たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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貴族と探索者

 簡単な手続きを終えて貴族街の門から出ると、そこは祭りの警備をしている兵士たちの休憩所のようになっていた。

 スバリがその間を「すいやせんね」といいながら縫うように歩いていく。あからさまに怪しい姿だったけれど、貴族街の中から外へ出てきたわけで、その時点で怪しいもくそもない。

 兵士たちに呼び止められることなく休憩所のようになっている広場を抜けると、道が人でいっぱいになっていた。

 通り抜けられないほどではないけれど、祭りだけあって、元の世界の縁日のような混み具合だ。ここ一か所ならともかく、これが街全体に広がっているのだとしたら大したものだ。

 あちこちから漂ってくる香りは、もはやまじりあって何の食べ物によるものなのかもわからない。

 ただ、香ばしいような焦げ臭いようなにおいははっきりと感じられた。

 

「思ってたより驚かないなぁ、つまんない」

「驚いて声も出なかったんですよ」

「もっと、わぁとかおぉとか言いなよね、面白くないなぁ」

 

 王都ってこんなに人がいたんだな。

 でも素直に驚くには俺たちは都会に暮らしていたからなぁ。

 元の世界でも田舎しか知らない人だったら声くらいあげたかもしれない。

 

「坊ちゃんがた、好きなとこ行っていいですよ。俺は後ろから見守ってますから。ただし、二人ばらばらになるのだけは勘弁してくだせぇよ。クルーブ、お前は迷子になっても探してやらねぇからな」

「なるわけないじゃん。スバリこそ僕とはぐれたら探してあげないからね」

「馬鹿が、その状態を迷子になってるって言ってんだよ、はぐれるんじゃねぇよ」

「はぁ? スバリは自分本位だよね。あ、いい匂い」

 

 言ったそばから勝手にふらふらと歩き出したクルーブの後をついて歩く。

 俺もイレインも一応街の地図は見てきたけれど、これだけ人がいて、普段はない屋台が立ち並んでいると、自分たちがどこにいるかなんてわからない。

 いざとなれば王城を目指して歩けば、いずれは家にはたどり着けるので心配はないが、できれば迷子なんかにならないで王誕祭を楽しみたい。

 

 俺たちの変装はスバリの言う通りお粗末なものかもしれないけれど、みんながそれぞれ祭りを楽しんでいるおかげで、注目を集めることも無いようだった。

 これだけ人がいるのだから、もしかしたら俺たちと同じようにお忍びの貴族とかも歩いているかもしれない。

 

「はい、ルーサー君の分。イレインちゃんも食べるの?」

 

 こいつマジで貴族に対する礼儀とか知らないよな。

 俺んち以外の場所に行ったらめちゃくちゃなトラブル起こしそう。

 貴族の女の子をちゃん付けで呼ぶな。

 

 イレインは嫌な顔をせずにさっと串肉を受け取った。呼ばれ方よりも食べ物を優先したようだ。お前は本当にそれでいいのか?

 

「頭っからかぶりつけばいいんだけどさー、貴族にはちょっと……わぁ」

 

 よかったな、俺たちじゃなくてお前の口から驚きの声が漏れたぞ。

 俺は面白い。

 イレインが説明をするよりも早くワイルドに肉にかみついたことに驚いたのだろう。

 だってどう見たってそんなことするタイプには見えないもんな。

 口の端にたれをつけたままふた口目。

 

 口いっぱいに肉をほおばって、咀嚼しながら周りの屋台を見回している。お嬢様のやることじゃねぇって、それ。

 俺の方が丁寧に食べてるぞ。

 

「……僕の分もいる?」

 

 あまりに豪快な食べっぷりに、クルーブが一口だけ食べて残りをイレインに差し出す。

 一瞬手を伸ばしかけたイレインだったが、すぐに首を横に振った。そして一応口の中にあるものをちゃんと飲み込んでから答える。

 

「他の物も食べてみたいので」

「あ、食べるんだぁ……。よし、じゃあ次はあっち」

 

