たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
殿下はそれからも幾度か家へやってきた。
そんなときはいつでもローズが一緒だったし、ウォーレン家の二人も一緒だ。
数度に一度はベルもやってきて、一緒に外で遊んだ。
それに比べてヒューズが来るのはたまにだけだった。偉そうな態度をとって強がっているけれど、結局ただの子供だとわかってしまったから、俺もいちいち目くじらを立てたりしない。
ちゃんと見てれば反応はいつだって素直なのだ。わかりやすく扱い易い奴である。
ローズも数回一緒に遊ぶうちに、高飛車なだけで本当にただ殿下の気を引こうとしているだけだって分かった。付き合いを持ってみれば案外悪い奴じゃないってこともあるんだと、俺は貴族に対して持っていた偏見を少しだけ見直すことにした。
一方で完全に見直すことがなかった理由もいくつかある。
それはパーティ会場での陰口だったり、殿下の周りにいる俺たちへの嫌がらせだったりを実際に体験したからだ。子供のやることだからちょっとした意地悪なのだけれど、俺はそこに別の悪意を感じ取った。
ようは、親がそうするよう仕向けてるってことだろ。
貴族では当たり前のことなのかもしれないけれど、奴らは子供を使って権力闘争をしているのだ。あー、いかにも貴族だね、って感じがする。子供が悪いんじゃなくて親が余計なこと吹き込むのが悪い。
これの何が良くないって、子供自体は悪いことをしてるって全然思ってないところだ。本当はそんなに悪い奴じゃないかもしれないのにな。
ローズだってヒューズだって、それにベルだって、まともに接することがなければ印象は随分違っていたかもしれない。
難しいのは、付き合って相手を知る機会が少ないってことだ。
多少友達っぽくなった奴は何人かいるけれど、その関係は思ったように広がらなかった。だって表立ってお前の親嫌な奴だな、とか言えないからね。
そうじゃないとして、下手に正しい話して納得させたところで、相手がウォーレン伯爵みたいな人だったら、廃嫡とかされる可能性もあるんだろ。やっぱめんどくせえこと多いよ、貴族って。
まぁ俺だって月日が経つ間にいろいろ勉強したってことだ。
そんなわけで、初めてかくれんぼしてから3年近くの月日が流れた。
俺たちは8歳になったし、サフサール君は12歳になった。
来年からついに学園に通うことになるのだけど、あそこからさらに成長したサフサール君は、多分学校でめちゃくちゃ活躍するんだろうなと思う。いくつかのパーティで、12歳の他の子供を見たけど、サフサール君ほど落ち着きがあって謙虚で賢そうに見えるやつはいなかった。
身内の贔屓目かもしれないけど。
そんなサフサール君とイレインは、昨日までウォーレン領へ帰っていた。
んで俺は今、戻ってきたイレインに死ぬほど愚痴られてる。
「あいつら親って自覚がないんだよ。兄貴があんなに頑張ってんのに、聞くのは成果だけなんだぜ。それが終わったと思ったら、領土の話だ。俺はいいぜ、俺は。でも兄貴はさぁ……」
お前さぁ、すっかりブラコンだな。
それ言葉遣いだけ変えてちゃんとサフサール君に伝えてやれよ。多分すごく喜ぶし、毎日頑張ろうって気持ちになるぞ。
妹を持つ身としてそれはよくわかるんだ。
「大変だな」
長い文句を聞いてやってから一言。
付き合っているうちにわかってきたことだけど、こいつ勢い込んで話してるのを一度最後まで聞いてやればすぐ落ち着くんだ。
ストレス溜めこんでるから。
「大変だ。んで、お前の方は何してたんだ?」
「いつも通りだな。エヴァと遊んで、ミーシャとか母上と話して、クルーブとルドックス先生と魔法の訓練。父上が日中家にいられるときは剣の訓練」
「……何年も同じことばっかやっててしんどくないのか?」
「訓練しないほうがしんどい」
