたいになってる。さっきまで俺と勝負しようとして待ち構えてたのに、君は本当にそれでいいのかな?
折角教えてくれてるのにあまり探さないのも申し訳ないし、ゆっくり裏手を見てから次にいくか。
「倉庫の裏も見てみましょうか」
わざと声を出してのんびり歩いていくと、小さな声が聞こえてきて、裏手で何かが倒れる音がした。はいはい、上手く俺に見つからないようにぐるっと回ってね。
手を引いたままのんびりと裏手を歩き倉庫を一周。元の場所に戻ってきても、殿下とローズは見つからなかった。今頃二人は一緒に困難を乗り越えたことで結束が高まってるかもしれない。
ローズ、これは貸しにしておくからね。
ここで面白かったのは連れている二人の反応で、ヒューズ君は首をかしげてあれーって顔してるんだけど、ベルは反対周りにもう一周したそうな顔をしている。認知の発達に差があるんだなぁ。
5歳くらいだと早生まれか遅生まれかでだいぶ違うだろうし、個人差も大きそうだ。
「あっちを探しましょう」
それでも俺がそうやっていうと、ベルは振り返りつつも素直に歩き出した。
ずいぶんと物分かりのいい子だ。
倉庫がある角を曲がると、今度は厨房につながる裏口がある。外で管理している野菜とかもあるから、置いてあるものは結構多い。
裏口から厨房の担当者が出入りしているのは、今日の小さなお客様たちのための食事を準備しているからだろう。
その中に違和感を感じて俺は足を留める。俺の姿を見るとみんなが挨拶してくれる中、一人だけ熱心に野菜を別の箱へ移している者がいたのだ。よく見なくても、他の面々よりも幾分か背が小さい。
そーっと近づいて隣に並ぶと、使用人の服を着たサフサール君が手を止めて頬をかいた。
「いい案だと思ったんだけど、ばれちゃったか」
「ここが外だったり、サフサール殿の背がもうちょっと高かったらわからなかったかもしれないです」
「難しいね、かくれんぼって。すみません、お忙しいのに服を借りてしまって!」
いいえ、サフサール君が勝手に難しくしているだけだと思います。かくれんぼっていったら、普通皆みたいに物陰に姿を隠す物なんですよ。そんな探偵とかお忍びみたいな隠れ方する必要はないのに。
うちの使用人は皆優しいからサフサール君が服を返すと「いえいえ」とか「俺たちも挨拶を控えればよかったですね」とか話してる。仲良きことは美しきかな。
こうなると所在が分からないのが、もうイレインだけになる。この先に行くと元居た庭に戻っちゃうから、パッと見渡して分かるところには隠れてないってことになる。
どこ行ったんだあいつ。
サフサール君は挨拶を終えて合流すると、俺が二人と手をつないでいるのを見てにっこりとほほ笑んだ。言わんとすることはわかる。そして口に出さないあたり偉い。
しかしその笑顔でヒューズ君は、はッと気づいたらしく手を放して険しい顔をして見せた。良かったね、ここにはそんな君に意地悪なことを言う人はいないよ。
とりあえずもう一周して、途中で殿下とローズを回収。
一周目と同じように倉庫をぐるりと回り、今度はベルの希望通り反対周りをして見つけてやった。殿下とローズも緊張感が楽しかったらしく、きゃっきゃと声を上げていたのでこれで良かったのだろう。
「ベルは気づいていたんですね」
そう一声かけてやると、ベルも満足げな表情をして、むふーと鼻息を吐いていた。
5歳児皆かわいく見えてきた。
そしてみんなで更にもう一周したというのに、未だにイレインが見つからない。
まさか本気でかくれんぼに臨んでるのか? 今は物静かでダウナーな性格演じてるけど、あいつ多分根っこはそういうタイプじゃないもんな。変なところで童心に帰るなよ……。
中身がかわいくない外身5歳児はどこに行ったんだ。
あまりに見つからないので、仕方なく全員で手分けして探すことにした。いつまでも出てこないあいつが悪い。
そうしてしばらく、池の周りをじっくりと見ていると、訓練場の方から「いましたわ!」というローズの声が聞こえてきた。
走って駆け付けるとローズが、最初にベルが隠れていた箱のふたを持っている。
近くへ行くと、覗き込む俺とローズをイレインが無表情のまま見上げていた。
……こいつ、いったん俺のことやり過ごしてから、わざとベルが隠れてた場所に隠れ直したな。やっぱり本気でかくれんぼしてるじゃねぇか!
「見つかってしまいましたか」
見つかってしまいましたかじゃないんだよ。ちょっと満足げな表情してるし。
「すごいですわね、こんなに見つからないなんて」
「……ありがとうございます」
ローズ嬢、分りにくいけど、そいつちょっと得意になってるからあんまり褒めなくていいからね。