 クルーブが先導、そのあとにイレインがぴったりとついて、さらにその後ろを半分呆れながら俺がついていく。

 ……ま、俺も楽しいけどね。

 街に目を走らせてみるとわかることがたくさんある。

 サフサール君が言っていたけど、貴族以外の市民の生活には、結構貧富の差が大きくあるようだ。

 大通りには親と一緒に歩きながら蒸したパンのようなものを分け合う兄弟。

 路地裏には落ちていた食べ物を奪い合っている痩せた子供たち。

 

 そういえばと思ってそのまま背後を見てみると、俺のすぐ後ろにちゃんとスバリが付いてきていた。

 

「……祭りは楽しくないですかね。お嬢様ははしゃいでらっしゃるみたいですけど」

「楽しいですよ。皆が何買っているのか見てたんです」

「そりゃあ良かった。でも前を見て歩いてくだせぇよ。人にぶつかるくらいならいいですけど、二人を見失ったら大変ですぜ」

 

 指摘されて前を向くと、おこちゃまと食いしん坊の二人の姿が随分と遠くなっていた。慌てて足を早め、人にぶつからないように体をよじりながら道を進んでいく。

 剣術の稽古を欠かさずやっていたおかげか、人をよけるのはそれほど難しくない。

 

 狭い場所を通ってしまったので、後からくるスバリが大変かもしれないと振り返ってみたけれど、特に問題なく付いてきているようだった。

 俺の時とは違って、スバリが歩くとほんの少しその前方のスペースが空く。

 猫背でも十分な身長があるスバリは、近くで見ると結構威圧感があるのだろう。ほっといても道を開けてもらえる。

 その道を「すんませんね」といいながらスバリは悠々と歩いてくる。

 

 俺がようやく二人に追いついたときには、クルーブとイレインは両手に串焼きをもつ二刀流に装備を変更していた。

 こいつさては今日、日ごろのうっ憤を晴らすべくマジで楽しむ気だな?

 

 ま、たまにはいいか。

 イレインによれば、ウォーレン家の使用人には『見張られてる』感じがするらしいから、今日くらい羽を伸ばしてもね。

 

 串肉。

 ちょっとだけ臭く感じるのは、普段の食事を作ってくれている人たちの腕がいいからだろう。あるいは、いい食材が使われているのかな。

 香辛料が使われておらず、塩がばさばさかけられていて味にむらがある。うまいかまずいかって聞かれると、ちょうど中間よりちょっと下ぐらいな気がする。

 

 しかし俺が口にした言葉は「おいしい」だった。

 これ別に嘘ではないんだよな。

 歩きながら、祭りでみんな楽しそうにしてる中の買い食い、それだけで自然と『おいしい』が出てくるレベルまで味が引き上げられていた。

 先ほどまで酷評していたのは、自然と出てきた言葉に対しての照れ隠しみたいなもんだ。もくもくと頷きながら食っているイレインと一緒になりたくなかったという気持ちもなくはない。

 

「坊ちゃま」

「なんです?」

 

 スバリにちょいちょいと手招きされて屋台の横へ戻ると、店主がパラパラと俺の串肉に何かの粉をかけた。

 

「食べてみてくだせぇ」

 

 ……毒? 怪しい薬? トリップはごめんだぞ。

 串を持ったまま固まっていると、スバリがハッとした顔をした。

 

「毒じゃねぇですよ。スパイスってやつで、肉の臭みが抑えられて食べやすくなりやす。坊ちゃん途中から渋い顔してたじゃないすか。いいもん食ってるとやっぱりねぇ」

「……いや、美味しかったですよ?」

「まあいいからちょっと食べてみてくだせぇよ、ほら、毒じゃねえですから」

 

 スバリが自分の串肉にも同じように見える粉をかけてもらい一口かじる。

 いやー……、でも、ここで俺を害するような理由もない気もないか。

 

「まぁ、無理に食う必要もねぇですが……」

 

 手を伸ばしてきたスバリから一歩身を引いて串肉をかじる。

 もしスバリが俺を殺すつもりならもっとわかりづらく、もっと簡単にやれるはずだ。街中で毒を使って殺そうと、自らの手で捻り殺そうと、かけられる疑いには多分変わりがない。

 

 なによりクルーブの友人を疑って嫌な思いをさせたいとは思わない。

 貴族としちゃダメな考えかもしれないけど、今回に関して言えば父上たちもちゃんと調べてくれてるしな。

 

