たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
スバリの後を追いかけると、途中ではぐれかけていることに気づいたのか、クルーブとイレインが足を止めていた。
イレインが片手に棒飴をもってクルーブの服の裾を掴んでいるけど、急速に仲良くなったのか?
どうでもいいけど肉串食べ終わるの早いな。
俺が怪訝な視線を向けていることに気づいたのか、イレインが言い訳をするように口を開いた。
「はぐれそうだから止まってって言ってもどんどん歩いていくから」
「大丈夫だってば、スバリがぁ、背筋伸ばしたら、すぐ見つけられるから」
クルーブのやつ何かバリバリ噛んでるな。
「だから飴を買ってあげたんだけど、すぐに噛んで食べちゃって」
なるほどね、つまりイレインがクルーブのおもりしてたってことか。
「迷惑かけるんじゃあねぇ!」
「いたっ」
普通に頭を殴られたクルーブは恨めしそうな顔をしてスバリを睨んだ。
「ちゃんと護衛してたじゃんか」
「俺ははぐれるなって言っただろうが」
「はぐれてないじゃん」
「結果的にそうなっただけだろうが、ったく。お嬢様もすいやせんね、こいつのことは放っといて坊ちゃんのそばにいてくださいよ」
「……はい」
合流したのをいいことにあちこちを見回していたイレインは、一拍遅れて素直な返事をした。俺が気付いているのだから当然スバリもそのことには気づいているだろう。
ウォーレン家の見張りから解放されて好き勝手やってる。
「楽しいかよ」
スバリの指示に従って近くへやってきたイレインに小声で尋ねる。
「楽しい。普段からもうちょっと自由な時間が欲しい」
ぼそりと答えて飴を口に運ぶイレインは、貴族ではなく、ちょっとした金持ちのお嬢様くらいには見えるかもしれない。それくらいには今のイレインには貴族子女らしさが欠けていた。
「学園行けば多少自由になるんじゃねぇのかな」
「あと4年半、長いな」
再びクルーブに口うるさく注意していたスバリは、俺たちの方を向いて口を開く。
「そういや仲良しだったんですっけね。お二人で出かけたいだろうにお邪魔して申し訳ありやせんね」
「いえ、お気になさらずに」
「全然気にしないでください」
ほぼ同時に答えた俺たちに、スバリは顔をくしゃりとさせて笑った。
そうするとちょっとだけ年取って見える。
表情がない方が若く見えるって変な感じだな。
「スバリさんっておいくつなんですか?」
「俺か、俺はそろそろ40になりやすかね」
「……若く見えます」
「そうですかね。ま、ダンジョンみたいな日の当たらないところに潜ってばっかりいるので、年を取らないんですかね」
植物じゃないんだから日に当たらないからって成長が止まるってこともないだろう。ジョークなのかと思って表情を伺ってみたけれど、ニヒルに笑うスバリからは感情をうまく読み取れない。
しょうがねぇか。
前の世界と合わせても俺より年上だし、命懸けで
俺も色々鍛えてるけど、命懸けで戦ってるようなやつらにどれだけ抵抗できるかなんてわかんないしな。
そう考えるとクルーブだって、もうちょっと大人っぽくてもよさそうなもんだけど。苦労が顔に出ないタイプなのか、初めて出会った時と容姿にはあまり変化がない。
こいつ苦労してるのかな? 活躍してる話しか聞かないんだよな。
俺の中ではクルーブの分までスバリが苦労してる説が濃厚だ。
「ま、好きなところ歩いてくだせぇよ。俺たちは後ろからついていきやすから」
「案内してもらってもいいんですが……」
「折角ですから自分の足で色々探した方が楽しいですぜ」
「わかりました。ルーサー様、行きましょう」
こんな時ばっかり積極的になるんだよなぁ。
イレインは先ほどあちこち見ている間に次に向かう場所を決めていたのか、迷いなく人ごみの中を進んでいく。
ま、今日向かう場所はイレインに任せるか。どこ行っても初めてだから俺も楽しいし。
腹も満たされてうろつきも終わった後、イレインは賭けありの盤上遊戯と真面目に向き合っていた。俺はルールもよくわからなかったけれど、イレインは一度聞いただけでなんとなくルールを把握したらしい。
片手に握った小遣いをベットして、粗末な椅子に腰を下ろし、粗削りの駒を手に取った。
「こんなかわいらしい嬢ちゃんから金をせしめるなんて具合が悪いなぁ」
「お手柔らかにお願いします」
無精ひげのおじさんがぽりぽりと頬をかいたが、イレインは盤上全体に視線を落とし顔を上げようともしない。
「……ま、楽しめるくらいには手加減してやるさ。そっちから先に動かしていいぜ?」
「ではお言葉に甘えて」
細い三つ指で駒をつまんだイレインの姿は、妙に様になっていた。
数分後、無精ひげの男は難しい顔をして腕を組み、しばし唸った後に声を絞りだす。
「参った、こりゃ油断していた。嬢ちゃん、今日初めて打つなんて嘘ついちゃいかん。すまんがもう一戦頼む、次は本気でやらせてもらう」
「受けましょう」
イレインはやはり盤上から顔を上げない。
ただ駒の頭を指先でとんとつついてから、盤上を初期状態に戻し始めた。
こいつ、剣と魔法あるファンタジー世界で何はじめようとしてんだよ。
油断していたって言葉は二度使えない。
先ほどよりはいい勝負をした男だったが、競り合って負けた結果大人しくその場から退散した。