「お前やっぱ変だぞ。俺だってかなり勉強とかしてる方だけど、全然休まず毎日何かしてるじゃんか。なんだっけ、お前のよくわかんない妄想。悪役だとか、追放だとか、お家断絶? 確かに貴族の派閥はあるし、オルカ様のことをよく思わないやつらがいるのは事実だけど、ちゃんとバランス取れてるだろうが。むしろ癪だけどうちの父親の活躍とかもあって有利な方じゃねぇか」
この3年の間に、物語の話は色々説明した。
これまで何も起きてないし、イレインに心配し過ぎだって笑われても、俺はまだ安心することができていない。
まずもってローズとかから情報を得てみると、貴族の派閥はどうも不穏だ。あいつ殿下のためとか言いながら、知ってることぽろぽろ教えてくれんだよ。まぁ、俺もそれなりに仲良くなったってのもあるんだけど。
それに光臨教では勇者や聖女の選定とかいうのをやり始めている。
以前と比べると
父上は強いからともかく、俺が守らなきゃいけない相手はたくさんいる。
そして何より、俺は今世は長生きすると決めてるのだ。
「今はな。でもな、お前だって何があるかわかんねぇんだから、気をつけろよ」
「魔法の訓練は続けてるし、勉強もまぁやってる。これ以上どうしろと?」
「まぁな。心構えの問題」
「わかってるよ、気を付ける」
イレインは令嬢だからな、剣の稽古は流石にさせてもらえない。
父上に頼んでも、そこまではウォーレン伯爵に言わずにさせられないってことだった。
「そんなことより、もう少しで王誕祭だろ。今年は街に出られるんだから楽しくやろうぜ。クルーブさんとスバリさんが護衛してくれんだろ?」
「あー、そうらしいよな。でもその前にまた、王宮のパーティだけどな。お前今年ドレスどうすんの?」
いつもひらひらのかわいらしいのちゃんと新調されてるじゃん。
誰が選んでるのか知らねぇけど。
「あー、新しいの準備されてた」
流石に女の格好をすることには抵抗がなくなってきたらしい。心なしか女性らしい丁寧口調も板についてきた。相変わらず口数は少ないキャラだけど、ベルが横にいることが多いのでそれも中途半端だ。
因みにローズは女の子(仮)と、ベルが自分のライバルになりえないと判断したのか、途中から普通にコミュニケーションをとるようになった。そしてなぜか俺にだけちょっと厳しい。
お嬢様っぽいしゃべり方とか、ちょっと高飛車なのはもうどうでもいいんだけど、女の子より俺をライバル視するのだけ、複雑な気分になるからやめてほしい。
8歳にもなると、ミーシャのお世話にもあまりならなくなってくる。
それでも仕事の日は一緒にいてくれることが多いので、話は相変わらずしているのだけれど。
ミーシャとクルーブが接触しないように努力していた俺だったけど、出現率が上がってしまったせいで、結局数カ月でそれは断念した。
今ではお付き合いまではいかないまでも、割と仲良くしてるみたいだ。休みの日に遊びに出かけた話とかをたまにしてくれる。嫉妬はしていない、本当に。
なんだかんだクルーブは高給取りだし、信頼できる相手だからさー、年も同じだしさー、仕方ないよな。
「兄ちゃ、5!」
正面玄関前で両手を開いてエヴァがカウントしてくれる。それじゃあ10だよ、マイスイート。
手を振るとキャッキャと喜んでいる声が聞こえたが、それはすぐに遠くなっていく。今は屋敷の周りを走って体力作りだ。
体の疲労と思考の疲労は別物にしろって、父上もクルーブも似たようなことを言ってくるから、こんな時も俺は色々と考え事をするようにしている。
2周全力で1周は流す。
エヴァは母上と一緒に見学で、父上は仕事に出かけて行った。王誕祭前は色々と忙しいらしくて、ここ数日はあまり剣の稽古をつけてもらってない。
最近は剣を使いながらもとっさに魔法を撃つことにも慣れてきた。かなり面倒な動きができるようになっていると思うのだけれど、それでも父上にはいまだに勝ったことがない。
戦う技術が上がれば上がるほど、実は父上がめちゃくちゃ強いんじゃないかっていう事実に気づかされているところだ。