 串肉をほおばると、爽やかな香りが鼻を抜けていく。

 ピリッとした胡椒のような刺激と、鼻を抜けるハーブのような香りが臭みを消して、食べなれない味だというのになぜか本気でうまいと感じてしまった。

 

「お気に召したようで良かったでさぁ」

「これは、なんですか?」

「ダンジョンで出てくる植物系の魔物が飛ばしてくる種をつぶして乾燥させたもんなんですがね」

「……食べて大丈夫なんです?」

「俺たちは結構ダンジョンの中の生き物を食ったりしますぜ。お貴族様は気持ち悪がって喰いませんがね、下々じゃこういう品も取引されてるんでさぁ。……そん中でもこの粉はちょっとお高いですけどね。大規模に商売にできないせいで仕入れも安定しやせんし」

 

 探索者(シーカー)による、貴重なダンジョンの話だ。

 食べておいてよかった。ちょっとは俺に気を許そうって気持ちにでもなってくれたのかもしれない。

 

「ダンジョンでとれたものは流通に乗らないんです?」

「大規模な商会や国としてはやりやせんね。飢饉が起こった時なんかは、たまぁに頼ったりするみたいですが、なんせお貴族様たちは、ダンジョンがあまり好きじゃねぇ。取引だってこっそりでさぁ」

「光石は普通に使われていますよ?」

「あれは便利すぎやすからねぇ。国が管理してまさぁ」

 

 光石とダンジョンの魔物からとれる食べ物、どう違いがあるんだ?

 よくわからない。

 

「ダンジョンはね、狩り続けないと牙をむくんですよ。本当はあんなものさっさと最奥のコアを壊してぶっ潰した方がいいんです。でもそれが容易にできないほどに深いダンジョンもあるんでさぁ」

「国を挙げて討伐しては?」

「そういう動きも昔はあったそうです。ただねぇ、強い奴らは功績をあげて貴族になっちまう。そうなると危険なダンジョンなんかにゃあもぐらない。上層だけ潰して回っとけば安全に光石って資源も確保できるとなりゃあ、それでいいじゃねぇのってなるわけで」

「……ダンジョンはモノによって深さが異なるんですよね?」

「お、詳しいじゃないですか。じゃあこれは知ってます? 深くなるほど敵は強くなり、便利な素材を落とすようになる」

「素材、ですか?」

「そうです。武器に良いものが多いんでさぁ。例えばクルーブの持ってる杖、ありゃあ小さいけど性能は他の杖を上回る。そんなだから貴族連中も、俺たち探索者(シーカー)を雇ってこっそりと素材の確保に専念する」

「……そうだったんですね」

 

 知らない話だ。

 貴族たちが探索者を雇う理由がこんなところで分かってしまった。だからクルーブはあんなに適当な態度で貴族に接しててもお目こぼしされてるわけだ。

 

「ま、国王陛下の覚えのいいお貴族様なんかは、特別いい素材で作られた武器なんかを下賜されてるらしいですけどねぇ。坊ちゃまのお父様もきっと持ってますぜ」

探索者(シーカー)と貴族の関係って意外と深いんですね……」

「持ちつ持たれつってやつでさぁね。ああ、俺からこんなこと聞いたなんて秘密ですよ。なんか聞かれたらクルーブのせいにしといてくだせぇよ。あいつが言う分には仕方ねぇで済みますからね。お、クルーブのやつこっちのこと忘れてやがるな」

 

 少し足を早めたスバリは、背中が見えなくなりそうになったクルーブの後を追いかける。

 スバリに置いてかれたら俺もはぐれそうだ。

 あとを追いかけながら、一つ疑問に思ったことを聞いてみる。

 

「スバリさんは何でそんな話をしてくれたんです?」

 

 スバリは背中を丸めたまま振り返らずに答える。

 

「いやぁ、俺は坊ちゃんのことをクルーブから聞いてるし、貴族のことだって詳しい。でも坊ちゃんは俺のことも探索者(シーカー)のこともあんまり知らんでしょう。互いに秘密が減れば警戒されなくなるかなって思ってんでさぁ」

 

 なるほど、考え無しのクルーブの相棒だけあってめちゃくちゃ考えているのかもしれない。

 つーか、警戒してたのバレバレかぁ……。

 

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