するとすぐに空いた席に他の男が座る。
「一戦頼む」
「……わかりました」
腰を浮かせかけていたイレインは、ややあってから挑戦を受けることにしたらしい。
「もうしわけありません」
「好きにしていいですよ。たまのことですし」
言葉こそ丁寧に作ったものだったが、そのやり取りの内容に嘘はない。
多分イレインは本当に悪いと思ってるし、俺は本当に好きにしたらいいと思っている。
なんか楽しそうだしいいんじゃないのか。
言うことがあるとするならば、置いてどっか見に行っていいだろうかってことぐらいだ。流石にそれは言えないから、黙って待っていることにしたけれど。
イレインの遊んでいる盤上遊戯は、それなりに名の知れたものなのだと思う。
結構な数の大人が周りで遊んでいるし、連勝するにつれて観客が増えてきた。
しかし初めてルールを知ったような子供が、そんなゲームで連勝することは可能なのだろうか。
いや、イレインは子供じゃないけど。
子供じゃないにしても、落ち着いた立派な大人ってタイプではない。当然ながらフィクションよりフィクションみたいな活躍をしていた、あの若き八冠みたいな雰囲気もなかった。
少なくとも俺には、どこにでもいそうなチャラついたホストだった、ように見えた。
1ゲーム10分から20分程度。
駒の動きがそれなりに複雑なのに長考をする奴がいないことを考えれば、まだまだプレイヤーが成熟していないととらえることもできる。
それにしたってかれこれ4時間、17連勝。
腕自慢の大人たちをバッタバッタとなぎ倒すイレインはいつの間にやら、渋いおじさんたちのアイドルだ。
一手差すたびどよめくその状態で、イレインちゃんグッズを出せばきっと即完売するだろう。
イレインは一戦終わるたびおっさんたちが集まっているのを確認してひそかにため息をついていたが、つい4戦前から熱心に見てくれているかわいい女性が出現。
これは観客がざわめくことで判断しているのだが、おそらくいい手を打つたび、そちらに向けて流し目のサービスを送っていた。
人待たせておいて女口説こうとしてるんじゃねぇぞ。
俺はといえば、粗末な長椅子に三人並んで腰かけて、もさもさと冷めた屋台の飯を食べている。
「ねぇルーサー君さぁ、僕退屈だよぉ」
「そうですか、僕もです」
「わ、ひどいんだ! 許婚があんなに活躍してるのに、言いつけてやろうかなぁ?」
「勝手にどうぞ」
完全放置で待機している俺の気分もちょっとやさぐれぎみだ。
クルーブの子供じみたちょっかいに、優しく構ってやるほどの心の余裕はない。
「スバリー、ルーサー君ってこういう奴なんだよ。わかったぁ?」
「普通だろ。この年の貴族の坊ちゃまって考えたら、めっちゃまともだぞ」
スバリも退屈しているのか無礼ぎりぎりアウトの発言だ。
他の貴族の坊ちゃまに聞かれたらしばかれそう。
「それはそうと、坊ちゃんは本当にここに待機でいいんです? クルーブと遊びに行ったらどうですか?」
「いえ、いいんです」
「退屈でしょうに」
「まぁ、そうですけど。街の活気も感じられますし、これからずっと外に出られないわけじゃないですし。それに、イレインが珍しく楽しそうですから」
あいつストレス溜めてるからなぁ。
たまに子供だけで遊ぶときとかはちょっと楽しそうだけど、最低限外面を取り繕ってるはずだ。俺と喋ってる時はくさした気持ちのガス抜きだし、言葉は発しないまでも珍しくかなり素に近い状態で楽しんでるんじゃないか?
俺は好きなことやってるけど、あいつは自分の好きなことをする時間なんかない。
8歳だから、もう丸々8年間、ずっといろんなことを堪えてる。
それを考えると、これから何度でもあるだろう外出の時間を少しぐらい譲ってやってもいいかと思えた。
「……子供っていうのはクルーブみたいに、その瞬間が楽しくなきゃ許せないもんじゃねぇかと思ってやしたが、坊ちゃまは大人ですね」
「クルーブさんと一緒にされなくて良かったです」
「なんで僕のこと馬鹿にするのかなぁ? 君の魔法の先生だよ?」
「尊敬してますよ、魔法の先生としては」
「ホント生意気だよねぇ」
一緒にいるとあまりに軽口をたたくことが多いから、クルーブを相手してるとどうしても気が抜けてしまう。ルドックス先生のことは素直に敬えるんだけど、こいつは性格が子供っぽ過ぎるんだ。
「……クルーブがものを教えてると聞いて、どんなとんでもないことになってんだと気にしてたが……、意外とうまいことやってるんですねぇ」
「大人なので、僕が」
「はぁ? 僕が子供のルーサー君にあわせてあげてるんですけどぉ?」
「そうですね、僕のためにクルーブさんは子供っぽい演技をしてくれているんですよね」
「……ん? ……うん、まぁ、そうなのかな?」
よし、誤魔化せた、馬鹿め。
スバリがこっそり肩を揺らして笑っている。
まぁ、こんな気を抜いた会話ができるのも、イレインが無駄に連勝してくれているおかげということで。
イレインはその後勝ちまくった。
満を持して挑んできた流し目を送っていた女の子にも激戦の末勝利し、俺が笑顔をひきつらせながら肩を叩くまで連勝し続けやがった。
日が落ちる寸前に屋敷の中に滑り込み、母上にちょっとお小言を頂いたのも、全部イレインのせいなので、今度普通に文句を言おうと思います。