魔法に関しても第五階梯に手を付けるところまで来ている。
クルーブに言わせると、魔力量にものを言わせて毎日めちゃくちゃに練習してるんだから成長が早くて当たり前、だそうだ。
ルドックス先生は素直に褒めてくれるのに、お前はほんと、そういうとこだぞ。
ルドックス先生はと言えば、なんと言ったらいいか、以前よりかなり体が小さくなってしまった。最近まで年齢を知らなかったんだけど、実はすでに御年92歳だそうだ。
つまり、クルーブのことを担いでいったとき、すでに89歳だったということになる。そんな元気なお年寄りは、ルドックス先生以外に見たことがない。
元気がないなら治癒魔法を使えばいいじゃない。そう思ったのだが、老い衰えることに、治癒魔法は効かないのだそうだ。それによって生じる腰や関節の痛みとかには効くらしいけどね。
なんにしてもあんまり無理をさせたくないっていうのが、クルーブ含めた俺たち全員の共通の思いだ。若返りの薬とかエリクサーとかないのかね、この世界。
「兄ちゃ、6!」
今度はちゃんとできたな。左手で5本、右手で1本。
とにかく、昨日話した通りこれから先に何が起きるかなんてわからない。
俺にできることは毎日ちゃんと強くなる努力をしておくことだ。
ミーシャの家の話とかもあるし、前の年で少し仲良くしてた貴族の子が病気で亡くなったとかも聞く。
治癒魔法使いって、下級貴族とかがそんなにホイホイ呼べるものじゃないらしい。
クルーブによれば、探索者になる新人って3割くらいは一人前になるより先に命を落とすらしいしさ。
俺の家は父上が立派だから平和だけど、世間様はそうでもないってことだ。
だからこそ俺は走るし、強くなっとこうって思うわけ。
イレインが言うほど心配しすぎてるわけでもないと思うんだけどな。
そんなわけで、少しずつ騒がしくなってきた街の音に耳を傾けながら過ごしているうちに、今年も王誕祭1日目がやってきた。
去年までは部屋に同い年の子供しかいなかったのだが、今年からはちょっと場所が変わった。
前よりもずいぶん広い部屋には立食パーティのような準備がされていて、ここはここで本格的な子供の社交場だ。12歳までの子供が集められているらしいのだが、残念ながら今年もサフサール君は大人の社交場だ。
他にも騎士っぽい人が数人中にいるというのも以前とは変わった点だろう。王立騎士団というのがあるらしく、その中でも若手がここの警備を担当しているのだとか。一応爵位持ちの偉い人も紛れてるらしいけどね。
貴族の子供、ってだけで何の身分もない俺たちよりは、城で働いている騎士の方が一応身分が高い。喧嘩などが起こったら仲裁するように言われているらしいので、きっと若手はがちがちに緊張していることだろう。
父上に『かわいそうだから何かあったら積極的に仲裁してあげなさい』って言われてる。きっと毎年何人か、そんな役割を親から言いつかるものがいるんだろうな。
あともう一つ、今年からは殿下がいない。
殿下もまた、陛下と一緒に大人の社交場の仲間入りだ。明るくて誰にでも平等に声をかける殿下がいないとなると、俺たちの世代は途端にちょっとぎすぎすした雰囲気を醸し出す。
いつも殿下の周りに集まっている俺たちは、露骨に嫌な視線と媚びる視線を向けられるようになるってわけ。
俺は小市民だから気になっちゃうけど、気にしていないふり。イレインは知らん顔してるし、ローズは目を見開いてあちこち牽制している。こういう時は頼りになるんだよな。そしてベルはそもそもあまり周りに目を配るタイプではない。
そして唯一動揺してるのがわかりやすいのはヒューズ君だ。
「ふん、小物たちが騒いでいるな。な、ルーサー」
「皆仲良くなりたいんですよ」
「そうか、そうなのか……?」
そうじゃない人もいるけどね。
とりあえずヒューズ君は、その声が上ずってる感じを何とかしよう。
ヒューズ君、遺伝か知らないけれど、魔法の腕は本当にいいのになぁ。なんでいつもこんなに小物っぽいんだろう。